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第5話(3)

 リノは翼が街並みの向こう側へ姿を消したのを確認すると、部屋に戻った。

 ツボミはまだ舜のベッドで眠ったままだ。

「─・・」

(まだ、寝てるか・・・)

 ・・・ツボミからコウに会った、という話を聞いた時は、正直、心臓が凍りつくおもいがした。

 コウはうまれてから今まで、起きている時間が極端に短いのに、ましてや“あのこと”があってから、起きていられるわずかな時間でも自分たちに会うことをしなくなったのに。

 それなに、会ってしまうなんて。

 偶然なのか、コウが意図的にそうしたのかは分からないが、そのときツボミがどんな気持ちだったかを想像すると、こちらまで胸がズキズキと痛んだ。

(ツボミは思ったことをあまに顔にしないし・・・分かりづらいのよね)

 そう・・・分かりづらいだけであって、ツボミは苦しみと必死になって戦っている。

 コウのことを翼に話してよかったかどうかなんて自分にも分らない。

 けれど、コウに対して余計な感情、を持っていない翼なら、どうにかしてくれそうだと思った。

 大切な人を守りたい、その思いが強い翼にとって、コウという存在は、ただの敵にしか映らないはずだ。

 リノはツボミの寝顔を静かに見下ろした。

「ツボミ・・・──」

 パートナーを失うなんてそんな辛い思い、もう味わってほしくない。

(ツボミは泣けないでしょ・・・?)

 だからってあたしがツボミの代わりに泣いたって、それはツボミの涙じゃない。

 ・・・ツボミの心は軽くはならない。

 だから、ツボミを守らなくちゃいけない。

 翼の感情を利用してまでも。


 その頃、夢のなかの朝菜は・・・

(ここどこ・・・?)

 大きな亀裂に飲み込まれたと思ったら、自分はまた知らない場所に立っていた。

 いや・・・ツボミの意思の中、ということは分かっていたが、その他で分かることはなかった。

 建物の造りからして、どこかの学校の中のようだが、もちろんここは朝菜の通っている高校ではない。

 服装ももとの服にもどってるし・・また別の夢物語が始まったのだろうか。

 その時・・・

♪キーンコーンカーンコーン

 学校のチャイムが響き渡った。

 それと同時に、すぐ近くの教室の扉がガラッと開き、そこから中年の男性がでてきた。

 出席簿らしきものや、教科書類を持っていたので、どうやら先生らしい。

 教室の中も騒がしくなったので、どうやら休み時間にはいったようだ。

「!・・─」

 朝菜はその先生らしき人が目の前の通り過ぎた時、ドキリとした。

「?・・」

 しかし、彼はこちらに見向きもしないで朝菜の横を通り過ぎる。

(もしかして・・・私の姿、見えてないのかな)

 さっきの夢の中では、自分の姿は見えていたのだが・・どうやら、夢によってこういうこと、も違ってくるらしい。

(これなら、気軽に動き回れるっ)

 朝菜はそう思って安心し、教室の中を覗き込んで見た。

 教室内は、たくさんの生徒がいた。

 きている制服の形からして、どうやら中学生のようだ。

 朝菜は教室内に足を踏み入れる。

 後ろの掲示物や黒板にかかれている授業内容が、朝菜のいた中学と似ていて少しだけ懐かしさを感じた。

「!・・・」

 朝菜は前の黒板にかかれてある名前を見て、思わず足をとめる。

 日直、という文字の下に書かれてある名前は・・・

 緑川 蕾

 音宮 爽

(みどりかわ・・・つぼみ・・・?)

 もしかして・・・あのツボミのことなのだろうか・・。

 朝菜がそう考えていると、

「ツボミー今日、日直なのに、爽が休みなんて運が悪いわね」

 聞き覚えのある声に振り返ると、そこにはリノがいた。

 リノは窓際の壁に寄りかかり、隣にある席に座っている女子生徒と話している。

「・・・リノ。わたし、学校じゃリノと話せないよ?」

「!!・・」

 朝菜はその女子生徒の声と容姿を見て、確信した。

 髪型は今よりだいぶ短く、中学の制服をきているので印象も違かったが・・・

(ツボミ・・!!)

 彼女は間違いなく、朝菜の知るツボミ本人だ。

 今と同じ容姿をしたリノは、口を開く。

「あーそうだったわね。あたしはスイマで人には姿が見えないし。でも、爽が休みなんじゃ、このクラスにツボミの話相手なんていないでしょ?」

「・・・じゃぁ、リノが今日はわたしの傍にいてくれる?」

「もちろん。あたしもツボミの友だちなんだしね」

 リノは微笑んだ。

 ツボミもわずかに表情をほころばせる。

(もしかしてこれって・・・ツボミの昔の記憶・・?)

 さっきまでは夢世界だと思っていたが、どうやら少し違うらしい。

 もし、これがツボミの過去なら、自分はこの記憶を勝手に見てしまってよいのだろうか。

(でも、ツボミのこと知りたいっ・・)

 その時、ケータイのバイブ音が聞こえた。

 ツボミが机の中から、ケータイをとりだすと、そのディスプレイをじっと見据え言った。

「・・・コウが起きた」

「え!ほんとに!?」

 リノはツボミからケータイを取り上げると、そのディスプレイを凝視する。

「わたし今から、会いに行く」

 ツボミは机の横にかけてある黒かばんを手に取ると、そこに机の教科書を詰め込み始めた。そして、すぐに立ち上がる。

「大丈夫なの?授業、まだあるんでしょ?」

 リノは席から立ち上がったツボミにそう言ったが、

「大丈夫。わたし、すぐにコウに会いたいから。だから行く」

「・・・そう。じゃ、あたしも!」

 そして、ツボミとリノは出入口に向かって歩き出した。

 ─・・朝菜のすぐ目の前を通り過ぎる二人。

「・・・」

 その時見た、ツボミの顔には嬉しさ、が溢れているように見えた。

 何と言うか・・・幸せそうだ。

(ツボミでもあんな顔するんだ・・・)


 朝菜は二人の後をつけ、学校の外にでた。

 ツボミの言葉から、コウに会いに行くということは分かっていた。しかし、それ以外はよく分からなかったので、二人の後をつけてみることにしたのだ。

(っていうか・・・ツボミって昔は学校通ってたんだ・・)

 今はあんなに真っ白で、まるで現実からかけ離れているのに。

 そのツボミを知る朝菜にとって、そのことは意外なことだった。

「!・・」

 ツボミとリノはある建物の中へ入って行った。

 そこは・・・

(病院・・・?何でこんなところに・・─?)

 朝菜はそう疑問に思ったが、ためらわず二人に続き病院内へ足を踏み入れる。

 そこはとても混んでいて、朝菜は人と人の間をすり抜けるようにして、二人の後を追いかける。

 ・・・広くて長い廊下を通り過ぎると、周囲に人は見当たらなくなってきた。

「コウの部屋、何階だっけ?」

 リノがそうツボミに訊くと、

「3階」

 ツボミはすぐにそうこたえた。

 二人はしんと静まり返った階段をスタスタとあがっていく。

(コウって入院してたんだ・・・)

 理由が気になったが、きっとこのまま二人の後をつければ分かってくるだろう。

 朝菜は二人に続いて、ひたすら階段をあがっていく。

 すると、二階の踊り場にきたところでツボミとリノは足をとめた。

「会いたかったよ。ツボミ、リノちゃん」

「!・・・」

 その声にはっとすると、階段を上がったところにはコウがいた。

 彼は、朝菜が初めて会ったときわずかに幼い容姿をしており、少しだけ疲れているように見えた。

「コウ!久しぶりね」

 リノはそう声を上げ、階段を駆け上がった。

 ツボミもリノに続き、階段を駆け上がる。

 ・・・その表情はとても幸せそうだ。

 コウはリノと、一言二言言葉を交わすと、ツボミを見た。そして、微笑みを浮かべる。

「ツボミ。中学生活はどう?」

「コウ。体の調子は大丈夫なんだよね・・・?」

 ツボミはコウの言葉は無視して、すぐにそう口にした。

 すると、コウはその口元から微笑みを消し、ツボミの両肩にそっと手を乗せる。

「全然大丈夫じゃないよ」

 コウはその言葉と同時に、ツボミの体を強く押した。

「!!・・・」

 大きくバランスを崩すツボミ・・・

「ツボミ!!」

 朝菜は思わずそう声を上げ、ツボミの体を支えるべく手を伸ばす。しかし、彼女の体は朝菜の手をすり抜け階段に叩きつけられた。

「ツボミ!」

 そう声を上げたのは、リノだった。

 リノは体を動かさないツボミに駆け寄り、その体を揺さぶる。

(なんでコウがっ・・・─)

 朝菜はそのことがとても信じられなかった。

 その時、ツボミの頭の周りの床に血だまりが広がっていくのを朝菜は見た。

(うそっ・・・!?血がっ・・)

 もしかしてこのまましんじてしまうのだろうか・・・そう思った瞬間、額からからは嫌や汗が吹き出し心臓が凍りつく思いがした。

「病院の人呼んでくるからっ・・・」

 かろうじて目を開けているツボミにリノがそう言って、彼女は階段の下へ姿を消す。

「っ─・・・」

 朝菜はそんなツボミの様子を見ていることしか出来なかった。

 とても怖い。でも、何もできない。

「ツボミ・・・──お願いだからっ・・・」

(しなないでっ・・──!!)

「わたし、生きてるよ?」

「!!」

 その声に横に振り向くと、そこにはツボミ、がいた。

 朝菜のよく知る、真っ白なツボミが。

「ツボミ!」

「これ、わたしの記憶だから。朝菜がわたしのこと、知りたいって思ってたからきっと、思い通りになったんだよ?」

「え・・」

 そういえば瑠が、この世界は自分の思い通りになると言っていた。

 ツボミの意思の中に仕事にきた朝菜が、ツボミのことを知りたいと思っていたから、その通りになったというのだろうか。

 気付くと周り景色は、雑音が消えていて時が止まったかのような状態になっていた。

 ・・・ツボミは、階段の下で横たわる自分自身のことをその金色の瞳でじっと見下ろしている。

 ツボミは今、何を思っているのだろう。

「・・・」

 階段の上を見ると、すでにそこにはコウの姿はなかった。

 なぜコウはこのようなことをしたんだろう。彼にとってツボミは、双子の姉であり家族なのに。

「だからわたし、人の世界を捨てた」

 ツボミは朝菜のことを見据え、突然そう言った。

「え?」

「・・・コウはわたしがここの世界から消えることを望んだから。だから、わたし、ここの世界を捨ててスイマになった」

「!─・・」

 ツボミはいつもと変わらない表情で朝菜にそう言った。

 朝菜は初めて知った事実に、胸が締め付けられる思いがする。

「ツボミはっ・・・本当にそれでいいの?ほんとは・・・昔みたいに人として生きたんじゃないの・・?」

 ツボミは金色の瞳をわずかに細め、

「コウの望み、少しでもいいから叶えたかった。だから、いいんだよ?」

「っ・・・──」

 今まで生きてきた世界を捨てるなんてこと、そう簡単のことじゃないはずなのに。

 どうして・・・コウのことを一回も悪く言わないんだろう。

「でも、コウはわたしにとっての支障になった」

 黙りこくっている朝菜にツボミはそう言った。

「えっ・・・──じゃ・・ツボミが持ってるって言ってた支障ってのは、コウのことだったの・・・・?」

 ツボミはコクリと頷く。

「だからコウはきっと、わたしたちの邪魔をするよ?」

「なんでそんなこと─・・・」

「コウはわたしのこと、嫌いだから」

「・・・」

 その時、目の前の景色がぐにゃりと歪んだ。

 ツボミも景色の一部になり、背景の色に溶け込んでいく・・・。

「!!・・・・」

 一瞬の浮遊感に襲われたかと思うと、朝菜はまた別の場所にいた。

(今度はどこっ・・・!?)

 朝菜は周りを見渡す。

「朝菜、ツボミの意思の中にいたのね」

 その声にはっとすると、後ろにはリノがいた。そして、彼女の後方にあるベッドにはツボミが気持ちよさそうに眠っている。

「私、戻ってこれたんだ・・!!よかった・・・──」

 朝菜はそのことに気付き、思わずそう声をあげた。

 そんな朝菜にリノは苦笑いを浮かべ、

「よかったって・・・一生戻ってこれないとでも思ってたの?」

「そういうわけじゃないけどっ・・夢の中って安心できないところあるし・・」

 朝菜はリノの姿を見て、ツボミの意思の中で見たツボミの過去のことを思い出した。

 リノは、あのようなことをしたコウのことをどう思っているのだろう。

 それに、真っ白になったツボミのことも。

「それにしても、朝菜。戻ってくるとこ間違えたんじゃない?ここ、舜の家よ?」

 リノはツボミの眠っているベッドのはじに静かに座ってそう言った。

「・・・うん」

 確かに予想もしないところに来てしまったが、ここは好都合かもしれない。

(リノに・・・訊いてみよう・・)

「ねぇ、リノ。コウがツボミの支障って本当なの・・・?」

 朝菜の言葉にリノの目が大きく開かれた。

「もしかして、ツボミの夢の中で何か見た?」

「うん・・・ツボミの昔の記憶。リノはツボミと昔から友だちみたいだったから・・やっぱりツボミのこと、いろいろ知ってるんだよね?」

 それならば、リノからでもツボミのこともっと知りたい。きっとツボミは、自分のことを自ら進んで話すようなことはしないだろうから。

 リノは口元に少しだけ笑みを作った。

「やっぱり、ね。・・・別にいいんだけど・・・むしろ朝菜には、知っておいてもらいたかったし」

「え・・」

「だって朝菜は、ツボミのパートナーでしょ?」

「うっ・・うん!」

 そうだ。自分はツボミのパートナー。

 だからこそ、ツボミのことを知って、少しでも彼女の助けになってあげたかった。

 リノは満足げに微笑むと

「・・・そうね。ツボミの支障っていうのはコウのこと。昔、ツボミのパートナーだったムマ、爽もコウのせいで現実世界から消えたの」

「!・・・コウはなんでそんなことしたんだろ・・」

 朝菜が初めて彼と会ったとき、コウはそんなことする人には見えなかった。

 礼儀正しくて優しい人だったのに。

 リノはどこか諦めているように、小さく息をついた。

「・・コウはツボミのことをとっても嫌ってる。そのパートナーも例外じゃないほどにね」

「・・・どうして?」

 ツボミはコウのためを思って人間界を捨てたと言っていた。

 ─・・それなのに、コウは・・。

 そう思うと胸が締め付けられる思いがした。

「コウはツボミがハーフで生まれたせいで、あんな体質になったって思ってる。自分の人としての人生はすべてツボミに奪われたってね・・・きっとそう思ってる」

 リノは悲しげに瞳を伏せた。

「あんな体質・・・?」

「コウはずっと・・・眠ってる・・・わたしみたく、ながく起きてられないんだよ・・?」

 そう声を発したのは、ツボミだった。

 ツボミはベッドに横になったまま、目をうっすらと開いている。

「ツボミ、起きてたのっ?」

 ツボミはリノの言葉に頷いた。

 そして、ツボミはベッドからゆっくりと体を起こす。

「・・・─ツボミ。私、リノからツボミのこと教えてもらったから・・・」

 ツボミは寝起きの瞳を朝菜に向け、小さく「大丈夫」と呟いた。

「ね・・ツボミ。コウがそうなっちゃったのは絶対にツボミのせいじゃないから・・・」

「・・・」

「だから・・・ツボミは絶対に悪くないよっ・・」

 朝菜は強く、そう言った。

「それじゃ、悪いのはコウなの?」

「!・・」

「まぁ、ツボミ!どっちが悪いとか別に決めなくていいじゃない。・・朝菜ももう遅いし、帰ったら?」

 リノは朝菜に微笑みかける。

「う・・・うん。そうだね」

「あたしが家まで送ってってあげるから、ツボミは舜にベッド返してあげてね」

 リノは今度はツボミの方へ微笑みかけた。

 ツボミはそれにコクリと頷いた。

「・・・」

 朝菜がツボミの方を見ると、彼女と丁度目が合う。

「おやすみ。朝菜」

「うん、おやすみ・・」

 そして朝菜はツボミに背を向け、リノとともに部屋をでた。

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