第2話(2)
そして・・・
卒園式。
「瑠君と同じ小学校でよかった!」
「!」
記念写真を撮り終えた後、隣にいた凪がそう言った。
今日は卒園式なので、親も子もピシッとした格好をしている。
女の子はひらひらのスカート。男の子の首にはネクタイ。
「うん!よかった!小学校でも一緒に遊ぼうね」
「うん!」
そう、瑠と凪は家が近所のこともあり、同じ小学校に入学することが決まっているのだ。
そのことが瑠にとっても嬉しいことだった。
「瑠。そろそろ帰るぞ」
「!」
見上げると、そこには芯の姿があった。
瑠が辺りを見渡すと、体育館にいる人々はもうだいぶ少なくなってきている。
「うん」
瑠は芯にそう言うと、凪のほうを見た。
凪は芯のことを一瞥すると、瑠に笑いかける。
「・・・今度一緒に遊ぼうね!」
瑠も笑顔で頷く。
「ばいばい!」
「ばいばい!」
そして瑠は凪に背を向けると、芯とともに体育館をあとにした。
「疲れたー」
「今日は頑張ったな」
瑠と芯は幼稚園の駐車場を歩いていた。
辺りに人の姿はなく、駐車場はガランとしている。
今日は、みんなで舞台の上にあがって歌を歌ったり、楽器を演奏したりしたので、いつも以上に疲れてしまった。
「歌、上手く歌えたな」
「・・・やったー」
瑠の瞳に映る芯の表情は、満足そうだ。
しかし瑠はそうもいかない。無事に卒園式を終えた安心感で体が疲れ切っていた。
そのせいで、いつもは何ともない頭の上のカツラも重く感じる。
(いいや。・・・とっちゃえ)
既に、芯の車も目の前だ。
瑠は頭の上のカツラをとると、バッグにしまい込む。と、その時、頭をこぶしで軽く叩かれた。
「こら。まだ早いぞ。瞳の色も黒に戻しなさい」
瑠は芯を見上げると、眉間にしわを寄せる。
「だって・・・疲れちゃったし」
「瑠君!!」
「!」
瑠が後ろに振り向くと、そこには凪の姿があった。
凪は表情を引きつらせて、こちらを見ている。そして凪の手には、二本の花束が握られていた。
そうだ。すっかり忘れていた。
先生に一人一本、花束を持ち帰るように言われたんだった。
一本は、持ち返るのを忘れしまった瑠のために持ってきてくれたんだろう。
「凪君・・・ありが・・」
「瑠君・・・変な髪の色!目の色も!!何でそんな色してるの!?」
「!!」
瑠は凪の言葉を聞いて固まった。
そうだ。この色は、他の人には見せちゃいけないんだ。
「ねぇ!何で!?」
「っ・・・」
瑠は凪に返すはずの言葉が見つからなかった。
だって、そんなこと自分にも分からない。
その時、芯が瑠のことを隠すようにして瑠の前に立った。
「凪君の見間違えじゃないかな。瑠はそんな色してないよ」
「そんなはずない!!だって僕、見た!」
瑠は叫ぶようにしてそう言う凪の声を聞いて、芯の後で震えていた。
・・・自分はいけないことをしてしまったんだ。
「瑠、帰るぞ」
「・・・・」
芯は瑠の背中を軽く押した。
瑠は芯に促されるまま、彼の体の影に隠れるようにして車内へ入った。
まだ、凪がこちらを見ているのが分かる。
「瑠君は化け物だ!!」
凪が最後にそう叫んだ言葉が、瑠の耳から離れなかった。
「ちゃんと、お父さんの言いつけを守らなかったからそうなったんだ」
芯は車に乗っている途中、一言も口を開かなかった。そして、家につき、居間に入った途端にその言葉を言われた。
「ごめんなさい・・・」
瑠は俯いて、ずずっと鼻をすする。既に、目は涙で潤んでいた。
瑠は一番の友だち・・・凪に“化け物”と言われたことが、ショックでたまらなかった。
(何で・・・?僕は瑠だよ・・・。化けもの何かじゃない)
そして、芯に怒られたことによって、余計に自分の感情が抑えきれなくなっていた。
「いいか、瑠。約束はちゃんと守らなくちゃいけないんだ。いいな?」
「・・・お父さん・・・僕・・・化け物なんかじゃない・・・」
「瑠!!」
「!!!」
芯の大声が静かな居間に響き渡った。
瑠は驚いて、顔を上げる。
そこには、怒りに染まった芯の顔があった。髪の色も瞳の色も、元の色に戻ってしまっている。
「瑠・・・。お父さんの話を聞いてたか?」
「・・・・」
「約束は守れ。そう言ったんだ」
「・・・・・分かったよっ・・・」
もう、瑠の視界は涙で潤んで見えなくなっていた。
瑠はただ、芯に「お前は化け物なんかじゃない」と言ってもらいたかった。しかし、芯はその怒りの表情を崩そうとはしない。
(・・・でも、仕方ない。だって、僕はお父さんの話をちゃんと聞いてなかったんだから・・・)
「これからは・・・気をつけろ」
芯はその言葉を残して、居間から出て行ってしまった。
「・・・・うっ・・・ずずっ・・・」
瑠はその場でしゃがみ込むと、大声で泣いた。
嫌だった、凪に嫌われてしまったことが。
嫌だった、芯を怒らせてしまったことが。
「瑠!どうしたの?」
「!」
見るとそこには、瑠の母=奈雪の姿があった。手には重そうな買い物袋がぶら下がっている。奈雪はそれを床に置き、瑠の前まで駆け寄るとその場にしゃがみ込んだ。
瑠は手で涙を拭いながら、奈雪に向かって言った。
「お母さん・・・。凪君が僕のこと・・・化け物だって・・・。僕・・・化け物じゃないよっ・・・」
「!・・・・」
一瞬、奈雪の表情が動いた。
瑠はドキリとする。また、奈雪にも約束を破ったと怒られてしまうのだろうか。
「大丈夫。化けものなんかじゃないわ」
「!」
奈雪は呼吸が整わない瑠の背中に手をまわし、そっとそれをさすってくれた。
「確かに、瑠やお母さんは、変わった力と変わった色を持っているけど。
鋭い牙もはえてないし、こわーい二本の角もはえてないでしょ」
「・・・・」
「それに“凪君”っていうお友達がいるんだから。化けものに、お友達がいるわけないじゃない?」
奈雪は優しく微笑んでそう言うと、瑠の頭にそっと手を置いた。
「う・・ん」
瑠は最後の涙を、必死に手で拭う。
「ほら!泣かないの!それぐらいのことで泣いてたら、これから先が心配だわー」
奈雪は、そう言うと瑠の頭をこつんと叩いて立ち上がった。
「もうすぐ夕食にするから、ちゃんと着替えて、手洗ってくるのよー」
瑠は奈雪の顔を見上げる。そして、こくんと頷いた。
奈雪はにっこりと笑うと、買いもの袋を持って台所のほうへ姿を消した。
瑠の心は、先ほどとは打って変わって、安心感で満たされていた。
もちろん、その目からは涙は流れていない。
・・・自分は化けものじゃないんだ。
だって、鋭い牙もはえてないし、こわーい二本の角もはえてないんだから。
その日の夜・・・。
瑠はなかなか寝付けずにいた。
それは、心配ごとがあったからだ。
夕食のときの芯は、叱られたときよりは表情は穏やかになっていたが、いつもよりは明らかに口数が少なかった。しかも、こういうときに限って、ゼンは夕食のとき、姿を現さなかった。いつもなら一回ぐらいは姿を現して、奈雪の手料理に文句の一つも言ってくるのに。
そのせいもあり、今日の夕食は楽しんで食べることができなかった。
そして、凪のことも気がかりだった。
小学校へ入学しても、凪と離れることはない。
・・・・次、会うとき、どんな顔をして会えばいいのだろう。
瑠は布団の中でごろんと寝返りをうった。
枕もとにある安っぽい目覚まし時計を手に取り、目の前に持ってくると、その針は11の数字を示そうとしている。
瑠は時計をもとの位置に戻すと、浅くため息をついた。
もう、この時刻になってしまったら、家いるのは瑠一人だ。父も母も仕事へ行ってしまって、もう少したたないと帰ってこない。
「瑠、まだ起きてたのか?」
「!」
見るとそこには、手に等身大の白い鎌を持ったゼンの姿があった。
「ゼン兄ちゃん・・・。仕事は?」
瑠は布団から体を起こし、ゼンを見た。
「あぁ・・・今日は速く切り上げることにしたんだよ・・・」
ゼンは曖昧な笑みを浮かべながらそう言う。
「・・・・」
「瑠、何か考え事してただろー!?こんな夜中まで考えごとしてると、スイマが仕事しにくくなるんだぞ」
「分ってるよ・・・」
そう、分かってる。でも、心配ごとは一人になったときにこそ、頭の中に流れ込んでくる。・・・だから、自分で解決しようとするんだけど、なかなかそれが出来ない。
「瑠・・・。あまり気にするなよ。ほら・・・芯も、もう怒ってなかったからさ」
瑠は目を見開いた。
「怒ってなかったの!?」
「なかった、なかった」
ゼンは流すようにそう言って、その手から鎌を消すと、瑠の頭を枕の上に押し倒した。
「ほら!寝た寝た!」
「・・・・」
ゼンは眉間にしわを寄せて、瑠の顔を覗き込んだ。
瑠はその顔が嫌で、ばっと布団を頭からかぶる。
「・・・・」
と、その時、ゼンの手の中に白色の鎌が音もなく現れた。
ゼンはそれで瑠の体を勢いよく切り裂いた。
それと同時に、キラキラと光る粒が次々と瑠の体から現れる。
「芯・・・。今日、瑠のこと怒っただろ?あの言い方はないじゃないか」
ゼンは、小さな寝息をたて始めた瑠のことを見下ろしてそう呟いた。
その間にも、光の粒は次々とゼンの体へ吸い込まれるように消えていく。
「小さいうちにあれくらいのことは言っておいた方がいいんだ」
その言葉と同時に、芯がゼンの隣に音もなく現れた。
彼の姿はゼンとは違い、銀の髪に銀の瞳。夜の闇にはえている。
ゼンは芯の言葉に、浅くため息をついた。
「芯は厳しい父親だな。瑠はただでさえ、友だちに本来の姿を見られて落ち込んでいたんだぞ?」
「・・・・ゼンは口出しするな。それに俺は、厳しい父親でいいんだよ」
芯の声には、苛立ちが混じっているように聞こえる。
「・・・・はいはい。そうですか」
ゼンは、あんなに大泣きしてこんな時刻になるまで眠れないでいる瑠が、心配だった。しかし、芯はゼンと同じことは思っていないようだ。
父親とは皆、そういうものなのだろうか。
・・・子どもが落ち込んでいるとき、慰めてあげる役目も、父親だとゼンは思ったのだが。
「俺は仕事に行くから。ゼンはここで見張ってろ」
「・・・わかったよ。まぁ、それも俺の役目だし」
ゼンがそう呟いている間に、芯はその姿をかき消してしまった。
いや、正確には・・・・瑠の意思の中へ侵入した。
芯は何もない空間に一人で立っていた。
上も下も真っ白な空間だ。この空間は“無の状態”と言ってもさほどおかしくない。
そしてその空間には、“鎖”がいたるところに絡まっている。空間に鎖が絡まるということは、現実にはありえない。
しかし、今、芯が立っている空間ではそれがありえている。
・・・あの鉛色の鎖たちは通称、“記憶の鎖”。あの鎖の一つ一つには、記憶が詰め込まれている。そして、全てが繋ぎ合わせてある。
と、その時、芯の手の中に等身大の鎌が音もなく現れた。
その鎌は、スイマの鎌と違い、全身が闇色だ。
そしてもう一つ、ムマの鎌は、スイマの鎌と違うところがある。
それは・・・・“切り裂くもの”だ。
スイマは“人の気”を切り裂く。そして、ムマの鎌は“人の記憶”を切り裂くのだ。
芯はその鎌を両手で握ると、身軽にジャンプした。そして、鎖のところまで行くと、それを勢いよく切り裂く。しかし、切り裂くのは、さびた鎖だけだ。
さびた鎖は、古い記憶、または必要としていない記憶だ。ムマの瞳がそれを判断させる。
切り裂かれた鎖は、瞬く間に朽ち果て、粉々になり、そして消えた。
その鎖が消えても、周りの鎖は何事もなかったかのように、また連結される。
芯はさびた鎖がなくなるまで、その作業を繰り返した。
そして・・・・最後の鎖を切り裂いたとき、周りの景色が一気に変化した。
芯は今、真っ白の空間ではなく、自宅の居間に立っていた。
いや、正確には、ここは瑠のみている夢の中だ。
たった今、記憶が夢へと変わった。
とその時、居間のドアから誰かが入ってきた。彼らは、瑠と瑠の友だちの凪だった。
「・・・・」
芯は楽しそうに話している瑠から、顔を背ける。
・・・夢の中で“暇つぶし”をする奴もいるようだが、自分はそんなことはしない。
芯はその手の中から、鎌を消した。そして、その場から自分の姿もかき消した。