第2話 風の天女
――聞くところによれば、この伊海学園は山を一つ開拓して作られたそうだ。健が誘波に連れられて向かっている先は、その中でも一番上の方にある一号館である。
そこまでの道中で、誘波が改めて自己紹介をした。
「ではでは改めまして、私は法界院誘波。この伊海学園の理事長にして、これからあなたをお招きする日本異界監査局の局長をしています。リーゼちゃんとセレスちゃんは先程紹介しているみたいですね」
「りりり理事長ッ!? まだそんなにお若いのに!?」
健の両目が飛び出す。二十代前後の若くて美しい女性が理事長をやっていると聞けば驚くのも当然と言える。
「……あ、僕は東條健です」
「こことは違う日本の京都からいらしたんですよね?」
「え? あ、はい。あの、一つ訊いていいですか?」
「なんでしょう?」
「どうして誰もそんなこと話してないのにいろいろわかるんです? もしかして僕が気付いてないところで見てたとか?」
「そうですねぇ、見ていた、はだいたい合っています。私は簡単に言えば風使いでして、広範囲の音声を拾ったり気配を察知したりすることが得意なのです」
「マジで!? 風ってそんなに便利なんですねー。万能の力って言っても過言じゃないですねッ」
「そうでしょう。その気になれば空も飛べますし、光を屈折させて光学迷彩の真似事もできますし、足を使うことなく目的地まで転移することも可能なのです」
先頭を歩いていた誘波が立ち止まり、振り返る。
「そういうわけで、私にかかればチョチョイのパーと楽ちんに移動できますよぅ♪」
天女こと誘波が笑う。誘波が目を閉じて「えいっ」と手を地面にかざすと健たちの足元から風が吹き上がった。あとの二人は慣れている為かさほど気にしてはいないようだったが――。
「か、風……? おおおおおおおおおおおッ!!」
思い切り驚いて唸っていた。ジェット気流に乗ったような感覚に見舞われて、気がつけば――そこは庭園。それも和風だ。芝生があって角の取れた石もあって、松の木があって、灯篭も池もある。
「はい、着きました♪」
「はやぁ――――いッ! ホントにチョチョイのパーだ!」
「ここが一号館の屋上になります」
「おおおおおお屋上ッ!? もうここが一号館なんですか!?」
「そうですよ。驚きましたか?」
のどかな山の中。つまりは雄大な自然の中にキャンパスが、いや大学部や高等部といった学校がひとまとめにされて建っているのだ。そして大学部にあたる一号館の屋上はなんと丸ごと日本庭園となっている。スケールが違う、違いすぎる。圧倒的スケール感と大自然を目の当たりにした健は感銘を覚えていた。
「すっげー! この庭が屋上なんだー! どんだけスケールでかいんだよぉ!」
突如として、健は幼少時代を思い出したかのようにはしゃぎまわる。柵の方まで行って屋上から景色を見下ろして、「絶景だ!」と、またも感激したりした。――確かに絶景だ。山の上から大学部、高等部、中等部、初等部、そして学園の外にある大きな街を一望できる。彼はよく言えば少年の心を忘れていない。悪く言えば、もういい年なのにはしゃいでいるクソガキだ。
「アハハ、やっぱり面白いわね、あいつ。サルみたいにはしゃいで」
「〝魔帝〟リーゼロッテ、貴様に人の事が言えるのか?」
「なによ騎士崩れ! わたしがサルだって言うの! 燃やすわよ!」
健をサル呼ばわりして笑うリーゼ。しかしセレスから注意を受けムキになって彼女を罵る。
「でも驚くにはまだ早いですよぅ」
「え、どうしてですか?」
「うふふ、まだ秘密です。今言っちゃうと面白くありませんからねぇ」
「そっか、秘密なんですね……ひひひ」
はしゃぐだけはしゃいで戻ってきた健の視線は、チラチラと誘波の大きな胸に向けられている。何が詰まっているのだろう。夢か、希望か? それとも人類の英知か? そんなことを考えながら。健はまだまだ社会に出たばかりの男である、きっと異性が気になる年頃なのだろう。
「さあさあ、こちらが私のマイホームになりま~す」
「お、おお……これが、誘波さんの!?」
「そうですよぅ。日本屋敷はお好きですかぁ?」
落ち着いたところで誘波は庭園の奥にある屋敷へと三人を誘う。そこは和風の屋敷だった。――よかった。日本だった。屋敷の外観は清々しいほどに和風。その和風屋敷に住まう十二単を着た女主人――妄想するだけでも健は幸せだ。
「た、たまらん……」
「珍しいのはわかるけど、ぐずぐずしてないで早く上がりなさいよ」
そんな健にやや冷たい視線と言葉を浴びせながらリーゼは玄関へずかずかと上がっていく。
「タケちゃん、早くしてくださいねぇ。でないと……閉め出して外で野宿してもらうことになりますよ?」
「あ、ちょっと! それはヤだ!」
健をからかう誘波。彼女もリーゼに続いて玄関へと上がる。健も慌ててあとを追った。
「……やれやれ、あの落ち着きのなさでは先が思いやられるな」
「ふふふ、素直でいい子じゃないですか。あの自分を抑えないところはレイちゃんにも見習ってほしいですねぇ」
最後に上がったため息混じりのセレスに、誘波はニコニコの笑顔を崩さずに告げる。
「それにどうやらタケちゃんは、レイちゃんと同じかそれ以上の働きをしてくれそうです」
 




