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第3話(1)

「私があの時、瑠を止めていれば・・・たしかに夏枝さんは貴方たちと一緒に暮らせていた・・・。でも、私はっ・・・瑠にこれ以上苦しんでほしくなかったの。だから・・止めなかった」

 トイロは俯いていたが、しっかりとその言葉を口にした。

「っ・・・・」

 翼はトイロから顔を背けた。

 トイロの気持ちは分からないわけではない。

 でも・・・

 今、自分は大切な人をまた一人失いかけている。

 翼は、ソファの上で眠っている朝菜を見た。

 すると、明が静かに口を開いた。

「君は理解しているはずだが・・・君たちの行為で、君と同じように苦しんでいる人たちがいるんだ」

「・・・分かっている」

 トイロは俯いたままだ。

 そして、静かすぎる沈黙。

 翼はその沈黙に耐えきれず、口を開いた。

「分かってんならっ・・・」

「だから私は、瑠との契約を取り消す」

 トイロは翼の言葉を遮り、しっかりとした口調でそう言った。そしてトイロは、俯いた顔をあげ弱弱しい表情で翼を見る。

「!!・・・・」

 トイロは呟くような声で言葉を続ける。

「貴方たちはあの時、私がスイマとしての掟を破ったことを知っているでしょう?

でも、あの時、貴方たちはそんな私のことを見逃してくれた。

本当は貴方のその鎌で、私のことを切り裂いていたはずなのに・・・」

 トイロは翼の手に握りしめられている白い鎌を見た。

「・・・・」

 翼は顔をしかめる。

 ・・・たしかにそうだ。自分たちは仲間が掟を破ったとき、仲間のてでそいつに罰を与えなくてはいけない。

 でも、そんな余裕はあの時なかった。

 それに、罰を与える奴はスイマなら誰でもよかったんだ。

「私はあの時、消えるはずだった・・・。だから、瑠との契約を取り消して消えたとしても別にいいの・・・」

「──・・・」

 翼は沈黙を守っていた。

 もし、このスイマが西園寺との契約を解いたとしても朝菜が助かることに繋がるのだろうか。

「君は朝菜のことを救うつもりはあるのか?」

 明がトイロに唐突に質問した。

 トイロは小さく頷く。

「私がこの場で自ら契約を解けば、その時瑠は、朝菜ちゃんの意思のなかから出ざるをおえなくなるから・・・」

「・・・・」

「・・・・」

「でも、お願いがあるの」

「!」

 翼と明はトイロの力のこもった声に、彼女の顔を見た。

 トイロはその瞳をゆらつかせ、口を開く。

「瑠と契約してあげて・・・」

 トイロのその瞳はしっかりと翼のことを捉えていた。

 翼は今、トイロが発した言葉に耳を疑った。

「あなた・・・もうすぐ19になるのにパートナーを見つけてないんだよね?・・・私が瑠との契約を解いたら、瑠は仕事ができなくなっちゃう・・・だからっ・・・お願い」

「そんなの出来るわけないだろ!?」

 そんなこと絶対にありえなかった。

 だって西園寺は、母さんを・・・──

「自分勝手だということは分かってる。でもっ・・・瑠を変えてあげられるのは貴方しかいないの。私がこのまま瑠と一緒にいても・・・また同じ失敗を繰り返すだけ。

瑠のしたことがどんなに悲しいことか分かっている貴方なら、瑠を変えてあげられるでしょ・・・?」

「・・・そんなの分からないだろ!それに俺は・・・朝菜だけを助けたいんだよ」

 翼はトイロから視線を外す。

 明はただ沈黙を守っているだけだ。

 翼の気持ちは“朝菜のことを救いたい”それだけだった。

 そして翼は知ってしまった。トイロも“瑠のことを救いたい”それだけだということを。 



そして、朝菜(夢の中の)は・・・

「っ・・・」

 朝菜は下の茂みの中に落ちていた。

 あんな強い風のせいで、こんなところに落ちるなんて最悪だ。

(ほんと・・・ありえない)

 さっきの女の子─海夜のことといい、この風のことといいおかしなことばかりだ。

 銃なんて使ったことないのに意図も簡単に使えてしまうし、風で人がとばされるなんて普通ではありえない。

 しかし、“この世界”ではありえてしまう。

 朝菜は茂みのなかからやっとの思いで抜け出すと、自分が落ちる前にいた方を見上げた。

「・・・・」

 そこにはあの暗い色の窓がしんと静まり返っている。割れたはずなのに・・・割れていなかった。

 ・・・・海夜はどうしたんだろう。

 もしかしたら、次の瞬間にも、あの窓を開けて朝菜に銃を向けてくるかもしれない。

 朝菜は一気に怖くなった。

 ・・・早くここから離れたい。

 朝菜が歩き出そうとしたその時・・・

「!!」

 朝菜は歩みを止めた。

 目の前にさっきまではなかった、明かりの灯った部屋が見えたからだ。

 朝菜がさっきまでいた場所は二階、そしてL字型に曲がった一階の一番端の部屋にその白い明かりは灯っている。

(そういえば・・・)

 朝菜が海夜に頼まれて窓と閉めようとしたとき、あの明かりの灯った部屋が見えたんだ。

 朝菜は早まっていく自分の鼓動を感じながら、その場に立ちつくしてした。

 その部屋の背景に見える、うっそうと茂る夜の色の森は、ここが現実ではないことをより一層引き立てていた。

「・・・・」

 朝菜は明かりの灯った部屋に視線を移す。

(もしかしたら・・・)

 あそこが、ここの世界からの出口かもしれない。だって明らかに、あの部屋は今までとは違っている。

 今までは明かりと言う明かりがなかった。周りは全て暗くて不気味。

 明かりのあるあの部屋なら、現実に近い気がした。

 朝菜は早足で歩きだす。そして、いつの間にか走っていた。あの明るい色の窓をめざして。


朝菜はその窓の前で歩みを止めた。

近くにはドアがなかった。

朝菜はほぼ迷わず、窓に手をかける。そしてそれを開け放った。

「!・・・」

朝菜の目の前に飛び込んできたのは、何もない広い部屋。壁も床も暗い色の木で作られているようだった。

天井を見上げれば、蛍光灯が部屋全体を明るく照らしている。

そして、部屋の中央にある長テーブルに目がとまった。部屋が横長なため、テーブルの左端しか視界に入らない。

 朝菜は窓から身を乗り出して、ここからでは見えない長テーブルの右はじを確認した。

「!!」

 途端、朝菜はどきりとする。

 そこには瑠がいた。

 瑠は長テーブルの一番端に一つだけある、木製の丸椅子に腰を下している。そして、テーブルに頬杖をつきながらこちらを見ていた。

「やぁ。朝菜」

 銀の髪と銀の瞳を持った瑠は、微笑む。

「・・・」

 朝菜は窓から身を乗り出しながら、固まった。

 瑠は一端、朝菜から視線を外すと、彼の前のテーブルに置いてあるマグカップを手に取った。そしてそれを一口すする。

「朝菜もこっちにくれば?」

 マグカップから口を離した瑠が、呟くようにそう言った。

「!!」

 次の瞬間、朝菜は、いつの間にか瑠の目の前の席に座っていた。

 朝菜は突然のことに驚き、辺りをキョロキョロ見渡すことしかできない。

 瑠は手のマグカップをテーブルに置くと(そこからは湯気が立っている。どうやら温かい飲み物らしい)朝菜を見た。

「・・・いいこと教えてあげようか?」

「!──・・・」

 朝菜は瑠の言葉に心臓が跳ねた。が、次の瞬間には眉間にしわを寄せる。

 瑠の口元には、明らかに今の状況を楽しんでいるかのような笑みが浮かんでいた。

 それに、今まで瑠の口から“いいこと”なんて聞いたためしがない。

 ・・・しかし、朝菜はかけることにした。もし、いいことじゃなかったら軽く聞き流すことにしよう。

「何?・・・いいことって」

「・・・ここの世界のことだよ」

「!・・・教えて」

 表情が一変した朝菜のことを、瑠はじっと見据える。そして、口元に笑みを浮かべると言った。

「この世界から抜け出すには“レバー”を見つけだすこと・・・」

「・・・」

(そのことは前、瑠から聞いたんだけど・・・)

「そして」

「!!」

「“この世界”は俺の思い通りになる」

「思い通りって・・・」

 瑠はこの姿の他にも、変わった力を持っているというのだろうか。

 ・・・・そういえば、前、瑠に「いい夢を持っている」と言われた。

 ・・・その夢って・・・寝ている時にみる夢?

 だとしたら、瑠は・・・

「例えば・・・俺が“朝菜にこっちに来てほしい”と望めば、朝菜はここに来るし・・・“俺と朝菜が両想いになる”と望めば・・・その通りの世界になるんだよ」

「・・・」

 朝菜は、学校に瑠が転校してくる前、みた夢のことを思い出した。そして思わず顔をしかめる。

「でも・・・すべてがそうなるわけじゃない」

「・・・・?」

 瑠はとても楽しそうだ。

 朝菜は沈黙を守って、瑠の次の言葉を待つ。

「朝菜の心の片隅で思っていることが、“ここの世界”に反映される」

「!・・・」

 朝菜は今までの出来事を思い出した。

(そういえば・・・)

 あの漫画の影響で、拳銃を使ってみたいと密かに思っていたし、風に乗って浮きあげるかもって強い風が吹くたび思っていた気がする。

 それに海夜・・・クルム(漫画)にでてくるウィンと同じじゃん(顔が)。

 しかし、引っかかることがあった。あの金髪と金の瞳を持った女の子のことだ。

 あの子は初めて見る顔・・・。金髪は自分の髪色の影響として・・・。他は・・・?他はみな、朝菜にとって新鮮なことだった。

「朝菜も飲めば?」

「!」

 気が付くと、朝菜の目の前には白いマグカップが一つ、置いてある。

 そこからは、瑠の前にあるマグカップと同じように湯気がたっていた。

「せっかく作ったのに飲めなかったしね」

「・・・・」

(・・・どうしてこんな時に・・・。っていうか、毒とか入ってないよね・・・?)

 朝菜は瑠の顔は見ずに、湯気の立ったマグカップばかりを見つめていた。

 湯気は、マグカップからでて、もくもくと上へ昇って行く。

「飲まないの?」

「・・・飲むよ」

 朝菜はドキリとした。

 本当はこんな時に飲む気にはなれないが、「飲まない」とは言えなかった。その理由を上手く言える自信は朝菜にはない。

 朝菜は瑠の顔を一瞥してから、マグカップを手に取った。中身をのぞくと、薄い茶色の液体が入っている。

(ミルクティーかな・・・)

 朝菜はそれを一口すすった。熱くもなく、丁度よい温度だ。それと同時に、口の中にほろ苦い味が広がる。

「それ・・カフェオレだよ。・・・飲めば分かると思うけどね」

「・・・」

「毒が入っていたとしても大丈夫だよ。・・・実際には死ぬわけじゃないし」

「!!・・・・」

 朝菜はドキリとして、すぐさまマグカップをテーブルに置いた。

「──・・・」

 しばらくたっても、朝菜の体に異変は見られない。どうやら、毒は入っていなかったらしい。

 朝菜は安心感に浸りながら、口を開いた。

「・・・・瑠は一体、何者なの?・・・・どうして、こんなことができるの?それに、ここは何処?」

 朝菜の口から出る言葉は、疑問ばかりだった。

 瑠がきちんと答えてくれる保証はないが、口から出さずにはいられなかったのだ。

 瑠は、朝菜の不安が入り混じってあろう瞳を見据えた。そして、真剣な声色で呟いた。

「それは・・・俺が“ムマ”だからだよ」

「!?」

「・・・・朝菜には・・・分らないだろうね」

 瑠はそう言うと、にやりと笑う。

「・・・」

「俺のことをもっと楽しませてよ。朝菜。・・・必死になって“レバー”を探さないと・・・分かってるよね?」

 朝菜は瑠から目をそらす。

 今の瑠は、今までになく真剣な表情を浮かべていた。そして、彼は呟くよ

 うに言った。

「あの人みたいに・・・いい夢をみせてよ」

「?・・・」

 朝菜が瑠の方に視線を戻したときには、既にそこに彼の姿はなかった。

 今、この部屋にいるのは朝菜一人だ。

 ただ、マグカップから昇る湯気だけが静かすぎる空間を間際らしている。

 朝菜は瑠の言葉が、頭の隅で引っかかるのを感じた。

(・・・“ムマ”って何所かで聞いたことある気が・・・たしか・・・ずっと前にお父さんか誰かが・・・)

「違う!」

 朝菜は小声でそう呟く。

 そう、今、考えるべきことはそのことではない。・・・どうやって“この世界”から抜け出すかだ。

 そのためには瑠の言っていた“レバー”を探さなくてはいけない。

(って言うか・・・嫌だ・・・──)

 こんな不気味な建物の中を、たった一人で歩き回らなくてはいけないのか。それだったら、まだ瑠と一緒にいたほうがましだ。

「!・・・」

 と、ある考えが頭に浮かんだ。

(もしかしたら・・・)

 ここは夢の中なのかもしれない。瑠が夢がどうだの言ってたし。

 それに、こんな変な出来事、夢の中でしかありえないはずだ。

 ・・・はやく起きなくては。起きたらこの悪夢から解放される。

「・・・・」

 朝菜は机の上に両手を重ねて置くと、その上に自分の額を乗せる。

そして、目をギュッと閉じた。次に、目を力強く開く。

朝菜はそれを何度も繰り返した。

(起きろ起きろ起きろ・・・・)

「───・・・!」

 朝菜はゆっくりと目を開いた。

 目に映ったのは、見慣れた天井と部屋の景色。

(よかった・・・やっぱり夢だった・・・)

 朝菜はベッドの上で安堵の溜息をつく。

 まだ、心臓は早めに波打っていた。

 眠ったはずなのに、全く眠った感じがしなかった。逆に、あの夢のせいで余計に疲れたような気がする。

 朝菜はゆっくりとベッドから体を起こした。

 既に、部屋の中はほのかに明るい。

「らー♪・・・ら~・・・♪」

「!」

 誰かの歌声が聞こえた。

(もしかして・・・)

 朝菜はその場で固まる。そして、耳を澄ました。

「らー・・・♪」

 間違いなく、その歌声は朝菜の耳に届いた。

 とても小さな歌声だったが、確かにその音色は聞こえる。

「─・・・」

 近所の子供が歌っているのだろうか・・・?それとも・・・。

 朝菜は最悪な考えを、頭の隅に追いやる。

「・・・・」

 そして、近所の子供が歌っているということに無理やりきめて、ベッドから足をおろした。

「私の歌が聞こえたよね?」

 朝菜がベッドから立ち上がったその時、その声がはっきりと聞えた。

 そして次の瞬間、女の子が目の前にある勉強机の前に姿を現した。

 朝菜は目の前の光景を疑った。

 その机の上に腰かけている彼女は、間違いなくあの時の女の子だった。金髪の髪を二つに結わえている、金色の瞳を持った女の子。

「どうして・・・・」

 朝菜は目を細め、女の子を見る。

(幻じゃ・・・ないよね・・・?)

「一番大切なことに気付かないと、一番大切なものを失っちゃうよ」

 女の子は哀しそうに微笑んで、そう言った。

「!?・・・」

 朝菜は混乱していた。

 なぜ女の子がここにいるのか、そして、彼女の口にした言葉は、まるで謎かけをされたように朝菜の頭の中で渦を巻いている。

「分かんない。何・・・?一番大切なことって・・・」

 その言葉を口にした後、朝菜は気づいた。ここはまだ夢の中だ。

 女の子がそこにいるのが、何よりの証拠。

 女の子は朝菜の言葉を聞いた後、目を伏せ呟いた。

「私・・・迷ってるの」

「!・・・」

「そのことを朝菜に話していいか・・・」

「話してよっ・・・」

朝菜は迷わずそう言った。

知っているなら教えてほしい。でないと“一番大切なもの”を失ってしまうかもしれない。

 女の子は顔を上げ、しっかりとした口調で言った。

「でもいいの?朝菜がそのことに気づいたら・・・朝菜は“ある運命”から逃げられなくなっちゃうの」

「運命って・・・──」

「・・・・」

「でもっ・・・“一番大切なこと”に気付かなかったら“一番大切なもの”を失っちゃうんでしょ・・・?」

 女の子は朝菜の焦りの声色を聞いても、それとは対照的に穏やかに頷く。

「それじゃ・・・教えてよ!!私・・・何も失いたくない」

 朝菜は必死だった。

 大切なものを失ってしまうなんて嫌だ。絶対に。

「うん・・・。そうだよね」

「・・・」

 女の子は、朝菜の答えを分かっていたかのような言葉を口にした。

「今日も学校かぁ・・・」

「!」

 背後から聞こえた聞き覚えのある声に朝菜はドキリとする。

 そして、声のほうに振り返った。

「──!」

 そこにいたのは“朝菜”だった。

 朝菜は、今、まさに起きた様子でベッドの上でまだ眠たそうに眼をこすっている。

「え?」

 朝菜は目の前の光景が信じられなかった。

 もう一人の自分が、今、目の前にいる。

「あの子は“夢の中の朝菜”。そしてあなたは“現実の朝菜”よ・・・」

 女の子はいつの間にか朝菜の横に立っており、そう呟くと朝菜を見上げた。

「!・・・やっぱりここは夢の中・・・」

 朝菜は驚いた。女の子はそんなことまで知っているんだ。

 と、周りの景色が一変した。

 朝菜は人気のない学校の廊下に立っていた。

 いつの間にか女の子の姿も消えている。

 朝菜が今、見ている光景は、日常でほとんど毎日目にする光景だった。

 間違いなくここは、朝菜が通っている高校の廊下だ。しかもここは一階。その証拠に朝菜のクラス─1年2組が今、自分の目の前にある。

(ほんと・・・意味分からない)

「!」

 朝菜が途方にくれていると、背後から人の足音が聞えた。音からして多人数いるらしい。

 朝菜は後ろに振り返る。

 目に入ったのは、こちらに向かってくる人々だった。しかも、その人たちはみな、朝菜の顔みしりの自分のクラスメイトたちだ。

「?・・・」

 朝菜は眉を寄せた。

 クラスメイトは皆、その顔に穏やかではない表情を浮かべている。皆、必死の様子だ。

(どうしたんだろ・・・)

 茫然と立ち尽くしている朝菜の横を、次々とクラスメイトたちが走り去っていく。

 皆の様子からして、“何か”から逃げているようだった。

「あっ・・・」

 その中に遥香がいた。そして、彼女の横を走っている人は千絵だ。

 二人の姿はあっという間に朝菜の横を通り過ぎ、後姿へ変わる。

「!」

 朝菜はドキリとした。

 “朝菜”が朝菜の目の前を通り過ぎたからだ。“朝菜”も必死の様子で何かから逃げている。

「──・・・」

 そして、次の瞬間、廊下に大きな音が響いた。

 朝菜ははっとして、その音の方に目をやる。

 ──その音の正体が分かった。

 それは銃を発砲した音だ。

 そして、その銃を握っている人物は間違いなく海夜だった。

 皆、海夜から逃げていたのだ。

 海夜はあの時と同じように、とても楽しそうな表情を浮かべ銃口をこちらに向けている。

 朝菜は海夜の姿を見た瞬間、反射的に走りだしていた。

 海夜の瞳は朝菜だけを見ているように感じてならなかったからだ。彼女から逃げなくては、また「ゲームをしましょう!」などと言われ、やりたくない撃ち合いをしなければならないかもしれない。

 朝菜はクラスメイトに続いて必死に海夜から逃げる。

「朝菜、もっと焦ってよ」

「!」

 横に振り向くと、そこに瑠の顔があった。

 瑠も朝菜の隣を、微笑みを浮かべながら走っている。

「じゃないとつまらないし」

 瑠は銀の瞳を歪ませて笑った。

「もう十分、焦ってるけどっ・・」

 朝菜は瑠から目を外し、逃げることに集中しようとした。

「・・・こんなことに焦っても意味ないよ」

「・・・」

「レバーを見つけることに焦ってもらえる?」

 朝菜は瑠の言葉を聞き流そうと努力した。

 瑠は間違いなく、今の状況を楽しんでいる。

「それならっヒントぐらい教えてよ!」

 朝菜は我慢できず、大声で叫んだ。

「!!──・・・?」

 朝菜は歩みを止めた。

 朝菜がそう叫んだ直後、自分は廊下に一人でいたのだ。

 瑠も海夜も、クラスメイトもさっきまでは確かにいたはずなのに、その姿がない。

 辺りは静まり返っている。

「・・・またかっ」

 朝菜は怖くなったが、その理由は分かっていた。

 ここは夢の中。何が起きてもおかしくない。しかしそれでも“怖い”という感情は朝菜から抜けなることはなかった。

「!」

 朝菜はドキリとした。

 朝菜の視界に入る教室に誰かがいたのだ。

 その人は窓際の一番前の席に座っており、朝菜に背を向けている状態だ。

「!・・・」

 朝菜はその人の後姿に見覚えがあった。

 長いとんがり帽子に、暗い色のマント。

 間違いなく“クルム”にでてくる“コーガンド”の後姿ではないか。

 漫画のキャラに夢の中で会えるなんて・・・何か嬉しい。

 朝菜はそろりそろりと、教室の前の扉に近づく。そして、コーガンドに気付かれないように教室の中を覗き込んだ。

(まじで・・コーガンドだし・・・)

 朝菜は彼の横顔を確認して、納得する。

「あっ!!」

 次の瞬間、朝菜は自分の目を疑った。

 コーガンドが座っている席の机の上に、“レバー”があったのだ。間違いなく、あの時のレバーだ。

 コーガンドは特に何もする様子なく、ただ穏やかな表情で前を見据えている。

「っ・・・!」

 朝菜はほとんど迷うことなく、教室の中に飛び込んだ。そして、コーガンドの前に行くとぴたりと歩みを止める。

「それっ・・・レバー!!」

 朝菜は、机の上に置いてあるレバーをまじまじと見つめた。

 朝菜は今までになく、興奮した。だって、レバーさえ見つけてしまえば瑠の“ゲーム”は終わるはずだ。

 コーガンドは「これは間違いなくレバーですね」と言うと、それを手に取り朝菜に差し出した。

「!・・・」

 朝菜はコーガンドからレバーを受け取った。

 そのレバーは、ずっしりと重い。

 朝菜がレバーの取っ手に手をかけようとしたその時・・・

「朝菜は、ちゃんと“運命”を受け入れられる?」

 その声が聞こえた。

 朝菜は今までになく驚き、声の方に振り返る。

 そして、目に飛び込んできたのは、あの時の金髪の女の子だった。

「え・・・」

 朝菜は言葉が出てこなかった。

 レバーのことと、突然の女の子の登場のことで頭が混乱している。

 女の子はさっきまでコーガンドが座っていた席に座り、その金色の瞳で朝菜のこと見上げていた。

「でも・・・レバーがっ・・」

 朝菜は思わずそう言った。

 だって、このレバーの取っ手を元に戻せば、すべてが終わるはずだ。

 女の子は朝菜の焦りの表情に、首を左右に振る。そして、立ち上がり朝菜の手の上にあったレバーにそっとその小さな掌を乗せた。

「?」

 そして、次の瞬間、レバーが女の子の掌に吸い込こまれるようにして消えてしまった。

「は・・・!?」

 朝菜は、レバーがなくなった自分の掌をまじまじと見つめる。

(なんで・・・!?)

 そして朝菜は信じられないような顔つきで、女の子のことを見た。

「・・・これはあの子の暇つぶしだから」

 女の子は目を伏せながら、申し訳なさそうに呟いた。

「えっ!?でも・・・レバーがないと・・・──」

「違うの」

 女の子は朝菜の言葉を遮るように、はっきりとした口調でそう言うと、朝菜の両方の掌をギュッと握りしめる。

「!・・・」

「・・・あの子は・・・朝菜に勝たせるつもりなんてない。あの子は、自分の意思を絶対に曲げない・・・」

 女の子は朝菜の掌を握りしめながら、朝菜の瞳をしっかりと見据えた。

「!?・・・」

(あの子って・・・瑠のことだよね・・・!?)

「うそっ・・・本当に!?」

 女の子は悲しそうに頷いた。

「っ・・・─。何で・・・貴方はそんなことまで分かるの・・・?絶対に貴方の言っていることは正しいのっ?」

 朝菜は心が絶望で染まりつつある中、最後の希望を求め女の子にそう言った。

「私が・・・昔のあの子を知ったから」

 女の子の顔には悲しみが浮かんでいる。

 しかし、朝菜は彼女の表情の意味を深く考えている余裕さえなかった。

「・・・どうしよっ・・・。私・・・何も失いたくない!それに何・・・!?私・・・夢を見ているはずなのに・・・──貴方のことなんて私っ・・・知らない。・・・誰なの!!?」

 朝菜は目の淵に涙をためて、そう叫んだ。

 大きな不安と恐怖が朝菜をそうさせた。

 女の子は丁寧に朝菜の手を離すと、朝菜を見据える。

「朝菜・・・ちゃんと“運命”を受け入れられる?」

「・・・もう何でもいいからっ・・・教えてよ!私に本当のこと教えて!!」

「・・・分かった」

 女の子がそう呟くと、周りの景色が一変した。

「!!─・・・」

 朝菜は、真っ白の空間に立っていた。

 天井も床も壁も何もない。ただ、白い空間だけがそこにある。

「!!」

 次に朝菜の目に飛び込んできたのは、大量の鎖だった。

 大量の鎖が何もない空間に絡みついている。

 朝菜は鼓動が速くなるのを感じた。

(この景色・・・)

 最近読んだ漫画にでてきたんだっけ・・・?

 いや、違う。

 ・・・この景色は朝菜がとても幼いときに、一回だけ目にした景色だ。

 たしか、幼稚園に入園したばかりのころ。

 とても昔のことだったが、当時の朝菜にとって印象が強かったので、高校生になった今でも確かに覚えていた。

 そして、当時の朝菜の隣には母がいたのだ。

 しかし“いた”ということしか分からない。

 母の顔も声も、そこだけにもやがかかったように分からなかった。そう、今の朝菜が母の顔を分かるのは“写真”があるからだ。

 でも、今の朝菜の隣には・・・

「朝菜。この景色覚えてる?」

「!」

 朝菜がどきりとして横に振り向くと、そこにあの女の子がいた。

「──・・・覚えてるって・・・」

 朝菜は女の子の言葉に眉を寄せる。

「一回だけ・・・朝菜と一緒に“仕事”にきたことがあったの」

 すると、女の子はその場で軽くジャンプした。

「!!!」

 朝菜はその光景に息をのんだ。

 次に女の子が足をついたときには、彼女は大人の女性に姿を変えていたのだ。

 女性の金の髪には、軽いウェブがかかっており、そしてその優しい瞳で朝菜のことを見据えていた。

 ──彼女は間違いなく、朝菜が大切にしている写真に写っている女性─自分の母だった。

「朝菜っ!」

 母─夏枝は朝菜の背中に手をまわし、抱きしめた。

「・・・!!」

 朝菜は暫くの間、驚きのあまり言葉を失っていた。そして、やっとの思いで口を開く。

「お母さんなの・・・?」

 夏枝は朝菜の震えた声を耳にすると、朝菜から体を離し、その金の瞳を歪ませて微笑んだ。

「うん・・・そうだよ」

「!!・・・っ」

(本当に・・・お母さんなんだ・・・)

 とても嬉しかった。本当に会えたんだ。

「大きくなった朝菜に会えて・・・本当によかった。でもね、朝菜には、知らなくちゃいけないことがもう一つあるの」

 夏枝はそう言い終えると、少しばかり悲しそうに微笑んだ。

「・・・・?」

 そして夏枝は、空間にからまった鎖のほうにゆっくりと視線を移す。

「・・・お父さんとお兄ちゃんは元気?」

 夏枝は呟くように言った。

「うん・・・」

 朝菜は戸惑いがちに返事をする。

「お父さんは・・・許してくれるかな?」

「・・・・?」

 朝菜は静かにそう言った夏枝の顔を見上げた。

(何をだろう・・・)

「朝菜には“そのことを話さない”って約束したんだけどね。もちろん、朝菜の幸せを願って。でも・・・朝菜を助けるには、話すしかないみたい・・・」

「──!」

 次の瞬間、夏枝の手の中に闇色の鎌が音もなく現れた。

「!!──・・・」

 朝菜はその光景を知っていた。

 大きな鎌を握る母。その光景は幼い朝菜が見た光景と同じだった。

「お母さん・・・その鎌であの鎖を・・・」

 そう、朝菜の記憶によれば、その闇色の鎌で空間に絡みついた鎖を・・・切り裂くはずだ。

「うん・・・そうだよ。・・・朝菜、覚えてたの?」

 夏枝は朝菜の言葉に驚いたようだった。

「・・・ううん。その鎌見て・・・何となく思いだした」

「そう・・・」

「・・・・」

「それじゃ、何でお母さんの瞳が、この色なのか分かる?」

「──・・・」

 朝菜は夏枝の瞳をしっかりと見据える。

 母の瞳は宝石のような美しい金色だ。

「それは─・・・」

 朝菜はそこで言葉を止めた。いや、止めざるをおえなかった。

 自分が口にしようとした言葉は、当たっているかどうかさえ分からない。

「・・・でも、そこまで思い出すことができたんだから十分だね」

 夏枝が穏やかな表情でそう言った瞬間、朝菜の手の中に何かが現れた。

「!!」

 朝菜はそれを反射的に握りしめる。

 朝菜が握りしめていたのは、闇色の鎌だった。

「!!・・・・」

 そして、それと同時に、鮮明な記憶が朝菜の頭の中に舞い戻ってきた。

 夏枝は夢をつくる者─ムマなのだ。

 そして・・・・自分もムマだったのだ。




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