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後編

 前編の続きです。

 もうこっからパロディと言えなくなってきている気がします。

 温かい目で読んでいただければと思います。

【後編】


「そうだ、来週からの視察にお前は付いてくるのか?」

「視察?」

 それはシンデレラが入城してから二ヶ月が経とうとしている頃。いつものように王子付き護衛としてロアの執務室で時間つぶしの読書をしていると、ふとロアが書類から顔を上げて訊ねてきた。

「視察って何? 隊長からは何も聞いてないけど」

 読んでいた本から顔を上げて考えるが視察のことなど言われた覚えはないし、隊長以外の人からも視察という単語は聞いたことがない。

「そうか、じゃあお前は城に残るんだな」

 ロアは理解しているようでシンデレラの返事に少し残念そうに頷き、また書類に顔を向ける。

 シンデレラも疑問が残る話だったが、あとでトーマに聞けば良いと思い、また読書に集中し始めた。


「そうだ、言い忘れてた。悪いな」

 その日の仕事を終え、騎士隊の闘技場に帰ってきたシンデレラをトーマが迎えたとき、シンデレラは昼間から疑問に思っていた視察について聞き出したところ、あっけらかんとした言葉が返ってきた。

「うちの騎士隊が北の森の国境の方にも配属されているの知っているだろう? そこが現状どうなっているか、配属人数や期間に不満は無いかとか聞きに行くんだ。まあ普段城勤めが出来ない騎士たちへの激励も兼ねてんだ。行って帰ってくるころには一ヶ月だ」

「なるほど、わかりました」

 トーマからの説明を頭の中で反芻しつつシンデレラは頷いた。

「そんで視察に行くのはロアだろ、オレに、あと騎士の中から三人ぐらい見繕って計五名だ。でも残念ながらお前は含まれてない」

「はあ」

「理由は簡単だ。視察に行くのが五人という少数編成だからこそ、経験のある者を連れていく。もちろん自分を守りつつ、ロアも守れる器量を持ってるやつだ。後者はシンデレラも申し分ないがなにより経験が無い。それにロアが城を離れている間に城勤めの騎士の仕事ってやつを経験させたいと思ったからだ」

「なるほど」

 シンデレラはトーマの語った理由に満足そうに頷いた。そして二ヶ月が経とうとしてやっと初めての城勤めに期待と不安を感じていた。

「お前のことはフィズに頼んでおく。よく彼から学ぶように」

 そして思い出すように付け足されたトーマの言葉に不安はなりを潜め、期待が膨らんだ。老騎士フィズからはこの二ヶ月の間にも多くのことを教えられている。

「わかりました。城勤めも頑張りたいと思います」

 晴れ晴れとした表情で右腕を胸へ当てた騎士の礼を行う。その姿をトーマは満足そうな、しかしどことなく影のある笑みを浮かべ頷いた。



 そもそも平和だと思われるこの国で騎士隊が発達し、北の森に屈強な国境が配されているのには一つ理由がある。

それは敵国の存在。森と山を挟んだ北の方にあるその国はこの国が建国の当初から犬猿の仲であった。

その仲が顕著に悪くなったのは先代の王の治世から。ロアの祖父の代から。

 一時期戦争になりかけたこともあったが、国の間には深い森や切り立った山があったためそうは至らなかった。

 その後しばらく緊張状態が続いているが現王に娘が生まれたことで王を始め、大臣たちは考えた。この娘を相手の国へ嫁がせることでこの緊張状態は解けるのではないかと。奇しくも相手国には先月二人目の王子が生まれたという情報が伝わっていた。

 そして危うい会合を経て、二人目の王子を婿に迎えることで両国はこれ以上諍い合わないと確約した。王子を婿に入れるということで婚礼は王女のいる国で行うことになった。

そのことから婚礼の前の花嫁のあいさつということで、アナレスタが結婚の一月前に相手国に訪問した。

 訪問やあいさつ自体はとてもうまくいった。しかしその帰り道に悲劇は起こった。

 天候も悪かったこともあるだろう、アナレスタの乗った馬車が切り立った山の崖から転落し、アナレスタは命を落とした。

 当然結婚話は無くなり、継がれるはずだった王位はそのままとなった。そして相手国との関係もそのままになってしまった。

 そのままの状態が続けばよかったのだがそうはいかなかった。転落事故が相手国によるものではないかという噂が国中に流れた。根拠もない噂だったが、それが更なる関係悪化につながってしまった。

 現在戦争こそは起こらないにしろ国からは幾度にかけて旅人を装わせた密偵を送っている。それは相手国からも来ていると考えられ、いつ火種が大きくなってもおかしくない状態にある。

 だからこそ国を守る騎士の存在はこの国では大きかった。



 それから一週間は慌ただしく過ぎて行った。

 視察の打ち合わせや、王子がいない間での政について。

 シンデレラはその忙しいロアに付きながらふと思いついた。彼が視察に出たらしばらく会えないということに。

「……そっか。私は行かないんだもんな」

 それを考えると、どこか心の中に隙間が出来るような、落ち着かないような気持ちになった。

 そのハッキリとしない気持ちをシンデレラはいまだ掴めていない。


 そして視察に行く当日。

 視察は内密に出発するので城門には視察の者たちのほかに見送りの者が数人。シンデレラも最近慣れてきた騎士が身に付ける鎧ではなく、始めて入城した時のワンピースを着ている。一見して王子の視察ではなく、旅に行く者たちを見送るような装いである。

「じゃあ行ってくる。城を任せたサイアン」

「お気を付け下さい。不在の際に何かあった際には、早馬にてお知らせします」

 国民に顔の知られているロアはフードをかぶり、彼の腹心の側近であるサイアンは眼鏡をかけている。

「オレがいなくてもよく働けよ。フィズ、シンデレラをよろしく頼む」

 トーマも堅苦しい騎士の鎧ではなく身軽な格好で、腰に愛剣をぶら下げているのは変わらない。

「こちらのことは任された。向こうの奴らによろしく言っといてくれ、トーマ坊」

「励みます。トーマ隊長も気を付けて」

 簡単な挨拶もそこそこに、ロアを含む五人は城門をくぐり、王都から離れていく。

シンデレラはそれに手を振った。胸に大きな何とも言えない気持ちを抱えながら。


 城門で視察の一団を見送る中にシンデレラとサイアンが隣り合っているのが見えたトーマは複雑な気持ちで手を振った。そして視察の計画を立て始めた一ヶ月前を思い出す。



「トーマ殿、次回の視察にシンデレラを連れていく気はないのですか?」

 二人で隊の編成を考えていた時だった。城から連れていく騎士の構成メンバーを見ていたサイアンがそれを決めたトーマに聞いてきた。

「ああ。やっぱ城の外に出るし、慣れてる連中を連れてくつもりだ。それにシンデレラはまだ全然城の業務をしてないから視察に出ている間に少しでも経験を積んどいた方がいいと考えた結果だ」

 普段周りから何も考えていないと思われがちなトーマだが以外にいろいろ考えている。だてに隊長を名乗っている訳ではない。

「そうですか」

 トーマの返事に対し少々残念そうに答えるサイアン。これは引っかけだと思いながら口にした。

「サイアンさんよー、前から王子とシンデレラを近づけたがってたよね?」

 また以前疑問に思い、言いくるめられてしまったときのことをあげる。

「それに王子付き護衛の件のこともだ。確かにオレもシンデレラの実力から王子付き護衛にしようとは考えたけど、なにもあんなすぐのつもりは無かった。もう少し普通の騎士の仕事を教えてから任せようとしていた。あの時はサイアンさんの勢いに押されてああしたけど……」

 シンデレラが城に来て始めての日の夜。シンデレラをどこに配属しようか考えていたらトーマの部屋にサイアンがやってきて、王子付き護衛の提案をされた。

最初こそトーマも反対したが、トーマが現在副隊長に任している隊の訓練など本来隊長が行う仕事に復帰するべき、と色々言いくるめられた結果、シンデレラは騎士就任二日目で王子付護衛へとなった。

 シンデレラに説明する時など至ってのんきに説明したトーマだが、実は本心は快く思っていなかった。

 現在二人の様子がうまくいっていることに安堵しているくらいであった。しかし今回のことも含めて考えると、トーマの脳裏に一つの考えが浮かんだ。

「なに、二人をどうしたいわけ? まさかくっつけようとしてるんじゃないよね」

 まさかという笑みを浮かべながら聞くトーマに対し、あくまでサイアンはいつも通りである。

「……まさか、だよな」

「いえ、そのまさかです」

 トーマの考えていることに満足するようにそれまで無表情だった顔に笑みを浮かべる。

「このことロアは? シンデレラは?」

「存じません。言ってしまったらロア様も構えてしまって仲を育むどころではないです。シンデレラにしても同じで城に来ること事態拒む恐れがあります」

 サイアンに浮かぶ笑みが怪しいものに変わっていく。

「今まで女性に対してまったく興味の無かったロア様が女性らしい魅力ではないにしろ、女性であるシンデレラに興味を持っています。それを利用しないわけには、いかないでしょう」

 浮かべるその笑みを見るだけで巻き込まれてしまったシンデレラが難儀に思えてくる。

「そりゃあ……シンデレラが可哀想に思えてきたな」

 苦笑いを含んだトーマの鋭い視線がサイアンに刺さる。しかしサイアンはそれをもろともせずに己の主張を続ける。その顔にはもう笑みは浮かんでいない。

「しかし、シンデレラがどんな形であれロア様に気に入られているのは確かです。ロア様の妃はもうシンデレラしか考えられない」

「だからオレを言いくるめてまでシンデレラをロアに近付けた、ってわけか」

「お互い近くにいることでロア様はシンデレラの剣技以外にも魅力を感じる。シンデレラはロア様になにか魅力を感じ、結婚し王妃になることを快く受け入れてくれることを望み、そうなるように仕向けさせていただきました」

 サイアンの表情、口調はあくまで変わらず、己のやったことを正しいことだと言外に述べている。

「まさかアナレスタ様のことも共有されるとは予想していませんでしたが、良い方向に向かっているようで結果オーライです」

「これ、シンデレラが知ったら騎士の位もなんもかんも捨てて城から逃げそうだな」

 トーマの深いため息は夜の闇に静かに消えた。どうかこの策士の側近殿の謀略にシンデレラが気付かないことを祈る。気付かないままの方が幸せだ。


 頼むから自分の気持ちにさっさと気付いてくれ。



 トーマの切実な願いを聞き入れる者はだれもいなかった。せめて騎士たちの中で噂についての緘口令を強いておくべきだったがもう遅い。

 シンデレラがロアと結婚し妃になるという噂は城の一部からだんだんと広がり、遂にシンデレラの耳に届いてしまった。

「……どういうことだ」

 シンデレラは怒りの感情を隠すことも無く王子の執務室に隣接している側近室に乗り込んだ。執務机に向かうサイアンの表情はシンデレラと反対にとても冷めていた。


 昨日からロアの視察が始まり、護衛を外され初めて護衛以外の仕事である城の見回りをしていた。そして城に勤める大臣たちとすれ違うたびに顔をじろじろ見ることに気付いた。その疑問を昼休みに呟いたら、一緒に見回りをしていた若くシンデレラと歳も近いリュクトーが躊躇しながらも話し始めた。

 つまり、シンデレラはロアと結婚しいずれ王妃になるという噂のことを。


 その話を聞き終わりすぐにシンデレラはサイアンの元へと乗り込み、開口一番に質問した。

「……どういうことだ」

「どういうこととは?」

 サイアンは持っていた書類を机に置き、シンデレラに向き合う。そして聞かれていることもわかっているがあえて聞き返した。

「最近どうも城にいる大臣たちが私の顔を見てなにやらこそこそひそひそしていた。今日の城の見回り中もだ。それで一緒に見回りをしていたリュクトーに聞いた。……私はいずれロアと結婚し、妃になるそうだな」

「何か不満でも?」

「そういう問題じゃない!」

 シンデレラの言葉を否定もせず、事実の様に受け入れているサイアンにシンデレラは怒りを抑えることはできなかった。

「私は全く知らないのに、なんでそんな周知の事実みたいになっているんだ? ……ロアは知っているのか?」

 自分の話なのに自分は全く知らない。そのことがシンデレラには許せなかった。

「いえ、存じ上げていません」

「……そうか」

 もしもロアも知っていると言われたら、すぐにでも城から飛び出してやろうと思っていたところだった。高ぶっていた気も多少収まり、部屋のソファに腰掛ける。詳しく話を聞くために。

「なぜそういう話になっている?」

 そもそも、と言いながらサイアンは執務机から立ち上がり、シンデレラと向き合うようにソファに腰掛けた。

「ロア様は王位継承者で、もう結婚相手を決めてもいい歳になっています。しかしこれっぽっちも女性に対し興味を持っていなかった。お見合いにも顔を出そうとしない。とても問題です」

「なぜ問題なんだ?」

 この話をうやむやに終わらせたくないシンデレラは疑問に思ったことをすぐに口にした。

「ご存じではないかもしれませんが、この国の王位継承者は結婚を期に王位を継ぐとされています」

 自分の質問とは違うと思いながらもシンデレラは頷く。サイアンは続ける。

「本当ならロア様の姉君であるアナレスタ様が結婚されるときに王位はアナレスタ様に継承されるはずでした。しかしアナレスタ様は婚儀を一ヶ月後に控え、事故で亡くなられてしまいました。今から六年前のことです」

 シンデレラはうつむくように頷く。アナレスタのことはロアと話してすでに知っていることだ。サイアンは続ける。

「アナレスタ様が亡くなられたことで王位継承権は弟のロア様に移りました。ロア様は周りの反対を受けながらも王位継承者となります。そしてこの六年の間並々ならない努力をし、当時反対していた者たちも現在ではロア様を受け入れはじめています。しかし新たな問題が生まれました」

 サイアンは息を付くように一旦言葉を切る。シンデレラはここでやっと自分が聞いた質問の答えが返ってくるのだとわかった。

「それは結婚をする気がないのか、と思われるほど女性に対し関心が無いことです」

 ハッキリと言われた言葉にシンデレラは頷く。

「ロアが結婚しないことが問題だということはよくわかった。では改めて聞こう。なぜ私だ? 私は貴族でも何でもない。ただの平民だ。それなのに……」

「そんなことは問題ではありません」

 シンデレラの言葉を遮りながらサイアンはハッキリと言った。

「ロア様が望む相手であればその身分は関係ないのです。そして我々はロア様の結婚を望んでいる。それが今あなたという女性に興味を抱いている。おそらく心惹かれるのも時間の問題でしょう」

「ちょっと待て。ストップ! 何だその、ロアが私を好きになったらすぐにでも結婚の流れは」

 シンデレラはあくまで冗談として捉えようとするがサイアンの表情は変わらない。慌てて言い募る。

「私はロアと結婚するなんて全く聞いてないし、言われたとしてもする気ない。それなのに、なんだそのロアと私の結婚がすでに決定しているみたいな言い方……冗談じゃない!」

 表情を変えないサイアンにシンデレラの収まっていた怒りがまたふつふつと湧きあがってくる。

「だいたい私は、自分よりも強い男としか結婚しないって心に決めている。確かに私とロアの実力は拮抗している。けどこの二ヶ月の間正々堂々と戦って私は負けたことはない。私よりも弱いロアと、結婚するわけないじゃないか」

 ここでようやくサイアンは困ったような顔をする。

「それは困りましたね。この話を受け入れないというのならば、今持っている騎士の位を返じょ、」

「騎士の位だってもともとロアが、あんたの主が勝手にくれたんじゃないか! 私自身が欲し得たわけじゃない!」

 シンデレラはサイアンの言葉に被せるように言い返した。この切り返しは驚いたのか、サイアンは目を見開いた。

「言われなくても返す! 私自身いらない、こんな位」

 勢いよくソファから立ち上がると胸に付けていたエンブレムを外し机に叩き置く。

「出て行かせてもらおう。ロアにはあなたから伝えてください」

 そのまま颯爽と部屋から出て行こうとする。扉に手をかけた時、

「いいんですか? このまま城から出たらここにはもう戻れませんよ」

 少し焦っているのかサイアンが早口で言う。

「騎士自体、私には分不相応だったんだ。……これが本来の姿だ」

 サイアンを振り返らずに言うと。そのまま部屋を出て行った。

 シンデレラは部屋に戻ったら急いで荷物をまとめて、さっさと城を出ようとした。しかしリュクトーから報告を受けていたのか、詰所の入口には厳しい顔をしたフィズが待っていた。

「エンブレムはどうした?」

 まず任務を放棄していたことを問い詰められると思っていたが、予想外の質問に一瞬言葉を詰まらせた。

「っ、それは……」

「そうか無くしたか」

 しかしフィズはシンデレラの言葉を聞く前に、さっさと早合点してしまったようだ。いつものフィズらしくない。

「騎士にとってエンブレムは誇りであり、命と剣の次に大切なもの。それを無くした罪は重いぞ」

 他から口を挿ませないように早口で喋るフィズ。その表情をよく見れば怒っている厳しい顔というよりも何かを耐えるような辛そうな顔に見えてくる。


 もしかして――


「よってシンデレラ、貴様から騎士の位を剥奪する」

 フィズのその宣言に他の騎士がざわついた中、シンデレラの胸中は別の理由でざわつき始めた。

「荷をまとめ次第、城から出なさい。……今までご苦労だった」

 言い終わるとフィズは背を向け立ち去っていく。数人の騎士が抗議のためフィズについていき、残った騎士もシンデレラを取り囲む。

皆一様に、エンブレムどこやった? 一緒に探してやる。今日中に見つければきっと取り消せる。隊長も王子もいないんだ、本気にしなくていい。などシンデレラの様子を心配して声をかけてくる。

 シンデレラはどこか茫然として曖昧に返事をし、取り囲んできた騎士たちの間をすり抜け自分の部屋に戻る。シンデレラにも置いて行かれた騎士たちは心配そうにその背を見送る。そしてよっぽどショックだったのか。などと呟いてフィズへの抗議に加わっていった。


 後から業務を終え帰って来た者たちにはシンデレラの騎士資格剥奪のニュースはまさに寝耳に水だった。そして驚くべきことに誰もがそれに対し抗議していた。最初シンデレラの存在に抗議していた者たちもでさえも。

 しかしその決定を下し、隊長のいない現在実質上騎士トップのフィズはいくら抗議されたとしてもその決定を覆すことは無かった。

 そして時計の二本の針が重なるころ、すっかり荷物をまとめ帰り支度が済んだシンデレラがフィズの部屋を訪れた。服は騎士の制服からここにやって来た時と同じシンプルなワンピースだ。

 周りで色々言う騎士たちの姿は目に入っていないのか、真っ直ぐフィズを見つめるシンデレラは一つの封筒を差し出した。時計の針が重なり、ゴーンという音が城のみならず国に響き渡り始めた。

「……お世話になりました」

 フィズがそれを受け取るとシンデレラは荷物を抱え、詰所を後にしようとする。騎士の一人が引きとめるがシンデレラはいいの、と言い毅然として詰所の門をくぐる。そして振り返ると、呆然とシンデレラを見送る騎士たちに向かって言う。

「私がそちらにいたのはまるで魔法のようでした。……魔法は十二時の鐘が鳴り終わると同時に解けるものなんです」

 奇しくもシンデレラが門をくぐった時、十二個目の鐘が鳴った時だった。


 それは二ヶ月前の慌ただしい逃走劇ではないし、そもそもここにいる騎士たちは二ヶ月前の実際の逃走劇を見ていない。しかし間違いなく彼らにとってもとても印象に残る後ろ姿を目に焼き付けさせ、シンデレラは城を出た。


 二ヶ月ぶりに家に帰って来たシンデレラに父も兄たちも驚きはしたが、快く迎え入れた。

 いきなり帰って来た理由や騎士の仕事のことなど聞きたいことはたくさんあったが、シンデレラの様子のおかしさに三人はシンデレラから話してくれることを信じ、何も聞かなかった。

「これで、もういつも通りだよね」

 自分の部屋のベッドに横になり呟いたシンデレラの心はどこか晴れていなかった。



 すべてが元通りというわけにもいかなかったが、時間をかけてシンデレラは少しずつ以前の生活を取り戻していった。家の手伝いをし、剣の訓練をする。そして以前よりも読書の時間が増えた。



 シンデレラの様子がおかしい、特にここ最近。シンデレラが家に帰ってきてから一ヶ月が経とうとしている最近の父と兄二人の談義の内容である。

 シンデレラとしては普段と変わらないように過ごしているのだろう。そもそも剣技というのは身体や技術だけでなく、心も鍛えることと信念に置いている父やその思いを受け継いでいる兄二人にとって、剣を構えて向かい合っただけでその相手の迷いを感じることが出来る。

 シンデレラとしてもそれはわかるのか、最近は誰かと相対することなく座禅を組み瞑想をしているということが増えた。またふと集中を解いたと思うと遠い目をして溜息。この数日で三割増し。

「やっぱり城で何かあったのが間違いないと思うけどな」

 三人の大の男がリビングのテーブルで頭を突き合わせるその光景は傍から見たらむさ苦しいが、三人は至って真剣である。ちなみにシンデレラは風呂に入っており、しばらく戻ってこない。

「しかし、シンデレラは何も言わんから結局は全て憶測になってしまう」

 三人そろっての溜息も最近は板についてきた。

「こんな時義母さんが生きていたら助けになってくれるんだろうけど」

「……俺たちは待ってるしか出来ないのかな」

 結局その日も結論はまとまらないまま時間が過ぎて行くだけだった。


 この国と長い間敵国関係にありここ数十年緊張状態にあった国との情勢が悪化してきたことを国外れに住んでいるシンデレラは知る由もなかった。



 ロアは一ヶ月の視察を無事終えて城に帰ると、出迎えの中にシンデレラがいないことになにやら寂しい思いを抱いた。そしてその気持ちはシンデレラが騎士の位を返上し、家へと帰ったと聞いた時に喪失感へと変わった。更に自分にあいさつもなしに出て行かれたことに怒りすら覚える。

「どうして?」

 語気を荒げながら報告してきたサイアンに尋ねる。サイアンは淀みなく答える。

「シンデレラを王妃候補としていました」

 いきなりのことにロアは頭が真っ白になった。しかし聞き捨てならない言葉に対しそのまま聞き流すことなんて出来なかった。

「なんだと?」

「これは私を中心に、あと数人の大臣たちとで勝手に進めていた話です。そしてそれを知ったシンデレラは憤慨し、騎士の位を返上、城を出て行くに至りました」

「勝手なことを!」

 自分に何も許可なくやられていたことに、怒りのはけ口がシンデレラからサイアンへと移行した。

 しかしサイアンは至って平然と受け答えする。この調子では今解雇を言い渡してもそのまま顔色も変えず頷いてしまいそうだと、ロアは思った。

 そして次のサイアンの言葉で騒然とさせられた。

「ええ、勝手なことです。しかしそうさせたのはロア様、あなたですよ」

「俺だと?」

「はい。この国は王子の結婚と共に王位を継承する習わしです。それはよくご存じだと思いますが、」

「だから結婚相手を見つけようとしない俺にしびれを切らし、偶然騎士となったシンデレラを王妃に、ってことか」

 苦々しい思いと共にサイアンの言葉を引き継いで言う。サイアンは頷く。

「そういうわけです」

「……そうか」

 ロアは頷くしか出来なかった。

 自分が散々逃げてきた問題のせいでシンデレラに迷惑をかけ、せっかく得た天職を失わせる結果になってしまった。もう何も言えない。戻ってきてくれとも言えない。ロアは無意識のうちに手を握り締めているとドアのノックの音が部屋に響いた。

「おい、サイアンさんはいるか」

 中からの返事を待たずに扉が開けられ、入って来たのは騎士隊長のトーマ。常に笑顔の彼らしからぬ神妙な表情をしている。

「トーマ、どうした?」

「報告は聞いていないのか? シンデレラのことだ」

 言われることを半分予想しながら質問すると、思った通りのことを聞かれてしまう。

「つい先ほど報告したばかりです。トーマ殿」

 ロアが言う前にサイアンが答える。トーマはサイアンの方に振り向くと腕を組んで溜息を付いた。

「……オレの言ったとおりになっちまったな、サイアンさん」

「そうですね。非常に残念な結果です。せめてあの場にロア様がいれば少しは変わったのでしょうか」

 訳知り顔のトーマの存在はロアにとってシンデレラのことと同じくらい寝耳に水だった。

「ちょっと待て。トーマ、お前知っていたのか?」

「視察の人選を考えていた時にな。その時は冗談だと思っていたが」

「残念ながら冗談ではなかったということです」

 サイアンが締めくくり、それぞれがそれぞれの思いで口を閉ざした。


 コンコンコン


 部屋の静寂を破ったのはノックの音。三人とも返事をしないと再度ドアが叩かれる。ロアが返事をすると中に入って来たのはマントに身を包んだ男。フードも被っていて顔がよく見えない。

(何用だ?)

 今日は面会の予定は入っていない。ロアが訝しんで相手に聞こうとするが、二人の間にトーマが立ち入ったため心の内で留まった。そしてトーマに下がるように言おうとするが、トーマが剣を抜いたので言うのをやめ立ち上がった。立つことで相手の足もとまで見える。彼が歩いてきたところには点々と赤い道が出来ていた。

「どうやら察しはいいようだ」

 その赤い点々が血であるとわかると同時にガキッ、と剣を交える音が響く。顔を上げると二人の剣が交差し合っている。相手の剣は 血に汚れていた。

「貴様、何者だ! どこから来た!?」

「名前はしょうがないとして、僕がどこから来たかなんてよく考えればわかることだと思うけど」

 トーマが目を鋭くさせ相手を睨むように聞くと、男は面白そうに言葉を紡ぐ。鍔競り合っていた二人の剣が離れ、その反動で二人の距離も開く。男はフードを取りその顔を白日のもとにさらした。

「まあでも頭の悪いこの国の人でもわかるように教えてあげるよ」

 目の見張るような鮮やかな銀の髪を揺らし、漆黒の瞳はどこまでも吸い込まれてしまうような夜の闇よりもまだ黒い。目の色はまだしも、銀の髪の色はこの国では見たことが無い。

「僕はこの国と長年意味も無く争ってきた国の騎士だよ。名前はストライズ」

 トーマよりも頭一つ背の低い男ストライズは言う。

「その剣の血はどうした?」

 ロアが聞くとストライズは剣を掲げ、ああ、と思い出したように言う。

「僕はここに交渉に来たんだ。なのに門にいた人たちは全く話を聞いてくれなくてさ、仕方なく強行突破だよ。ここまで来るの大変だったんだから」

 トーマがストライズの隙を狙って素早い突きを繰り出すが、ストライズは平然と下から振り上げるようにして剣を弾いた。そしてトーマの手の中の剣を目がけて蹴り上げることでトーマの手から剣を奪う。手から離れた剣は勢いのまま天井に突き刺さった。渾身の突きをかわされたことで逆にトーマに隙ができ、ストライズの次の行動に対応できなかったのだ。

 丸腰のトーマにストライズは無情に剣を付きつける。

「大人しくしてもらおうか。僕はあくまで交渉しに来たんだ」

「ここまで血の道を作ってきて、何が交渉だ!」

 サイアンの背に庇われながらもロアは叫ぶ。この異常事態に誰も部屋に入ってくる気配がない。ロアの脳裏に倒れた人々と血塗られた廊下の光景が浮かぶ。

「言っとくけど、そっちに拒否権はないよ。今頃僕の仲間がこの国全体を包囲してる。民の命が惜しければ大人しく話を聞くのが得策だよ」

 銀色の髪を持つ異国の騎士は不敵に笑った。

ロアたちは大人しく従うしか選択肢は無かった。


 後ろ手に縛られてロアたちが政務室から出てみると予想以上に廊下には血は流れていなかった。ただところどころに気を失っていたり、怯えながら後ろ手に縛られている者がいた。しかし出口に近づくたび血の量は増え、血を流しながら倒れ後ろ手に縛られている騎士の姿があった。

 最初は黙って歩いていたトーマが憤慨するように言う。

「おい、怪我をしている者たちを手当させろよ」

「急所は外してる。そう簡単に死にはしないと思うよ」

 しかしストライズは取り合おうとはせずそのまますたすた歩いていってしまう。トーマは抵抗しようと立ち止まってみるも後ろを歩く兵士たちに背中を蹴られて倒れてしまう。

「そのままここにいるというのなら邪魔はしないよ。君の大切な王子様は連れてっちゃうけどね」

 振り向かずに言うストライズに腹を立てながらも、トーマは立ち上がる。自力で立ち上がったトーマをちらりと見てストライズは上等、と言った。

「トーマ落ち着け。冷静さを欠かせようとするのも相手の作戦だろう」

 歩き始めるとロアが隣に並んできてコソっと言ってくる。

「オレよりもロアの方が先に切れるかと思ったけどな」

「……あいつが倒れてたらやばかったかも」

 後ろを歩く兵士に注意されたため、トーマは言い返さずロアの後ろに戻ったが胸中は確かに、と頷いていた。


 闘技場にはすでに王や大臣たちが集められていた。みなロアの無事な姿を認めると安堵の表情を浮かべている。

「さて、とりあえず城にいる重要な方々はこれで全部かな」

 闘技場にいる人々を見渡してストライズは言う。

「何が目的だ?」

 人数を確認するように見渡していたストライズが視線を止める。白い口ひげを多く蓄えた男性。ロアの父でもある国王陛下である。

「焦らなくてもいいですよ王様。別に僕たちはあなた達の命を狙ってるわけじゃない。そうでしょ? でなきゃとっくに皆さん死んでますよ」

 余裕の笑みで答えるストライズ。

「ああ、国民の命を狙っているわけでもないので自分の命を粗末にしようとかやめてくださいよ。無意味ですから」

 付け足すように言ったことに周りにいた大臣たちが厳しい顔を少し和らげる。しかし王は変わらず厳しい顔でストライズを睨み付ける。

「ではなぜ侵攻してきた? この国にはこれといった資源もないし、あるといえば……」

「ええ、国民です」

 何かに気付いた王に頷くように答える。この言葉には大臣たちも驚く。

「この国には豊富と呼べる資源はありませんが、民の力が何よりも多きい。でなければ鉱石資源が豊富なうちの国とこんなに長い間対抗しあうなんて出来ないですよ。

 だから我々はこの国の労働力の三分の一を要求します。もちろん労働力に伴ってその家族とかも一緒に来てもいいですよ」

「お前たちはそれが目的で!」

 あまりの衝撃に言葉を失った王に変わりロアが叫ぶ。しかしロアも顔が蒼い。

「半分じゃないだけましでしょう? それに国境に配している騎士をなくせばそこまで大きな損失じゃないと思うけどな」

 国にとって民はなくてはならない存在。民あっての国である。この国にとっての資源と言っておかしくない労働力を三分の一、しかもその家族も連れて行かれるとするとだいたい人口の半数近くがいなくなってしまうとこになる。

 それをあっさり要求するストライズという男が測り知れなくてロアは本能的に怯えた。背筋に冷たい汗が流れる。

「まあ僕たちも鬼じゃないから、なにも今すぐに返答を求めませんよ。でもそうですね、夜明けごろには正式な答えが欲しいです」

 王やロアたちは無情な要求にただ黙るしか出来なかった。闘技場に十六時の鐘が響く。



 国の様子がおかしい。最初に気付いたのは上の兄だった。

 国は城壁に囲まれていて、唯一の入り口の大門は常に開いた状態であり、滅多なことで閉まることは無い。

しかし夕方兄が国の中の商店に買い物に行ったら大門が閉まっていた。また大門が閉まっていても開いているはずの通用門も閉まっていて、国の中に入れなかったと言う。なにやら城壁の向こうからは怒鳴り声も聞こえたらしい。

「国で何か大変なことが起きている」

 急遽稽古も取りやめ、みんなで話し合う。みんながあれこれ意見を言う中シンデレラは心ここに在らずだった。シンデレラの胸中はロアのことで一杯だった。

国の中心的立場にいる彼は無事なのだろうか。何が起きているのかわからないからこそ不安は募るばかりである。

 トーマを始め屈強な騎士たちがいるから大丈夫という気持ちと、もしかしたら大きな怪我でも負っているんじゃないかという相反する気持ちで頭の中をぐるぐるさせているといきなり後ろから頭を叩かれた。

 驚いて後ろを振り返ると眼帯とフードの男がいるではないか。

「あなた、アトリ!?」

 いるはずないと思いながらも、目の前にいるのはあの変わり者の魔法使いアトリ。今日はペロペロキャンディを持っていない。

「そうだよ。かっこよくて素晴らしい大魔法使い、アトリ様の参上だ」

 高慢ちきにいうその姿は以前会ったときそのもの。懐かしさに思わず笑いが込み上げてくる。

「もう、会うことないって」

「オレ様もそのつもりだったけどな」

 ため息交じりに言うその姿からただ会いに来てくれたというわけではないとわかる。

「国が大変なことになっているってのはわかっているな」

 隠れていない左目を細めた真面目な顔で確認するように言う。そばに来た父がアトリに聞く。

「何が起こっているんだ?」

「敵国からの侵攻」

 簡潔な答えにその場にいた一同が騒然となる。多くの門下生は国の中に家を持ち、家族が中にいるので口々に心配する言葉が出る。

「いまんとこ国民は建物からの出入りを禁止されてるだけだから、抵抗さえしなければ大丈夫だろう」 

 少しでも安心させようとするアトリの言葉にみんな少し落ち着きを取り戻す。

「それにしても相手の国とはずっと緊張状態にはあったが、なぜ今の時期に?」

 中でも一番落ち着いている父が思案顔で呟く。他のみんなも理由が分からず首を傾げる。

「アトリ質問だけど、ロアは視察から帰って来たか?」

「ああ帰って来てる。てか、今日の昼頃帰って来たんだ」

 見当違いのように見えるシンデレラの質問。しかしシンデレラはアトリの答えから〝今〟侵攻される大まかな理由を導き出した。

「多分隙を付いたんだと思う。ロア王子は今日まで国境の視察のため約一ヶ月間城を離れていた。その帰りに合わせるように侵攻されたのなら、視察帰り直前の慌ただしい時を狙った、って考えられないかな?」

「目的は?」

「それは、よくわからないけど……」

 続けて聞いてきた下の兄の質問には尻つぼみしてしまう。

「もし、緊張状態にかたを付けに来たのなら王家の虐殺なりするよな」

 誰かのボソッとした呟きにシンデレラは顔を蒼くしてアトリに迫る。

「無事でしょ? ロアや隊長、他のみんなも」

「騎士たちはどうか知らねえが、王子と隊長はとりあえず無事だ。大きな怪我もしていない」

 どうどうと宥めながらの答えに、シンデレラは身体の緊張が解けて座り込んでしまう。

「アトリ殿、お主は侵攻の理由はわかるか?」

「オレ様は難しいことはわからねえ。相手の頭は平和的解決を求める交渉だなんだ言ってるがあれは完全に国民を人質にとった脅しだ」

「なるほど、そういうことか」

「どういうこと?」

 アトリの言葉に一人で納得する父。アトリに助けられながら立ち上がるシンデレラが聞いた。父はわかりやすいように説明する。

「おそらくこの国の植民地支配が目的だ。だから国民をむやみに殺さない。また王家を殺すことで起こり得るだろう国民の暴動を起こさないためにもそうそう王家の者たちは殺さないだろう」

「でも国民に分からないように殺す可能性も無くないよな?」

「国民を円滑に従わせるためには元々の指導者の言葉が覿面ってことか。なるほどな」

 下の兄の疑問は父の話を理解した上の兄の言葉で解決した。しかしシンデレラの胸中はまだ収まっていない。

「……それでも国民たちを従わせた後は、元の指導者はいらなくなる」

 無意識に呟いていた言葉にその場の空気が重くなる。

「ま、だから行動を起こすなら今日中には起こさにゃな」

 重い空気に負けない明るい声でアトリが言う。シンデレラが俯いていた顔を上げると、アトリの言葉に賛同してかほかのみんなの顔が引き締まっていく。いまだ暗い顔をしているのは自分だけ。

「どうした、シンデレラ?」

 一人沈んだ顔をしているシンデレラに気づいて父が声をかけてくる。

「……私は、行けない」

「シンデレラ、どうして?」

 不思議そうに聞いてくる下の兄。シンデレラはついに今まで黙っていたことを話す時だと覚悟を決めた。

「今まで黙ってたけど、私は騎士をやめてこの家に帰ってきたんだ」

「それは、何となく察していたが……」

「でもただやめてきたわけじゃないんだ。……勝手に王妃候補にされて、嫌だったから逃げるようにやめてきたんだ」

 訳あって騎士をやめただろうことはすでに三人とも察していた。しかしそのやめてきた理由には驚いた。

「国の危機だし、城の人たちにはお世話になった。けど理由があったにしろ黙って勝手にやめたことをロアは許さないと思う」

 ロアのことが心配ですぐに助けに行きたいという気持ちはあるが、ロアに会うのが怖いという気持ちもあった。黙っていなくなった私には会う資格なんてないと。

「お前はそれでいいわけ?」

 シンデレラが黙っていると、それまで黙っていたアトリが口を開ける。

「いいわけない。……なあアトリ教えてくれ、私はどんな判断を下すのが一番いいんだ」

 力なく首を振るシンデレラ。アトリはため息をつきつつも言葉を紡いだ。

「言ってなかったが、オレ様は未来が視える能力(チカラ)を持ってる。けど視たい未来が視えるわけじゃない。未来を見る能力は自動的だから自分で選べねえんだ」

 一旦口を閉じる。アトリの独白にシンデレラだけでなく周りの者も驚き、聞き耳を立てている。

「視えないように封印してても視えるときは視える。そういう時オレ様は放っておくときもあれば、視えた未来に近づくような手助けをする。オレ様は手助けをするだけで、どんな未来を選ぶかに対しては干渉してねえ」

 一息つく。シンデレラには彼が何を言おうとしてるのかわかった気がする。さっきまで目の前に靄がかかっていたようだったが、だんだんと晴れていく。

「いいか、お前の未来を決めるのはオレ様じゃない。お前の未来を決めるのはあくまでお前だ。過去と今は一つしかないが未来はいくつもある。その中から一つを決めるのは自分自身じゃなきゃいけない。後悔しないようにな」

「……アトリには未来の私はどんな顔をしているか視えたの?」

「さあな。オレ様の左目は男になってまで武道会に行く無茶する女は見たことあるがな」

「…………」

 まだ少し迷いがある。迷いは剣にも表れる。このまま城に行っても役立たずだ。

「失望させるなよ。オレ様が何回も特定の人物のもとを訪問するってなかなか無いぜ」

 それが最後の一押しだった。靄が完全に晴れた。もう迷いもない。

「ありがとう、アトリ」

「オレ様は何もしてない」

覚悟を決めればやらなければいけないことは自然と頭に湧いて出てくる。

「……我儘聞いてくれる?」

「やだって言いたいが、内容による」

「私はロアを助けたい。だから国と城の現状を知りたい。どうなっているのか。あとロア達はどこの部屋にいるのか。わかる?」

 今必要なのはロアを助けるための情報だ。どんな細かいことも知りたい。

「お安いご用だ。オレ様の過去と現在を映す左目に映らないモノはないぜ」

 アトリはにやりと笑って親指を立てる。アトリという存在が頼りがいがあると実感するのはこれで二度目だ。


「じゃあ、ロアと隊長はロアの政務室で襲われたの?」

「ああそうだ」

 簡単な城内部の見取り図を紙に書きながら城の中がわからない他のみんなにもわかるように説明していく。

「政務室は城の入場門から遠いところに位置してるように見えるが、政務室に着くまでに止められなかったのか」

 城の入場門とロアの政務室を指でなぞり父が質問する。これはシンデレラも疑問に思っていたので頷く。

「城に単身乗り込んできた。そんでみんな現状を把握する前に切られた感じだな。相手の頭、相当の手練れだ」

「切られた」

 アトリの物騒な言葉から城の廊下が血に染まっている光景が目に浮かぶ。嘘だと思いたいが、アトリが嘘をつく理由がない。

「そんで後から来た援軍で城と国全体が抑えられた感じだな。ここまででわからないやついるか?」

 手を挙げる人がいないのを確認すると次に進む。

「で、縛られたまんま廊下に転がっている者も多いが、王や重鎮達が集められているのはここの闘技場。王子と緑頭もここにいる。見張りは三人、うち一人が頭だ。他五人ぐらい城の中の見回りをしている。まあ情報としてはこんなもんだ」

 オレ様からの説明は終わりだ、と言って一歩後ろに下がる。アトリの手助けはここまでだ。

「国民を盾にされても困る。国全体を制圧する兵士たちを抑える班と城に乗り込む班に別れよう」

 率先して上の兄が指揮を執る。

「城に乗り込む班は少数のほうがいいだろうな」

「それなら城の内部がわかる私が先頭に立っていく」

「だな。じゃああと三人ぐらいシンデレラについて、あとは俺のほうだ」

 みんなが意気揚々と意見交換をしていると、アトリが思い出したように言った。

「そういやおまえら、大門の閉まっている今どうやって国の中に入るんだ?」

 全員が固まり、次の瞬間アトリに期待の眼差しを向けた。アトリは大きなため息をゆっくりついてゆっくり言った。

「ほんとにしょうがねえ奴らだなー」


 国への潜入は深夜に開始された。

 まず数人が城壁の向こうにアトリの魔法で飛ばされる。そして通用門を開けて、外で待っている人たちを中に入れてそこから二つの班に分かれて行動する作戦になった。

「待て、見張りがいる」

 大門と通用門のあるところから少し離れたところに飛ばされて、こっそり通用門の方に移動していると先頭を走る下の兄が一緒についてきたシンデレラと門下生、そして後ろからのんびり歩くアトリを止めた。

 民家の陰に隠れてその様子を窺うと、通用門の前に三人。三人とも剣や槍を携えている。

「強行突破?」

「いや、一人でも取り逃がしたら仲間に知らせられるだろう。そうしたら王子たちを助けるどころじゃないぞ」

 シンデレラは考える。どうすれば通用門を開けることができるのか。自分には何ができるのだろうか。

「……兄さん、二人か一人なら確実に仕留められるよね」

 シンデレラは一つの可能性を思いつき、兄に相談する。いやそれは相談というよりも確認だった。

「何か無茶するつもりか?」

 兄にはすべてお見通しというように言い、シンデレラを見つめる。シンデレラはまっすぐに見つめ返す。

「兄者がいたら確実に止められただろうな」

 諦めたような声。しかしその顔はシンデレラを信じて笑っていた。

「行ってこい。ただ命だけは大切にしろよ」

「もちろん。ありがとう兄さん」

 シンデレラは頷いて兄を抱きしめながら礼を言うと、剣を片手にその場から移動する。

状況を把握しきれていない門下生はシンデレラの後姿を呆然と見送るが、兄がとどまっているため何が起こるのかわからないままその間でじっとする。

 シンデレラがいなくなってすぐ後に通用門の前にいた一人が誰かに声をかける。

「女、家に入って大人しくして……その武器をどうした?」

 見張りが声をかけたのはシンデレラ。兄たちがいるところから少し離れた物陰から姿を現した。

見張りの男はシンデレラが家から出てきたと思ったので家に入るように促すが、その手に剣を持っていることで声に少し焦りが出た。そしてシンデレラが剣を足元に置いたことで、男たちの顔には疑問が浮かんだ。

「私は王の縁者だ。王の元に連れて行け」

 シンデレラは堂々と言い放った。もちろん縁者というのは嘘だが、他国の兵士に現在それを確かめる方法がない。男たちは半信半疑でシンデレラに近づくとまず剣を手に取る。

「王の縁者だと、どうして今ここにいる?」

「縁者が市井で暮らしてはいけないのか?」

 質問に対し質問で返す。態度はあくまで高圧的に。ロアやアトリを参考にしてみているがうまくできているだろうか。

「おい、その紋章」

 剣を持っている男の後ろの方にいた男が剣に刻まれた王家の紋章に気が付いた。

「その剣は丁寧に扱いなさい。王から受け賜わったものだから」

 それも嘘。刻まれた紋章は騎士になって一ヶ月を過ぎたころにトーマに進められて彫ってもらったものだ。

「いいだろうお嬢さん。王のもとへと案内する」

 シンデレラの動じない態度と剣の紋章の後押しのおかげでそこまで追及されずにすんだ。彫らなくてもいいと思っていた紋章もどんなところで役に立つかわからないものだ。

「ああ」

 シンデレラは頷くと進んで城への道を歩き始める。

「おい、俺はこの女を連れてく。通用門の見張りは任せたぞ」

 シンデレラの剣を持った男は残りの二人にそう言い残すと先を歩くシンデレラを追いかけた。

 その一連の様子を静かに観察していたシンデレラの下の兄はもう少ししてから行動するぞ、と門下生に告げた。そして一緒にいたと思っていたアトリの姿がないことに今気付いた。


「陛下は無事なんだろうな?」

 城へ続く道の中シンデレラは聞いた。本当はロアのことを聞きたかったが、そこは辛抱した。

「ストライズ隊長が交渉中の間は傷つけもしないだろうな。まあ城を守ってた騎士とかは多少傷つけただろうが、おい門を開けろ」

 話しているうちに城の門へと着いた。普段は開いているそこも固く閉ざされている。

「その女はなんだ?」

「王の縁者らしい」

 シンデレラをここまで連れてきた男がシンデレラの剣を門を守る兵士に剣を掲げ、剣に刻まれた紋章を見せる。兵士はそう疑問にも思わず向こう側に門を開けるように指示した。

 ギシギシと音とを立てて開いたその先に懐かしき城がもう目の前に見える。こっちだと促されて声をした方に向くと、シンデレラの剣を持った男はまっすぐ城に入っていく。王たちが闘技場に集められているといことはすでにアトリの情報で知っていたので迷いなく男の後ろをついていく。

 城の中に入ったところで見張りの兵士に声をかけられ、門のところと同じやり取りをする。シンデレラはとりあえず堂々としていた。

 じゃあな、といって闘技場とは別の方向に行く兵士。男はこっちだと言ってシンデレラを先導する。闘技場まであとは一本道というところでシンデレラは動いた。視える範囲にほかの兵士はいない。

「……やっと一人か」

 シンデレラの声に反応して前を歩く男が振り向こうとする。シンデレラはそれに合わせて足を上げ、男の顔面に蹴りを食らわせる。男はいきなりの不意打ちに避けられもせず、廊下に倒れこむ。

「王の縁者だからとて、自由にさせておいたのが敗因だな」

 シンデレラは男の上にのしかかり、ブーツに忍び込ませていた短剣を男の首筋に当てる。男はいきなりのことに言葉が出ないようだ。悔しそうな表情を浮かべている。

「さあ、立ちなさい。そしてそのまま王のいる闘技場まで一緒に行きましょう」

 首筋から剣が無くなり男はクソッと悪態を付きながら起き上る。起き上りながらそばに落ちていたシンデレラの剣をとってシンデレラに対しようとするが、その動きをすでに予想していたシンデレラは必要最低限の動きで男の手元から剣を弾く。右手の短剣を男の鼻筋に、左の短剣を左胸に突きつける。

「抵抗しようとしても無駄。実を言うと私は王の縁者ではなく、元騎士。剣の腕には自信がある。腰の剣も剣帯ごと外しなさい」

 ぴたりと動かない鼻筋に突きつけられた短剣を見つめながら、男は観念したように剣帯ごと剣を外す。短剣を離し、先に行くように促す。

「私の剣拾っといてくれるかな、アトリ」

 男の背中に短剣を突きつけながら、視線を逸らさず言う。何のことか男はわからずそのまま歩いて行こうとするが、シンデレラの言葉でいきなり現れた気配に歩みを鈍らす。

「いつから気付いてた?」

 緊迫したこの場には似合わないあっけらかんとした声。二人のすぐそばの柱の陰にその姿はあった。

「見られてる感じは最初からあった。ちゃんと気付いたのは仕掛けようとして、周囲の人の気配を念入りに探ったとき」

「なるほどね」

 アトリは納得したのかしてないのか、いまいちはっきりしない相槌を返しながらシンデレラの剣を拾い、二人の後ろに続く。

「この後の作戦は?」

 剣を差し出されたシンデレラの手の上に乗せながら聞く。闘技場まであと少し。シンデレラは男を後ろ手に縛る。そして短剣を腰のベルトに差し、自分の剣をしっかり握る。

「さあ」

 剣の感触を確かめ、男から注意を逸らさずアトリの質問に答える。最初の作戦としては何人かで城に潜入し、敵の兵力を削ごうとしていたが、現状はシンデレラ一人である。アトリもいるが期待してはいけない。

「何とかなる。ううん、何とかするよ」

 根拠も何も無い強気な発言。しかし何とかなる気が本当にしていた。

「……頑張りたまえ」

 アトリは心配するでもなく、ただ一言。でも励みになった。

「行こうか」

 アトリと男とそして自分に対して。闘技場へと一歩を踏み出した。


「ストライズ様!」

 のんびりとロアたちの返事を待っていたストライズは闘技場の前の門を見張っていた兵士の声に視線を門の方に向ける。

ただの呼びかけなら向こうとしなかったが、その緊迫した声で思いがけないことが起こったのだろうと予想がついた。自分たちにとって不利になり得ることが。

「これは、勇ましいお嬢さんの登場だ」

 門を守る兵士に続いて闘技場に入ってきたのは後ろ手に縛られた、国の大門を見張っているはずの兵士とその男に剣を突きつけている後ろで高く一つにまとめた金髪が見事な女性。腰のベルトには抜身の短剣が二振り差されている。さらに女性の後ろには闇色のローブに身を包んだ、見るからに魔法使いの男がいる。

「シンデレラ!?」

「ロア! 隊長も!」

 ロアの驚いた声でシンデレラはロアとトーマを視界に収め、少しほっとした表情を見せる。しかしそれも一瞬で次には顔を引き締めてストライズを見つめる。

 短剣を一振り腰から左手で抜き、手を縛られた男に突きつけ、自由になった剣をストライズに向ける。

「みんなを解放しなさい。できるならば手荒な真似はしたくない」

 面白い。そう思いストライズが口を開こうとするが別の声が先にシンデレラに話しかけた。いや、話しかけたというよりは叫んだ。

「バカ、なんで来た!? 今すぐ帰れ! お前が巻き込まれる筋合いはない」

 剣筋と注意は逸らさず、シンデレラは視線だけロアに向けて叫び返す。

「確かに私は今はもう騎士じゃないけど、元騎士として、また一国民としてこの国の危機に立ち向かうのは当然じゃないの?」

「そうでもお前は女だ、戦う義務はない!」

 それまで注意はストライズに向けていたのにそのロアの一言で注意が完全にストライズからロアに移った。

「その女を騎士にしたのはどこのどいつだ! こんな時に限って、なんで戦っちゃいけない」

「巻き込みたくないんだ」

「国の一大事に何言ってんだ! こういう状況なら戦える人が戦わないと」

「好きなんだよ! 俺がお前を! だから巻き込みたくねぇ」

 ロアのいきなりの告白にシンデレラは目を見開いて動きを止める。その隙を付いたつもりか闘技場の門を守っていた兵士がシンデレラに槍を振りかざし切りつけようとした。

「待て!」

「シンデレラ!」

 兵士を止めようとするストライズの言葉とシンデレラを案じるロアの声が被る。ロアの心配を余所にシンデレラは肘鉄で相手の腹部を殴り付けた。兵士は悶絶しながら崩れ落ちる。

 あちゃー、とストライズは思った。ロアと言い争うシンデレラは隙だらけそうでまったく隙がない。注意こそ逸れていたが突きつけられた剣先がまったく動かないのが、その証拠である。それがありストライズは下手に話に割って入ることをしなかった。

 兵士は崩れ落ちながらも手にした槍を支えに立とうとするが、

「黙ってな」

 いつになく殺気を込められたシンデレラの言葉に動きが固まり、すさまじい気迫に思わず頷いた。

後ろ手に縛られた男も、闘技場にいる他の二人の兵士も動きを止める。拘束されてる王たちもさらに身を縮めた。

 シンデレラはストライズに向けていた剣を下し、捕まってるロアに近づく。ストライズの隣を通るが、ストライズはそのまま見送った。

シンデレラの気迫に押されたわけではないが、この場は黙っとく方が賢明だと判断した結果だ。ロアの前に来るとシンデレラは口を開いた。

「確認するけど。ロアは私を好きだから巻き込みたくなくて、戦ってほしくなくて、安全なところにいてほしいのね?」

 ロアはぎこちなく頷く。

「そう……」

 シンデレラ顔を伏せた。その場に沈黙が流れる。トーマとアトリが軽くため息をついた。

「ふざけんじゃないわよ!」

 顔を上げてロアに叫ぶ。ロアだけでなく周りにいる人たちもいきなりのことにビクッ、とする。その中トーマとアトリ、そしてストライズは平然と成り行きを見守った。

「あのねえ、好きだから巻き込みたくなくて、戦ってほしくなくて、安全なところにいてほしいって言っていいのは私のような強い女じゃなくて、正反対のか弱い女」

「でも俺にとってはシンデレラだって、母親が亡くなったことに対して泣きじゃくるか弱い女だ!」

 シンデレラの言い分にロアも負けじと言い返す。それに対しシンデレラはさらに気迫を倍増させた。

「なら私も言わせてもらうけどねぇ、私だってロアのことが好きなのよ! 好きだから、無事な姿を早く見て安心したかった。それで……無事な姿を見たら助けたいって思うのは普通でしょ?」

 最初こそ勢いよく言ったが、最後には涙ぐんで、俯いた。そんなシンデレラの言葉に今度はロアが固まる番。

周囲もどうして良いかわからず固まる。そんな中アトリが手を叩き、みんながアトリに注目する。

「はい、ラブラブを見せつけるのはおしまい。敵さん困らせるのは良いけど、味方さんまで困らせてどうすんのよ」

「べ、別にラブラブしてるわけじゃないわよ!」

「いや、僕からも言わせてもらうけど十分ラブラブしてたよ」

 アトリの言い分にシンデレラ慌てて抗議するが、あっけなくストライズにも肯定されてしまう。そしてストライズはおもむろに剣を抜きシンデレラに向ける。

「お嬢さん強いね、僕よりも強いかな?」

 剣さえ向けていなければゲーム感覚に聞こえるセリフ。シンデレラは緊張しながらも毅然と答える。

「あなたよりも強いかはわからない。けど私は負けるわけにいかない」

「騎士じゃないのに?」

「……ロアが困ってるこの状況を放ってはおけない」

「ふ~ん」

 笑いながらもその眼には鋭い眼光が宿る。シンデレラは注意しながら左手の短剣を腰のベルトに収める。そして改めて剣を両手でしっかりと握り、ストライズと相対する。

「……交渉を申し出ても?」

 緊迫した空気の中シンデレラは言った。ストライズは目をパチパチして思い出したように声を出した。

「そうだよ。僕もここには交渉しに来たんだった。偉い奴に血を流すのは必要最低限にしろって言われてて……」

 それまでシンデレラに向けられていた殺気が収まって、シンデレラは緊張を解こうとしたが、解く前に収まった殺気がまた襲ってきたため体を強張らせた。

「……でも、これは必要な戦いだね」

 その瞬間、ロアはストライズの姿が消えたと思った。激しい音がしたと思ったからいつの間にか近づいていたシンデレラとストライズの距離が剣を弾いた火花とともに離れていた。

「へえ、その細身で以外に力あるんだ。その剣の大きさも体には合ってないと思ったけどそこまでではないんだね」

「女だからって見くびらないでもらおうか」

「うん、そのつもりだよ。今の速さに追いついてる時点でお嬢さん合格。シンデレラって呼んでいい?」

「名前を呼ぶことで何か変わるのか?」

「僕認めた人間しか名前覚えようとしないから。ちなみに国外ではシンデレラが初めてだよ」

「それはどう、も!」

 近づいてきたストライズの剣を受け止め、弾く。ストライズは弾かれた勢いを殺さずまたシンデレラに飛び掛かる。シンデレラはしぶとく弾くと闘技台に向かって走る。ストライズもそれを追いかける。

「守る対象が後ろにいると戦えないタイプ?」

 お互い闘技台の上に立ち、相まみえる。

「……どちらかといえば周りを気にして戦えない感じだ」

「ま、全力出してくれるならどこでもいいよ」

 ストライズがシンデレラに向かって走る。シンデレラはさっきよりもスピードが上がったと頭の片隅で思いながら、熱くなっている部分でどういう風に受けるか一瞬で考えながら、同時進行でそれを行動に移す。剣を受け止めるとストライズの笑みが剣の向こう側に見えた。

 その笑みを相手の隙と考えず、今度はシンデレラからストライズの方へと剣に体重を乗せ、ストライズのバランスを崩そうとする。しかしそれを読んでかストライズは体を引く。お互いにバランスを崩す前に後ろへと下がるから二人の間に距離が開く。そして同じようなことが繰り返される。二人の攻防はしばらく続いた。


「おい、魔法使い」

 シンデレラとストライズの戦いをアトリが眺めていると、横からのコソッとした声に横を向く。視線の先にはアトリとロアが背中合わせで何かをやっていた。

「それでロープ解ける?」

 二人のもとに寄りながら、ちゃんと見えてなくても何をやっているか予想はついていたのでそれを聞いた。

「解けねえから助けを求めてるんだろ」

 少々イラついたように言ってしまうのは自分の好きな女が敵の騎士と命の駆け引きをしているせいだろうか。

「無理に解こうとしなくても、シンデレラが勝ったらあっちは勝手に引いてくんじゃないか?」

「なぜわかる?」

 二人はロープを解こうとする手を止め、アトリを見上げる。

「簡単なことだ。あの男のプライドが高いから」

「それだけでか?」

「そうか、なるほどな」

 ロアが不思議そうに首を傾げるが、後ろのトーマは納得していた。

「どういうことだ、トーマ?」

「俺も騎士団を率いている隊長だからわかる。隊長の俺が負ければそれは隊全体の負けだ。つまりそれ以上戦う必要が無くなるということ」

「! じゃあ、シンデレラが負けたら!?」

「……この国の負けってことになるかもしれない」

「そんな責任負わせられるか!」

 ロアが後ろ手に縛られながらも立ち上がる。闘技台に歩いて行こうとするのをアトリが足払いをして止める。ロアは足を引っかけられて思い切り倒れこんだ。顔に傷がつくのもお構いなしにロアは少しでも前に進もうとする。

「焦るな。ここでお前が出てってもシンデレラの集中力が切れるだけだ」

 ロアの上にのしかかるようにアトリはロアを止める。それでもロアは前しか見ていない。

「でも!」

「ロア、シンデレラだってわかっているさ。だからこそシンデレラも負けられないって言っていたんだ」

 トーマも立ち上がるとロアの横に来て、座る。その目線はシンデレラとストライズの戦いに向けられている。

「もう戦いは始まってしまった。今のオレ達にできることはこの戦いを見届けるだけ。そして戦いの結果を受けとめる覚悟をしておくだけだ」

 動きを止めたロアの上からアトリは無言で退いた。そしてロアは起き上るとトーマと並んで腰掛ける。非常に不本意そうな表情をしながら。

「……シンデレラ」


 もうどれほど打ち合っただろうか。作戦を開始してどれくらい時間が経っただろうか。兄や父たちはうまくやっているだろうか。

 ストライズとの戦いに集中している反面、戦いがある意味一定のパターンになってきているため、シンデレラは頭の片隅で考え事をし始めていた。

「考え事? よくないよ」

 もっとも意識が少しでもストライズから外れると、ストライズはわかるのかいきなり仕掛けてきたりするので、考え事が長続きすることはない。

 滴る汗を振り払いながら振りかざされる剣を受け止める。長い時間剣を握りしめているせいか手の感覚がわからなくなってくる。時間的にはあの入隊した日に比べれば短いだろうが、剣撃の重さが違う。ストライズはその小さな身長から思いもよらぬ腕力で剣を振りかざしてくる。


 ガシャン!


「あ、」

 振りかざされた剣を受けきれず、左手が剣から離れる。右手はどうにか離れなかったが、それはシンデレラにとって大きな隙になった。

「油断したな」

 ストライズが勢い込んで剣をシンデレラに向ける。その剣先は一直線にシンデレラの心臓を向いている。

「くそ! ……ぐっ!」

 どうにか右手を切り替えし、上から剣を叩くことで狙いを心臓から外したが、左わき腹がえぐられてしまう。闘技台に血が散る。シンデレラは激痛で思わず膝を付いた。

「おい、今殺そうとしたろ!? どういうことだ!?」

 ロアの叫びが闘技場に響く。ストライズは飄々と答える。

「ああごめんごめん、ついね。でもこの国の未来を決める戦いだもの。当然シンデレラだって死の覚悟ぐらいしてるよね」

「もちろんだ。ここで負けたらロアたちに示しもつかないしな」

 スカートの裾を破き、止血のためと切られたところにしっかり巻きつける。巻きつけられたスカートの裾はすぐに血に染まったがシンデレラは構わず立ち上がる。

「もうやめろ、シンデレラ! もういいだろ……もう、やめてくれ」

 ロアの悲痛な叫びにシンデレラは振り返る。疲れているはずなのに、傷が痛いはずなのに、シンデレラは笑っていた。

「ロア、大丈夫。私負けないよ」

 そう言うと、シンデレラはストライズに向きなおる。

「大した自信だね。その状態から僕に勝てるとでも?」

「ええ、私逆境に強いの。知らなかった? 女ってしぶとい生き物なのよ」

 剣を構え直しストライズに向けて走り出す。


「ロア、目を逸らすな」

 血を流しながらも戦うシンデレラを見ていられず、ロアが顔を伏せているとトーマがはっきりと言った。

「シンデレラのことが心配なら余計目を逸らすんじゃない」

 トーマを見るとトーマはまっすぐと闘技場を見据えていた。

「今オレたちにしてやれることは勝負を見届けることだけだ」

 ロアも闘技場を見つめる。二人の戦いを見ているとストライズの剣撃がいつシンデレラの体を貫いてしまうかと、悪い考えしか浮かんでこない。

「見れないってことは信じてないってことだぞ」

 ハッとした。

 なぜ自分はシンデレラが負けることしか考えていないのだろう。シンデレラの強さは何より自分がよくわかっているのに。

「……シンデレラ大丈夫だよな」

「オレに聞くなよ」

 二人はシンデレラの勝利を信じて黙って見つめる。


(やばい、力入んなくなってきたかも)

 一方戦っているシンデレラ。左わき腹からの出血が予想以上に多いためか、だんだんとストライズに押されてきている。

「ねえ、女はしぶとい生き物なんじゃなかったの?」

「……そうよ!」

 剣を大きく振りかざし、ストライズと距離を取った。そしておもむろに剣を遠くへ放った。ストライズは首を傾げて問う。

「どういうつもり?」

「こういうつもり」

 シンデレラは腰に差していた二振りの短剣を抜く。そしてスカートの裾を切り、それを剣ごと手に巻きつけた。決して離さぬように。

「ふ~ん、意外に体力消耗してるんだ。重い剣を持っていられないほど」

「ただ単に相性の問題よ。あなたは素早いから、切り返しが早くできるこっちのほうが戦いやすいと思っただけ。ま、手に力が入りにくくなってきたのはほんとだけど」

 本音も交えつつ、構えて切りかかりに行く。

「へえ、変わるもんだね」

 二振りの剣撃を器用に受けながら、その変化を楽しんでいるのかストライズは笑った。

「そりゃ変わります、よ!」

 短く、小ぶりということで一撃一撃よりも手数に重心を置く戦い方。わき腹の痛みから精細さはやや欠けるものの、その剣舞は剣一本であるストライズを押してきていた。と、思われた。

「でも、こんな茶番長く続くと思わないでね」

 ストライズの笑みが深くなる。シンデレラは本能的に後ろに下がろうとした。

 そこからは一瞬のこと。

 シンデレラの体は後ろに下がったが、手は突き出された格好のまま。取り残された手を狙ってストライズは剣を振りかぶる。そして鮮血とともにシンデレラの左手に握られていた剣が宙を舞う。スカートの切れ布で縛っていたが、その布ごと切り落とされた。指も切られたが、切り落とされなかったのが唯一の救いだろうか。シンデレラはその痛みに思わず、悲鳴を上げる。

「なんだ、指も切り落としてやったと思ったのに。でもその左手はしばらく使い物にならないだろうね。もう終わりじゃない? 命が惜しければここらで……」

「黙れ!」

 降伏を迫るストライズの声を遮る。その声は、表情は苦痛にゆがんでいたが、それでもシンデレラに諦めた様子はない。

「……片手で十分。それに、勝機は既に見えてる」

「ハッ、ものすごい強がり。しつこい女ほど、たちの悪いのはいないね」

 ストライズが止めとばかりにシンデレラに切りかかりに行く。シンデレラは黙ってストライズを見据える。そしてお互いの剣が交差したとき、それまでと違う何かが割れる音がした。

「え!?」

 ストライズが驚いて音のした手元を見ると、なんと自分の剣の中腹にシンデレラの剣が半分近く食い込んでいるのが見えた。

「これ以上下手に動くとこの剣、真っ二つに折るわよ」

 シンデレラの忠告に顔を上げると、まっすぐな視線にかち合った。

「これは驚いた。まさか今までの剣撃、すべて同じところに当ててたってこと? ……嘘でしょ?」

 シンデレラの表情は崩れない。それは今聞いたことを行っていたという答え。

「……なんだ。僕の、負けか」

 戦意のなくなったストライズの言葉にシンデレラは無言で剣を引き抜いた。ストライズは折れかけの剣を見つめ呆然と立ったまま。シンデレラは背を向けて歩き出した。ストライズの反撃は考えなかった。


 勝負の勝敗が付いたことで、ロアとトーマも闘技台に上がってきた。手の縄はいつの間に解いたのか、手は自由になっている。

「シンデレラ!」

 必死の形相で駆け寄ってくるのをシンデレラはホッとした気持ちで見つめていた。だんだんと目の前がぼんやりしてくるのを感じながらもロアの姿をその目に焼き付けようとした。

「……ロア」

 その視界が完全に閉ざされてしまい、さらに体の感覚も曖昧になったが、体が温かいものに包み込まれる感覚には安心できて、シンデレラはそのまま意識を手放した。


「間一髪ってとこだな」

 倒れこみそうになったシンデレラを間一髪のところで受け止めたロア。いきなりのことに心配したが、シンデレラの穏やかな寝息が聞こえてきたので、とりあえずそのまま腕の中に閉じ込めた。そのぬくもりが確かにここにあることを実感したくて。

「さて、そのままにしといてやりたいのはやまやまだが完全に終わったわけじゃないぞ、ロア」

 シンデレラのぬくもりに安心しているとすぐ横からトーマの声が聞こえた。振り向くと、シンデレラが握りしめたままの剣を外していた。

「ああそうだな。……悪いが動ける奴、シンデレラを手当てしてやってくれないか!」

 ロアの言葉を聞き、さほど怪我を負っていない兵がアトリに縄を外してもらって闘技台に上がってきた。

 そしてロアはシンデレラを兵士に頼むとトーマとともに呆然と立ったままのストライズの元へ歩を進める。

「勝負付いたな」

「え? ……ああ、そうだね」

 ストライズは声をかけられると、緩慢な動きで二人を視界に入れ頷いた。

「しょうがないから約束通り、僕たちはこの国を出るよ。それからもう二度とこの国には干渉しない。でも干渉しないのはお互い様だから、そっちも約束して」

 喋る間に調子が戻ってきたのか、うつろだった目はまた強い光を宿し始める。

「わかった。約束しよう」

 口約束だったが、この後すぐに正式に文書で取り付けられた。

 お互いに干渉しないこと。そしてロアの国ですることは国境の警備をなくすことだった。このことは最後まで議論された約定だったが、向こうの国が今回の被害の三分の二を出資するということで話はまとまった。


 こうして国に襲来した危機は去った。いきなりの襲撃に国民も不安の渦だったが、シンデレラの家の道場の人たちの活躍のおかげで、混乱は大きくなりすぎず収束することができた。

 大きな被害もないままことを終えることができたことで、それに大きく貢献したシンデレラをはじめ、道場の者たちには王から大変な褒美を授けようとしたが、シンデレラの父はそれを断った。息子たちは残念がっていたが、今回の活躍で道場の門下生が増えたことはまた後の話。

 シンデレラも断ったが、一つだけお願いをした。

「褒美なんていらない。でも今一つだけ欲しいものがある」

 城の医務室。体の至る所に包帯を巻きつけ、ベッドに横になったシンデレラは見舞いに来たロアに言った。

「なんだそれは?」

「……騎士の位」

 顔を横に向けるのも辛いのか目線だけをロアに向けて、少し申し訳なさそうに言った。

「自ら返上した身で言うのは、立場をわきまえてないと思うけどさ」

「そんな、大体返上した理由だって元は俺の責任……って、いいのか?」

「何が?」

 ロアは一瞬躊躇するが思い切って、切り出した。

「城に戻ってくるってことは、また俺との結婚話を持ってこられるかもしれない。いや今度はちゃんと俺から持ち掛けようと思うが!」

 お互いに気持ちが知れているくせにこうして改めて聞いてくるのは最初に自分が逃げ出した所為だな、と心の隅で思った。

 いきなりの告白まがいにシンデレラは顔ごとロアに向け、しっかりとその表情を見た。ロアは真剣な顔を赤く染め、シンデレラの視線をまっすぐに受け止めた。

「……それは家に帰ったとしても?」

「勿論だ。落ち着いたら迎えに行こうと考えてた」

 シンデレラの言葉にしっかり頷くのを見て、また顔をゆっくりと上に向けた。そして一息ついてずっと胸に抱いていた思いを言葉にし始めた。

「私、自分が強いことを知ってる。だって年上の男の兄上たちや父上、そしてロアあなたにも勝てるんだもの。それだから私は自分よりも強い人じゃないと結婚しないって勝手な理想を抱いてた。どんなに強くても私は一応女の子で、女の子は誰しもが守ってもらいたいって思っていて。だから、だからあなたは私より強くなくて私を守れないどころか、むしろ私が守ってて、あなたとは絶対結婚したくないって変な意地張ってた。それが最初サイアンさんから結婚話を持ち掛けられたときの断った理由」

 ロアは黙って先を促す。シンデレラは続けた。

「けど、私はあなたのことが好き。別に守られなくていい。今まで通り私が守るから。……そばにいたいの、守られるだけなんていや。だから私はまた騎士になりたい。あなたを堂々と守れるように」

 シンデレラはハッキリと宣言する。ロアはシンデレラの宣言を受け取るとしっかりと頷いた。

「……次は俺の番だな」

 ロアは腰に佩いた剣を取ると横になるシンデレラに掲げる。

「シンデレラ、俺はお前を妻として迎え王になる。俺だって守られるだけは嫌だ。例えお前より弱くたって俺はお前を守る。ともに歩いていきたい。この剣に誓う。……ついてきてくれるか?」

 シンデレラは痛む左腕をなんとか持ち上げると、剣を掲げるロアの手に重ねる。

「私の答えはとっくに決まってるよ。……ともに歩いてこう」



       ☆



 こうしてシンデレラは王子ロアと結婚し、幸せに暮らすのでした。

 めでたし、めでたし。



       ☆



「ねえロア、ちょっと聞いてもいい?」

「なんだ?」

「私、ロアと結婚したら妃になるわけだよね?」

「ああ、そういうことになるな」

「ってことは妃兼騎士?」

「……」

「あ、なにその顔? 騎士にはなっちゃダメなの?」

「……しょうがねえな。けど、無茶だけはしてくれるな」

「当然でしょ♪」



       ☆



 こうして結婚しても剣を交えることのある真剣勝負好きの夫婦が誕生したのでした。


 彼らの子供が二人そっくりに成長し、結婚相手を探すのに非常に苦労したのはまた別の話。



 おわり

 終わります。

 実はこの同じ世界観でほかの話のネタがあったり、無かったり……。

 ここに投降されるのはいつになることやらww


 この話は思いついたのが3、4年前かな?

 私はネタが思いついても実際書き始めると、書き終わらないというまったくもって未熟な物書きです。

 それでもこの話はこうして終わりを迎えることができて、小説大賞に投稿することができた稀な作品です。

 思い入れも多少なりともあります。


 この話を読んで面白くない、と思っても仕方がないと思います。こんなの小説じゃないと思っても構いません。

 けど、頑張ったんだな、と少しでも思っていただければ幸いです。


 では最後まで読んでいただきありがとうございます!

 

 以上、藤代美杏でした。

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