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 羽崎さんの取り巻きは何も生徒会役員たちだけではない。

 例えば、


 「羽崎さん!これ、受け取って下さい!!」

 「わぁ、綺麗な薔薇!

 ありがとう!」


 朝っぱらから教室にやって来た男子生徒は羽崎さんに薔薇の花束を手渡した。

 受け取った羽崎さんは花束の香りを嗅いで良い匂いだねと笑っている。


 見た感じ結構な本数があってかさばりとても邪魔くさそうだ。

 と言うかから受け取るのは良いが一体放課後までどうするのだろうか。


 結局、教室の後ろに放置されていた。

 そしてやっぱり放課後には萎れていた。

 処理が面倒臭そうである。



 例えば、


 「羽崎さん!良かったら放課後これ食べに来ない?」


 三時間目終了で小腹が空く時に教室にやって来た女子の先輩は、桐の箱に入った高級そうな和菓子を羽崎さんに見せた。


 「わぁ、可愛い!

 食べに行っても良いの?」

 「ええ、もちろん!

 だって羽崎さんの為に用意したんだから!」

 「ありがとう!

 じゃあ、放課後そっちに伺うね?」


 可愛いと言っても躊躇無く食べに行くのか。

 いや、私も甘い物は大好きだから気持ちは分かる。

 寧ろ是非ともご相伴(しょうばん)したいので誘って欲しい。


 と言うか相手は仮にも先輩何だから敬語を使えば良いと思う。

 小腹が好いたのでポッキーを取り出してかじる事にした。



 例えば、


 「羽崎さん!

 確かこれ読みたいって言ってたよね?」


 五時間目終了後、羽崎さんに一冊の本を差し出した男子生徒。


 「わぁ、覚えててくれたの?

 それにこれ、絶版になってて手に入らなかったのに!」

 「はは、喜んでくれて良かったよ。

 良かったらそれ、プレゼントするよ」

 「いいの?

 ありがとう!!」


 本を胸元に抱えて笑顔を浮かべる羽崎さん。

 その笑顔を見て顔を赤くする男子生徒。


 おいおい少年。

 その本偶々ネトオクで見たことあるけど十万はいってたぞ。

 そんな物をまだ学生の身で人にあげて良いのか。


 六時間目の体育終了後、その本は盗まれていた。

 だから言ったのに。


 心の中で。


 ちなみに、例によって私が盗んだと疑われたが鞄の中を披露することで回避した。

 誰かに入れられていたら一発でアウトだったが幸いな事に入っていなかった。

 いやぁ、チャックに南京錠付けといて良かった。 

 とりあえず真犯人には、後でお仕置、いやいや、お話をしておこうかな。



 そんな感じで彼女の取り巻き、と言うか信者?貢くん?は男女学年問わずたくさん居る。


 普通はあんなに男を侍らせていたら女子に嫌われたり目の敵にされても可笑しくないのだが、羽崎さんにそう言う悪感情を抱いている人は驚く程少ない。

 成る程、立ち回りが上手い様である。


 私の前ではあれだけ抜けているのに不思議だ。

 ……ハッ、まさか私に心を許しているから隙だらけに!?


 なぁんて、現状、私の事を舐めきってるからあの態度なんだろうけど。

 だからと言って詰めが甘すぎだと思わないでもないがこちらとしては好都合なので特に問題は無い。


 それに、仲間たちの協力により着実に手札を増やしているのでそろそろ舞台を用意した方が良いかも知れない。


 どう言った舞台を用意しようか。

 重要なのはタイミングと運だ。

 運については私は運が良いから何となく大丈夫と根拠の無い自信があるので気にしないにしてもタイミングはいつ来るか分からないから気が抜けない。

 チャンスを逃さない様にしなければと頭の中で策を練りながら図書室に行くために放課後の廊下を歩く。

 もちろん、悪戯防止の為に鞄は持っています。


 考え事をしたかったため少し遠回りながらも人通りの少ない道を選んで歩く。


 ぼっち最高。

 心おきなく考え事に集中できる。



 あぁ、そうそう。

 この学校市立の癖に校舎がでかく、何処かの教室に行くのにも必ずいくつものルートが存在している。

 そのせいで攻略キャラたちとの廊下での遭遇イベントの回収に手間取ったのは良く覚えている。

 確か、廊下での遭遇イベントをこなさないとルートに入れないキャラがいたんだよなぁ。

 でも、運が悪いと一度も遭遇出来ないでエンディングを迎えたりするんだっけか。

 私は初回で運良く入れたけど友人は

 『遭遇イベが起きない!』

 って苛ついてたっけか。


 何て下らない事を考えながら角を曲がった時、廊下に人が倒れているのを見つけた。


 「!?

 だ、大丈夫ですか?」


 慌て駆け寄り、外傷を確認する。

 うつ伏せだが、見た感じ外傷はなさそうだ。

 

 頭を打っている可能性もあるので慎重に体を横向きにして気道確保。

 吐瀉物の有無を確認する。


 うつ伏せから起こした時に気が付いた。


 あれ、この人図書委員長じゃん。

 病弱キャラだったっけと驚いたが事態は一刻を争うのでこれはひとまず保留する。


 「大丈夫ですか?

 聞こえますか?」


 両肩を叩きながら意識確認、反応が無いので大声で助けを求めたが人気が無いのが災いして誰も通りかかる気配がしない。

 胸を見ても良く分からなかったので口元に耳を近付け、呼吸を確めると呼吸していることが確認出来たがか細い。

 携帯で救急車を呼びながら脈拍を計ると大分乱れているのが分かった。


 救急車を読んだ後、職員室に電話をかけ、養護教諭を呼んできて貰う。


 呼吸、脈拍、倒れていた時の状況などをこと細やかに伝えると養護教諭に『良くやった』と褒められた。

 一応、本職だったもので。



 救急隊員の人にもそれを伝えて付き添いで養護教諭が乗り込んだ救急車を見送り、額の汗を拭った。


 ふぅ、良いことしたぜ。

 でも、読書をする気が失せた。


 久しぶりに自分の本職的な仕事をしたせいか何だか分からないがテンションが上がってきた。

 今日はもう帰って医療ドラマのDVDでも見てたぎっていよう。


 と下駄箱に向かった。

 ちなみに悪戯防止の為に靴は鞄の中に入ってます。







 次の日、教室に入るなり羽崎さんに凄い形相で睨まれた。

 何だろう?心当たりが無い訳でもないが理由が分からない。


 椅子には鳥もちが仕掛けられていたので空き教室から椅子を持ってきて使った。

 ちなみに鳥もちが付着したままの椅子は仕掛けた人の椅子と放課後こっそり交換しておいたので明日はさぞかし面白い事になるだろう。


 あ、そう言えばあの図書委員長遭遇事件はイベントだった事を寝る時に思い出した。

 確かヒロインが彼の付き添いで病院に行って彼の父親とご対面するのだ。

 そこで色々あって彼の複雑な家庭事情を知り、ヒロインが激怒して父親を説教。

 結果家族関係は修復され、ヒロインは父親にいたく気に入られると言う話だったはずだ。


 図書委員長ルートに入れるかと言う今後のルートの命運を握るワリと重要なイベントだった気がする。

 と言うか羽崎さんまだイベント回収できていなかったのか。

 どうりで睨まれる訳である。


 ふむ、となると付き添いに養護教諭(♂)が行ったから彼がイベントに遭遇して図書委員長の父親に気に入られたのだろうか?


 ヒロインの仕事を養護教諭(♂)がこなす。

 一瞬『それ、何てBLゲー?』と思ったがこれ以上考えたらイケナイ扉を開いてしまいそうだったから自重した。



 放課後、校長室への呼び出しを喰らった。

 その放送を聞いて周りの人間は私に嘲笑を向けてくる。

 要件は検討が付いたので別に何の気負いも無く校長室に向かった。



 「この度はうちの優夜ゆうやを助けて頂き、ありがとう御座いました」

 「………いえ、偶々通りかかっただけですのでお気になさらず」


 深々と頭を下げる図書委員長の父親に偶々通りかかって良かったです、と微笑みを返した。

 一瞬、優夜って誰だ?と思ったが流れ的にあの図書委員長の名前だろう。


 「お恥ずかしい事に私の仕事の事で優夜に悩ませてしまった様でその心労がたたって倒れた様です」

 「お仕事が……それは大変ですねぇ」

 「えぇ、あいつには本当に苦労ばかり……」


 図書委員長の父親の話に相槌を打ちながらどうやったらこの会話の流れから脱出出来るか必死で考える。

 と言うのも、図書委員長の父親の台詞が図書委員長の家族喧嘩勃発イベントの冒頭と同じだからだ。


 この後に私はどうしたら良いでしょうかと言われたらそこが分岐点。

 一つはそのまま頑張る。

 もう一つは新しい分野に手を出す、と言う物で前者を選んだ場合父親の会社は倒産してたくさんの人が路頭に迷う。

 後者は大成功して父親の会社が飛躍的に利益を上げると言う物だ。

 みんなが幸せになるのは後者だが、私はフラグを立てたくない。

 かと言って今の就職氷河期と呼ばれる時代にたくさんの人が路頭に迷う事になるのは元社会人としては忍びない。


 そんなどちらに転んでもストレスを感じる選択肢のあるイベントなんて絶対避けて


 「私はどうしたら良いでしょうか」


 あ、無理っぽい。


 父親のすがる様に目に内心たじろぐ。

 頑張れ私。


 と言うか何で今ここでイベントが起こっているんだ?

 あれか?やっぱり養護教諭(♂)だったらフラグ回収は難しかったのか?

 だったら私じゃなくて羽崎さんに対して発生してくれ。

 寧ろどうぞどうぞと譲りたい。

 そうしたら羽崎さんもハッピー、私もハッピー、図書委員長親子もハッピーで丸く収まったのに!


 「私はどうしたら良いでしょうか」


 答えを催促するように台詞を繰り返された。

 仕方がない。

 二択とも選びたくない、そんな時は………


 「それは、私の様な第三者が口を出すことでは無いと思います。

 まず、その会社はあくまでも貴方の物であって私の物ではありません。

 貴方は会社が大切なんですよね?」

 「ああ、もちろんだ」

 「だとするならば、余計にそれは人に決めて貰う事では無いと思います。

 もし貴方の大切な会社が他人の意見によって潰れたとしても、貴方は絶対後悔しないと断言出来ますか?

 『こんな事になるなら自分で考えて決めれば良かった……』

 と後悔しないと断言出来ますか?

 他人のせいで後悔するより自分のせいで後悔する方が何倍も良いと私は思いますが」

 「………………」


 秘技、本人の意思を尊重しますを発動した。

 これは明確に意見は言っていないが相手にはちゃんと言ったような気をさせる社会人の必殺技である。

 多分、将来役に立つから心のメモリアルに刻んでおいて欲しい。


 私の言葉に図書委員長の父親はしばらく無言で考え込み、再び私に目を向けた時にはその目に強い意志が見て取れた。


 「そうだな、確かに君の言う通りだ。

 悩み過ぎるあまり少し、気が弱くなってどうかしていたようだ。

 ありがとうお嬢さん。

 年若い君にこんな事を教えられる何て私もまだまだだね」


 そう言って微笑んだ図書委員長の父親。

 いえいえと首を振る。


 「何か困ったことがあったらこれに連絡を下さい。

 必ず何らかの力を貸すから」

 「あ、これはどうもご丁寧に」


 名刺を貰い、少し会話をしてから校長室を後にした。


 ふう、何とか喧嘩勃発イベントは阻止出来たようだ。


 校長室から出た私は額の汗を拭い、良い仕事したぜと笑顔を浮かべた。









 次の日の深夜、家の電話が鳴った。

 電話に出た母親が言うには父方の祖父が倒れたらしい。 なにやら最近は人が倒れることが多い様である。


 両親が明日、祖父の家に向かう事になったが遠方なので私には学校があるから残りなさいと言ってきた。

 それに対して私は祖父が心配なので着いていくと激しく主張し、見事了承を得る。

 朝一の新幹線で行くことになった。


 蛇足だが、私はおじいちゃん子だ。










 「おはようって明!?」

 「何があったんだ一体!?」

 「「どうしたのその怪我!?」」

 「折角……治った、のに」



 その日、教室に現れた羽崎さんは右腕をギブスで吊っていた。

 既に教室にいた眼鏡金髪碧眼、赤髪ヤンキーと双子、銀髪無表情がそれにいち早く気付いて羽崎さんに声を掛ける。


 五人の言葉に羽崎さんはその小さくふっくらした唇を噛んで俯いた。

 そして、その大きな瞳から床へとポタポタと雫が落ちる。


 「「!?」」

 「明………!?」

 「一体、どうしたんだ!?」

 「何があったんですか?」


 五人は慌てて羽崎さんに近寄った。

 羽崎さんは真っ先に近くに来た赤髪ヤンキーに抱きついた。


 「ッ………!」

 「火鳥、直ぐに明から離れなさい」

 「鼻の下……伸ばす、な」

 「ちょっ、鼻の下何か伸ばしてねぇよ!!!」

 「「バ火鳥は明ちゃんから離れろ!!」」

 「バ火鳥言うな!!」


 羽崎さんを放置して罵り合いを始める四人。

 うん、やっぱり馬鹿だなこいつら。


 しばらく四人を見つめていた銀髪無表情は赤髪ヤンキーが双子に意識を取られた間に羽崎さんを赤髪ヤンキーから素早く奪い取って自分の腕の中に閉じ込めた。


 「明、何があったのか……教えて?」

 「グスッ……うん」


 俯いている羽崎さんの目尻の涙を優しく拭い語り掛ける銀髪無表情。

 普段の無表情とは違い、今は慈愛を感じさせるとても魅力的な微笑みを浮かべていた。

 羽崎さんはそれに顔を赤らめる。


 銀髪無表情による完璧な漁夫の利である。

 ふむ、彼は中々策士の様だ。

 あれが天然だとすると末恐ろしいものだ。

 そんな二人に他の四人は慌てて割り込みまた揉めるので話が遅々として進まない。

 見ててイライラしてきた。


 結局三分程揉めてからやっと羽崎さんが話し出した。


 「あ、あの、ね?

 今日の朝、早く目が覚めたからちょっとコンビニに行ったの。

 そしたら、その帰りに彼女にまた襲われて………うぅ、怖かったぁ」

 「彼女に、襲われた、って………また、あいつ……?」


 銀髪無表情の問いに羽崎さんは頷いた。


 いやいや、可笑しいだろう。

 何で私は早朝から羽崎さんの出待ちをしているんだよ。

 大体、朝斬りかかられたら普通病院に行ったり何だりで遅刻するだろうに何で普通に学校来ちゃってんの?

 それに、人間が後ろめたい事を起こすのは夜と相場が決まっているだろうに何故朝をチョイスした。


 やっぱり羽崎さんは頭ゆる……ゲフンッ、少しお馬鹿さんなのだろうか。


 「畜生……!昨日の夜だったら病院帰りだし俺たちが一緒にいたからそんな事絶対させやしなかったのに!!!」

 「だから昨日僕が泊まると言ったんです」

 「ふっざけんな眼鏡!」

 「そうだそうだ!」

 「泊まるのは僕たちだから!」

 「それも……違う」


 あぁ、なるほど。

 わざわざ朝をチョイスした理由と睨まれた理由が分かった。


 大方、イベントを回収するために図書委員長の運ばれた病院に行った。

 んで、私のせいでイベントが起こらなかったから焦って事を起こした、と。


 是非とも羽崎さんにこの言葉を送りたい。

 『焦れば事を仕損じる』

 と。


 「何とか荷物を振り回して逃げたんだけど思ったより深かったみたいでお医者さんに行って来たんだぁ」

 「そうですか。

 痕が残らなければ良いのですが………」


 眼鏡金髪碧眼が痛ましげに顔を歪める。

 いや、多分彼女怪我していないぞ。



 「やはり停学程度では駄目だった様ですね」

 「折角明の計らいで停学にしてやったのにそれを……本当、ろくでもない女だなっ!」

 「学習、しない」

 「いっそのこと」

 「あいつも同じ目に合わせる?」


 うっすらと冷笑を浮かべる眼鏡金髪碧眼、心底嫌そうに顔を歪める赤髪ヤンキーと無表情な銀髪無表情に不機嫌な顔の双子。

 聞き耳を立てていた他のクラスメートたちも殺気立っている。


 いや、だから少しは疑えっての。


 「やっぱり物隠した程度じゃ駄目だよね」

 「あいつ全然懲りてねぇみたいだしな」

 「いっそのこと人集めて女の尊厳踏みにじってやる?」


 ひそひそと私に対する報復を相談し始めるクラスメートたち。

 直ぐにでも行動に移しそうな雰囲気だ。

 だが、それを止めようとする人物がいた。


 「そんなの駄目だよ!」


 羽崎さんだった。


 「きっと何か誤解しているんだよ、根っからの悪人何ていないんだから彼女だって話し合ったら分かってくれるはずよ!」

 「明……」


 羽崎さんの言葉にクラスにいた全員が驚いた顔をした。

 しばらくの沈黙の後にクラス中がワッと沸いた。


 「流石羽崎さんね」

 「あぁ、あんなに酷い目に合わされてもまだあんな奴を庇うなんてな」

 「まさに天使………いや、聖女だ!」

 「聖母マリアの生まれ変わりかも知れないわ!!」


 そして口々に羽崎さんを褒め称える言葉を言い始めた。


 聖母マリアの生まれ変わりとかハッ!

 どちらかと言うと毒婦じゃないか?

 他人を貶めて楽しむタイプの。


 そこまで考えて別に毒婦と言う程たちが悪い訳ではないなと考えを改める。


 羽崎さんの場合子猫がじゃれてきている様な感じだ。

 幼稚で我が侭で自己中心的で詰めが甘い。

 本当、可愛らしいものだ。


 思わず、クスリと笑みがもれる。


 「なぁに、何か面白い物でもあったの?」


 突如掛けられた声に意識を端末の画面から横に向けた。


 「うん、ちょっとね」

 「また何か楽しい事でも思い付いたの?」

 「え、何で?」

 「だってあなた小学校の時にあの気に食わないセクハラ教師のセクハラの証拠を集めている時と同じ顔しているもの」

 「……そう?」


 思わず頬を擦る。


 「そうよ、母親・・をなめんじゃないの」

 「………流石」


 私の隣にいる女性は、この世界における私の母親だ。

 なかなか勘が鋭いらしく昔から何かやらかそうとしたら直ぐにバレてしまう。

 だが、本人も私の行動を面白がるだけで犯罪に触れない限り咎めないのでこの親に私あり、って感じだ。


 「いつも言うけど、やるならバレないように、徹底的にやりなさい。

 我が家の家訓よ」

 「了解」


 いや、本当この親に(以下略)


 「後三十分で終点だから降りる準備しときなさいね」

 「はーい」


 私は今、母親と二人で新幹線に乗って祖父母宅に向かっている。

 本当は車で向かう予定だったが父親が今日はどうしても外せない仕事があるとかで車に乗って行ったので新幹線になった。

 今日は金曜日なのでついでに泊まっちゃえとお泊まりセットもばっちりだ。


 母親との会話から意識をイヤホンへと戻すと、どうやら私はHRの時間になった様だ。

 担任がクラスの違う生徒会役員どもを追い出し、出席を取っている。


 「羽崎さん、その怪我はどうしたんですか?」

 「いえ、ちょっと……」

 「ちょっとで腕を吊るとは僕は思えませんが?」

 「大丈夫です。気にしないで下さい!」

 「病院にかかったなら領収書があればもしかしたら保険が降りるかもしれません。

 後で担当の先生の所に行きましょう」

 「いえ……あの、ほ、本当に大丈夫なんです!

 気にしないで下さい!!」


 羽崎さんは焦った様な声を出して担当の提案を固く拒否する。

 やはり、おそらく本当には怪我をしていないか軽傷なのだろう。

 何かの拍子にそれがバレないように必死だ。



 そうそう、担任は定年間近のおじいちゃん先生でチャーミングなお顔と誰にでも公平でえこひいきをしない事で人気だ。

 若い頃はさぞかしモテたであろう。

 現在でも二十歳の頃から連れ添っている奥さんとはラブラブらしい。

 全く、羨ましい限りである。

 リア充爆発しろ。

 おっと、失礼。


 閑話休題。


 担任はしばらく羽崎さんと押し問答していたが彼女が折れない事を悟ると気が変わったらいつでも言って下さいねと言葉をかけて出席確認に戻った。

 出席確認をして連絡事項に入ろうとした担任を銀髪無表情が止める。

 そして私の席を指差して質問した。


 「先生………彼女は?」

 「ん?あぁ、彼女は今日はお休みです」


 担任の言葉にクラスが殺気立った。

 小言で「羽崎さんを切りつけたから」とか「ほとぼりが冷めるまで休む気」とか言っているのが聞こえた。

 が、それは担任の次の言葉でピタリと止んだ。


 「何でも昨夜父方のお祖父さんが倒れたらしく、今朝からそちらに向かうそうですよ」

 「え……?今朝、ですか?」

 「えぇ、始発に乗ると言っていたので今頃新幹線の中でしょうね」

 「…………新幹線」


 クラス中が羽崎さんを見つめる。

 羽崎さんは可憐な笑みを浮かべているが、ひきつっているのが分かった。


 はは、何か面白い事になってきた。


 年柄にもなくわくわくしながら端末の画面を見る。


 「……明、?」

 「ん?なぁにせいくん」

 「………何でも、ない」


 へー、銀髪無表情の名前は静と言うのか。

 知らなかったな。


 彼はにっこりと笑いかける羽崎さんをしばらく見つめた後、頭を振った。

 それはさながら、自分の中に生えた羽崎さんに対する疑惑の芽を振り払おうとしているようだ。

 他のクラスメートたちも羽崎さんの言った事と現実の矛盾に困惑している様子。



 それは、私が少しずつ蒔いていた猜疑心さいぎしんと言う種が芽吹いた瞬間だった。

 羽崎さんを信じ、いくらそれを摘み取ろうとしてもそれはいくらでも芽を出す。

 寧ろ信じようとすればするほど彼女を疑う気持ちが強くなるだろう。

 それこそ心底彼女に傾倒していても心の隅に引っかかり、それから逃れる事はできない。

 さて、後はそれを上手く育てるのみ。

 良い感じに舞台が整ってきたな。


 羽崎さんの行動を予想するに来週の月曜か火曜日辺りに行動を起こすだろう。

 何せ彼女は大きな失敗を犯してしまった。

 何とかその失敗を取り返そうと焦っているはずだ。


 高みで見学しているつもりの彼女をそこから引きずり落として徹底的に叩きのめしてやりたい。

 その時を思い浮かべると顔がほころぶ。



 あぁ、早く来週が来ないかなぁ。


 楽しみで今夜は眠れそうにない。

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