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第3話 (2)






「翼、その子の言うとおりにしなさい」

 そう言ったのは明だった。

「──・・・!」

 翼は自分の耳を疑った。

「父さん!?本気で言ってんのか?西園寺は・・・母さんの記憶を・・・」

「そうだな」

 明は翼の言葉を遮って、言う。

「もっと冷静に考えるんだ。お前はいつも、後先を考えずに行動する」

「なんだよそれ!そんなこと、考えなくても分かるだろ!?俺は西園寺の仕事に協力なんてできない!!」

 翼の大声に、トイロの表情が歪む。

 明は翼の言葉に深い溜息をつくと、翼とトイロの間を横切り、朝菜の眠っているソファに腰を下ろす。

 翼はそんな明の様子を、内心イライラしながら目で追った。

 明は腕を組み、俯いて何も言ってこない。

 翼は少しの沈黙にも耐えきれず、口を開いた。

「こんな時にっ・・・何のんびりしてんだよ!?」

「いいかげんにしろ!!!」

 翼は明の思わぬ大声に、固まる。

 明はその苛立ちに染まった瞳で、翼のことを見据えていた。

「この状況で、一番優先すべきことは翼の意見じゃないはずだ」

「!─・・・」

 明は少しの沈黙の後、静かに口を開く。

「“朝菜を助ける”ということじゃないのか」

「・・・」

 翼は明の言葉に、沈黙を返すことしかできなかった。

 ─・・・明の言っていることは間違いじゃない。

 とその時、背後から呟くような声が聞こえた。

「お願いだから・・・速くして。速くしないと朝菜ちゃんがっ・・・」

「!」

 翼はトイロの言葉にはっとする。

「──・・・翼」

 明が黙りこくっている翼を見て、そう呟いた。

「っ・・・」

 翼は明の声に押され、トイロの方へ振り替える。

 トイロは唇をきゅっとしめ、その歪んだ瞳で翼を見ていた。

「・・・俺は、朝菜と・・・これから西園寺の犠牲になるかもしれない人たちを救うんだ。決して西園寺を救うために・・・やるんじゃない」

 トイロは翼の言葉にその表情を緩める。そして、安心したように微笑んで「・・・分かってるよ」と呟いた。

 翼はその呟きを聞いたと同時に、白い鎌を大きく振り上げる。

「・・・お前は・・・いいんだな?」

 トイロは翼の問いに少しも動じた様子なく「・・・うん」と言うと、俯きゆっくりと目を閉じた。

「・・・・─」

 翼は鎌を勢いよく振り下ろした。

 鎌がトイロの体を切り裂いた瞬間、彼女の体は青白い光に変わった。

 そして、その光はぱっと弾けたかと思うと、数えきれないほどに光の粒へと変わり、音もなく消え去った。

「──・・・」

 翼はその光景に、静かに顔を背ける。

 光りに変わる瞬間、彼女は確かに「ごめんね」と言っていた。そして、その声は微かに震えていた。

 ・・・トイロは、きっと西園寺にその言葉を残したのだ。助けてあげられなくてごめん、と。

「これで・・・いいんだよな」

 翼は明に背を向けたまま、そう言う。

 明からはただ無言の答えが返ってくるだけだった。

 翼は思った。

 ・・・苦しみの中にいるアイツを・・・・最も憎むべきアイツを・・・自分はトイロの代わりに、助けてやらなければならないのだ。



 瑠は目の前の光景を疑った。

 まさか朝菜がムマだったなんて。そして、朝菜の隣に立っている人物は間違いなく施設の先生だ。

 どうやらあの時、ベッドで眠っていた女の子は朝菜だったらしい。

 そう・・・ムマの子どもがムマでも、何もおかしくないはずだ。あの時の朝菜の腕には、契約の証は刻み込まれてなかった。

 今までの朝菜の行動からして、朝菜は“自分はムマ”ということを親から知らされてなかったようだ。

 それはどうしてかは分からないが・・・。

 それに・・・、どうしてだ?どうして朝菜の夢の中に、先生がいるんだ?

 やっぱりムマは特別なのだろうか。

(このままじゃ・・・)

 瑠は予想もしていなかった今の事態に、舌打ちをする。

 朝菜がムマだと自覚した時点で、瑠は朝菜の夢の中に居づらくなるのだ。

(こんなことになるんなら・・・始めから、朝菜の記憶を消しておくべきだったな・・・)

「!?」

 途端に、右腕全体に何かが這うような違和感がした。

 瑠は即座にその方に目を向ける。

「──・・・!!」

 そこに刻み込まれている“契約の証”が、手首の方からだんだんと消えていくのを瑠は見た。

 瑠は今までになく、混乱していた。

(何でだ・・・!?)

 瑠が、今の事態を把握できないでいる間にも、印はだんだんと消えていく。

 そして─“契約の証”は、瑠の腕から完全に消え失せた。




「!!・・・」

 瑠は気が付くと、自分の部屋に立っていた。

 “戻る”意思なんてなかった・・・。

 瑠は強制的に朝菜の意思の中から、出ざるをおえなくなったのだ。

 隣にあるソファでは、朝菜がまだ眠っているようだ。

「おい」

「!」

 声の方に目をやると、そこには朝菜の兄─翼の姿と、彼の父親─記憶が正しければ明という名の男性がそこに立っていた。

 彼らは表情を引きつらせて、瑠のことを見ている。

 瑠は二人がここにいる理由を考えている余裕さえなかった。

 “契約の証”が消えるのを瑠は確かに見たのだ。そして瑠は、印が刻み込まれているはずの方の袖をたくしあげる。

「!!─」

 そこには普通の腕があった。いや、少なくとも自分にとっては普通の腕ではない。そこにはなんの印も刻み込まれていなかった──・・・。

「トイロっ・・・トイロはどこに・・・」

 瑠はそう呟きながら、辺りを見渡す。

 その声はまるで自分の声じゃないみたいだ・・・。自分の声は冷静さを失っていた。

 と、その時、瑠から目を背けていた翼が重々しく口を開いた。

「あいつは・・・・消え・・・」

「あの子は“掟を破った者”として消えた」

 明が翼の言葉を遮るようにして、しっかりとした口調で言う。

 瑠は自分の耳を疑った。

 ずっと昔から一緒にいたトイロが、自分よりも早く消えてしまうなんて・・・そんなこと想像付かない。

「嘘・・・つかないでくれる?」

 瑠は射すような目つきで明を睨む。しかし、その言葉に口を開いたのは翼だった。

「俺たちは嘘なんてついてない!さっき自分の腕・・・見ただろ!それにっ・・・俺が・・・あいつを・・・」

 と、その時、明が翼の口をそっと手で押さえた。

 翼は、はっとして明の方に目を向ける。

「あの子は朝菜のことを助けてくれた。それに・・・」

 瑠は明の言葉が終わらないうちに、二人に背を向けた。・・・そして、静かに部屋を後にした。



 瑠は大通りに面した道を、一人でゆっくりと歩いていた。

 雨は嫌いだ。

 あの時のことを、生々しく思い出してしまう。

 瑠は雨に濡れながらも、歩みを止められなかった。

 何か、をしていないと、自分はあっという間に崩れてしまう、そう思った。

 時々すれ違う、自転車や歩行者が傘もささないで歩いている瑠に何事かと視線を送るのが分かる。

 瑠はただ─・・・大切な人を失ったことへの哀しみに暮れていた。




「西園寺を追いかけねぇと・・・」

 翼は、瑠が部屋から出て行った後、独り言ようにそう呟く。

 明は少しの沈黙の後、静かに言った。

「今は・・・朝菜の安全を確認するぞ」

「!・・・そうだよな」

 翼は自分が変に思えてきた。

 朝菜が完全に無事とは決まったわけではないのに・・・自分は、西園寺を追いかけようとしていた。

(あいつのせいだ・・・)

 あいつの震えた声を聞かなければ、自分はあんなことを言わなかった。絶対に。

 明は、黙っている翼から目を外し、朝菜の方へ早足で歩みよる。彼が朝菜の前に立ったときは、“普通の父親”の姿になっていた。

「朝菜、起きなさい」

 明が朝菜の肩に手を置き、彼女を軽く揺さぶった。

「!」

 翼も急いで朝菜の前に歩み寄る。

「んっ・・・んー・・・」

 朝菜はそんな声を漏らしながら、ゆっくりと目を開いた。

 すると突然・・・

「鎌がっ・・・」 

 朝菜がそう大声で言って、大きく目を見開く。

『かま・・・?』

 翼と明は同時にそう呟き、何事かと朝菜を見下ろした。

 朝菜も自分の発言に驚いたらしく、はっとして二人の顔を見上げる。

 翼は朝菜のおかしな発言に驚きつつも、身を乗り出し彼女の瞳をしっかりと見据え質問した。

「あっ朝菜・・・俺たちのこと分かるか?」

「・・・は?お兄ちゃんに・・・お父さんでしょ」

 朝菜は翼の突然の質問に驚いたようだ。

 翼は「はぁー・・・」と安堵の溜息をつく。

(よかったー・・・)

 朝菜は大きな欠伸をして、翼と明の顔を交互に見た。

「二人ともどうしたの?何で・・・瑠んちにいるの?」

「そりゃー、西園寺が、朝菜の記憶を全部消しちまったら大変だろ。それに・・・」

「翼!」

「あっ・・・」

 翼は明の声にはっとして、言葉を止めた。

 こんなこと、朝菜に話しても意味のないことなのに、安心感からか口が軽くなってしまったようだ。

「うそっ・・・。瑠は私の“鎖”を全部消そうとしたの!?」

 朝菜は驚いたようにそう言った。

「うん、そうだな・・・・──!!」

 次の瞬間、翼は固まった。

 鼓動が一気に早くなるのを感じる。

(なんで朝菜が・・・・)

 翼は助けを求めて、明の方を見た。

 表情からして、明も今の事態に驚いているようだった。

「・・・朝菜、なんでそのこと、知ってるんだ・・・?」

「何でって・・・私、知ってたよ。そのこと・・・。ずっと前に・・・お母さんと一緒にそこに行ったし。でも・・・今まですっかり忘れてたけど・・・」

 朝菜は笑いながらそう言った。

「っていうか・・・お母さんは?」

「!」

「!」

 一瞬の沈黙・・・・。

「朝菜・・・一体、何があった?」

 明の声はいつもと違い、戸惑いが入り混じっている。

「私・・・お母さんと一緒にいた。お母さんは・・・私の忘れてたこと・・・全部教えてくれたの・・・」

「!」

 翼は朝菜の言葉が信じられなかった。

 母さんの記憶は消えてなかったのか・・・?

 朝菜の夢の中に・・・母さんは存在したのか・・・?

 朝菜は大きな伸びをして、ソファからゆっくりと立ち上がった。そして、明の方を見ると不思議そうに言った。

「お父さん・・・なんでその姿でいるの?今、誰もいないし、その姿でいる必要ないのに・・・」

「!─・・・」

「っていうか・・・ここ瑠んちなのに、何で瑠がいないんだろ・・・」

 朝菜は明から視線を外し、そう呟きながら辺りをぐるりと見渡す。

 明はしばらく、引きつった表情をしていたが、やがてその表情を緩め小さく溜息をついた。そして、姿を若く戻す。

「父さん!?」

 明は翼の声に、小さく首を左右に振ると小声で言った。

「どうやら朝菜は夢のなかで“何か”があったらしい。もしかしたらだが、“夏枝自身”に会った可能性もある。夏枝は・・・あの子から朝菜を救うために・・・こうしたのかもしれないな・・・」

「!」

「・・・でも、結局は・・・あのスイマ・・トイロが、朝菜のことを守ってくれたお陰で・・・」

「それじゃ、母さんはまだ・・・」

 明は翼の言葉に大きく頷いた。

「お父さんっ。そっちの姿の方がいいよ!そっちの方が、見ためは若いしねー・・・お兄ちゃんはどう思う?」

 朝菜は金色の瞳で翼を見た。

 ─・・・金色の瞳!?いつの間にか朝菜の瞳は、金色に染まっていた。

(そうか・・・朝菜は自分が“ムマ”だと自覚したんだ・・・)

 そう、自覚することですべては決まる。朝菜はたった今、ムマになったんだ。

「あっ・・・あぁ・・・。俺も若い姿の方がいいな!」

 翼はとっさにそう言った。

「・・・」

 明はそんな翼を一瞥しただけで、すぐにその表情をキュッと引き締める。

 ─・・・明は今、自分と同じことを考えている。

 翼はそう思った。

 朝菜は運命から逃げられなくなってしまった。

 どうか朝菜がその“他の人と違う運命”を恨む日が来ませんように・・・。翼はそう、心の中で願った。

「お母さん!!」

 突然、朝菜がそう叫んだ。

 朝菜は確かに見た。部屋の入口付近に立っているあの女の子を。あの女子は・・・本当は、自分の母なのだ。

 しかし彼女は、体が半分透けており、まるで幽体のようだった。

「どこに・・・母さんがいるんだ?」

 翼は戸惑いながら、朝菜の見ている方に視線を送る。

 どうやら女の子の姿は、朝菜にしか見えないらしい。

 しかし、朝菜はそんなことは考えもしないで、女の子の前に駆け寄った。

 女の子は金の瞳を歪ませて、薄い声で呟いた。

「朝菜・・・お兄ちゃんたちと一緒に・・・“お母さん”のところに来て・・・」

「!・・・」

 すると、女の子の姿は幻のように消えた。

(お母さんのところ・・・?)

「朝菜!!どうしたんだ?」

 翼が朝菜の隣へ駆け寄ってきた。

 朝菜は表情を歪ませ、とぎれとぎれに言う。

「お母さんのところに来て・・・だって」

「!」

 翼の表情が大きく動いた。その表情は驚き以外、何ものでもない。

「・・・うん」

 朝菜は即座に頷いた。だって間違いなくあの女の子は、自分の母だったのだから。

「行くぞ!!」

 そう言って、朝菜と翼の横を通り過ぎ玄関へ向かったのは明だ。

「!!」

 朝菜と翼も、早足で明の後に続いた。


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