プロローグ
この作品はいつもお世話になっているなろう作者、夙多史さんと共同で進行している企画です。こちらではSAI-Xの作品『同居人はドラゴンねえちゃん』の主人公・東條健の視点で物語が進みます。そして夙さんの方でも『シャッフルワールド!!』の主人公――白峰零児の視点で物語を進めております。性格から容姿まで、何から何まで違う二人はそれぞれ未知の世界で何を見るのか? 合わせてご拝読ください^^
――世の中には、どこにだって影と隙間がある。そこはどす黒い闇がひしめく空間に通じていて、怪物がドロドロと溢れ出るように現れる。その名は『シェイド』。人々を食らう邪悪な怪物だ。だが人類を脅かすこの怪物どもに立ち向かう勇気あるもの達がいた。
彼らは力でシェイドを服従させ、契約を交わして特殊能力を得る。それを用いて戦う人々を、『エスパー』と呼ぶ。どちらも普段の日常ではない『非日常』の世界の住人だ。世の中には知らないほうが良い事もある。知らない事は罪であるが――知りすぎるという事は己を滅ぼす危険な罠へと繋がっているのだ。
「もう逃げられないぞ! その子を放せッ!」
白くて丸いレーダーのような機械を手に持ちながら、外にハネた茶色い短髪の青年が呟く。彼はの名は東條健。元々、平凡な日常を過ごしていたアルバイトの青年だった。だがあることをキッカケに日常から非日常の世界へと足を踏み入れることとなった。
怪物に襲われ、一度死を覚悟した身だ。そのときに味わった、恐怖心が全身を内側から食らい尽くすような死の恐怖――それを誰にも味わわせない為、人々の笑顔を守るために彼は戦っている。
「私たちの大切な仲間に手を出したその罪……許されると思うな!」
その名をアルヴィーという、膝丈まで伸びた白いロングヘアーの女性が叫ぶ。切れ長の赤い瞳は瞳孔が細く、ややその透き通るような色白の肌と合わせて異質な雰囲気を漂わせている。もっとも一番ありえないのは――その常識はずれな美貌と――豊満な胸だろうか。
彼女はワイシャツを着ているのだが、やはりきつかったのか少し前をはだけている。当然素肌が見えるし、谷間が見える。――あとは、おわかりいただけただろうか。
「フフッ……。こんなことをしたらどうなるか……思い知らせてあげる」
冷たく笑いながら、少し怒りを含んだ様子で癖のある青紫の髪をなびかせた幼い少女が言い放つ。蜘蛛の巣柄の黒いワンピースを着た彼女の名は、糸居まり子。一見すればあどけない少女だが――無垢ゆえに冷酷非情。そして、傲岸不遜。そんな彼女が心を開くのは――己が認めたものだけ。
この三人が対峙している相手は――人間大のトンボのような姿をしたシェイド。平たく言えばトンボの怪人。そのトンボが三人にとって大切な仲間である――藤色の髪の少女を捕らえている。
「健くん、みんな……助けて!」
藤色の髪の少女が叫ぶ。彼女は健と同い年。先程の幼い少女よりずっと年上だ。サイドテールで髪をまとめている。トンボの怪人は彼女を人質を取るようにして拘束している。早く救い出さねば!
「みゆきを返せッ!」
シルバーグレイの長剣を携え、青年――健がトンボの懐へと駆け込む。対するトンボは鋭い鎌のような腕を振るって切りかかるが、その程度の攻撃は通じなかった。すぐ健に避けられたからだ。今度は、健の番だ。
「やあっ!」
左手に盾を持ち、それでトンボを殴ってひるませる。衝撃で拘束されていた少女――風月みゆきが解放された。「よし、もう大丈夫だよ」と、健はみゆきに手を差し伸ばす。相手は気絶している。引き離すなら今のうちだ。
「ありがとう。もう何度もさらわれたけど、今度ばかりは殺されるんじゃないかって……心配で」
「大丈夫だよ。僕が守ってあげる。だから君は何も心配しなくていいよ」
「健くん……!」
紅潮しながらみゆきが微笑む。対する健も大切な幼馴染みの笑顔を前にして少し緊張気味だ。いい雰囲気である。白髪の女性は微笑みながらそれを見守り、幼い少女はやきもちを妬いたか、唇を噛みしめていた。
だが、安心するにはまだ早い。相手はまだ生きているからだ。「こらー! なんで俺のことを無視してイチャイチャしてやがるんだ! アイツらふざけやがって!!」と怒鳴りたいトンボだったが、気色の悪い金切り声しか上げられなかった。このトンボには人の言葉は話せない。人の言葉を理解する知能はあっても話すことは出来ない。気持ちが伝わらない。悲しいことである。
「しまった。相手はまだ生きておったか」
「……健くん、あんな奴、サクッとやっつけちゃって!」
「うん……任せといて!」
「ファイトっ!」
そうだ、相手は人を食らう怪物。野放しにしておくわけにはいかない。紫の髪の少女からエールをもらい、みゆきを後ろに下がらせて健は苛立っているトンボを倒しに向かう。今度は白髪の女性も一緒だ。
「行くよ、アルヴィー!」
「ああ。私もそのつもりだ!」
アルヴィーと呼ばれた白髪の女性の体が、真っ白な影に変わっていく。その白い影は人の形から大きく姿を変え――やがて見上げるほどの巨体をもった白い東洋の龍に変わった。これぞ神々しく威厳に満ちたアルヴィーの本来の姿――アルビノドラグーン。雪のように白い体に赤い眼――その鋭く赤い眼はトンボを睨んでいる。この眼力だけで相手を倒せそうだ。
「行くぞ!」
健が剣と盾を携え、跳躍してトンボのシェイドに斬りかかる。両腕の鎌に弾かれるもすぐに薙ぎ払い、右腕の鎌をへし折って怯ませる。驚愕したトンボはその表情を苦痛で歪ませていた。
「せい! やあっ! うりゃああああっ!」
連続で、斜め下・横・そしてとどめの唐竹割りを繰り出す。ひるんで動けなくなった所を見計らって、健は長剣の柄に開いた穴に赤いビー玉のような球体を装填。シルバーグレイの長剣があっと言う間に真紅に染まり、刀身に燃え盛る炎をまとう。情けなく呻いて逃げ出そうとするトンボだったが――もう遅い。逃げることなど出来はしない。
「とどめだ!!」
雄叫びを上げ、健は空高くジャンプ。炎を纏った剣を斜め下へと構え――アルヴィーが吐いた青い炎を背に受け、二色の炎と共に突進。トンボの体を貫き、ド派手に爆散させた。そこにトンボの姿は微塵もなく――あったのはむなしく燃える残り火と煤だけ。
「やったあ!」
「お兄ちゃん、かっこい~!」
後ろの方でみゆきと青紫の髪の少女が喜び、はしゃぐ。ふと目があうと急にしかめっ面を浮かべ、お互いに腕を組みながら顔をそむけた。
「これにて一件落着、だねっ!」
「ザコにしては、少しばかり歯応えのある奴だったのぅ。さあ、帰るとするかの」
剣と盾を仕舞い、健がガッツポーズをとってにっこりと笑う。達成感のある表情だ。彼の傍らで人の姿に戻ったアルヴィーも微笑み、用件は片付いたので帰る事にする。が――、そのとき、燃えカスの中で何かが光を放った。感付いた青紫の髪の少女は、他のものに「ねえ」と問いかける。
「どうしたの、まり子ちゃん?」
「さっきさ……うしろに何かあったような気がするの」
「何があったのかな……健くん、調べてみる?」
「え? あ、ああ、うん……そうするよ、それが一体なんなのか気になるし」
まり子と呼ばれた青紫の髪の少女が言うように、そこに何があったのか非常に気になる。健たちは残り火が燃えていたところまで歩き出し、燃えカスの中を漁ってみた。すると――そこには、虹色にきらめく不思議な結晶があったではないか。
「なんだろ……コレ? 綺麗だなあ」
「ホントだ。すごく綺麗……」
「本当だ。吸い込まれそうなくらい美しい……」
「うん。キレイすぎてため息が出ちゃうわ」
四人それぞれ、各々が思った事を口にする。その虹色の結晶をよく見てみると――何か文字が刻まれていた。
「あれ? 何か書いてあるぞ。どれどれ」
『シャッフルワールド!! 世界コード:n4523q』
「あれ? なんだこれ……」
その怪しげな文字(しかも日本語)を見て、何故か健は萎えたような顔を浮かべた。もしかしてこの虹色に光っている綺麗な結晶は、オモチャなのではないか。精巧な作り物なのではないかと――。
「た、健くん?」
「そんなつれない顔して、どうしたのだ」
「いや、なんでもな――」
何でもない――わけがなかった。唐突に健が覗き込んでいた結晶が強く輝き出すと、空が急に暗くなって空間が歪み出し、ブラックホールのような穴が開いた。水流に流されるように健の体は空中へ引っ張られ――どんどん吸い込まれていく。
「!? ど、どうなってるの……!?」
「た、健!」
「健くん!?」
「お兄ちゃーーん!!」
必死に抵抗して、ときに空を泳いでまで健は仲間たちの腕を掴み取ろうとする。だが精一杯の抵抗むなしく――健の体は空間の裂け目へと吸い込まれていった。昇ったり下ったりを繰り返し、酔ってしまいそうなほど激しく体を揺さぶられた末に健の視界から光が失われた。
健が目を覚ましたとき、そこには――。
◆◇◆◇◆◇
「わはははははは!! 実験は成功だ! どうです、ご覧いただけましたかな?」
その頃、雷雲に覆われた岩山にそびえ立つ機械仕掛けの古城――。その内部にある会議室で、部屋の中央にあるモニターの前で大げさな身振り手振りをしながら一人の男性が自分の立てた『作戦』が成功したさまを、自慢げに見せびらかしていた。
「そうか、そうか……それは嬉しいことだな。今後も上手くいけばいいんだが、どうだかな?」
「それで今後どうするかは考えてあるのか? 行き当たりばったりの計画が成功するほど、世の中甘くはないぞ」
だが――周囲の反応は冷たい。神父のような服装をしたメガネの壮年男性――クラーク碓氷と、軍服で身を固めた大柄な外人男性・ヴォルフガングがモニターの前の男に冷たい言葉を投げかける。
「そう言ってやるな。彼も元幹部として、必死に考えたんだろう。失墜した威厳を回復させて汚名を挽回するためにね」
「お、汚名は挽回するものではないですぞ!」
「ははは、これは失敬。汚名は返上するものでしたね、ミスター・レオ?」
続いて顔に包帯を巻いて異常なほど厚着をした男が、ミスター・レオを見下ろして皮肉混じりに語りかける。この男、辰巳隆介。気さくで人当たりが良さそうだが、少々嫌味なところがあった。苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ、モニターの前にいる男――ミスター・レオは一番向こうの席に陣取って偉そうにしている男性へ振り向く。
「お怒りのようだな? ミスター・レオ。同僚だったものより下の立場になった気分はどうだ」
「ぬ……」
「お前が考案した今回の作戦だが、上手く行くという保障はあるのか?」
「滅相もない。この私が立てた計画だ。上手く行くに決まっているでしょう」
自信たっぷりにレオが言う。偉そうにしている黒装束の男が、そんなレオを鼻で笑う。頬杖を突いたまま。この冷徹で偉そうな男の名は、甲斐崎。この集団の中ではリーダー格に位置する。無駄な贅肉ひとつないスラリとした肉体と冷静沈着な頭脳、そして野性を併せ持ったハンサムだ。
「流石は元幹部。口だけは達者だな」
「ぬうっ……」
黒装束の男の言葉を聞いてレオが歯ぎしりする。かつては幹部として猛威を振るっていたのに、ある時ヘマをして降格。上司からは日々なじられ、同僚にさえもバカにされ――。そんな自分への理不尽な仕打ちへ対する怒りと悔しさの混じった複雑な表情をしていた。
「あの、皆様。お言葉ですが――レオさんを過小評価なさってはおられませんか?」
黒装束の男の傍らにいる、茶髪を束ねたメガネの女性がこの部屋にいる全員へ呼びかける。メガネの下では切れ長の金色の瞳が輝いていた。どんなに遠くのものでも普通に視えそうだ。
「作戦の内容はともかく、幹部でも東條健を倒せないのなら……という着眼点はイイ線を行っていると思いますよ」
「確かに君の言うとおりだ、鷹梨さん。となると、事をうまく運ぶためのサポートが必要になるな……」
「サポート……ですか? 確かにレオさん一人だけでは心許ないかもしれませんね」
包帯の男から鷹梨と呼ばれたメガネの女性が振り返る。確かに世の中、一人だけでは上手く行かないこともある。協力しなければできないことが山ほどある。そうやって手を取り合って、人々は暮らしを営んできたのだ。だが彼らはそう簡単にお互いに協力しあうだろうか。
「ほほう! ほほう……私に協力してくださるとおっしゃりますか」
ミスター・レオがにやつく。やはり自信たっぷりだ。彼のあつかましい態度を見て冷たい視線を向けていた周囲の者たちも、流石に苛立ちを隠しきれなくなってきた。
「ですが、そんなものは必要ない。これは私の問題です。ゆえに干渉・手助けは一切無用にございます」
「……くっくっくっ」
メガネをかけた神父風の男性が笑う。
「聞いたか? 彼は誰の手も借りずにやってのけるそうだぞ」
「それは素晴らしい! 上手く行くかどうか見守ってやるとするか」
「干渉も手助けも一切無用か……あとで助けを求めても誰も協力してくれなくなるが、それでもいいのかな?」
「考え直すなら今のうちですよ」
神父風の男性が発言したのを皮切りに、軍服の男性や包帯の男性、そして鷹梨が笑いながらレオへ訊ねる。これが最終確認だ。もしレオが考えを変えないのなら――彼が自分で発言したとおり今後誰も助けには来ないこととなる。
「どうなされたかな……ミスター・レオ」
「ぐぬぬ」
甲斐崎が冷笑して問いかける。歯ぎしりしながらレオは「そろってああだ、こうだと……よーく分かりましたよ! 私一人で成し遂げてみせる。皆様はそこで指をくわえて私の雄姿を見ていてください」と怒りに駆られ、会議室を後にした。




