赤髪ヤンキー不屈伝説☆
本作が書籍化されたので記念に書きました。
「478、479、480……」
フッ、フッ、と一定のリズムで呼吸しながら腕立てを続ける。
タンクトップに半ズボンと言うラフな格好をしている体からは大量の汗が流れ落ち、床に小さな水たまりを作っていた。
「499、500」
予定の回数をこなした火鳥はそのまま仰向けに姿勢を変え、今度は腹筋を始める。
一心不乱に筋トレを続けているとドアの窓が開いた。
「312番、もうすぐ消灯時間だ」
「うっす」
声を掛けられると直ぐに衣服を脱ぎ、洗面器に貯めておいた水を使って体を清めて就寝準備を始める火鳥を見て看守は呆れた表情で言う。
「毎日毎日よくもまあ、飽きもせず続けるな」
「……俺には目標があるので」
「目標?」
「はい」
それ以上は語りたくないという雰囲気に看守は肩を竦める。
「目標があるのは大変結構だが、ここを出てから人様に迷惑をかけない目標にしとけよ」
「……っす」
着替えてベッドに横になると同時に部屋の明かりが落ちる。
毎日同じ時間に起き、食事を摂り、仕事をし、筋トレをして就寝。
同じルーチンの一日を火鳥はもう何年も続けていた。
傷害罪、恐喝、殺人未遂、公務執行妨害などの罪で12年の懲役を告げられた火鳥。
運命のあの日、自分が愛した女を傷付けた憎い女に体育館のステージで無様にも床に叩きつけられた。
そのまま拘束具を嵌められ、警察へと引き渡された時の屈辱は何年経とうとも忘れる日はない。
いつかあの女に目に物見せる日が来ると信じて己を鍛え続けた12年はあっという間に過ぎ、釈放された火鳥の元へ明の使いを名乗る男が現れた。
その男が本当はあの女の使いだと言う事は直ぐに分かった。
あの性悪クソ女が自分たちを刑務所にぶち込んだだけで満足するとは到底思えなかったからだ。
12年の間に火鳥は成長した。
少なくとも多少は頭を使う様になり、カッとなって周りが目に入らなくなるのを少しは我慢できる程には。
車の中で出された飲み物や食べ物には一切手をつけず、自身で用意した物を食べる以外はまんじりともせずにただ静かにその時が来るのを待った。
そして車を船へと乗り換え、数時間。
船室で筋トレをしていると間もなく船が到着するというアナウンスが流れたので軽くシャワーを浴びて着替えていると案内人がやってきた。
荷物を肩に油断なく周囲を見回しながら外へと出ると、そこには忘れもしないあの女が記憶よりも成長した姿で浜辺に立っていた。
制服以外の格好を見るのは初めてだったが、あの全てを見越したかの様な余裕綽々の笑顔は記憶のままだ。
拳を握って激情を抑え、女の目を睨むだけに止める。
「お久しぶりですね、火鳥君。 どうやらいきなり殴り掛からない程度には成長したようで嬉しいです」
「うるせぇ、クソ女」
「口が悪いのは相変わらずのようですが」
やれやれとでも言う様に肩を竦めるその姿にイラつきつつ火鳥は口を開く。
「で、何の用で俺をここに連れてきた」
「明のためならば不可能を可能に変えられる」
「あ?」
「貴方がたがあの日私に言った台詞なのですが、覚えていますか?」
「んなこと覚えてるわけねぇだろ」
「あぁ、火鳥君のような残念な知能指数の方が覚えていられるわけないですよね。 失礼しました」
小馬鹿にした調子でそう言いながら軽く頭を下げる女に苛立ちが募っていく。
「あの日、貴方がたは私に先ほどの台詞で啖呵を切られたので有言実行していただきたいと思いまして本日このような場所にご案内させていただきました。
ここは私の所有する孤島でここには多くの野草なども自生しており山羊などの大人しい動物はいますが獰猛な動物は居ません。
周囲の海は鮫などの海洋動物の活動範囲に入っていないので比較的安全な環境ですよ」
「……ここで暮らせってか?」
「ええ、理解が早くて助かります。
最初の一週間はもつ量の食料とナイフなどの基本的な道具などは最初に支給しますが後は自分でどうにかしてください」
女がそう言うと黒服の男が道具が入ったであろう鞄を手渡して来た。
「こちらでも用意しましたが私が信用できないのであればこの場で荷物を確認して下さっても構いませんよ?」
こんな女の言う事が信用できないのは当たり前だ。
火鳥は直ぐに荷物の中身を広げ、確認していく。
女の言った通り一週間分の食料と水、マッチや小型スコップ等の基本的な道具の他に鞘に入った刃渡り15センチ程のナイフもあった。
火鳥はちらりと女の様子を窺う。
女は火鳥の2メートル程前におり、火鳥が荷物を見ている間暇だったのか自分の爪を弄っている。
黒服は火鳥に荷物を渡した後はもう用が無いのか少し離れた場所で周囲を見張っているだけだ。
手に取ったナイフはずっしりとしており、不思議と火鳥の手によく馴染んだ。
深呼吸を一つし、しっかりとナイフを掴んだ火鳥は勢い良く女へと突進した。
「死ね! クソ女!」
目を見開いた女の胸にナイフが突き刺さった。
✻✻✻
「本当に扱いやすいですね、赤髪ヤンキーは」
気が付くと台の様な物に全身を縛り上げられ、見知らぬ天井を見上げていた。
ぼんやりとした意識で唯一自由な首を声のした方向に向けるとあの女が見下ろしていた。
黒い手袋を嵌め、刺したはずのナイフを弄んでいる。
「私が貴方に普通のナイフを渡すとお思いですか? 少しは頭を使う様になったかと思ったのですが気の性だったようですね」
小馬鹿にした表情で肩を竦める女にぼんやりとしていた意識が覚醒する。
「クソが! 何しやがった!!」
「このナイフ、ちょっとしたギミック付きなんですよね。 押したら刃が引っ込むナイフの形のジョークグッズ知っています? あれを改良したもので、押すとほら、このように電気が流れる様になっているんですよね」
女がそう言ってちょいっと指先で刃を押すとバチッと室内に大きな音が鳴った。
「どうせ刺しに来るだろうとは思っていたので防具を着てはいたのですが流石12年間体を鍛えていただけありますね。 純粋な打力だけでかなり痛かったですよ」
「クソが、そのまま死ねば良かったのによ」
「ふふっ、この状況でまだそれだけ悪態が付けるんですね」
「あ?」
「貴方は今身動きが取れない状態で、私に何をされても反撃はできないんですよ? それなのによくもまあ、そんなに強気で居られますね。 逆ハー要員はみんなヒロインと同じ行動をとるんですかね?」
「は? ヒロイン?」
「ええ、羽崎 明さんは貴方の守るべきヒロインでしたよね?」
「ああ、そのことか」
女の言葉に火鳥は皮肉気な顔を浮かべる。
「明の事は確かに大切だった……けどな、今は別だ。俺はお前をぶちのめす! お前をぶちのめして俺が味わった屈辱を味わせてやる!! それだけを目標に今までやってきたんだ!」
「……それは……また、なんとも……」
なんとも言い難い様な表情で見降ろす女にこいつもこんな顔をするのかと火鳥は驚いた。
「……まあ、人生何かしら目標がある方がメリハリも出ますし悪くは無いと思いますよ、ええ……あの変態よりはまだマシな目標ですし」
呟くように言った後半の言葉は火鳥の耳には入らなかったが、女が遠くを眺める様な目をしたのだけは分かった。
火鳥が口を開くよりも早く、女は火鳥の縛り付けられている台から腰を上げた。
「では、名残り惜しいですがこの辺で終わりにしましょう。 またいつか会える日を楽しみにしています」
「は? な、」
そこで火鳥の記憶は途切れる。
「おい、312番。時間だ、起きろ」
次に気が付くと、火鳥は見慣れた天井を見上げていた。
体を起こし、辺りを見渡すと慣れ親しんだ自分の独房だった。
「ボーっとするな、さっさと支度しろ」
声のする方向を見るとドアの窓から看守が火鳥を見下ろしていた。
「あの……俺は……」
「ああ、まだ事情聞いてないのか。 ったく、お前も馬鹿な事をしたもんだな。釈放されたその日のうちに殺人未遂とは。 まあ、お前の場合は殺人未遂を起こすことは想定されていたらしいがな。ちなみに判決はもう決まったぞ、懲役6年だそうだ」
「6年……俺は、一体どれくらい寝ていたんですか」
「一日だな。まあ、今日からまた6年頑張れよ。 とりあえず今は食事だ、さっさと準備しろ」
看守の言葉にまだぼんやりとしていた火鳥は慌ててベッドから降りて身支度を始める。
12年の生活で身に染み付いているのでその動きは速い。
ふと、手のひらに痛みを感じた火鳥は身支度をとめ、手のひらに目を落とした。
気が付かなかったがそこには包帯が巻かれていた。
一度意識するとジクジクと痛み出すその手は丁度、女にナイフを振り下ろした手だ。
一気に意識が覚醒した火鳥は手をグッと握りしめ、その痛みを記憶に焼き付ける。
今回は負けてしまったが6年後、必ずまたチャンスはやってくる。
再び女と会い見えたその時に必ず自らが受けた屈辱と痛みを味わせる事を火鳥は誓った。
その赤い目には強い意志が宿っていた。




