彼は彼女に永遠の愛を捧げる~後編~
続きです。
差し出されたその手を少しの間見つめ、金那鳥は首を横に振った。
「いいえ、復讐はしません。
確かに明は僕を裏切ったかもしれません。
僕に愛を囁いたその口で他の男に愛を囁いて、その身を他の男に穢されているのかもしれません。
それでも、僕はまだ彼女の事を愛しています。
愛する女性に危害を加える事などしたくないですし加わる事も求めていないです。
……もし、貴女が明に危害を加えると言うのならば愛する女性の、明の為に、残りの人生を犠牲にしてでも僕はそれを阻止します」
金那鳥の言葉を聞いた女は艶やかに笑い、頷いた。
「裏切られても尚、愛し続けてその女の幸せを願う。
その心意気はとても素晴らしいですね。
では、そんな貴方の為に羽崎さんを救うチャンスを一つあげましょう」
「チャンス?」
「はい、私達が今いるのはとある場所にある孤島です。
ここで今後の人生を過ごして下さい」
「………はぁ?」
「写真を入手しているあたりで理解しているかもしれませんが、私は羽崎さんにいつでも手を出すことができます。
ですが、貴方がここで過ごしている間だけは今の羽崎さんに手を出さないと約束しましょう。
ただし、この島から脱出を図ったり私達へ反旗を翻そうとしたらその瞬間から貴方の愛する羽崎さんがどうなるのかは保障しません。
どうですか?この提案、受けますか?」
受けるも何も断らせる気は更々無いだろうその提案を金那鳥は一も二も無く承諾した。
「ここには多くの野草なども自生しており山羊などの大人しい動物はいますが獰猛な動物は居ません。
周囲の海は獰猛な鮫などの海洋動物の活動範囲に入っていないので比較的安全でしょう」
「そうですか」
「最初の一週間はもつ量の食料とナイフなどの基本的な道具などは最初に支給しますが後は自分でどうにかしてください」
「野草の知識などを教えて貰えるのでしょうか?
それかそれらサバイバルの知識が乗った本などでもいいのですが」
「何を言っているんですか?寝言は寝て言って下さい。
貴方の心意気を認めて当初の予定を変更して一週間分の食料や道具を渡すだけでも大分譲歩しているのですよ?」
リムジンや食事など今までの対応が最後の情けだった事を理解すると共に、言外に着の身着のままで放り出す予定だったと語られて背筋が凍った。
明への愛により助けられたことを理解し、心の中で明への感謝を捧げる。
「羽崎さんの為ならば不可能を可能にかえる、貴方方が過去に言った言葉です。
今こそ有言実行、その愛を証明して下さい」
「言われなくてもそのつもりです。貴女の方こそ約束を違わないことですね」
一週間分の食料と言う事はその一週間の間に生活の基盤を作らなければいけないのかと金那鳥は思案する。
一先ず水源と雨風を凌げる場所の確保をしなければいけないだろう。
そうと決まれば行動は早い方が良い。
太陽の位置を見るに今はまだ午前中の様で夜になる前に何とかするために早く行動に移ろうと金那鳥は決意した。
「では、早く食料と道具一式を下さい」
「今、持って来させます」
女の合図に待機していた黒服が船内へと戻っていった。
荷物を待っている間ふと、口を開く。
「……もし、もしですが僕が貴方の提案を飲まなかった場合はどうしていたのですか?」
「ああ、その場合でも結末は変わりませんよ」
どうあっても提案を飲ませたと言う事だろうか。
目の前の女が言った言葉に疑問が浮かぶ。
「例え過去に言った言葉であろうと自らが言った言葉の責任は取って貰います。
提案を飲もうが飲むまいが初期装備以外は貴方方にこれから一生、死ぬまでこの無人島で生活して貰う事には変わりませんからね。
あぁ、そうそう。
実は貴方方の中で一番刑期の短かった火鳥君が一足先にこの島に来たのですが、彼は貴方と違って全く成長していませんでしたね。
ナイフを与えたらその場で斬りかかってきましたので刑務所へ送り返させて頂きました」
事も無げに告げた女の言葉に、自分も一歩間違えれば同じ道を辿っていた可能性に戦慄した。
「安心してください、刑期を終えた貴方の他のお友達もここに来る予定です。
寂しくはないですよ」
そう言って微笑んだ女が金那鳥には悪魔にしか見えなかった。
そうして孤島に閉じ込められた金那鳥は必死で生きた。
名も知らぬ草を食べ、泥水をすすり、幻覚を見たり腹を下したりと悶え苦しみながらも愛する女の為に必死に生きた。
幸運にも水源と洞窟を見つけることができ、何とか死なない程度の生活をできるようになった。
暫くしてから女の言葉通り刑期を終えた仲間もやって来て人手も増えた。
金那鳥の様に女の提案を飲んだ者や過去の自分の行いを受け入れた者は女から物資を与えられ、明にすでに恋慕の情が無く、過去の行いを過去は過去などと開き直った者や女に反抗的な態度を取った者は何も与えられずに放り出された。
そんな物資の無い者を見た金那鳥は思わず舌打ちをした。
どうしてもっと賢く生きられないのか、と。
とは言っても賢く生きられていたのならば今頃ここにいるような状況に陥ることはなかったのだろう、と自嘲する。
島にやってきた生徒会長は反発した。
双子は泣き喚き、命乞いをした。
顧問は謝罪と言い訳を繰り返した。
これから一生島から出る事はできない、そんな事実を受け入れようとしない彼らの見苦しさに嫌悪を覚えた。
時たま自分が良い思いをしようとした奴らとの仲間割れも勃発した。
金那鳥が確保した住居と食料を取り上げ、彼を使用人の様に扱おうとした者がいた。
刑期を終えたら自分が明を守るんだとひたすら鍛錬していた金那鳥は彼らを退けるだけの膂力は養われていた様で、今では金那鳥がこの島の支配者となった。
皮肉な事に、生徒会長に対して抱いていた永久の2番手と言うコンプレックスはここでの生活によって無くなっていた。
これも明のお陰だと金那鳥は明に感謝の祈りを捧げた。
明の為に金那鳥は死ぬ気は無かったが無理矢理この孤島に住むことになった者の中には死んで楽になろうと自殺を図った者もいた。
だが、そんな時は何処からともなく現れた者たちが冷静に対処し、なんの後遺症もなく治療されてまた放り出された。
その様子を見て金那鳥は理解した。
あの女は死ぬまで自分達を飼い殺すつもりだ、と。
時たま思い出した様に種や鍬などの物資が渡され、それらで自分達で食料を育てる事に成功した。
食べられる野草を摘んできては畑に植えて育てていく。
鍬を振るい、今日も畑仕事の精を出す金那鳥。
汗ばんだ額に心地の良い風が吹き抜けていく。
汗を拭い、空を見上げる。
この現状を不幸と言う人はいるだろう。
だが、金那鳥にとっては幸福だった。
自分が生涯をかけて愛すると決めた人間を想い続けられるのだから。
例え、彼女にこの先一生会う事が出来なくても、彼女を想う事はできる。
厳しい一日を乗り越える度に自分が彼女を守っているのだと感じる事ができる。
金那鳥の心は充実していた。
愛する者の為に人生をかけれる事に満足していた。
今日も彼は日課である羽崎明への祈りを捧げる。
「愛しています、明。
今日も貴女の幸福の為に頑張ります。
どうか、貴女が笑顔で過ごせますように」
そうして彼は彼女に永遠の愛を捧げる。




