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第8話 害なす風来坊!


 それからというもの、健は迷い込んだ異世界人を説得して(ゲート)から元の世界に戻したり、これまた迷い込んで暴れまわっていた異獣を取り押さえて元の世界に戻したり――異世界監査局の一員としてせわしく働いた。

 その、翌日のことである。健はリーゼロッテとセレスティナからある喫茶店を紹介してもらい、そこでくつろいでいた。その名は『オストリッチ』。和やかなBGMが店内に流れており、気分を落ち着かせてくれる。天井で回るシーリングファンもおしゃれで落ち着いた雰囲気を醸し出すのに一役買っていた。


「ん~……」


 砂糖を少し入れたコーヒーを飲んで、健は一息吐く。苦みのあるコーヒーだけではなくカレーライスも一緒だ。

それをスプーンでつまみながらコーヒーを飲んでいる。香辛料のよく利いたライスと、苦くて甘いコーヒーがまじわり――健の口の中でハーモニーを奏でていた。


「この店、心が落ち着くねぇ~」

「わたしたちもたまにレージに連れてきてもらってるの。〝魔帝〟で最強のわたしが来てやってるんだから、ここはもっと繁盛すべきね」

「少し静かにしろ〝魔帝〟リーゼロッテ。黙ってものを食えないのか」

「ふん。黙って食べるなんて退屈よ。わたしは退屈が嫌いなの。ていうかなんでお前までいるのよ?」

「零児の代わりに貴様と健殿の監督役を受けているのだ。だから大人しくしていてもらうぞ、〝魔帝〟リーゼロッテ」

「へえ、なら力ずくでわたしを大人しくさせてみる?」


 静かな店内でリーゼロッテとセレスティナが口論を始める。二人をなだめようと間に割って入る健だが、二人同時ににらまれたため引き下がっておとなしくカレーを食べることにした。

 それほど威圧感があったし怖かったのだ。リーゼロッテがルールを守らないような娘っ子だったら、彼はその場で焼かれて灰も残さず消滅していたかもしれないからだ。


『タケちゃん、リーゼちゃん、セレスちゃん。聞こえますか?』

「……誘波さん? どうしたんです?」


 なんだかんだで全員食べ終わり、少し落ち着いたところに誘波が唐突に語りかけてきた。


『大事なお話があります。私の屋敷まで戻ってきてください』

「わ、わかりました。」



 誘波から呼び出され、戻ろうとした。――そのときだ。


「きゃーーっ!?」

「た、助けてええええええ!! うわぁぁぁぁっ!!」


 人々が助けを求める声が聞こえてきた。方角は喫茶店を出てすぐそこだ。


「悲鳴!?」

「なんだ!?」

『門が出現したわけではないようですが……私の風の探知に引っかからない? 気になりますね。タケちゃん、戻る前に調べてきてくれませんか?』

「はいッ」

「嫌な予感がします。お気をつけてください」

(いったい何が起きているというんだ……)


 誘波からの指示を受けて外に飛び出た健の目に映ったのは、逃げ惑う人々の姿。健とセレスティナは真剣な表情で、リーゼロッテは不機嫌そうにして逃げる人ごみをかきわけ逆方向に進む。そこにいたのは――風来坊のような格好をした謎の人物。


「やはり来おったな。こうすれば来ると思っていたぞ」

「貴様は……」

「我が名はウツセミ・テンガイ! 愚かなる異界監査局を裁く者なり!」


 健たちの前で三度笠を脱いだその男の顔は青白く、この世の人間ではない印象を与える。――あとは分かるだろう。そう、彼――テンガイは異世界人だ。


「誰コイツ? おかしな格好しちゃって」

「そなたこそその妙ちくりんな格好はなんだ。戦う気はあるのか?」

「どっちがさ!?」


 ――どういうわけか健はリーゼロッテとテンガイに対して思わず口走った。ツッコみたかったのか、それともたまたま思ったことを口にしただけか。場が凍りつき、セレスティナは困惑したため何も言えなかった。


「……そんなことはどうでもよい。ときに、そこのお前」

「え、誰?」

「さっきからキョロキョロしているそなたのことだ!! 話を聞けい!!」

「わあっ!?」


 ふぬけている健に刀の切っ先を向けてたたき起こすように怯えさせると、テンガイは刀を鞘に納める。


「……そなたは一見この世界の人間に見えるが、違うな? 私もこの世界の人間ではない」

「なにい! そんなの見ればわかるじゃんか。それにそんなに肌が青白い人は普通じゃまずいない!」

「お前たち異界監査局はこの世界の人間ではないものを異世界人と呼ぶのだろう? その異世界人である私から忠告しておく。――小僧、監査局と手を切れ。娘どもは既に手遅れだが、そなたならばまだ間に合う」

「なぜだ!」


 テンガイから心に揺さぶりをかけられ、健は続きを聞こうとする。当然、リーゼロッテとセレスティナの二人がそれを許すはずがなくテンガイをにらんだ。


「お前は異界監査局を正義だと思うのか」

「監査局が間違ってるとでも言いたいのか!」

「フッ、おめでたいヤツよ。監査局はその名の通り世界平和のために他世界を監視しているだけにすぎん。そこに正義も悪も存在せぬわ」

「ウソだっ!」


 それが真実だというのか。だとすれば自分はいったい――。迷いが生じながらも、健はテンガイに斬りかかる。リーゼロッテは目をカッと開いて掌から黒い焔を放ち次々と瞬間的に火柱を立ち上らせるが、テンガイはそれをすべて回避。

 健と代わってセレスティナも聖剣に光を宿し斬撃を繰り出すがテンガイはそれをはじき返す。足元から切り上げられて、セレスティナは転倒した。


「つ、強い」

「あはっ♪ さっきのかわせるんだ。お前いいわ。もっと〝魔帝〟で最強のわたしを楽しませなさい」

「笑止! 小娘が、その程度で最強を名乗るとはお前はまさしく井の中の蛙よ」


 テンガイは好戦的に笑うリーゼロッテを鼻で笑うと刀を振り上げ、巧妙かつ勢いよく十文字の形に刀で軌跡を描く。



十文字残酷剣じゅうもんじざんこくけん!!」

「やらせるかッ!」


 十文字の形をした衝撃波が放たれ、三人を襲う。幸い健が駆け込んで盾でリーゼロッテとセレスティナを守ったことによりダメージは軽減され火花が飛び散る程度で済んだ。健のすばやい身のこなしを見たテンガイは、「ほう。自分の身をなげうってでも仲間をかばうか」とつぶやく。


「当たり前だ。大切な人を、仲間を守るのは戦士としてもっとも基本的なことだから!」

「クハハハハハハ! そのためなら自分はどうなろうと構わぬというわけか。よかろう、己の血でもう一度表してみせろ!」


 健の強い意志を嘲ると、テンガイは目にも留まらぬ速さで健に斬りかかり盾ごと彼を弾き飛ばす。刀を鞘に納めると何を思ったか、笛を取り出して両手に携えた。その笛は赤みを帯びたオパールのような――不可思議な色をしている。


「私がこの魔笛を奏でればそのとき、お前たちは死に至る!」

「な、なに!」


 テンガイは己が魔笛と称したその笛を吹き、不思議な音を奏でるとともに健たちの周囲に火柱を立ち上らせる。炎の壁が出来上がり三人から逃げ場をなくした。


「うわっ!!」

「ちょ!? なによこんな炎!」

「健殿ッ」

「ハハハハハハ……」


 高笑いを上げるテンガイ。もはやこれまでか? 三人は窮地に立たされ、あわや絶体絶命である。そのとき――テンガイの死角から一発の電撃光線が放たれた。


「ハハハ……ハッ? なんだあれはッ」


 気付くも時すでに遅し。テンガイは電撃光線を受けて吹っ飛び、被っていた三度笠もそのはずみで飛んだ。それにより炎の壁は消え、白煙の向こうから灰色の髪をした人形のように、いや人形そのもののように無表情かつ端正な顔立ちをしたメイドが姿を現した。

リーゼロッテはニッと笑い、セレスティナも安堵の表情を浮かべ、健は何が起きたかわからず戸惑うも安堵の息を吐く。ふと視線を盾にやると健はとっさに拾いに行き、左腕に装備し直した。


「マスターに害なす不届き者は、排除安定です」

「レランジェ! あんたどこ行ってたのよ」

「申し訳ありません、マスター。異界技術研究開発部にてメンテナンス安定でした」


 レランジェと呼ばれた女性は無機質にそう答えて、レールガンとなっている右腕をテンガイに向ける。――その前に一瞬健に右腕を向けていた。


「さ、さっき僕に向けて撃とうとしなかった!?」

「あなた様から、なんとなくですがゴミ虫様と同じような匂いをレランジェは感知しました」

「なにそれ! ってかレランジェでいいの?」

「はい。あなた様は?」

(たける)。東條健ね」

「わかりました。ウジ虫様とお呼びしてもよろしいですか?」

「なんだよそれー! 僕がウジ虫だなんて! ひどいっ!」


 軽快にやりとりをかわす魔工機械の人形――レランジェと、健。呆れた表情のテンガイは刀を取り出し、振り下ろして衝撃波を放つ。目つきを変えた健はとっさに前へ出て衝撃波を打ち消しレランジェは電撃弾を放ってテンガイを牽制した。


「戦いの最中だというのにずいぶんと楽しそうなことだな……まとめて冥土へ送ってやろう!」

「あの構えは……!」


 テンガイは再び、十文字残酷剣を繰り出そうと構える。それを持ち前の鋭い勘で察知したリーゼロッテは黒焔を放って技を出させる前につぶし、聖剣に光を宿らせたセレスティナが光の刃をテンガイにぶつけしばし斬り合いを演じる。

一瞬の隙を突いたテンガイの斬撃がセレスティナの頬をかすり、白い肌から血しぶきが飛び出た。入れ替わるように健が入りテンガイを斬り、攻撃を弾いて怯ませたところにレランジェがレールガンから電撃弾を放つが、テンガイは服以外にはダメージを受けておらずビクともしていない。


「どうした、その程度か。ぬるいわ」

「やっぱり強い……。みんな、ここはいったん引こう。誘波さんも待ってるし」

「いやよ。〝魔帝〟で最強のこのわたしがせっかくの面白そうな獲物を見逃すなんてありえないわ」

「なにを言っている〝魔帝〟リーゼロッテ! ここは健殿の言うとおりにするんだ。あの者は得体が知れない」

「はぁ? だから面白いんじゃない」

「マスターが残られるのであれば、このレランジェもお供します」

「レランジェさんはリーゼロッテの味方なの!」

「当然です。マスターはレランジェのマスター安定ですので。ウジ虫様は邪魔ですので帰宅してもよろしいですよ」

「むー……」


 微妙な反応を示しつつも、健は退却に備え――剣の柄に風のオーブをセットする。これで竜巻を起こして、攪乱しその隙に瞬間移動で逃げるという寸法だ。


「とにかく、退却だ!」

「なにい?」


 眉をつり上げるテンガイを前に、健は風の力を宿した剣を振るって竜巻を起こす。テンガイが吹き飛ばされぬように身を守っているその間に、空気の渦の中に姿を消した。行き先はもちろん――誘波の屋敷だ。


「……逃がしたか。だが間違いは正さねばならぬ。監査局め……」


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