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 改めてこのダンジョン、『ブロスメイリ』について説明しておく。

 このダンジョンは一から三階層までが地下にできた岩盤に覆われた洞窟、といった様相を呈しており、あまり危険度も高くない。なんせ大した実力のない僕でも3階層までは半年で進めたくらいだ。

 しかし、四階層からしたは環境が代わり、ただの洞窟というわけではなくなる。

 まず、三階層から四階層に進む道は非常に長い。およそ1000MM(メードル)ほどは緩やかな下り坂が続き、途中から壁の片側がなくなり、その広大な空間を目にすることになる。


 四階層はひたすらに大きな空間が広がっており、そこは洞窟ではなくまるで荒野のようである。

 低草と低木がところどころに生え、大きな岩が当たりに転がっている。そしてこの階層が難しい理由として非常に多きな理由になっているのが…。と思ったところでその原因となっているモンスターが甲高い鳴き声を上げて僕たちめがけ急降下してきた。


 そう、四階層からは飛行するモンスターが出現するようになるのである。今こちらに向かってきているのは、その大きおな嘴で崖の岩肌に穴を掘って潜む鳥、ロックバードだ。

 このモンスターは僕が住んでいた村の近くにも生息していたため、よく狩っていた。なんせ羽は服に使えるし、嘴は様々な加工品に。その身はすこし筋張っているがおいしく、捨てるところがないほど有効活用できるモンスターなのだ。


 ダンジョンで遭遇するのは初めてだが、道具を準備する前にチュールが弓矢を翼に当て、バランスを崩したロックバードが地面に落ちてきたところをさらに弓矢が追撃し、特に戦闘になることもなく終わってしまった。

 そもそもロックバードは虫や木の実を食べるモンスターであり、危険を感じたりしなければ人間を襲うことはないのだが…なぜかダンジョンで生れ落ちるモンスターは、例外なく人間に襲いかかるようになっている。


 なぜ地上では人間を襲わないモンスターがダンジョンではそうなるのかについては、学者間では様々な議論が日々なされているらしいが、僕は生憎あまり詳しくはない。気になりはするけど、そもそも本を買ったりするのにはお金がかかるし、そのようなダンジョンを研究するような人と知り合うような機会もないからだ。


 そんなことを考えながら歩いているうちに、四階層へと辿り着く。

 三階層まででは感じることのできなかった緑の匂いに思わず深呼吸をしていると、ガレスが集合をかけた。


「よし、目標の確認だ。俺たちの目当ては低木に擬態するモンスター、エルダープラントの素材だ。やつらはそんなに数は多くない上に隠れるのが上手い。お前さんたち見分け方は分かるか?」


 そう聞いてきたためエルダープラントの特徴を思い出す。

 確かギルドの資料では、エルダープラントは低木に擬態し、近くに生き物が来るのを感じると地面に張った根を触手のように操り、対象に巻き付かせて栄養をじわじわと吸い取る…と書かれていた。

 見分け方は──


「……根の張りが不自然で、周囲の土がわずかに盛り上がっています」


 ガレスは片眉を上げ、口の端で笑う。


「悪くない。加えて言うなら、風がなくとも“息をしているように揺れる”」


 その言葉に、リリアも頷く。


「気味が悪いわよね。木の模様もなんだか人の顔の様に見えるときがあるもの」


「…けれど、金にはなる。木材は魔法を使うための杖の素材になるし、根には薬効がある」


 チュールが小さな声で呟く。


 軽口を交わしながらも、空気はすでに変わっていた。


 ガレスが大剣を肩から下ろす。


「隊列はそのまま。視界が開けてる分、死角は増える。気を抜くな」


 頷きが重なり、僕たちはエルダープラントを探すために歩き始める。


「……来る」


 チュールの囁きと同時に、影が走る。


 岩陰から躍り出たのは、灰の毛並みを持つ三つの影――アッシュウルフ。


 低く唸り、牙を剥き、連携するように散開する。


「左右に開くぞ!」


 ガレスの号令が落ちる。


 一体が一直線に僕へと迫ってくる。大地を蹴る音、獣の息遣い――そのすべてがオークを軽く上回る俊敏さで距離を詰めてきた。


 それを見た僕は回避の構えをとるわけではなく、半歩重心をずらした。


 目の前で大口を開け、鋭く並んだ刃のような歯で獲物を嚙みちぎらんと眼前に迫る。

 だけど、動きが直線的すぎる。

 僕はその攻撃の範囲から半歩横にずれ、そのまま無防備な胴体に剣を突き刺した。

 狼の体は勢いを失い、着地もできず地面へと倒れ込んだ。


「右、抜けるわ!」


 リリアの声。


 横合いから回り込もうとした一体に向けて、炎が奔る。


「――グランドフレイム!」


 弧を描く炎が大地を舐め、進路を断つ。狼が立ちふさがる熱気にたまらず身を引いたその刹那、チュールの矢が風を裂き、喉を正確に貫いた。


 最後の一体は、リンスの盾に嚙みついていたが、その後ろからガレスが斧を振り下ろし、あっけなく絶命した。

 ひと段落ついたと思いきやそれもつかの間、聞き覚えのある鳴き声が上空から聞こえてくる。


「上だ!」


 鋭い影が二つ、加速しながら僕らに近づいてくる。

 岩をも砕く大きな嘴──ロックバードだ。


 その翼が空気を打ち、急降下の風圧が地面を撫でた。


 僕は即座に身を沈める。頭上を掠めた影、その腹をかすめるように剣を振るうが、寸前のところで急停止したロックバードは再び空へと舞い上がる。


「リリア!」


「分かってる!」


 詠唱はすでに終わっている。


「――ファイアアロー!」


 炎が空を裂き、一体を撃ち落とす。羽が焼け、悲鳴とともに墜落した。


 もう一体は、チュールの放った矢が翼を射抜き、同じく地へと叩き落とされる。


 砂埃が舞い、やがてすべてが静まった。


「……飛ぶやつは本当に面倒ね」


 リリアがやれやれといった感じで呟く。


「だが、問題なさそうだな!お前さん達の技量もやはり申し分ない!」


 ガレスは豪快に笑いながら答え、今さっき仕留めた獲物の剥ぎ取りの準備へと取り掛かった。

 リリアとチュールさんに見張りをお願いし、僕も剥ぎ取りの作業を手伝う。


 そういえば、このモンスターの素材の分配はどうするんだろうか。報酬は六対四って話だけどそれは依頼報酬の話だしな。アッシュウルフの毛皮なんかは革鎧よりも圧倒的に軽くて柔軟性があるのに、硬さもそれなりにあるから防具屋に持って行って加工をお願いしたい。もう僕が着てる皮鎧は一年前に買った物でボロボロだし、そろそろ買い替えたいと思っていたりする。


 黙々と剥ぎ取りをしていると、ガレスさんはもう他のモンスターの剥ぎ取りを終えたみたいで、僕に話しかけてきた。


「なあ、このモンスターどもの素材なんだが、俺たちはあんまり必要としてねえ。お前さんが欲しい素材はやるよ」


「いいんですか、ガレスさん」


「ああ。その代わり残りのお前さんが使わない素材は、俺たちが持ち帰って換金させてもらうぜ」


 リリアにもそれでいいか聞くと、特に問題が無いようだったのでアッシュウルフの皮とロックバードの肉を少し、それとモンスターの魔石を譲ってもらうことにした。

 残りの素材もかなりあったのだが、ガレスさんが背負う大きいバックパックの中にすっぽり収まってしまった。


 それから再び僕たちは歩き始め、これは違うあれは違うとエルダープラントらしき低木を見つけては落胆する時間が続く。


 なんか今の僕たちを客観的に見ると、集団で木の観察をして落胆している変な集団だが、それは考えないことにした。


 同様のやり取りを幾度か繰り返すうちに、不自然に草が円形状に途切れた一角が目に入った。その中心には、場違いなほどに存在感を放つ一本の低木が静かに根を張っている。


 まるで脈打つ心臓のように、ごく微細に、しかし確かにその幹を、葉を揺らしている。


 恐らく皆も気づいたんだろう。各々が武器を構えてその一点を見つめる。しかし──


「なんか、僕が思っていたよりも大きいんだけど──」


「──奇遇ね、私もそう思っていたところよ」


 ギルドの資料では四階層に生えている低木と同じような大きさだと書いてあったのだが、このエルダープラントらしき木の高さは、恐らく4M(メードル)はあるだろう。それに伴い、枯れた葉を茂らす枝も横にかなり長い。


 試しにチュールさんが弓矢でその幹を狙ってみるが、軽く撃っただけとは言え、なんとその表皮は矢を弾き飛ばした。

 と同時に地面が内側から引き裂かれるように割れ、無数の根が噴き上がる。それは植物のそれではない。獲物を捕らえるために進化した、意志を持つ捕食機関だ。


 しかし、エルダープラントがこちらに向かって来るまえに、赤髪の魔法使いはすでにその準備を終えている。

 リリアが一歩踏み出した瞬間、周囲の空気がわずかに歪んだ。熱が集束し、彼女の掌に凝縮していく。魔力が火へと変換されるその過程は、いっそ魔力を可視化できるのなら美しく映ったのだろう。


「――フレイムバースト!!!」


 解き放たれた炎がモンスターを包み込み、激しく炸裂する。

 元より植物型の魔物だ。火に強いわけもなく、鞭のようにしなる根が空気を裂き、ビタンビタンと苦し気に地面に叩きつけられる。


「ちょっとこれは近づけないねーー…」


 油断なく構えていた槍をリンスさんがおろし、ちょっと引き気味に呟くのを僕は聞き逃さなかった。

 確かに、全身に回った火をどうにかして消さんとばかりに暴れるエルダープラントは、少しかわいそうだ。


 しかし、生木というものは水分を多く含み、存外燃えにくいものである。

 リリアの渾身の一撃にかなり体力は削られただろうが、僕らをエネルギーを吸って回復せんとばかりに鞭のようにしなる根が唸りを上げて襲いかかってくる。その軌道は不規則であり、ぎゃくに回避するのが難しい。


「前に出る、お前さんは下がれ!」


 ガレスが踏み込み、迫る根を大剣で薙ぎ払う。だが、断ち切ったはずの根は痙攣するようにうねり、次の瞬間には別の角度から再び襲いかかってくる。


「くそ、まだ再生すんのか!」


「地面の中で繋がってるのよ!」


 リリアが叫び、後方から炎を撃ち込む。だが、焼かれた根の隙間を縫うように、細い根が蛇のように這い出し、足首を狙って伸びてくる。


 僕はそれを寸前で跳び退いて躱したが、着地した足元の土が盛り上がるのを確認する。


(下から来る――!)


 反射的に身を捻る。直後、地面を突き破って伸びた根が空を切った。もし一瞬遅れていれば、そのまま足を絡め取られていただろう。


「アレン、下だけじゃないぞ!枝の薙ぎ払うような攻撃にも注意しろ!」


 エルダープラントの攻撃を捌きながらこちらを気にかけてくるガレスさんの言葉に応じながら、僕は視線を走らせ奴の攻撃パターンを監視する。


 その時、一本の太い根がガレスの足元を狙って地を這った。


「ガレスさん、右下!」


「っ!」


 アレンの声に、ガレスが即座に反応する。だが、同時に別方向からも根が迫っていた。挟み込むような軌道――避けきれない。


「させない!」


 リリアの魔法が割り込む。


「ファイアアローー!」


 一直線に走る炎が地面を焼き払い、根の進路を断ち切る。その一瞬の隙に、ガレスは踏み込み、周囲の根をまとめて薙ぎ払った。


「助かったぜ!!」


「前だけ見てて!」


 短い応酬。


 チュールの矢が、露出した根の節を正確に射抜く。細い根ほど再生が早いが、節を破壊されると動きが鈍る。そこへリリアの炎が重なり、焼き固めるように機能を奪っていく。


「動きが鈍った、今!」


 チュールの声。


 その瞬間、アレンは見た。


 根の波の奥――炎に炙られ、わずかに露出した本体。脈動する幹が、まるで呼吸するように膨らみ、収縮している。


「中心、見えました!」


「行け!」


 ガレスが前方をこじ開けるように根を薙ぎ払う。その一撃で生まれた道を、僕は迷わず駆け抜けた。


 左右から根が迫る。上からも、下からも。だが、そのすべてを紙一重で躱し、あるいは剣で弾き、ただ一点――心臓部へと一直線に踏み込む。


「――っ!」


 踏み込み、突き。


 剣が幹に深々と突き立つ。ぬめるような抵抗とともに、確かな手応えが腕に伝わった。


 直後、エルダープラントが“悲鳴”を上げる。


 空気が震え、根が狂ったように暴れ出す。僕はたまらずその根に胴体を強く撃たれ、弾き飛ばされた。

 しかしそれは‘‘ヨーキスの最後っ屁‘‘だったのだろう。断末魔のような振動が地面を走り、動く木はただの木に戻った。

 無数の根は力を失い、ただの枯れた繊維のように地に伏す。先ほどまであれほど激しく蠢いていたものが、嘘のように静まり返っていた。


「これが、エルダープラント…」


 痛む体を引きずりながら、僕は剣を引き抜き、ゆっくりと息を吐く。張り詰めていた神経がほどけていくのを感じ、全身が倦怠感に包まれる。しかし、確かな達成感を感じていた。


(通用している――この階層でも)


「よし、素材を回収するぞ。気を抜くな、さっきの戦闘音で他のモンスターが寄って来る可能性もある」


 ガレスの声が僕を現実へと引き戻した。


 広大な荒野のようなこの階層は、いまだその全貌を見せてはいない。だけども僕は、確かに前に進んでいるんだという実感が心の奥底から湧き上がってくるのを感じていた。





「……すみませーーん、……助けてもらえませんか?」


 ……リンスさんは、地面から生えた根にぐるぐる巻きにされていた。

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