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「あなた方はもう家族には見放されていますよ」
「そ、そんな訳ない!」「ま、ママが僕らを裏切ったりなんか!」「「絶対にしない!!」」
双子が両手をグッと握りしめながら涙目で私を睨む。
怖いと言うより可愛い。
何と言うかあれだな、例えるなら自分の望む事を否定されて必死な保育園児に涙目で睨まれているようだ。
何だろう、二人を見るとこう、ゾクゾクしてもっと泣かせたくなってくる。
なるほど、これが嗜虐性か。
そう考えた瞬間、何かを察知したのか隣のドMからギリギリと歯ぎしりをするような音が聞こえた。
何だろう、この音を聞くとゾクゾクしてこの場から、と言うかこの変態から逃げ出したくなる。
なるほど、これが悪寒と言うやつか。
ぶわっと立つ鳥肌を擦りながら口を開く。
「お二人のご両親は確か、世界的に有名な宝石ブランド『ツインジュエリー』の創設者ですよね。
お母様がデザイン、お父様が加工を勤めているとか」
「「そうだけどそれがなに?」」
「いえ、ただ、お母様は最近スランプに陥り気味だったそうですね。
書いても満足のできる物が出来ない、出来たとしても既存の物の模倣作のようになってしまう。
けれど来月には新作発表会、ハリウッドの映画で使いたいからとオファー、『ツインジュエリー』の美術展で目玉にしたいからと書き下ろしデザインの制作。
結構追い詰められていたらしいですね?
………それこそ人様のデザインを盗作する位には」
「「ママはそんなことしない!!!」」
双子は声を揃えて叫んだ。
「ママは、ママは凄いんだぞ!」「僕らをモデルに宝石をデザインしてくれたんだ!」「パパと二人でお店を開いて世界一にしたんだぞ!「そんなママがそんな卑怯な事を……」「「するわけない!!」」
私は思った。
普通に喋れや。
何故双子って片割れの言葉の続きを言いたがるのだろうか。
「彼女が行き詰まっていた時、彼女のアシスタントの一人がデザインを見て欲しいととある一冊のスケッチブックを彼女に差し出しました。
良い気分転換になるかとそのスケッチブックを開いた彼女はその中のデザインを見て驚きます。
何故なら、そこには彼女が思いもしないアイディアの数々が。
そして、それはまさに彼女が描きたかった物そのものでした。
感心するよりも強く彼女は若いその才能に嫉妬しました。
何食わぬ顔でしばらくスケッチブックを預かると言った彼女は無断でそのデザインを使用。
そして、あたかも自分がデザインしたかねように発表したのです。
これを知り、何かの間違いではと困惑したアシスタントが彼女にその事を聞いたが彼女はあっさりそれを肯定、そして抗議するアシスタントに自分に逆らったらこの先一生この業界で日の目を見ることはないと脅迫をしたのでした」
「「嘘だ嘘だ嘘だ!!!」」
双子の言葉を無視して、私はまるでお伽噺を詠むかのように言葉を続ける。
「やり場の無い怒りと、これから永遠に逃れることの出来ないであろう悪夢に思い悩んでいたアシスタントはある時、一人の少女に出会います。
その少女は彼女を愛していましたがアシスタントと同じ、いえ、それ以上に彼女を憎んでもいました。
しかし、それ以上に彼女の息子たちを憎んでいました。
何をしても、何を頑張っても何もしていないくせに、何も頑張ってもいないくせに少女の欲しい物を奪っていく息子たちを。
こうして、出会うべくして出会った二人は彼女を嫌いな者どおし当然の如く意気投合。
そして、ある計画を立てたのです。
彼女から、その息子たちから大切なものを奪ってしまおう、と」
そこで言葉を切った私に双子が詰め寄った。
「「お、お前なんかに明ちゃんは渡さないからなぁ!!」」
「そんなのいりませんよ」
バッサリと正面から切って捨てる。
「二人が奪ったのは彼女、貴殿方の母親の経営する『ツインジュエリー』です。
今頃、記者会見でツインジュエリー社長の犯した不祥事が発表されていることでしょう。
それと同時に新たな社長就任のことも」
「「僕らはお前が社長だなんて認めないからな!!!
パパだって絶対反対するさ!!」」
二人の言葉にはてっと首を傾げる。
「いつ私がツインジュエリーを乗っ取るといいました?
ツインジュエリーの新たな社長はお二人のお姉さまですよ。
そしてそれにお父様も賛成しています」
双子はきょとんとした表情を浮かべた。
「「なんでパパとお姉ちゃんがママを裏切るのさ」」
こいつらは私の話を聞いていなかったのか。
「お二人は裏切った訳ではありませんよ。
ただ、愛する妻が、母が間違った道を歩もうとするのを止めただけです。
そして、大切なものを守るために取捨選択を行いその結果、貴殿方二人が勘当されることが決定しただけです」
「「パパとお姉ちゃんがそんなことする訳ない!!」
「いいえ、むしろ嬉々としてその提案をしたのはお姉さまです」
「「嘘だ!!」」
頑なに真実を受け入れようとしない二人には最早哀れみすらわいてくる。
「信じられないのなら中継をつなぎましょう」
照明が落ち、スクリーンにまるで人形の様に整った顔立ちの若い女性が映った。
何処か双子に似た雰囲気を感じるのはやはり血の繋がった姉弟だからだろうか。
「「お姉ちゃん!!」」
『久しぶりね、二人とも。
ここ最近二人とも自分のマンションに籠りっきりで家に全然帰って来ていなかったから顔を見るのは一ヶ月ぶり位じゃないかしら?』
「「そうだね〜」」
「お姉ちゃん」「僕らが勘当されたなんて」「馬鹿なことを聞いたんだけど」「嘘だよね?」
『あら、もう知ってるのね。
じゃあ話は早いわ。
彼女から話は聞いていると思うけど、そう言う訳であんたたちとは縁を切ることになったから金輪際うちには関わらないで頂戴ね』
「「………え?」」
『それと、あんたたちのマンションはもう解約したから。
荷物は一ヶ月だけこっちで借りた倉庫に置いておくから一ヶ月のうちになんとかすることね。
あぁ、そうそう。
貯金とかも差し押さえたからカードはもう使えないわよ。
子会社とかにも通達はしてあるから会社の名前で何かをしてもらおうとか考えるのは止めることね。
無駄だから』
「「お姉ちゃん………?」」
『あんたたちとはもう何の関係もない赤の他人なんだからお姉ちゃんとか言うの止めてくれるかしら』
「「な、何でこんな酷いことするの!?
そこにいる女のせい!?」」
『いいえ、どちらかというとあんたたち自身のせいよ。
あんたたちが先のことを考えずに行動した結果がこれ。
ま、私はあんたが大っ嫌いだったから嬉しいことこの上ないけどね』
「「嘘だ!!」」「だってお姉ちゃん、あんなに」「僕らに優しくしてくれたのに!」
双子の言葉を彼女ははっと鼻で笑った。
『それは、あんたたちがツインジュエリーの跡継ぎだったからよ。
いくら身内とは言え嫌われたらあんたたち何をするか分からないし、親しくした方が将来的にはプラスになるでしょう。
あんたたち自身に好意を持っていた訳じゃない。
あんたたちの持っていた『ツインジュエリーの跡取り』という肩書きに好意を持っていたのよ。
私だけじゃない、あんたたちの周りにいる人間だって大体そんなものよ。
違いがあるとしたらあんたたちの顔がタイプだからとかその程度でしょう』
双子はショックを受けた様な顔でスクリーンから目を外し、羽崎さんの方を見た。
「「あ、明ちゃん………明ちゃんは違うよね……?
明ちゃんは肩書きじゃなくてちゃんと僕たちを見てくれたよね?
だって僕らを見分けてくれたもんね?」」
羽崎さんは赤髪ヤンキーの傍を離れ、双子へと近付いた。
「もちろん!あたしが二人を間違える訳ないじゃない!
だから安心して?」
「「明ちゃん……!」」
ひしっと抱き合う三人。
『あら、その娘が二人が夢中になっている噂のお嬢さんね』
「夢中だなんて、そんな……。
初めまして、羽崎明です。
どうぞよろしくお願いします、お姉さま」
まるで何処かのお姫様の様にスカートの両端を上げて挨拶をする羽崎さん。
『話を聞くと二人を見分けたから仲良くなったとか。
本当なの?』
「はい、本当です」
『そう………………………ふっ、くっ………あはははははははは!!!!』
突然笑い出した彼女に双子と羽崎さんは唖然とした。
たっぷり30秒程笑った彼女は目尻に浮かんだ涙をハンカチで拭う。
『ふふっ、失礼。
その程度の事で他人にそれほど依存する二人が憐れで思わず笑ってしまったわ。
こんなに笑ったのは会社を乗っ取った以来よ』
「あ、憐れって……!
家族にすら見分けてもらえなかった二人がどれだけ悲しかったか貴女は知らないからそんなことが言えるのよ!!
二人に謝って下さい!」
「そうだよ!」「お姉ちゃんだって僕らのこと」「見分けられないクセに!」
『そこにいる愚かな女の右手側が弟、左手側が兄でしょう』
彼女の言葉に双子は驚いた表情を浮かべた。
「「ち、違うもん」」
『直ぐバレる嘘はやめなさい、見苦しい。
元とは言え家族が見分けられない訳ないでしょう』
「「で、でも!今まで当てたこと何てたまにしか!」」
『お母様の命令よ。
当てたらあんたたちが母親より私になつくからって。
まぁ、その様子だとお母様も間違えていたみたいね』
「「ママが……?」」
「騙されちゃだめよ!!
二人のお姉さまが本当のことを言っているとは限らないわ!
もしかしたら私たちを試す為に嘘を言っているかもしれないもの」
『あら、随分な物言いね』
心外だと眉を寄せる彼女。
『試す段階なんてとうに過ぎてそこにいる人たちは全員家族から見限られているもの。
私だってそこにいる双子はもう要らないわ。
今更嘘なんて吐く必要ないわよ。
ねぇ、もう良いかしら?
まだ就任したばかりだから仕事が溜まっているのよ』
「えぇ、もちろんです。
お忙しいところありがとうございました」
『ふふ、どういたしまして。
時間があったらまたお茶しましょうね』
パチンッとウインクをした後、通信は途絶えた。
うん、美人が茶目っ気たっぷりにするウインク程眼福な物はない。
さて、と双子に視線を向けると双子とも頭を抱えて何やらブツブツ言っている。
「「……嘘だ……嘘だ……夢だ……夢なんだ……」」
「夢じゃないですよ。
これは紛れもない現実です。
どうですか?捨てられた気分は?」
「「僕らは捨てられて何かいない!!」」
「いいえ、捨てられたんですよ」
「「違うっ!!違う違う違う違う違う違う違う違う!!!僕らは捨てられてなんかいない!!全部お前が仕組んだことじゃないか!」」
頭をかきむしり、ヒステリックに叫ぶ双子。
ちなみに実の娘と愛する旦那に盗作の証拠を突き付けられた二人の母親もヒステリックに叫んで最終的には私に掴み掛りお前のせいだと言い始めた。
まさにこの親にしてこの子供ありだ。
「「こんなことして恥ずかしくないの!?恥を知れ!」」
「……何を言うかと思えば、恥を知れ?
貴方たち親子こそ恥と常識を知りなさい。
やって良いことと悪いことの区別すらつかないのですか?」
まぁ、つかないからこんな事態に陥っている訳だが。
「女にかまけて仕事を投げ捨て、他人をたぶらかしてはその人の人生を狂わせ。
他人を使って私を襲わせ、これだけの目に合わされて言われてもまだ目を醒まさない。
本当に愚かですね。
だから捨てられたんですよ」
「「違うっ!違う違う違う違う違う!!捨てられてなんかない!捨てられてなんかないもん!!!
お前の言うことなんか信じないもんね!!
バーカ!バーカ!!」」
そう言うと二人揃ってステージから飛び降り、一般生徒たちを掻き分けて入り口へと向かっていく。
舞台袖を見ると、スーツの一人がインカムで通信していた。
ちなみに入り口にも人を待機させてあるのでそのうち双子を引き摺って来てくれるだろう。
ペロリっと小さく舌舐めずりをする。
さて、いよいよメインディッシュだ。
自分でできる限りの最高の笑顔を向けて羽崎さんへと向き直る。
「では、羽崎さん。
お待たせしました。
いよいよ貴女の番ですよ」
私の視線を受けた羽崎さんは赤髪ヤンキーへとすがり付く。
何を言ったのかは分からないが、羽崎さんの口元が動いたのが見えた。
それを聞いた赤髪ヤンキーは神妙な顔で頷く。
「明……。
あぁ、分かった。
お前は俺が守る」
羽崎さんをそっと自分の身から離した赤髪ヤンキーはこちらへと向き直る。
その目はギラギラと視線で人が殺せそうな程殺意に満ちている。
ダンッ!!
6メートル程あった距離を一瞬で詰めた赤髪ヤンキーの拳が顔面へと襲ってきた。
視界の端で図書委員長が何かを叫ぶのが見えたが、私にはそれを聞く余裕は無かった。




