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第3話(6)





 その頃、朝菜は・・・

 遥香と一緒に昼食をとっていた。

 朝菜の机と遥香の机を向かい合わせにくっつけ、楽しい昼食というわけだ。

 他のクラスメイトもそれぞれの友だちとともに、楽しい昼食の時間を過ごしている。

「朝菜―、さっき廊下にいたとき、どうして寝ちゃったんだろ?私ってなんか変じゃない?」

 遥香はお弁当のおかずを口に運ぶことを止め、朝菜にそう問いかけた。

「え``っ。遥香が変なことないって!ほらっ誰にだって眠くなる時ってあるし・・・」

 朝菜は、首をかしげてこちらを見ている遥香にとっさにそう言いかえす。

「そっかなー。私、授業中に眠くなったこともないんだよ?それなのにどうして、廊下なんかで寝ちゃったのかなー・・」

「ほんと、何でだろうね・・・」

 朝菜の脳裏には、制服姿の翼が、白い鎌を豪快に振り回す姿が浮かんだ。

 しかもその翼の表情は、なぜだかとても楽しそうだ。

(いやっ・・・お兄ちゃんってそんなに危ない人?じゃないよね・・・)

「おい。朝菜!」

「!」

 はっとして声の方を見ると、教室の出入り口の前には翼の姿があった。

「・・・あの人ってだれ?先輩・・・だよね?」

「・・・」

 そう、朝菜と翼は学校で会ったことは初めてだった。いや・・・性格には、人間の姿の翼とだが。

「私のお兄ちゃんだよー・・・」

「え!朝菜にお兄ちゃんなんていたんだー。初めて知った」

「うん・・・なんか呼ばれているみたいだから行ってくるね!」

 朝菜は空っぽになった弁当のふたを閉めると、椅子から立ち上がる。

「いってらっしゃーい」

 遥香は笑顔でそう言った。


「ちょっといいか?」

 朝菜が翼の前まで来た途端、彼はそう言った。

「どうしたの?もしかしてまた、話をする前に瑠に逃げられちゃったとか・・・」

 もしかしたら翼は、逃げた瑠を探して、ここまで来たかもしれない。

「違うって!西園寺にはちゃんと話してきたよ・・・半分ぐらいは!」

 翼は曖昧な笑みを浮かべ、そう言った。

 朝菜も翼の言葉に苦笑いを浮かべる。

「半分って・・・でも、よかったじゃん。・・・それで話ってなに?」

 朝菜は翼との会話を早く切り上げたかった。

 翼は一応、一年生(自分たち)からみては先輩になるので、そんな彼との教室の入口での会話は目立つという他ない。

「ちょっと作戦があるんだ」

「・・・作戦?」

 朝菜は翼の言葉に、微かに眉を寄せる。

 そして翼は小声で言った。

「西園寺をうちんちに連れてきてくれ!」

「え・・・──なんで?」

 朝菜はその言葉に、より一層、眉を寄せた。

「だから、ちょっとした作戦があるんだ。いやっ・・・ちょっとした作戦じゃなくて、大事な作戦が!そのためには、朝菜が西園寺をうちに連れてくる必要がある!だから頼んだ!!」

 翼はそう言うと、逃げるようにこの場から去ってしまった。

「・・・さいあく」

 翼は一番、難しいであろう役目を朝菜に押しつけて逃げた・・・と朝菜は思った。

 しかも、作戦って・・・何?

 翼が言う、大事な作戦というのは本当に大事なのだろうか。

 ・・・いや、あの瑠を家によぶというぐらいだから・・・もしかしたら、本当に大事な作戦かもしれない。

(仕方無いよね・・・頑張って言ってみよう・・・)

 朝菜は浅く溜息をつくと、遥香のもとに帰るべく方向転換する。とその時・・・

「ねぇ!さっきの人って平野ちゃんのお兄ちゃん?」

 千絵に声をかけられた。

 千絵は周りにいた友だちの輪から抜け出すと、朝菜の方に歩み寄る。

「あっ・・・そうだよ」

 どうやら千絵は、朝菜と翼が一緒にいたところを見ていたらしい。

「へー・・・。何かさ、西園寺君を、平野ちゃんの家に連れて行くとか聞えたんだけど・・・平野ちゃんのお兄ちゃんと、西園寺君って仲いいんだ!」

「・・・えー、別に仲いいってわけじゃ・・・」

「私も行きたいな♪平野ちゃんの家に!」

 千絵は驚くほどの笑顔だ。そしてその目は、きらきらと輝いて見えた。

 一方、朝菜はその言葉に一瞬で固まった。

(絶対無理・・・)

 朝菜は千絵が瑠に好意を寄せていることを知っている。が、それとこれとはまた別だ。

「ごめん・・・千絵。まだ、りゅ・・・西園寺君が家にくるとは決まったわけじゃないし・・・って言うか、そのこと自体、まだ西園寺君に言ってないんだよ・・・私が思うに、西園寺君は私の誘いを絶対に断ると思うから・・・」

 朝菜は必死になって、千絵が諦めてくれそうな言葉を並べてみた。

 しかし、千絵の表情はそれでも衰えることをしない。

「うそ!まだ言ってないの?それじゃー今から言いに行こーよ」

「!・・いやっ・・・ちょっと今は・・・」

 朝菜が千絵の発言に取り乱している間にも、千絵は瑠の居場所を探すべく教室を見渡した。

「今はっ・・・大丈夫だよ!」

 朝菜は必死に千絵を止める。

 とその時、瑠が後ろの出入り口から教室に入ってきた。

「あ!西園寺君!」

 千絵は教室の後ろに届くぐらいの大声で、そう叫ぶ。

 朝菜はついに、千絵を止めることが出来なかった。

 すでに、瑠が冷めた表情でこちらを見てしまっているし・・・もう遅かった。

 千絵は朝菜の手を引っぱり、机と机の間をすり抜け、教室の後ろにいる瑠のもとへ歩み寄った。

「あのね、平野ちゃんが話したいことがあるんだって」

 瑠は千絵のその言葉を聞くと、その目を朝菜に向ける。

「・・・」

 千絵の背後に隠れるようにして立っていた朝菜は、覚悟をきめ言った。

「えっと・・・今日、うちんちに遊びに来ない?私はどっちでも大丈夫なんだけど・・・お兄ちゃんが瑠と遊びたい?らしいから・・・」

「・・・別にいいけど」

 朝菜は瑠の意外な返事に目を見開く。

「嘘ついたって仕方ないだろ・・・ほんと、あのスイマは何考えてんだか・・・」

 瑠は呆れ気味の声でそう言うと、朝菜と千絵の前を通り過ぎて自分の席へつく。

(・・・少しは瑠の機嫌、直ってるかも)

 翼が、瑠に話をしてくれたお陰だろうか。どうやら今日は、瑠はちゃんと翼の話を聞いたらしい。

「スイマってなんだろ?それよりっ・・・よかったね!平野ちゃん。遊びにきてくれるって!」

 千絵はとても嬉しそうだ。

「あはは~。よかったのは千絵のほうじゃん」

「まーねぃ。それじゃ、私も平野ちゃんちに遊びに行くから」

「うん!・・・」

(っていうか・・・)

 朝菜は今さらになって焦った。

 翼が瑠に用事がある理由は、もちろん“あっち”のことだ。

(でも・・・)

 自分の部屋で千絵と過ごせば、大丈夫・・・だよね?

「ねぇ、千絵・・」

 朝菜は席についた千絵に歩み寄り、そう声をかける。

「なーに?」

「遊びに来てもらったとしても、瑠に・・・」

「あーっ・・・朝菜に先、こされちゃったなー」

「?」

「私も西園寺君のこと、呼びつけで呼べるように頑張るから!」

「え``・・・」

 とその時、昼休みの終りを知らせるチャイムが鳴り響く。

(うそっ・・・もうこんな時間)

 自分の席の方に目を向けると、遥香が机の位置をもとに戻している最中だった。

 一方、自分の机に至っては、まだ弁当箱が上に乗ったままの状態だ。

「朝菜―。早く片づけちゃいなよー」

 遥香が朝菜を手まねきする。

「うんー」

 朝菜は小走りで遥香のもとへ向かった。


 そして、放課後・・・

 朝菜はリュックに教科書やら筆記用具やらを詰めて、帰る支度をしていた。

「・・・」

 瑠の机の方に目を向けて見たが、そこに彼の姿はない。しかも、机の横には鞄はかかっていなかった。

(帰っちゃったのかな・・・)

 朝菜は少し心配になった。

「朝菜、帰らないの?」

「!」

 その声の方に目をやると、そこには学生鞄を肩にかけた遥香の姿があった。

 朝菜は微笑みながら言う。

「今日はちょっと用事があるんだー」

「そうなんだ。それじゃ、先に帰るね!」

「うん」

 朝菜は遥香に手を振ると、彼女の後姿を見送る。

 そう、千絵は学校帰りに朝菜の家に寄るというので、帰りは千絵と約束をしている。

(・・・まぁ。大丈夫だよね)

 きっと大丈夫だ。

 千絵は私の部屋で過ごしてもらえば。

「平野ちゃーん」

 千絵が帰る支度を済ませて、朝菜のところにやってきた。そして、朝菜の趣味とは正反対の洒落たデザインのカバンを、どかっと朝菜の机の上に置く。

「行きますかー。平野ちゃんちに」

「行くかっ。でも、瑠が・・・」

 朝菜は人がまばらになった教室を、ぐるりと見渡す。

 やっぱりそこには瑠の姿はない。

「朝菜ー帰るぞー」

 翼がにこやかな表情で、教室の前の出入り口から入ってきた。

「え``・・・一緒に帰るの?」

「たまにはいいだろー。で、西園寺は?」

 翼は朝菜の不服な表情は、気に留めることなく、教室内を見渡した。

「何か帰っちゃったみたい」

「はー?」

 翼はその口をあんぐりと開け、眉を寄せる。

「でも、ちゃんと平野ちゃんちに行くって言ってたよね」

 千絵は朝菜を見て、微笑んだ。

「うん、言ってた」

 朝菜も千絵に曖昧な笑みを返す。そして、翼の方に目を移した。

 翼は一回だけ頷くと、「それじゃ大丈夫だな」と言って、その表情を緩める。

「・・・」

「平野先輩ー、私も一緒に帰って大丈夫ですか?私も今日、平野ちゃんちに遊びに行くので!」

 翼は一瞬、千絵の言葉に表情を動かすと、朝菜を見た。

 朝菜はとっさに言った。

「大丈夫だよね?」

 朝菜は必死に、千絵が家にくるのを許してくれるよう、翼の目を見て頼んだ。

「うーん・・・」

 翼はそう唸ると、朝菜から視線を外す。

 朝菜は必死だった。ここまできて千絵をがっかりさせるわけにはいかない。

「・・・うちら、おとなしくしてるよ」

 朝菜が呟くような声でそう言うと、翼がこちらを見た。

 朝菜はまた必死に翼に視線を送る。

「・・・わかった!朝菜の友だちも家にきてオーケーだ!おとなしくしてろよ!」

 朝菜はやっと翼が発してくれた言葉に、心のなかで安堵の溜息をつく。

「ありがとう、お兄ちゃん」

 朝菜は二コリと笑って見せた。

「ありがとうございますっ」

 千絵も、笑顔で朝菜に続いてお礼を言う。

「それぐらいのことは当たり前だー。なんたって俺は、心の広ーいお兄ちゃんだからな!」

 どうやら翼はお礼を言われたことに満足したらしく、得意げな笑みを浮かべてそう言う。

 朝菜は・・・笑うしかなかった。


「そう言えば、千絵ってなにで通学してるの?」

 丁度、昇降口をでたところで朝菜は千絵にそう質問した。

「自転車だよー」

「あっそうか!」

 朝菜は少しばかり安心する。

 学校から朝菜の家までは、自転車がないと時間がかかりすぎてしまう場所にあるのだ。

「よし!さっさとするぞ。速くしないと西園寺が、俺たちより先に家に着くことになるからな!」

 朝菜の隣を歩いている翼は、そう言って歩調を速める。そして彼は、朝菜と千絵を追い抜かして駐輪場へ向かって行った。

「・・・うちらも少し急ごうか?」

 朝菜は遠ざかっていく翼の背中を見て、隣の千絵にそう言った。

「そうだね♪」

 千絵は嫌な顔一つすることなく、朝菜の問いに頷く。

「・・・」

(・・・そう言えば、お兄ちゃんの言ってた作戦って・・・何だろ?)

 今度こそ、きちんと瑠のことを納得させて、契約を結ぶつもりなのだろか・・・。

 翼はそれが100%上手くいくように、すでに作戦を練ってあるというのだろうか。

(もし、そうだとしたら・・・今度こそうまく上手くいくかも)

 そう、今日の昼、瑠と話した限り、少しは彼の状態はよくなったように思える。

「平野ちゃーん!早くするんじゃなかったのー?」

「!」

 はっとして声の方を見ると、千絵が口をへの字にして駐輪場の前で待っていた。

「ごめん~」

 朝菜は歩調を速め、千絵のもとへ向かった。


 朝菜と翼と千絵は、自宅の玄関の横に自転車をとめた。

 家に着く頃には、オレンジ色の空が、ほぼ夜の色に染められている。

「ふーん、平野ちゃんちってこっちの方なんだ」

 千絵は自転車のかごから、バックを取り出しながらそう言った。

「うん。そういえば、千絵ってうちに来たの初めてだったんだ」

 とその時、家の敷地の入り口から、見覚えのある車が入ってきた。

 ・・・明の車だ。

 朝菜は、こちらを照らしだす車のライトに思わず目を細める。

「あっ!父さんも今、帰ったみたいだな!」

 玄関の前にいた翼は、明の車を目で追いながらそう言った。

 翼は、明の車の方へ駆け寄る。そして、車からでてきた明と何かを話しているようだ。

「ちゃんといるよな?」

「あぁ」

 そんな会話が朝菜の耳に届いた。

「お邪魔してます!」

 千絵は明と翼が近い位置まだきたとき、明にそう言った。

 朝菜も「おかえりー」と明に声をかける。

 すると、明は立ち止まり。こちらを・・・いや、おそらく千絵のことを不審な目つきで見た。

(え・・・!?)

 朝菜は思いがけない明の行動に、眉をよせる。

 ・・・間違いなく、その日は千絵がここにいることをよく思っていない目だ。

「えっ・・・」

 千絵も明の表情に戸惑いを隠せずにいる。

「お・・・お父さん・・・千絵はクラスの友だちで・・・」

「こんばんは」

 朝菜は必死にこの場の空気を和らげようとしたが、明の優しい一声がそれを遮った。

「こんばんは・・・」

 千絵も戸惑った様子で、明に返事をする。

 そして明は何事もなかったように、朝菜と千絵の前を通り過ぎ、家の中に入って行った。

「・・・」

 翼は固まったままの二人を不思議そうに一瞥し、明に続いて家の中に入る。

 千絵は、翼が玄関の戸を閉めるのを確認してから口を開いた。

「平野ちゃんのお父さんさ・・・怒ってなかった!?」

「怒ってないよ・・・」

 朝菜の声は、千絵と比べて弱弱しい。

 確かに最初は怒っているように見えたが、普通に千絵に挨拶もしていたし・・・

「きっと、初めて見る顔だったから、お父さん、びっくりしたんじゃないかな・・・」

「それじゃ、家にあがっても大丈夫だよね?」

「うん・・・」

 朝菜は千絵に微笑んで見せた。

 千絵も安心したように微笑みを返すと、その表情を緩める。

「それじゃ・・・お邪魔しますか!」

「どーぞ」

 千絵はドアノブに手をかけた。

 とその時・・・

「ちょっと待ったー!!」

 突然、翼が家の中から飛び出してきた。

「なっ・・・何なんですか!?」

 千絵は突然の翼の登場に、驚きの声をあげた。

 朝菜も何事かと翼を見る。

「やっぱり、家の中に入っちゃだめだ!」

 翼はそう言いながら、千絵の背中を押し、彼女を玄関から遠ざける。

「えー!!」

「ほら、今日はもう帰った帰った!」

 千絵は翼の手から逃れるべく、彼の方に振り返ると翼を不審な目つきで見た。

「どうしてですかっ?今日、家にきていいって言ったのは平野先輩じゃないですか!ね?平野ちゃん?」

 千絵は同意を求めて、朝菜の方に振り返る。

「うん!そうだよ」

(・・さっきまではいいって言ってたのに)

 千絵を帰らせてしまっては、ここまで足を運んでくれた彼女に悪いではないか。

「さっきまではいいって言ってたのにー。何で?千絵に悪いじゃん!」

 朝菜も千絵と同様、翼を不審な目つきで見る。

「い・・・いろいろあるんだよ。だから今日は駄目だ!」

 翼はやっぱり千絵を家に入れてくれる気はないようだ。

「お兄ちゃん!別にいいでしょー・・・私と千絵は、私の部屋にいるからさ・・」

「うーん・・・駄目だ!」

 翼は眉間にしわを寄せ、朝菜を見る。

 朝菜も翼に負けじと、眉間にしわを寄せ、翼を見る。

「えー・・・何で?」

「どうしてですか?」

 千絵は唇を尖らせ、翼を見た。

「・・・うぅ」

 翼は二人の視線から逃れるように、目をキョロキョロと泳がせていたが、やがて決心したように口を開いた。

「ほらっ、暗くなっちまったし・・・そろそろ眠くなるだろー?」

「え?・・・眠くなるって、まだそんな時間じゃ・・・」

 千絵がそう言いかけたのもつかの間、翼は手の中に現した白い鎌で千絵の体を大きく切り裂いた。

「!!」

 そして、そこからキラキラと光る粒が溢れだす。

 千絵の瞼は、みるみるうちに閉じていった。

「お兄ちゃん・・・まさかそこまでするなんて・・・」

 地面に崩れ落ちる前に、千絵をすばやく受け止めた翼は、その表情を少しばかり歪めている。

「朝菜・・・今日は俺の命にかかわる大事な日なんだよ。だから許してくれ!ごめん!」

「・・・」

 翼の表情は、申し訳なさそうなそれだった。

 朝菜は眠ってしまった千絵の顔を見る。

(ごめん・・・千絵・・・)

 朝菜はそう心の中で思う他なかった。

 こんなところで眠ってしまうなんて、千絵も気の毒だ。

「ごめん。朝菜・・・」

「私は大丈夫だけど・・・何か、千絵に悪い・・・」

「・・・」

「それでっ・・・作戦って何なの?」

 朝菜はこの場の雰囲気を変えようと、翼にそう質問する。

 そう、朝菜は今日、学校で翼が言っていた“作戦”のことが気になっていたのだ。

 翼は朝菜の問いかけに、表情を緩めた。

「まぁ、作戦っていう作戦でもないけどな。ただ、俺にとってはとても大切なこと!・・・今日、西園寺と契約することに決めたんだよ」

「!」

「そのことを父さんに話したら、“関係ないやつは追いだせ”って言われてなー・・・ほら、そんなに時間ないし・・・」

「あ・・・そうか」

 そう、スイマの翼にとってムマと契約することは、命に関わる重要なことだ。

 そんなときに部外者に邪魔されでもしたら、翼も・・・もちろん、父の明も黙ってられないだろう。

 朝菜は少し後悔した。

(・・・もっとよく考えてから、千絵のこと誘えばよかった)

「俺はこの子のこと、朝菜の部屋に運んでおくから・・・朝菜は先に居間に入ってろ」

「うん、分かった」

 そして翼は眠ったままの千絵を抱きかかえたまま、家の中に入って行った。

「・・・」

(・・・どうして居間なんだろ)

 朝菜は翼の言葉に違和感を抱きながらも、翼に続いて玄関に足を踏み入れる。

「あっ!」

 玄関に並べてある靴の中に、見慣れない靴があることに朝菜は気づいた。

(もしかして・・・)

 朝菜は急いで靴を脱ぐと、居間へ向かう。

「お母さんっ帰ってたの?」

 居間に飛び込んできた朝菜を迎えてくれたのは、笑顔の母─夏枝だった。

「うん、そうだよ。朝菜の手伝ってくれる?」

「あっ・・・うん!」

 夏枝はキッチンにある多くのおかずを、居間にある広いテーブルに運んでいる最中だった。

 朝菜は鞄をおろし、キッチンへ向かう。

(おいしそう・・・)

 そこには普段では口にしないような、いろいろな種類のおかずののった大きな皿を手に取ると、それを慎重に運ぶ。

「今日は瑠君が家にくるんだよね?せっかくだから一緒に夕食たべようと思って」

「!」

 テーブルの上に皿を乗せた朝菜は、夏枝の言葉にドキリとし、彼女の方へ振り替える。

 夏枝は微笑んでいた。

(・・・どうして)

 なぜ夏枝は、こうも自然に瑠の名を口にすることができるのだろう。

 瑠は・・・夏枝の大切なものを奪おうとした人物なのに。そして、間違いなく夏枝の“時間”を長い間、奪った人物なのに。

 夏枝は朝菜が沈黙していると、静かに口を開いた。

「ねぇ朝菜・・瑠君は“悪い人”?」

「!えっ・・・」

 朝菜は口を閉ざした。

 瑠は悪い人ではないと朝菜はそう思う。

 しかし、“悪い人でない”と夏枝に言う勇気が朝菜にはなかった。

 だって、間違いなく瑠は夏枝に悪いことをしたのだ。

「・・・ね?そういうもんだよ」

 夏枝はニコッと笑って、そう言うとキッチンに戻って作業を始めた。

「・・・」

(・・・よかった)

 朝菜は安心していた。

 朝菜は落ち込んでいる瑠が、少しでも元気になることを望んでいたのだ。

 だから夏枝が、“怒り”や“憎しみ”の感情を抱いてなくて、本当によかった。

「お!うまそ~」

「!」

 居間に入ってきた翼の第一声はそれだ。

 翼はテーブルの上に並べてある食事を、いきいきとした表情で眺める。

 「もしかして、お兄ちゃんの作戦って“これ”?」

 朝菜は翼を見る。

 翼も朝菜の顔を見ると、二カッと笑った。

「あぁ。これのことだ!まさか、西園寺のやつ平野家と一緒に夕食が食べられるなんて思わないだろー?」

「・・・」

(たしかにそうだけど・・・)

 翼は意外にも、瑠に気を使っているらしい。

 これで翼と瑠の関係がよくなればいいのだが・・・。

 朝菜は不安だったが、そうなるにできることは協力しようと思った。

「もうこんな時間・・・。瑠君、おそいねぇー・・・」

 夏枝が人数分の小皿をテーブルに並べ、掛け時計を眺めながら呟いた。

 朝菜もつられて時計を見る。

 時計の針は、午後6時40分を示そうとしていた。

(大丈夫だよね?ちゃんと来るって言ってたし・・・)

 そう思いながらも、朝菜は少し不安になる。

「朝菜。もう夕食の準備、できたみたいだし、西園寺のこと迎えに行ってきてくれるか?」

 翼は朝菜にそう問いかける。

 朝菜は少しの沈黙を置いた後、「うん、分かった」と言った。

 ・・・自転車で行けば、瑠のアパートなんてすぐに到着するはずだ。

「ほんとは俺が行ってやりてーんだけどっ・・・俺は予行練習しないと不安だからなー・・・」

 翼は苦笑いを浮かべる。

「あっ・・・そう」

 ・・・どうやら翼は、瑠と話すことにあまり慣れていないらしい。

 契約を結ぶことを瑠に決断させる言葉を言うのは、きっと翼なのだろうから。

「じゃ、行ってくるね!」

「よろしくな!」

「気をつけてね」

 朝菜は翼と夏枝の言葉を耳にして、居間をでた。

 とその時、丁度、階段から降りてきた明が目に留まる。

「あっお父さん。ちょっと瑠のこと、迎えに行ってくるから」

 姿を若く戻した明は、少しの間の後、口を開いた。

「朝菜。友だちはまた別の日に招待してあげなさい」

「あっ・・・うん!」

 朝菜は安心した。

 明がそう言ってくれるのなら、また別の日に千絵を家に呼ぶことができる。

(・・・でも千絵は、瑠目当てで来たんだっけ)

 朝菜はそんなことを考えながら靴をはき終えると、玄関の戸を開いた。

 それと同時に、冷たい空気が一気に朝菜を包み込む。

(やっぱ外は寒い・・・)

 すでに外は夜の闇で包まれていた。

 朝菜は玄関付近にとめてある自分の自転車にまたがると、ライトのスイッチを入れてから自宅を出発した。


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