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あれは多分ボールなんかじゃないと思う

作者:
掲載日:2026/05/08

 みんなの学校にも、「学校の七不思議」はありましたか?

 音楽室のベートーヴェンの目が動くとか、夜の廊下を走る足音とか……

 今思えば、どれも子どもらしい噂話だったと思います。

 ただ、私が通っていた小学校のそれは、少しだけ違いました。

 体育館の天井に、“顔”がある——

 という話です。

 体育館って、天井が高いじゃないですか。

 だから時々、ボールが挟まるんです。ドッジボールとか、バレーボールとか。

 誰かがふざけて投げたのか、授業中のミスなのか、原因も分からないまま、何年もそのままになっている。

 私の学校にも、いくつかありました。

 そのうちの一つだけが、暗い時に人の顔に見えるんです。

 照明が明るいときは、ただ空気の抜けた黒ずんだボールにしか見えない。

 でも、全校集会で照明を落とした時や、雨の日の薄暗い午後だけ、天井の隅にぼんやり浮かび上がる。

 歪んだ輪郭。

 影でできた目と口。

 特に目が嫌でした。

 体育館のどこから見上げても、その目がこちらを見ている気がするんです。

 右からでも、真ん中からでも、左端からでも。

 視線が、ぴたりと合う。

 だから子どもたちは笑いながら言っていました。

「長く見たら呪われる」

「見られる前に目を逸らせ」

 ある雨の日の全校集会で、私はそのルールを破りました。

 校長先生の話が退屈で、ぼんやり天井を見上げていたんです。

 ああ、今日もあるな。

 そう思った瞬間、違和感がありました。

 いつも真下を向いているはずの顔が、少しだけこちらを向いていたんです。

 しかも、その目が、確かに私を見ていた。

 ぞわっと鳥肌が立ちました。

 目を逸らさなきゃいけない。

 そう思ったのに、視線が離せない。

 すると、口の部分がゆっくり横に裂けました。

 笑ったみたいに。

 その瞬間、前の列にいた女子児童が短く悲鳴を上げました。

 同時に照明が点いて、体育館が真っ白になった。

 慌てて見上げた天井には、いつもの黒ずんだボールが挟まっているだけでした。

 集会の後、その子に声をかけました。

 彼女は俯いたまま、小さな声で言ったんです。

「……見てた。顔、動いてた」

 それからでした。

 体育館に入るたび、誰かに見上げられているような感じがするようになったのは。

 特に夕方。

 窓の外が暗くなり始める頃、照明の届かない天井の隅が、やけに黒く見えるんです。

 しかも。

 “顔”を見たと言っていた子が、少しずつおかしくなっていった。

 授業中でも急に天井を見上げる。

 誰もいない廊下で立ち止まる。

 ある日なんて、掃除中に脚立を持ち出して、体育館の壁を登ろうとしていたらしいんです。

 先生に止められて、大騒ぎになったとか。

 理由を聞かれても、その子はずっと、

「降ろさないと」

 って繰り返していたそうです。

「あいつがまだ降りてこれないから」

 結局、彼女はしばらく学校を休みました。

 そして、その頃からでした。

 あの“顔”が、なぜか少しずつ見えなくなっていったんです。

 ぼんやり浮かんでいた輪郭が薄くなって、ある日を境に完全に消えた。

 みんな安心したみたいに、その話をしなくなりました。

 でも私は、顔が消えた後も、何かだけは残っている気がしていました。

 照明を落とした体育館に入ると、今でも時々思うんです。

 暗い天井のどこかに、まだ“いる”んじゃないかって。

 卒業してかなり経った頃、地元の友人から連絡がありました。

 学校の体育館を改修したらしい、と。

 老朽化で、天井も全部取り替えたそうです。

挟まっていたボールも、その時に全部撤去されたらしい。

 私は少し安心しました。

 もうあの顔を見ることもないんだな、と。

 でも、友人は妙に静かな声で続けたんです。

「あそこ、昔は墓地だったらしいよ」

 学校が建つ前。

 あの場所には古い共同墓地があったそうです。

 工事の時、人骨も出たとか。

 私は嫌な気分になって黙っていました。

 すると友人が、何でもないことみたいに最後に言いました。

「そういえばさ」

「改修した後も、時々見えるらしいよ」

「……何が?」

「顔」

 一瞬、言葉が出ませんでした。

 友人は少し笑って、

「ボールなんか、もう一個も無いのにな」

 とだけ言いました。

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