表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/30

第2話(2)





そして・・・

卒園式。


「瑠君と同じ小学校でよかった!」

「!」

記念写真を撮り終えた後、隣にいた凪がそう言った。

今日は卒園式なので、親も子もピシッとした格好をしている。

女の子はひらひらのスカート。男の子の首にはネクタイ。

「うん!よかった!小学校でも一緒に遊ぼうね」

「うん!」

そう、瑠と凪は家が近所のこともあり、同じ小学校に入学することが決まっているのだ。

そのことが瑠にとっても嬉しいことだった。

「瑠。そろそろ帰るぞ」

「!」

見上げると、そこには芯の姿があった。

瑠が辺りを見渡すと、体育館にいる人々はもうだいぶ少なくなってきている。

「うん」

瑠は芯にそう言うと、凪のほうを見た。

凪は芯のことを一瞥すると、瑠に笑いかける。

「・・・今度一緒に遊ぼうね!」

瑠も笑顔で頷く。

「ばいばい!」

「ばいばい!」

そして瑠は凪に背を向けると、芯とともに体育館をあとにした。



「疲れたー」

「今日は頑張ったな」

瑠と芯は幼稚園の駐車場を歩いていた。

辺りに人の姿はなく、駐車場はガランとしている。

今日は、みんなで舞台の上にあがって歌を歌ったり、楽器を演奏したりしたので、いつも以上に疲れてしまった。

「歌、上手く歌えたな」

「・・・やったー」

瑠の瞳に映る芯の表情は、満足そうだ。

しかし瑠はそうもいかない。無事に卒園式を終えた安心感で体が疲れ切っていた。

そのせいで、いつもは何ともない頭の上のカツラも重く感じる。

(いいや。・・・とっちゃえ)

既に、芯の車も目の前だ。

瑠は頭の上のカツラをとると、バッグにしまい込む。と、その時、頭をこぶしで軽く叩かれた。

「こら。まだ早いぞ。瞳の色も黒に戻しなさい」

瑠は芯を見上げると、眉間にしわを寄せる。

「だって・・・疲れちゃったし」

「瑠君!!」

「!」

瑠が後ろに振り向くと、そこには凪の姿があった。

凪は表情を引きつらせて、こちらを見ている。そして凪の手には、二本の花束が握られていた。

そうだ。すっかり忘れていた。

先生に一人一本、花束を持ち帰るように言われたんだった。

一本は、持ち返るのを忘れしまった瑠のために持ってきてくれたんだろう。

「凪君・・・ありが・・」

「瑠君・・・変な髪の色!目の色も!!何でそんな色してるの!?」

「!!」

瑠は凪の言葉を聞いて固まった。

そうだ。この色は、他の人には見せちゃいけないんだ。

「ねぇ!何で!?」

「っ・・・」

瑠は凪に返すはずの言葉が見つからなかった。

だって、そんなこと自分にも分からない。

その時、芯が瑠のことを隠すようにして瑠の前に立った。

「凪君の見間違えじゃないかな。瑠はそんな色してないよ」

「そんなはずない!!だって僕、見た!」

瑠は叫ぶようにしてそう言う凪の声を聞いて、芯の後で震えていた。

・・・自分はいけないことをしてしまったんだ。

「瑠、帰るぞ」

「・・・・」

芯は瑠の背中を軽く押した。

瑠は芯に促されるまま、彼の体の影に隠れるようにして車内へ入った。

まだ、凪がこちらを見ているのが分かる。

「瑠君は化け物だ!!」

凪が最後にそう叫んだ言葉が、瑠の耳から離れなかった。



「ちゃんと、お父さんの言いつけを守らなかったからそうなったんだ」

芯は車に乗っている途中、一言も口を開かなかった。そして、家につき、居間に入った途端にその言葉を言われた。

「ごめんなさい・・・」

瑠は俯いて、ずずっと鼻をすする。既に、目は涙で潤んでいた。

瑠は一番の友だち・・・凪に“化け物”と言われたことが、ショックでたまらなかった。

(何で・・・?僕は瑠だよ・・・。化けもの何かじゃない)

そして、芯に怒られたことによって、余計に自分の感情が抑えきれなくなっていた。

「いいか、瑠。約束はちゃんと守らなくちゃいけないんだ。いいな?」

「・・・お父さん・・・僕・・・化け物なんかじゃない・・・」

「瑠!!」

「!!!」

芯の大声が静かな居間に響き渡った。

瑠は驚いて、顔を上げる。

そこには、怒りに染まった芯の顔があった。髪の色も瞳の色も、元の色に戻ってしまっている。

「瑠・・・。お父さんの話を聞いてたか?」

「・・・・」

「約束は守れ。そう言ったんだ」

「・・・・・分かったよっ・・・」

もう、瑠の視界は涙で潤んで見えなくなっていた。

瑠はただ、芯に「お前は化け物なんかじゃない」と言ってもらいたかった。しかし、芯はその怒りの表情を崩そうとはしない。

(・・・でも、仕方ない。だって、僕はお父さんの話をちゃんと聞いてなかったんだから・・・)

「これからは・・・気をつけろ」

芯はその言葉を残して、居間から出て行ってしまった。

「・・・・うっ・・・ずずっ・・・」

瑠はその場でしゃがみ込むと、大声で泣いた。

嫌だった、凪に嫌われてしまったことが。

嫌だった、芯を怒らせてしまったことが。

「瑠!どうしたの?」

「!」

見るとそこには、瑠の母=奈雪の姿があった。手には重そうな買い物袋がぶら下がっている。奈雪はそれを床に置き、瑠の前まで駆け寄るとその場にしゃがみ込んだ。

瑠は手で涙を拭いながら、奈雪に向かって言った。

「お母さん・・・。凪君が僕のこと・・・化け物だって・・・。僕・・・化け物じゃないよっ・・・」

「!・・・・」

一瞬、奈雪の表情が動いた。

瑠はドキリとする。また、奈雪にも約束を破ったと怒られてしまうのだろうか。

「大丈夫。化けものなんかじゃないわ」

「!」

奈雪は呼吸が整わない瑠の背中に手をまわし、そっとそれをさすってくれた。

「確かに、瑠やお母さんは、変わった力と変わった色を持っているけど。

鋭い牙もはえてないし、こわーい二本の角もはえてないでしょ」

「・・・・」

「それに“凪君”っていうお友達がいるんだから。化けものに、お友達がいるわけないじゃない?」

奈雪は優しく微笑んでそう言うと、瑠の頭にそっと手を置いた。

「う・・ん」

瑠は最後の涙を、必死に手で拭う。

「ほら!泣かないの!それぐらいのことで泣いてたら、これから先が心配だわー」

奈雪は、そう言うと瑠の頭をこつんと叩いて立ち上がった。

「もうすぐ夕食にするから、ちゃんと着替えて、手洗ってくるのよー」

瑠は奈雪の顔を見上げる。そして、こくんと頷いた。

奈雪はにっこりと笑うと、買いもの袋を持って台所のほうへ姿を消した。

瑠の心は、先ほどとは打って変わって、安心感で満たされていた。

もちろん、その目からは涙は流れていない。

・・・自分は化けものじゃないんだ。

だって、鋭い牙もはえてないし、こわーい二本の角もはえてないんだから。



その日の夜・・・。

瑠はなかなか寝付けずにいた。

それは、心配ごとがあったからだ。

夕食のときの芯は、叱られたときよりは表情は穏やかになっていたが、いつもよりは明らかに口数が少なかった。しかも、こういうときに限って、ゼンは夕食のとき、姿を現さなかった。いつもなら一回ぐらいは姿を現して、奈雪の手料理に文句の一つも言ってくるのに。

そのせいもあり、今日の夕食は楽しんで食べることができなかった。

そして、凪のことも気がかりだった。

小学校へ入学しても、凪と離れることはない。

・・・・次、会うとき、どんな顔をして会えばいいのだろう。

瑠は布団の中でごろんと寝返りをうった。

枕もとにある安っぽい目覚まし時計を手に取り、目の前に持ってくると、その針は11の数字を示そうとしている。

瑠は時計をもとの位置に戻すと、浅くため息をついた。

もう、この時刻になってしまったら、家いるのは瑠一人だ。父も母も仕事へ行ってしまって、もう少したたないと帰ってこない。

「瑠、まだ起きてたのか?」

「!」

見るとそこには、手に等身大の白い鎌を持ったゼンの姿があった。

「ゼン兄ちゃん・・・。仕事は?」

瑠は布団から体を起こし、ゼンを見た。

「あぁ・・・今日は速く切り上げることにしたんだよ・・・」

ゼンは曖昧な笑みを浮かべながらそう言う。

「・・・・」

「瑠、何か考え事してただろー!?こんな夜中まで考えごとしてると、スイマが仕事しにくくなるんだぞ」

「分ってるよ・・・」

そう、分かってる。でも、心配ごとは一人になったときにこそ、頭の中に流れ込んでくる。・・・だから、自分で解決しようとするんだけど、なかなかそれが出来ない。

「瑠・・・。あまり気にするなよ。ほら・・・芯も、もう怒ってなかったからさ」

瑠は目を見開いた。

「怒ってなかったの!?」

「なかった、なかった」

ゼンは流すようにそう言って、その手から鎌を消すと、瑠の頭を枕の上に押し倒した。

「ほら!寝た寝た!」

「・・・・」

ゼンは眉間にしわを寄せて、瑠の顔を覗き込んだ。

瑠はその顔が嫌で、ばっと布団を頭からかぶる。

「・・・・」

と、その時、ゼンの手の中に白色の鎌が音もなく現れた。

ゼンはそれで瑠の体を勢いよく切り裂いた。

それと同時に、キラキラと光る粒が次々と瑠の体から現れる。

「芯・・・。今日、瑠のこと怒っただろ?あの言い方はないじゃないか」

ゼンは、小さな寝息をたて始めた瑠のことを見下ろしてそう呟いた。

その間にも、光の粒は次々とゼンの体へ吸い込まれるように消えていく。

「小さいうちにあれくらいのことは言っておいた方がいいんだ」

その言葉と同時に、芯がゼンの隣に音もなく現れた。

彼の姿はゼンとは違い、銀の髪に銀の瞳。夜の闇にはえている。

ゼンは芯の言葉に、浅くため息をついた。

「芯は厳しい父親だな。瑠はただでさえ、友だちに本来の姿を見られて落ち込んでいたんだぞ?」

「・・・・ゼンは口出しするな。それに俺は、厳しい父親でいいんだよ」

芯の声には、苛立ちが混じっているように聞こえる。

「・・・・はいはい。そうですか」

ゼンは、あんなに大泣きしてこんな時刻になるまで眠れないでいる瑠が、心配だった。しかし、芯はゼンと同じことは思っていないようだ。

父親とは皆、そういうものなのだろうか。

・・・子どもが落ち込んでいるとき、慰めてあげる役目も、父親だとゼンは思ったのだが。

「俺は仕事に行くから。ゼンはここで見張ってろ」

「・・・わかったよ。まぁ、それも俺の役目だし」

ゼンがそう呟いている間に、芯はその姿をかき消してしまった。

いや、正確には・・・・瑠の意思の中へ侵入した。

芯は何もない空間に一人で立っていた。

上も下も真っ白な空間だ。この空間は“無の状態”と言ってもさほどおかしくない。

そしてその空間には、“鎖”がいたるところに絡まっている。空間に鎖が絡まるということは、現実にはありえない。

しかし、今、芯が立っている空間ではそれがありえている。

・・・あの鉛色の鎖たちは通称、“記憶の鎖”。あの鎖の一つ一つには、記憶が詰め込まれている。そして、全てが繋ぎ合わせてある。

と、その時、芯の手の中に等身大の鎌が音もなく現れた。

その鎌は、スイマの鎌と違い、全身が闇色だ。

そしてもう一つ、ムマの鎌は、スイマの鎌と違うところがある。

それは・・・・“切り裂くもの”だ。

スイマは“人の気”を切り裂く。そして、ムマの鎌は“人の記憶”を切り裂くのだ。

芯はその鎌を両手で握ると、身軽にジャンプした。そして、鎖のところまで行くと、それを勢いよく切り裂く。しかし、切り裂くのは、さびた鎖だけだ。

さびた鎖は、古い記憶、または必要としていない記憶だ。ムマの瞳がそれを判断させる。

切り裂かれた鎖は、瞬く間に朽ち果て、粉々になり、そして消えた。

その鎖が消えても、周りの鎖は何事もなかったかのように、また連結される。

芯はさびた鎖がなくなるまで、その作業を繰り返した。

そして・・・・最後の鎖を切り裂いたとき、周りの景色が一気に変化した。

芯は今、真っ白の空間ではなく、自宅の居間に立っていた。

いや、正確には、ここは瑠のみている夢の中だ。

たった今、記憶が夢へと変わった。

とその時、居間のドアから誰かが入ってきた。彼らは、瑠と瑠の友だちの凪だった。

「・・・・」

芯は楽しそうに話している瑠から、顔を背ける。

・・・夢の中で“暇つぶし”をする奴もいるようだが、自分はそんなことはしない。

芯はその手の中から、鎌を消した。そして、その場から自分の姿もかき消した。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ