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第9話 揺らぐ正義と信念


 レランジェが戦場に乱入してきたことによってテンガイの襲撃から逃れた健たちは、誘波邸へと戻ってきていた。健は興奮した様子で、がに股で誘波に近寄る。――わかりやすい男だ。


「誘波さんどうして言ってくれなかったんですか!? 異界監査局は善と悪どちらでもなく中立的な立場を維持している組織だってことを!!」

「まぁまぁ、タケちゃん。怒りたい気持ちはわかりますがぁ、興奮なさらず」

「これが落ち着かずにいられますかッ!!」


 説明不足による混乱のため、健は怒っていた。誘波はそれをいつもの笑顔でなだめつつも冷静に対応している。


「それで本当なんですか? あのテンガイってやつが言っていたことは……」


 健のその問いに誘波は何も答えなかった。表情はいつもの笑顔のままだ。


「なぜ黙ってるんですか! あんた知ってるんだろ! 教えろよ!!」

「はぁ。うるさいですねぇ。ええ、そうです。一部始終はすべて見させていただきましたよ」


 ため息混じりに、呆れた笑い顔を浮かべながら誘波はテンガイとの戦いを見ていたことを明かす。


「確かに我々異世界監査局は中立の立場を取っています。善でもなければ悪でもありません。その認識は人それぞれです。善だと思えば善。悪だと思えば悪。少なくともこの世界にとっては善になるでしょうが……タケちゃんは監査局が正義だとでも思っていたのですか?」

「……それは……」

「例えば極悪人がいたとして、それが世界の存在に悪影響を与えていれば潰します。逆に良い影響もしくはなにも影響しないのであれば私たちは動きません。それをどうにかする正義は警察のお仕事ですので。まあ、ユウちゃんやセレスちゃんみたいに個人的に正義を貫く人もいますが、極一部ですね。それと言っておきますが、これを機に監査局を敵に回そうなどと考えないでくださいね。くれぐれも」

「なんで?」

「監査局は『世界の守護者』にして『調律者』です。なくなれば丸裸同然となり、他世界からの脅威に対抗できません。それ以前に世界の『歪み』を修正できず滅んでしまいます。侵略や崩壊を狙った他世界の組織からのスパイ、内部からの裏切り者。私たちはそういう人たちと幾度となく戦ってきましたので、忠告です」


 誘波から健に突きつけられた事実――。それは異世界監査局は善でもなければ悪でもなく中立で、あくまで世界を守るための組織であるということ。この監査局にはスパイや裏切り者などが過去に何人も出ているということだ。


「……そんな。ってことはもしかして、僕のことは信用してくれていないと?」

「そうとは言っていませんが」

「でも、遠回しにそう言っていたような気がして……」


 複雑な顔をしている健に対して、ニコニコ笑っていた誘波は表情を変えた。凍てついている。今まで笑顔という鉄の仮面をかぶっていてそれを急に外したかのようだ。


「監査局のルールは厳守ではありませんが、もしも私たちと敵対してこの世界に仇をなそうとするなら許しませんよ? そのように血迷った裏切り者は必ず世界に『歪み』を生みます。禁固刑、あるいは……死、あるのみです」

「っ……あの、僕のことは信用してくださって……いるんですか?」

「ええ。現状では、零ちゃんの代行者ですからね」

「え、でも、零児って人が帰ってきたらそのときは?」

「そのときは用無しです」

「――ッ」

「あはは、冗談ですよぅ。貴重な監査官の資質を持っているタケちゃんを簡単に切り捨てるなんて勿体ないです。あっ、異世界人との契約は基本的に『自分の世界に帰るまで』ですので、その時に引き止めるような真似はしませんのでご安心ください。異世界人を帰すことは『調律者』としての使命ですので」


 誘波がそう言ったとき――健は既にいなかった。彼にはまだ、誘波の口から突き付けられた事実を胸に受け止める覚悟が出来ていなかった。周りは自分のことをあまり信用してくれていない。孤立無援にも思えるような状況だ。そんな状況でも己の理想に、正義に燃えてバカ正直に自分を奮い立たせていた健だが、残酷な事実を突き付けられたら――。


「……タケちゃんどこに行っちゃったんでしょうねぇ」



 誘波の前から姿を消した健は街の中を一目散に駆け抜け、川を臨む土手のところでたそがれていた。やるせない顔で石を投げて感傷に浸り、冷静になって考え直そうとしているようだ。


「……僕は何に怒ってたんだ。理想と現実の違い? それとも事実を教えてくれなかった誘波さん? わからない……」


 頭を抱え、今ここに苦悩が始まらんとしていた。自分は何に怒っているのだろう。頭じゃわかっている、もしくは許しているはずのことだ。でも心ではそれを認められないでいる――。


「なにが(ルール)だよ……。なにが『調律者』だよ!」


 怒りに身を任せて健は石を投げる。これで少しは胸のもやもやも晴れるだろう。しかしそれを何度も続けているうちに健はむなしさを感じた。本当は、こんなことをしても何にもならないことはわかっていたからだ。


「なにが異世界監査局だよッ!!」


 やがて健はひときわ大きな石を投げつけ大きな水しぶきを上げる。でもやはり心の中はスッキリしない。感情の赴くままに思い切り叫んでも呼吸を乱すだけだ。


「……いや。僕こそなんなんだよ。こんなことしてる場合じゃないっていうのに」

「健殿、ここにいたのか! 探したぞ!」


 凛とした少女が僕の名を呼んでいる。健が「ハッ」としてうしろを振り向けばそこには――彼を探しに来たセレスティナの姿が。ずいぶん駆け足でやって来たようで息を荒くしていた。


「セレスティナ! どうしてここに?」

「話は誘波殿より聞いた。誘波殿はあなたのことを道具だとは思っていない。どうか戻ってきてはくれないか?」

「……でも、いいの? 僕のことを心から信用してくれるのか?」

「な、何を言うのだ。仲間を信じることは当然のことではないか」

「もしかしたら君たちをだましてたり裏切るかも知れないんだよ? それでも僕を信じるっていうの?」


 本当は零児のほうがいいはずだ。今の自分を信じられるのか? と疑問を投げかけるように、健はセレスティナに問う。きょとんとした顔で戸惑うセレスティナだが、咳払いをして――真剣な顔で口を開く。


「健殿は少々取り乱しがちだが、気さくだしやさしい。騙したり裏切ったりするような人には見えない。だから、私は全面的に健殿を信じる!」

「えっ!?」

「実のところ健殿の気持ちはわからないまでもない。私もかつて弟子として師事してきた剣士ひとに裏切られたことがあったからな」

「君の剣のお師匠様に……?」

「だが『悪意』あってのものではなかった。我が師の名はカーインと申すのだが、彼には彼なりの信念と誇り――そして『正義』がそこにあった」

「もうひとつの正義……」


 健を全面的に信じるというセレスティナは、かつての師との間にあったことを語る。それは彼女にとって非常に重々しく今まで起こってきたどんなことよりもつらい出来事であったことは想像に難くない。


「……辛かったんじゃない? お師匠様に裏切られるのって」

「辛かったさ。だがその信念に歪みがあるのならばそれを叩き直す……。我が師と戦いこの身に代えても歪みを断ち切る覚悟は出来ている」

「セレスティナ……」

「健殿にも譲れないものや信念があるはずだ。元の世界へ戻るまでの間だけでもよい。誘波殿のもとへ戻って己の信念や正義を貫き通してみたくはないか? 監査局は中立だが、だからこそ正義の有り様や信念、理想は人それぞれ違っていても許される。私たちは別々の世界からやってきているのだ、意思を統一するなど洗脳でもしない限り不可能に近い。誘波殿はそこをよくわかっている」


 セレスティナの激励を受けた時、健は悟った。自分が怒りの矛先を向けていた対象は――誘波でも異界監査局の現実でもなく、テンガイの言葉で心や信念が揺らいだ自分自身だったのだ(・・・・・・・・・)


「……正義も信念もあるよ。エスパーとしての力は、何かを破壊するためじゃなく、人々を、平和を守るために使いたい。力に溺れたりなんかしない。正しいことのために使って、僕は僕の道を進んでいきたい。そう思ってる」

「健殿……」

「戦い始めて半年くらいになるかな。いろんなエスパーと出会ってきた。僕と同じように人々を守るために戦う人ばかりじゃなかった。力に溺れて己の欲望のためにしか使わないヤツがいれば、強い正義感を持っていたのに歪んでしまった悲しいヤツや、名を上げたくて僕に何度も戦いを挑んできたヤツもいた。それから単なる悪党までも……」

「そうだったのか。やはり健殿もそれなりに場数を踏んでいたのだな。きっと健殿の人生で最も長くて大変な半年間だったのではないか?」

「まあね」


 セレスティナの推測に健は皮肉っぽく笑って返す。


「……さて。健殿の覚悟はしっかりと聞き届けた。ともに帰ろう、誘波殿や〝魔帝〟たちが待っている。もっとも後者はあまりに気にくわないがな」

「ああ。ところで、リーゼロッテは人や物事を面白いか面白くないかで判断するみたいだね。あの子にとって僕は零児に比べて面白みがなかったかな」

「あると思うが?」

「ハハッ! うれしいやらうれしくないやら!」

「行くぞ!」


 セレスティナとともに河原から立ち去るころには、健はもう立ち直っていた。東條健という青年は良くも悪くも単純で、お人好し。逆に言えばまっすぐだ。だが――それでいい。


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