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第5話(4)

 翼はリノに教えてもらったコウの居場所・・・市内の病院にきていた。

 ここはおそらく待合室だろう・・・。

 あたりは夜の闇と静けさが支配している。

(確か・・・病室は・・)

 リノが翼に教えた病室は、3階だったはずだ。

 コウはあんな体質なので、起きているときでも病院にいることがほとんどらしいのだ。

 翼はコウの病室に向かいながら考えた。

(コウがどんな奴かはしらねーけどっ・・)

 きっとろくな奴ではないだろう。

 普通に話して分かる奴ではないかもしれない。

 しかしそれでも、朝菜の安全を守るためにはどうにかしなければならない。

 コウがどうやってツボミの支障、の行為をしているかは詳しくはしらない。まず、そこを訊きだす必要があるだろう。

(きっとコウにはスイマの姿は見えないはずだよな)

 ・・・基盤は普通の人間だ。

 まずあいつに眠ってもらって、その間に逃げられないような場所(屋上とかコウの知らない場所)に移動させる。

 そして起きたときに話をききだそう・・と翼は考えた。

 翼は3階へ続く階段を駆け上がる。そして、リノから教わった病室の前へゆっくりと近づいた。

 ドアの前で立ち止まる。

「・・・」

 そして、それを少しだけ開いて中の様子を確認する。

 ・・・コウはベッドに携えられた豆電球をつけて、本を読んでいるようだ。

「・・・よしっ」

 翼は手の中に真っ白な顔を現した。そして、ドアを通り抜けてコウの隣にゆっくりと歩みを進めた。

「・・・」

 コウはやはりこちらを気にする様子なく、本を読んでいる。

 彼の白い肌ときしゃな体つきは、病人らしいそれだった。

 ツボミの双子の弟だと思ってよくよく見ると、顔つきがどことなくツボミと似ている。

(病人はさっさと眠った方がいいからなっ・・・)

 翼は大きく顔を振り上げた。

 その時・・・

「こんばんは。スイマさん」

「!!」

 コウが静かにそう言った。

 彼はしおりをはさんでから、丁寧に本を閉じるとこちらを見て微笑んだ。

「お前・・!!俺のことが見えるのか!?」

 コウは静かに頷く。

「・・・俺のところに仕事にきたスイマなんて初めてだよ」

「・・・なっ?それ、おかしくないか?」

 翼はコウの発言に戸惑いを隠せなかった。

 ・・・人はスイマの鎌なしでは眠ることさえできないのに。

 コウはおだやかな表情を崩すことなく言った。

「俺が眠るときは“夢”に呼ばれたときだけなんだ。・・・だから、俺のとこにはこなくて大丈夫」

「そ・・・そうだったのか」

 どうやら自分が思っているより、コウは普通の人間ではないらしい。

(つーかっ俺が知りたいのは、そのことじゃなくてだな・・)

「・・・ツボミの支障って言うのは、お前のことだよな?コウ」

 翼の言葉に、コウの表情が大きく変わった。

 ・・・影がおち、鋭い刃のような表情になる。

「あぁ。そうだね・・・ツボミの知り合いが俺に何の用?」

 さっきまでの穏やかな雰囲気が一変したコウ。

「どうして、ツボミのパートナーを夢に取り込むなんてことしたんだよ?ツボミのことが憎いとかそんな理由なら、パートナーは関係ないはずだろっ?」

「関係のあるなしは俺が決めることさ」

 コウは鋭い表情のまま呟く。

「っ・・・──」

 翼はコウの発言に拳を握った。

「もうやめろよ!そんなこと!!」

「別にいいじゃないか。俺が何しようとスイマさんには関なしだよ」

「関係おおありだ!!」

 翼は思わずそう怒鳴る。

 コウはそれに、

「ははっ必死だね。もしかして、朝菜ちゃんの知り合い?」

「!・・朝菜は俺の妹だ」

「そっか。朝菜ちゃんにはこんな優しいお兄さんがいたんだ」

 コウは微笑む。

「羨ましいね。兄弟愛ってやつかな?」

「──・・・俺はお前のことをとめるからな」

 翼は力強くそう言いきる。

 コウはそれに余裕の表情で、

「俺はツボミの大切なものを奪うためだったら、何だってするさ。・・・たとえそれが、スイマさんの大切なものを奪うことになってもね」

 コウはそう言いながら、ベッドから足をおろして翼の前に立った。

 翼はコウを睨みつける。

「俺がそんなことさせるわけねーだろ!」

「・・・どうやって俺をとめるんだい?スイマさん」

 コウは相変わらず余裕の表情だ。

 ・・・きっとコウは、夢の中で好き勝手やってるような奴だ。その行動をスイマの自分には止めることは難しいだろう。

 が、翼はひらめいた。

「俺のパートナーのムマは、優秀な奴なんだよなーっ」

「・・・」

「きっとお前よりもなっ。あっでも、性格の悪さはお前といい勝負だと思うぞー?」

 翼は二カッと笑って見せる。

「そっか・・・残念だな。そのムマがどんな人なのか会ってみたかったよ」

 コウはそう言い終えた瞬間、翼から白い鎌を奪い取った。

「!!」

 そして、行きつく間もなく翼に向かって鎌の刃を振り下ろす。

 翼はそれを間一髪で避けると、

「何すんだよ!?返せっ」

「断る」

 翼は次々と振り下ろさせる鎌を避けながら、後ろに飛び退いていった。

 しかし、病室内はせまい。

 すぐに背中が壁にぶつかった。

「!!──」

 コウはそれを見て微笑むと、鎌を大きく振り上げる。

 ─・・・そして、翼の体はスイマの鎌に切り裂かれた。

 ドサリと床に倒れこむ翼。

 彼の肩から腹にかけて、大きな傷が入りそこからは光の粒が溢れだしている。

 コウは、スイマの鎌から手を離した。

 それは床に倒れる寸前で、姿を消してしまう。

(やっぱり・・・このスイマを完全に消すことは難しい・・か)

 スイマの鎌はスイマが使わないと本当の力を発揮しない、そのことは何となく分かっていた。

「・・・苦しそうだね」

 コウは苦痛そうに体を丸めている翼を見下ろした。

 でも、仕方ない。これも自分のため。

 ・・・自分の存在する理由、のため。

 コウは翼を病室に残し、廊下にでた。

 静まり返った廊下を少し歩くと、壁沿いに電話機が並んでいる。

 ・・・入院患者専用として置いてある電話機だ。

 コウは一番手前の電話機の前に立ち、受話器をとった。

「・・」

 そして、ある家の電話番号を押す。

 数回の呼び出し音がなると、知っている声が電話にでた。

『はし、西園寺です』

「もしもし、リノちゃんだね?」

『コウ・・・!』

 久々に耳にするリノの声は、少し懐かしかった。

 コウは口元をわずかに緩めると、言葉を続けた。

「久しぶりだね。二年ぶりぐらいかな」

『・・・一体何なの。急に電話してくるなんて』

 リノの声はとても引きつっている。

「ちょっとリノちゃんに用事ができたんだ。今すぐ病院に来てくれるかな?」

 コウはその言葉の後、すぐに受話器を置いた。

「─・・・」


 病院のベッドの上に座って待っていると、すぐにリノがやってきた。

 リノは、部屋のドアの近くに倒れている翼を見ると、表情を一変させる。

「ツバサ!?ちょっと!大丈夫?」

 リノは翼に駆け寄る。しかし、彼の意識はない。

「そのスイマさんをここに呼んだのはリノちゃんだろ?というか、そうとしか考えられないね」

 リノはこちらを不安げな瞳で見ると、

「・・・コウ。ツバサに何したのよ?」

「んー・・・ちょっとね。白い鎌でスイマさんのことを切ったんだよ」

「!・・・どうしてそんなのことしたのっ?」

「俺のことを邪魔してやるとか言ってきたからさ」

「・・・ありえない」

 リノは睨みつけるようにこちらを見た。

 コウはその瞳から目を伏せる。

「リノちゃんには分からないだろ?俺のほんとの気持ちなんてさ」

「・・・知りたいとも思わないわよ!コウこそ、ツボミがどんな気持ちでっ・・」

「リノちゃん。彼のこと、連れて帰ってくれないかな?」

 コウはリノのことを半ば睨みつけるように見た。

 ・・・何も言い返さないように。

「・・・」

 リノは沈黙を守ってコウを見る。

 そして、まだ光の粒がパラパラとこぼれおちている翼の腕を掴み、それを自分の肩の上に乗せた。

 ・・・そのリノの瞳には、うっすらと涙が溜まっていた。

「わざわざ来てくれてありがとう、リノちゃん」

「・・・」

 コウの言葉に、リノはより強く唇をかみしめる。

 ・・・そして、二人の姿はかき消された。


「朝菜!起きて!」

「・・・?」

 朝菜はその声にゆっくりと目を開いた。

 さっき眠ったばかりなのに・・・一体誰だろう。

 朝菜はベッドから体を起こすと、暗闇の中、目をこらす。

 そこには・・・

「リノ・・・?」

 そして、朝菜は自分の目を疑った。

 リノに体を支えられて、ぐったりしている人物は・・・

「おにいちゃん!?」

 間違いなく、翼だった。

 朝菜はベッドから立ち上がると、二人に駆け寄る。

「お兄ちゃんっ・・大丈夫!?」

 朝菜がそう声をかけても、翼は目を開かない。

 額からは、嫌な汗が一気に噴き出した。

「・・・─」

 リノは黙ったまま、翼を朝菜のベッドの上に横にさせる。

「リノっ。お兄ちゃんは大丈夫なの?」

 なぜ翼が、こんな状態になったのか分からない。

 しかしそれよりも翼が無事なのか・・・ちゃんと意識は取り戻すのか・・・とても心配でたまらなかった。

「分からない・・・」

 リノはとても小さな声でそう言った。

「!!・・・」

 朝菜の意識は、一瞬にして絶望の色に染まる。

 まさか・・自分の兄が、こんなことになるなんて。

「・・・でも」

 朝菜はリノの声に彼女の顔を見る。

 リノはとても苦しそうに言葉を続けた。

「あたしたちスイマは、そう簡単に消えたりしない。あたしが分からないって言ったのはツバサが目を覚ますかどうかってことよ・・」

「!!」

「ごめん・・朝菜。ツバサがこうなったのはあたしのせいなの」

 リノは俯いて、震えた声でそう言った。

 朝菜はいつもとは全く違うリノの様子に、動揺を隠せなかった。

「どうして・・?」

「あたしがツバサにコウのところに行くように言ったから。・・・まさかコウがこんなことするとは、思わなかった・・」

 朝菜はコウという名前にドキリとする。

 まさか・・・あのコウが本当にこういうこと、をする人だったなんて・・・信じられなかった。

「・・・コウはスイマの鎌でツバサのことを切ったの」

「え!?」

「でも、使ったのがスイマじゃないコウだったから、ツバサは消えずに済んだみたいね・・・」

「うそ・・」

 朝菜は信じられなかった。

 コウと翼の間に何があったというのだろう。

 でも、今はそんなことどうでもよかった。

 一体、翼はどうなってしまうんだろう。

 もし、このまま一生、目を覚まさなかったら─・・・。

 そのようなことを考えただけで、目がしらが熱くなってきた。

 朝菜は涙がこぼれる前に、それを手で拭う。

「・・・──」

 リノはそんな朝菜を一瞥する、表情を歪めた。

 ─・・自分はコウのことをあまくみていた。

 もっと自分が神経をとがらせていれば、絶対こんなことにはならなかった。

 ─・・自分がツバサを利用したばっかりに・・。朝菜をそして、ツバサを大きく傷つけた。

 もしかしたら、取り返しがつかなくなるかもしれない。

 そう考えただけで、目の前が真っ暗な闇に包まれる。

(あたしが・・・どうにかしてツバサを助けなないと・・・)

「・・・─」

 リノは手に白い鎌を現した。

 これでツバサが救えるかどうかなんてわからない。

 けれど、やるしかない。やってみなくちゃ分からない。

 リノは覚悟を決めた。

 ・・・自分の手に持つ鎌の刃を自分の腕に近づける。そして、突き刺した。

「リノ!?何してるのっ?」

 朝菜がリノの持つ鎌を取り上げようとする。

 リノはそれができないように、手に持つ鎌に力をこめた。

「・・・いいから!」

 リノは腕に走る痛みに表情を歪めがら、刃を自分の皮膚に通していった。

 ・・・そこからは、パラパラと光の粒がこぼれ出す。

 そして、鎌をかき消すと、その腕を意識のない翼の上へ持ってくる。

「これでツバサが助かるなんて分からないけど・・・やってみる価値はあるでしょ?」

 リノは不安げな朝菜に微笑みを浮かべてみせた。

 リノの腕からこぼれだした光の粒は、翼の体にフワフワと落ちていき・・そして、彼の体に吸い込まれるように消えていった。

「でも、リノ。そんなことして大丈夫なのっ?」

 リノが自分の腕に傷は小さいわけではない。むしろ、大きい。

 もし、こんな傷を人がおったら、病院送りになるだろう。

「こんくらいじゃ大丈夫・・!」

 リノはそう言ったが、彼女の顔色はあまりよくないように思える。

 もし、リノまで倒れたら・・・──。

「やばくなったらやめるから。だから大丈夫よ」

 リノは朝菜の気持ちを察してか、そう穏やかに言った。

「・・・うん。ありがとう、リノ」

 翼はスイマだから、普通の病院に連れて行くわけにはいかない。

 だから・・・リノのこの行為に希望をかけるしかないのだ。

「・・・朝菜は休んだら?まともに寝てないんでしょ?・・・あっこいつの部屋ってどこ?」

「・・・隣」

 朝菜がポツリとそう言うと、リノは翼の体を抱え上げようとする。

 朝菜はとっさに、リノの助けをしようと翼の足の方を持った。

「ありがとね」

「大丈夫・・」

 そして、リノと朝菜は翼の体を持ち上げて、隣の部屋のベッドの上まで移動させた。

 相変わらず目を覚ましそうにない翼の様子を、朝菜は見ているしかできなかった。

 朝菜はそんな自分が情けなくて、嫌だった。

「・・・私、コウになんでこんなことやったのか訊いてくる」

「!」

 リノが目を見開いてこちらを見る。

 朝菜は強く唇を噛みしめた。

「だってこんなの納得いかない・・!!」

「・・それはあたしもよ。けど、朝菜、コウがどこにいるかなんて分からないんじゃない?」

「・・─うん、わかんない。リノは・・知ってる?」

 リノは朝菜の問いに黙りもこくっていた。

 その瞳は朝菜の視線から逃げるように、床の方へ動く。

 そのとき朝菜は思った。

 リノはコウの居場所を知っている。

「・・教えてくれる?」

 リノは朝菜の言葉にこちらを見た。そして微笑む。

「いいわよ。でも、明日ね。今日はおそいし、ここはあたしにまかせて・・・寝た方がいいわよ。朝菜はヒトなんだし」

「・・うん。でも、今夜はここにいるよ。リノに全部まかせちゃうのも悪いし」

 朝菜はそう言って、リノの隣に腰をおろした。

「・・・そう」

 リノはそんな朝菜を横目で見ると、まだ光の粒がこぼれ続けている腕を翼の方へ持ってきた。

 そして、無音の空間が二人を包んだ。


 ─・・しばらくの時間が過ぎ去ったとき、リノは鎌で朝菜の体を切り裂いた。

 朝菜は・・抱えた膝の中に、自分の顔を埋めるとそのまま眠りへ落ちる。

「おやすみ・・朝菜」

 また自分は、朝菜に嘘をついた。

 ─コウの居場所を朝菜に教えるつもりなんて、さらさらない。あんな弱々しい朝菜が、コウのところに行ったって、できることなんてない。

 また、傷つけられるのがおちだ。

「っ─・・・」

 リノは手に持った鎌で、また少し自分の腕の傷口を広げる。

 そこからは、より多くの光の粒が溢れだした。

(朝菜に気を分けてもらったし・・もう少しいけるかも)

「はやく目、覚ましてよ」

 朝菜が起きるまえに。

 ・・そして、何事もなかったようにまた笑ってよ。

 そうすれば、あたしだってこの苦しみから解放される。

(・・ねぇ、早く)

 リノは固く閉じられたままのツバサの瞳を見据えた。

「!・・─」

 その時、ツバサの閉じられたまぶたが、ピクリと動いた。

(よかった!)

 もう少しこうしていれば、目を覚ますかもしれない。

 その時、視界がゆらぎ足元がふらつく。

「っ・・・」

(そろそろやばいかも・・・)

 リノはふらつく足に、立っていることができず、この場に座り込んだ。

 ・・・いつの間にか部屋は明るくなりはじめている。

「・・・」

 そして、リノはこの場から姿をかき消した。


 リノは西園寺家のリビングに姿を現す。

「うっ・・・」

(気持ち悪い・・)

 そして、そのまま床に倒れ込んだ。

 今の気分は最悪だが、こうして休んでいればそのうち回復するだろう、そう思った。

「おい、どうした?大丈夫かっ?」

 その声に視線を動かすと、そこには不安げな表情のゼンがいた。

「─・・・大丈夫だから。ほっといて」

 今は言葉を口にするのでさえ辛い。

 リノはゼンから視線を外す。

「って言うか、大丈夫じゃないだろ。その傷」

 ゼンはボソリと呟くと、リビングから姿を消す。そして、すぐに戻ってきた。

 その手には救急箱が握られていた。

 ゼンはそこから包帯をとりだすと、リノの腕をとる。そして、その腕に包帯をぐるぐると巻きつけていった。

「うー・・ありがと」

「一体何があったんだ?」

 ゼンは手際よくよく包帯を巻き終えると、リノにそう訊いた。

「たいしたことじゃないし・・・それにこれ、自分でつけた傷だから」

「おいおいっ・・・自分でって・・・」

「あたしでも、手が滑ることってあるのよねー」

 リノの言葉に、ゼンは浅く溜息をつく。

「・・・手が滑っただけじゃ、そんな傷つくわけないだろ?」

「・・・まぁいいじゃない」

 リノはまだフラフラする体を何とか起こすと、近くにあるソファまで移動し、そこに深く腰掛けた。

 ゼンはまだ不安げな顔でこちらを見るが、何も言ってくることはなかった。

 ─・・・自分にできることはすべてしたつもりだ。

 あそこで意識を手放してしまったら、また朝菜に心配をかけてしまうところだったと思う。

 ・・・しばらくは、朝菜の前に姿を現すのはやめておこう。

 そうしないと、ポロリとコウの居場所を口にしてしまうかもしれない。それだけは、もうしたくない。

 リノは強くそう思った。


 朝菜はふと目を覚ました。

 すでに部屋は明るくなってきており、いつの間にか朝がやってきたことが分かった。

(ねちゃった・・・)

 朝菜の隣にリノの姿はない。

 一体、いつ帰ったのだろう。

 朝菜は立ちあがると、まだ目を覚まさない翼の顔をうかがい見る。

 昨日よりは、顔色がよくなっているような気もするが・・・

「お兄ちゃん!」

 朝菜は試しにそう言ってみた。

「・・・」

 しかし、反応はない。

「っ─・・」

 本当に翼は目を覚ますのだろうか。

 ・・・顔色がよくなったと思ったのも、もしかしたら自分の思い違いかもしれない。

「朝菜、なにやってるの?翼の部屋で」

 声の方を見ると、ドアの前には不思議そうにこちらを見る夏枝の姿があった。

「お母さん・・・お兄ちゃんが・・・」

 そして、朝菜は翼の身に起こったことを全て夏枝に話した。

 夏枝は全てを話し終えた朝菜に、

「大丈夫だよ。翼はこんなことで負けるような子じゃない」

 と静かに微笑んで言った。

 夏枝に全てを話したことと、その言葉で朝菜の気持ちは少し、楽になった。

(そうだよね・・・お兄ちゃんは絶対大丈夫・・・)

 朝菜はそう、自分に言い聞かせる。

「翼のことはお母さんがみてるから、朝菜は学校行っておいで」

「─・・うん」

 本当は学校なんて行く気になれなかったが、朝菜はそう言った。

 今の自分にできることは何もないし、それならば学校に行ってた方が気が紛れる。

 そして朝菜は、静かに翼の部屋を後にした。


 急いで身仕度を整えて学校に行くと、教室の出入り口には見知った顔が立っていた。

「瑠・・おはよう」

 朝菜が控えめに声をかけると、瑠はこちらを見る。

「・・・やっと来た」

 そして、口元に微笑みを浮かべた。

「・・・もしかして私のこと待ってたの?」

 朝菜は嫌な予感がした。

 瑠がわざわざ自分の待っているだなんて・・・きっとこれから嫌なことが起こるに違いない。

「そうだけど?何か問題あった?」

「・・多分、ないけど」

「じゃ、行こうか」

「は?どこに・・・?」

 瑠は朝菜の横を通り過ぎて、こちらに振り返る。

「屋上だよ」

 朝菜は瑠の言葉に、より眉を寄せた。

「なんで・・?」

「いいから。一緒に来てくれる?」

「・・・」

 そして瑠は、朝菜に背を向け、階段をのぼりはじめた。

 朝菜が腕時計に目をやると、あと数分でHRが始まる時刻だ。

(別にいっか・・)

 なんだか今日は、学校に行けただけでも満足できたし。

 朝菜はそう思って、生徒のざわめきで満たされた教室に背を向けた。


 屋上へ続く扉を通ると、前から来た強い風が朝菜の髪をかき上げた。

 今日は少し風が強い。しかし、この暑さの中ではその風がありがたいものに感じた。

 朝菜は瑠に続いて日陰に入ると、後ろにあった壁によりかかる。

 その時、HR開始のチャイムが鳴り響いた。

 瑠はそれにあわてる様子なく、

「今日はこのまま話そうか」

「・・・うん、そうだね」

 瑠と朝菜が二人とも席にいないということを千絵が知ったら、またしつこく問い詰められるかもしれない。

 朝菜は頭の隅でそんなことを考える。

「・・・今日はやけに元気がないんじゃない?」

 瑠は不機嫌そうな瞳でこちらを見た。

「・・・別に普通だよ」

(そう言えば瑠は知ってるのかな、お兄ちゃんのこと・・・)

 たぶん、知らないだろう。

「・・・」

「普通、ねぇ・・?」

 瑠は朝菜から目線を外すと、口元をわずかにつり上げてそう言った。

「─・・」

「さて、遊びに行こうか?」

「・・・──は?」

 朝菜は瑠の思わぬ言葉にまゆを寄せた。

 瑠はそんな朝菜のことは、気に留める様子なく壁から背中を離す。

「遊びに行くって!今から授業だけどっ」

「授業はさぼるよ。もちろん朝菜もね」

 瑠はニヤリとすると、足元にあった朝菜のカバンを肩にかけた。そして、スタスタと歩きだす。

「ちょっと・・!返してよっ」

「俺と一緒にくれば、そのうち返すよ」

 瑠はそれだけ言うと、校内へ続く扉の中へ姿を消した。

 ・・・あの中には、今日学校で使うはずだった教科書やノートが入っている。

 もちろんそれがなければ、授業をまともに受けることは難しいだろう。

「・・・はー」

 朝菜は行くしかなかった。


「朝菜。今日は“クルム”の発売日だよ、知ってた?」

 瑠は漫画の新刊のスペースに積んであるクルムの23巻を手にとるとそんなことを言う。

 朝菜はこの本屋に入ったとき、やっと返してくれたバッグを肩にかけながらそれにこたえた。

「あー・・確かに、そろそろかなーって思ってたんだけど」

 どうやら今日が発売日だったらしい。

(っていうかそんなことまで知ってるなんて・・)

 瑠は漫画に関して情報収集をかかさない人らしい。

 なんだか少し笑える。

 いつも淡々としている瑠が、漫画のことでこんなにも真剣になってるなんて。

「あ、朝菜。このマンガも面白いよ。読んでみれば?」

「ん?」

 瑠はクルムの隣に並べてある漫画を一冊手に取る。

 その表紙には、着物を着た黒髪の少女が描かれていた。

 タイトルには『月夜から始まる物語』とかかれてある。

 イメージ的にはしっとり系の話っぽいと思った。

「ふーん・・・どんな話なの?」

 朝菜が訊くと、

「読んでみれば分かるよ」

 瑠はそう言って、その漫画をもとの位置に戻す。

「・・・って言うか、瑠が持ってるなら貸してほしいんだけど・・」

「ケチだね。朝菜」

 瑠は面白がっているように口元をゆるめる。

「私そんなにケチじゃないし!瑠が買いすぎなんだよー」

 朝菜は去年の冬、瑠のアパートにあった漫画が大量につまった本棚を思い出した。

(あ・・・)

 私も同じもんか。

 朝菜は心の中で苦笑した。


 朝菜は瑠のアパートにきていた。

 どうやら瑠は、『月夜から始まる物語』を貸してくれる気になったらしい。

 今さら学校に行く気になれないこともあり、朝菜は今、ここにいる。

(久々だなー・・瑠んちくるの)

 朝菜はソファでぼーっとしながら、そんなことを考える。

 朝菜が以前ここにきたのは、去年の冬ぐらいだったと思うが、その時とあまり部屋の内装は変わっていないようだ。

 エアコンからでる冷たい風が前髪をゆらし、朝菜はソファの背もたれにゆっくりと背中を預けた。

(学校じゃクーラーないし、得したかも)

 その時、キッチンのスペースから戻ってきた瑠が、朝菜の前のテーブルに氷の入った麦茶らしきものを置く。

「あっ・・ありがと」

 瑠は朝菜のお礼の言葉に耳を貸す様子なく、本棚の方へ移動するとそこから漫画を一冊取り出した。

 そして、こちらに戻りその漫画を朝菜に差し出した。

「ありがとー読み終わったら、すぐに返すから」

 朝菜は瑠から『月夜から始まる物語』を受け取るとバッグにしまっておく。

 瑠は朝菜の隣に腰かけ、自分の麦茶を一口すするとそれをテーブルに置いた。

「・・・で、元気になった?」

 その言葉に瑠の顔を見ると、彼は口元に笑みを作ってこちらを見ている。

 朝菜は瑠の口から発せられた言葉が信じられなくて、

「・・・は?」

「元気になったのかって訊いてるんだよ」

 瑠はわずかに眉を寄せる。

「・・・もしかして、私が落ち込んでたの気付いてた?」

「もちろん。朝菜は分かりやすいからね」

「・・・」

 どうやら瑠は、落ち込んでいる朝菜を気づかって学校から抜け出したり、漫画を買いに連れてったりしてくたらしい(おそらく)。

 意外な瑠の行為に驚いたが、自分のためにやってくれたことなので嬉しいことには違いなかった。

「・・わざわざありがと。瑠」

「・・・」

「・・・あ、そう言えば瑠って、私に話したいことがあったから屋上に行ったんだよね。それってどんなことだったの?」

 朝菜はそのことが少し前から気になっていた。

 やっぱりムマの仕事のことだろうか・・・。

 そういえば、一緒にツボミの意思のなかに仕事に行ってから現実世界では、瑠と会うことができなかった。だから、そのことかもしれない。

「・・・」

 が、瑠は麦茶をすすったままこたえようとしない。

 朝菜は焦った。

(もしかして・・・シカト??私、何かまずいこと言っちゃった!?)

 朝菜は沈黙に耐えきれず、

「そう言えば、昨日の夜さっ・・ツボミだったんだね!意思のなかに行ったの。私、びっくりしたよーまさか夢のなかでツボミに会うとは思ってなかったからさっ・・」

「・・・で。何だったの?朝菜が落ち込んでた理由」

 瑠は麦茶を置いて、こちらを不服そうな目で見ている。

「!・・─」

(やっぱり瑠は、お兄ちゃんのこと知らないんだ・・)

 ・・・仕事のパートナーがあんなことになっていると知れば、瑠はどうするんだろう。

 あんな翼でも一応、パートナーだ。

 どっちにしろ瑠が、この事態を把握するのには時間はかからないだろう。

「実は・・・お兄ちゃんがちょっとしたことに巻き込まれて・・・今、意識がないの・・」

「意識がないって・・大丈夫なの?センパイは」

 瑠は眉間にしわを寄せる。

「うん・・・リノのお陰で大丈夫だとは思うんだけど・・・」

 朝菜はそこで口ごもる。

 大丈夫だとは思うんだけど・・・─とても心配だ。

「もしかして・・・センパイ、スイマの鎌で切られた?」

「えっ・・・うん。どうして分かったの?」

「スイマが意識をなくすといったら、それぐらいしか考えられないだろ。

 ─どうしてそんなことになったの?センパイを切ったのは誰?」

 瑠は朝菜を見据える。

「えっ・・・─と・・・」

 翼を切ったのはコウだが、その名前を言っただけでは何も分からない。

 ・・・それに“理由”は朝菜も知らなかった。

 だから、早くコウに会って確かめたい。

「誰なの?朝菜」

 瑠はこちらを穴があくほど見る。

「じっ・・実は私もよく分からなくて・・」

 そう、分かっているのはツボミの双子の片割れが、翼を切った、ということだけ・・。

(でもっ・・あまりツボミの印象とか悪くしたくないしっ)

 ツボミは金の瞳のスイマというだけでも、あまりよく思われてないのに。

 その時、朝菜の前に置いてある麦茶を手に持った人物がいた。

 ・・・彼女、ツボミは朝菜の隣に立って、コップを両手で持ちながら、ゴクゴクと麦茶を飲みほす。

「ツボミ・・それ、私の麦茶・・」

 ツボミは空になったコップをテーブルの上に戻すと、金の瞳で瑠を見て、

「りゅーには関係ないよ?」

「関係ないのはそっちでしょ?」

 瑠は口元に薄い笑みを浮かべ、しずかな声でそう言いかえした。

「・・・」

「・・・」

「えーっと・・・正確に言うと二人とも関係あるかも?」

 ツボミと瑠の間に、静かな火花が散っていることを感じ取った朝菜は、とっさにそう言う。

 その言葉と同時に、瑠とツボミはこちらを見た。

(やばい・・・ここは何か言わないとっ)

 嘘はつきたくないし・・やっぱり話すしか・・─。

「ツボミは知ってる?お兄ちゃんのこと・・」

 ツボミはそれにコクリと頷く。

「コウがツバサのこと、きったんだよね?」

「ツボミはほとんど表情を動かさず、さらりとそう言った。

「・・うん、そう」

(やっぱりツボミにとってもショックなのかな・・)

 彼女の表情からは、ほんとの気持ちは分からなかった。

「コウって誰なの?」

 瑠が朝菜に問う。

「・・コウはツボミの双子の片割れだよ・・」

「ふーん・・君、双子の片割れなんていたんだね」

 瑠は表情に影を落とす。

 ツボミはそんな瑠を気にする素振りも見せない。

 瑠は言葉を続ける。

「やっぱそいつも金の瞳のスイマなの?」

「・・・」

「あっコウは・・普通の人間なんだけど・・・ちょっと変わってて・・」

 ツボミが瑠の質問に答える気がなさそうなので、朝菜は慌ててそうこたえた。

「ちょっと変わってるって?」

 瑠はより不審な目つきで朝菜を見る。

 その時、ツボミが朝菜の腕をつかみ引っ張った。

「朝菜・・・行こう」

「え、どこに?」

 ツボミは唇をギュッと結ぶと、

「コウのところ」

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