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「まぁ、そんな無能な生徒会長にも劣る永遠の二番手もいる訳ですが」
そう言って副会長をチラ見すると副会長は頬をヒクリッとひきつらせた。
「何故そこで僕の方をわざとらしく見るんですか?
誰が永遠の二番手ですか」
「え?
すみません副会長の方を見たつもりは無かったのですが………。
そう思うってことは自分が永遠の二番手だと思っているんですか?」
いっそあざとい位にきょとんとした表情で副会長に問い掛けると彼は盛大に顔を歪めた。
あぁ、楽しい。
この手の人間は弄るのが楽し過ぎて困る。
「まぁ、確かにそう言われて見たら二番手ですよね副会長。
テストでは毎回生徒会長に次ぐ二位ですし、家族構成も次男ですし、生徒会役員の人気投票でも二番人気ですしそれに………」
ここでわざとらしく溜めてから言葉を続ける。
「折角学校外でチームを作っても結局は二番手になってしまったみたいですしねぇ?」
「!?」
私の言葉に副会長が身体を強張らせたのが良く分かった。
「んー、何でしたっけ?
緋鴉?」
「な、何のことですかね?」
「さぁー?何のことでしょう?」
にっこりと意味深に副会長に笑いかけると副会長は冷や汗を垂らしながらぎこちない笑いを返してきた。
そんな私と副会長のやりとりを見て面白くないのが約二名。
一名は言わずもがな隣のドM君だ。
隣と言うか今は私の背後にいるのだが、何かギリギリと音が聞こえる。
絶対に後ろは振り向くまい。
一方、ドMでない方の一名である羽崎さんは不機嫌そうな表情で私と副会長の間に割り込んできた。
「緋鴉って何?
アン……貴女が楓君の何を知っているの?」
「あれ?
羽崎さんは知らないんですか?
副会長と仲の良い貴女なら聞かされているかと思ったのですが?」
私の言葉に一瞬悔しげな表情を見せる羽崎さん。
ちなみに今更だが副会長の下の名前は楓と言う。
興味ないから覚えないけど。
「んー、どうしましょうか。
本人が知られたくない事を他人がペラペラと喋るのは常識的に考えてどうかと思いますし………あぁ、これは言うなれば私と副会長、二人だけのひ・み・つ、ってやつですね」
ここでパチンッと星が飛びそうなウインクを副会長にすれば完璧である。
「……二人、だけの秘密………。
楓君、どうして私には言ってくれないの?」
「えっと、いや、その………」
計算通り羽崎さんは副会長に詰め寄り尋問を始めた。
副会長はうろたえている。
うむ、我ながらやっててうざいなと思ったがやって良かった。
効果は絶大だ。
「どうして私には言えないの?
楓君は私が嫌いなんだね………」
「違います!僕が明を嫌う訳無いでしょう!?
そんな事、世界がひっくり返ってもあり得ません!!」
「じゃあ、教えてくれる?」
「そ、それは………」
「やっぱり嫌いなんだ………」
「嫌ってなんか………」
「じゃあ、教えてくれるよね?」
「いや、あの……」
どっかの村人との会話みたいだ。
実にアホらしくて滑稽な感じがして良いのだが、村人と同じ無限ループでは一向に話が進まないので強制的に進ませて貰う事にした。
「ではでは、副会長は言いにくいみたいなので僭越ながら私から説明させて頂きましょうか」
「なっ!?待て!!」
「待ちません」
「さっきの常識的に考えての件はどうした!?」
「キオクニゴザイマセン。
では皆さん、スクリーンをご覧下さい」
阻止しようとする副会長を尻目に解説は始まった。
「『緋鴉』はここ最近この辺りの数多のチームを押し退けて急激に成長している不良チームです。
窃盗、暴行、恐喝、色々と過激な事をしていますねぇ。
緋い鴉なんて名前なのでてっきり火鳥さんが立ち上げたのかと思っていたのですがまさか副会長だったとは。
いやぁ、驚きました。
あ、そうそう。
素朴な疑問なのですが、この『緋鴉』の名前は私が今言った通りのミスリードをさせるためですか?」
「はぁ!?」
赤髪ヤンキーが驚きの声をあげるが無視して副会長を見る。
私の質問に副会長は沈黙を返すだけだ。
まあ、別に副会長が口を開こうが開かまいが大した支障ではないのだが。
それに、私としては緋鴉の情報はここからが面白いのだ。
「緋鴉の特色は完全なる実力主義。
武力ではもちろん、頭脳的な面の実力も重視される事から一人と言う少人数で三十人と言う大人数を相手に見事な作戦で大立ち回りをする程の能力を持った人物も緋鴉には所属しています。
ちなみにその人物は畏怖と尊敬の念を込めて『先輩』と呼ばれ、最近では『緋鴉』創設者である副会長を押し退けてヘッドと呼ばれつつあるとか。
ねぇ、『先輩』?」
私が問い掛けた先には保健委員長である茶枝鳥亮がいた。
彼は一瞬驚いた表情を浮かべた後、爽やか系担当とか呼ばれるにふさわしい笑顔を浮かべ私の問い掛けに頷いた。
「……はは、その分だと何もかも分かってるみたいだね。
じゃあ、隠すだけ無駄かな。
…君の言う通り、俺は『緋鴉』に所属しているし一部の人からは先輩なんて名称で呼ばれているみたいだね」
「素直に認めて頂いてありがとうございます。
では、この質問にも素直に答えて頂けると嬉しいです。
貴方は『緋鴉』を乗っ取るつもりでしたね?」
「なっ!?」
副会長は目を見開いて顧問の方を勢いよく振り向いた。
彼は副会長に笑いかけてから肩を竦めて口を開く。
「まぁ、狙ってやった訳じゃないんだけどね。
副会長は長年武道を習っていたみたいだけど所詮子供のお遊びでルール無用な喧嘩では不意打ちとかに弱くてそこそこの強さしかなかったし、俺が思っていた以上に副会長はカリスマとかそう言うのが無かったみたいでさ。
一から新しいチームを造り上げる手腕はあっても残念ながら『創設者』と言う肩書き以外はチーム中での地位を維持出来なかったみたいだ。
その点俺は昔はワリとやんちゃしてたからルール無用なら火鳥と良いとこ持っていけるんじゃないかって自負する位は自信あるんだよね。
同年代なら扱いもある程度知っているし人心掌握くらいは、ね」
「なるほど。
そんなこんなである程度信頼を得てから薬を売り付けたんですね」
「は?薬?
一体どういう事ですか茶枝鳥先輩………っ!もしかして、最近のグループ内での騒ぎの原因は……」
詰め寄る副会長をまあまあと手で征する保健委員長。
「副会長も分かると思うけど十代には悩みが多いだろ?
俺は頼れる先輩として彼らの悩みを聞いて軽減、解消に繋げていただけだよ」
「先輩。
みんなの頼れる先輩が嘘を後輩に吐いては駄目じゃないですか」
にっこりと微笑みながらやんわりと保健委員長の言葉に訂正をいれる。
「正確には悩みを解消してあげると言って違法薬物を売り付けていた。
ですよね?」
「………ははははは、面白い冗談だね。
生徒の見本になるための生徒会役員たる俺がヘロインなんて売り付ける訳ないだろう?
謂れのない妄言は止して欲しいな」
あらま、こんな典型的な手に引っ掛かるとは。
と言うか本当に馬鹿なのか?
乙女ゲーのヒーローだったらもうちょっと頭が回りそうなものだが。
チョロすぎて欠伸がでそうだ。
「謂れのないも何も、たった今ボロを出てくれたじゃないですか」
「え?ボロ?」
「私は違法薬物とは言いましたがヘロインとは言ってませんよ?
何故ヘロインだと?」
「……偶々さ」
「へぇ、偶々ですか。
では次は、それが偶々ではないことを証明しましょうか。
皆様、スクリーンをご覧下さい」
指をパチッと鳴らすとスクリーンに数枚の写真が表示された。
いずれも相手は違えど保健委員長が制服を着た生徒や私服の少年少女に白っぽい何かを渡していたり、白っぽい何かを見せたりしている写真だった。
生徒だけではなく、教師たちからもどよめきが上がる。
「保健委員長、この白っぽい何か粉の様な物は何ですか?」
「………小麦粉、とか?」
「へぇ、なるほど。
私、小麦粉ってケーキとかクッキーとかうどんなどを作るのに使うと思っていました。
こんな風に炙ったり吸ったり注射したりするんですね。
初めて知りましたよ」
私の言葉と共にスクリーンに映し出される写真にだらだらと冷や汗を垂らす保健委員長。
「無駄な足掻きは止めたらどうですか?
みっともない。
これだけ証拠があるのですからこれ以上醜態を晒すのは止した方が良いですよ?
あぁ、そうそう。
保健委員長って確か、お祖父様が某大学病院の医院長でしたよね?」
私が病院名を告げると何人もの生徒が驚きの声を上げた。
この病院はこの辺りで、と言うより日本で一番大きな病院と言っても過言ではない程の規模を持つ病院で、様々な分野で有名な医者を多く抱えている。
そのため、患者数も多くその収入は年商2000億とも言われている。
そこの医院長と言うことはつまり、超リッチと言う事を意味する。
保健委員長を冷めた目で見つめていた女子生徒の目の色が変わった。
何て言うかこう、捕食者のように爛々としている気がする。
だがすまない。
彼女たちが保健委員長の玉の輿に乗れる日は永久にこないだろう。
「……………それが何か?」
「貴方のヘロインの入手経路も調べさせて貰いました」
私の言葉を聞いた途端、保健委員長の顔色が変わった。
「医院長は前々から独自のルートでヘロインを仕入れ、それを原価より遥かに高額で様々な方に売り捌いて荒稼ぎしていたらしいですね。
そして貴方はそれをちょろまかして売り捌いて小遣いを稼ぐっと。
いやぁ、考えましたね。
一体、いくら儲けたんですか?
私の推定では学生にしか売っていなかったとしても軽く一千万はいっていると思うのですが。
それにしてもまさか、大病院の医院長様が売人まがいのことをしていたなんて。
本来、人の命を助ける仕事の人間が若者の人生を狂わし、あまつさえその命を奪いかねないことをしているとは……。
嘆かわしい、医者の風上にも置けませんね。
本当、ヘドが出ます」
ヘロインは「薬物の王様」の代名詞を持つ程依存性の高い麻薬で、アメリカでは乱用者に最も好まれている薬物だ。
精神面での依存性はもちろん、肉体面では禁断症状として身体中の関節に走る激痛、小風に撫でられただけで素肌に感じる激痛、体温の調整機能に生じる狂いによる激暑と酷寒の体感の数秒ごとの循環、身体中に沸き上がる強烈な不快感と倦怠感などが挙げられる。
そして、こうした一連の症状は「地獄そのもの以外の何でもない」などと表現される程苛烈なものでそれにより命を断つ者も少なくは無い。
そしてヘロインの恐ろしいところは、免疫系をあっという間に破壊することだ。
常用者はやがて病気がちになり、極端に痩せ衰え、最後には死に至る。
その危険性ゆえに年に一回は政府から厳しいチェックが入る。
医療知識がある以上、その事実を知らないはずが無いのだ。
それなのにそんな危険極まりない物を若者に売り付けていた。
この事実を知った時、怒りで目の前が赤く染まった。
大病院の医院長が何さらしてくれとんねん。
元医者の身としては赦しがたい行為だ。
「ちなみにこの情報は既に警察にリークしてあります」
その言葉に保健委員長は慌てて制服のポケットから携帯を取り出すと何処かへと電話を掛け始めた。
が、電話は一向に繋がる気配が無い。
保健委員長のその顔は焦燥で満ちている。
「無駄ですよ。
今頃は警察が貴方のお祖父様のところに押し掛けていることでしょう。
直に貴方のもとにも事情聴取に来るはずですよ」
私の言葉を聞いた保健委員長はサッと身を翻し、舞台からの逃亡を図った。
が、舞台袖にて控えていた屈強な男たちによって瞬時に捕らえられ、縄で椅子に縛り付けられた。
「くそっ!!
離せっ!俺を誰だと思っている!!!!」
椅子に縛り付けられた状態でそう叫ぶ保健委員長を冷めた目で見下し、私は言った。
「誰も何も貴方はただの犯罪者でしょう」
「違うっ!!明!俺を信じて!!俺は何もやっていない!」
この期に及んでまだ認めない上に羽崎さんに固執するのか。
何だかもう呆れを通り越して感心してしまう。
取り敢えず五月蝿いので黙って貰う事にした。
男たちに指示して保健委員長に猿轡を噛ませる。
五月蝿い保健委員長を途中退場させない理由はただ一つ。
彼と同じ愚かな人間の末路を見届けさせる為だ。
椅子に縛り付けられた保健委員長に近付き、彼の耳元に唇を寄せてそっと囁く。
「貴方は自分の一時の幸せの為に何人もの人の人生を踏みにじったのですよ?
…………その報いと愚かしさをその身の髄にまで思い知らせてやる」
後半の言葉にはありったけの怒りと侮蔑と殺意を込めた。
保健委員長が身を震わせる。
ふと、異臭が鼻を掠める。
見ると、保健委員長の股間がみるみると濡れていっているのが分かった。
「あらあら、良い歳こいて漏らしてしまったんですか?
しょうがない方ですねぇ。
でも大丈夫です。
写真にばっちり収めて後でネットに流しておくんで安心して下さいね」
にっこりと微笑み、保健委員長の頬をするりと一撫ですると元の立ち位置へと戻った。
「お待たせしました。
では、続きといきましょうか」
さて、次だ。
ようやく医者っぽい感じになってきた気がします。
あ、ちょっと色々修正しました。




