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 二階層の通路は入り組んでおり、進むほどに獣臭が濃くなっていく。しばらく進んだところで再び気配を捉え、今度は言葉を交わす必要もなく、僕が半歩前へ出た瞬間に背後で魔力が収束する音がした。


 角を曲がった先から飛び出してきたコボルトを迎え撃つ。


 最初の一体を受け止めた直後、横合いから現れた個体へ火球が正確に叩き込まれ、爆ぜた炎が視界を赤く染める。


 連携というより、すでに役割分担が成立していた。


 僕が動線を制限し、リリアが逃げ場を焼く。


 短い交戦で片が付き、息を整える間もなく次の遭遇が訪れたが、今度は互いに視線を合わせることすらなく対応できた。僕が敵を壁際へ誘導すると同時に、背後から放たれた火線が退路を断ち、魔物は為す術もなく崩れ落ちる。


「……なんか、急にやりやすくなったわね」


「動きが読めるようになってきたからかな」


「違うわよ、多分。あなたが合わせてるの」


 否定はしなかったが、意識しているわけでもなかった。


 ただ、後ろに誰かがいる前提で動くことに身体が慣れ始めているのは確かだった。


 やがて通路の先に下層へ続く石階段が現れる。


 二階層の終端。


 空気はさらに重く、下からは低く湿った臭いが流れ込んできていた。


「……降りる?」


「行こう」


 短く確認し合い、僕たちは第三階層へ足を踏み入れた。


 階段を降りきった瞬間、床の幅が広がり、天井も高くなる。戦闘空間としては動きやすいが、その分だけ大型魔物の領域であることを意味していた。


 そして、それはすぐに現れた。


 鈍い足音。


 重い呼吸。


 曲がり角の向こうから姿を現したのは、赤茶色の肌に分厚い筋肉をまとった巨体――オークだった。


「……さっそく現れたわね」


 リリアの声には緊張が混じっていたが、恐怖ではない。戦闘前の集中が静かに高まっていく気配が背後から伝わってくる。


「真正面から来るタイプだ」


 言葉通り、オークはこちらを認識した瞬間、迷いなく地面を踏み鳴らして突進してきた。重い足音が通路に反響し、空気そのものが押し寄せてくるような圧迫感を伴う。


 振り下ろされた棍棒を横へ跳んで回避すると、石床が砕け、衝撃が足裏から膝へ突き抜けた。力任せだが、速度も十分に速い。単独で相手取るなら、長期戦は避けたい相手だった。


「リリア!僕から見て右側、焼いて!」


「了解!」


 返答と同時に背後で魔力が弾け、炎が一直線に走る。火光がオークの視界を覆い、その巨体がわずかに怯んだ。


 何度見ても思うが、指示を出してからの魔法の速度が速い。恐らく自分が動く前提ですでに魔法を準備しておき、それをいつでも放てるようにしているのだろう。


 リリアの魔法によって生まれた隙を逃さずオークの懐へ滑り込み、膝裏へ斬撃を入れた。筋肉は硬いが、関節は例外だ。その巨体が思わず膝を地面につき、頭の位置が間合いに入った瞬間、首元へ刃を滑り込ませる。


 抵抗は一瞬だった。


 巨体が崩れ落ち、地面が鈍く震える。


 剣を引き抜きながら呼吸を整えると、思ったよりも疲労が軽いことに気づいた。


 一人で戦っていた頃なら、今の一戦で確実に息が上がっていたし、もっと時間がかかっていた。回避、誘導、決定打、そのすべてを自分だけで担う必要があったからだ。


 だが今はリリアの援護があるというだけで選べる動きが増える。自分の隙を魔法で補ってくれるという信頼により僕自身ももっと攻めた動きが出来るというのは大きい。


 ――これが、パーティー戦。


 胸の奥に、これまで感じたことのない余裕が生まれていた。


「……倒した、わよね」


「うん、リリアの魔法はやっぱりすごいよ。リリアが後ろで魔法の準備をしてくれてるお陰で、僕も──」


 言いかけた瞬間、背筋を冷たいものが走った。


 足音。


 重い振動が、もう一つ。


 いや、二つ。


 通路奥から現れたオークが、倒れた仲間の死体を踏み越えながら歩み寄ってくる。


「ちょっと勘弁してよね!オークってそんなに数多くないわよね!?」


「うん、何回か僕も3階層には来てるけど始めてだ!後ろ下がって!」


 二体同時。


 視界に収めた瞬間、さきほどまでの余裕が消えた。個体としての強さよりも、位置関係が悪い。通路幅では完全な回避軌道が取れず、一体を避ければもう一体の間合いへ押し込まれる。

 近くにいたリリアを守れる位置取りにすぐ移動し、剣を構えた瞬間オークが叫び声をあげこちらへ向かって来る。


 棍棒が唸りを上げる。


 回避。直後にもう一体の一撃。


 風圧が頬を裂き、遅れれば骨ごと砕かれていた事実に冷や汗をかく。


今までオークとは、一対一でしか戦った経験がなかった。

だからこそ理解してしまう。たった一体増えただけで、戦場の性質そのものが別物へと変わってしまうのだと。


視界の左右に巨大な影が揺れる。互いを補うように間合いを詰めてくる二体の動きは単純な突進でありながら厄介で、どちらかを避ければもう一方の射程へ自然と追い込まれる位置関係が出来上がっていた。


回避に意識を割き続けるしかない。


棍棒が空気を裂き、床を砕く衝撃が足裏から伝わってくる。ほんのわずかな判断の遅れが致命傷へ直結する状況であることを、身体の奥が本能的に理解していた。


攻撃へ転じる余裕はない。

呼吸を整える暇すら奪われ、回避と位置取りだけで思考が埋め尽くされていく。


このままでは、いずれ崩れる。


そう判断しかけた瞬間、鋭い声が背後から響いた。


「アレン、下がって! ファイアアロー!」


次の瞬間、二筋の炎が一直線に走り、僕へ意識を集中させていたオークの肩口と脇腹へ突き刺さった。


不意打ちに巨体が大きく揺らぎ、怒号のような咆哮とともに棍棒が無秩序に振り回される。突然現れた第三の脅威に対応しきれず、動きが明らかに粗くなっていた。


その隙を逃さず、僕は大きく後方へ跳ぶ。


距離を確保した途端、浅くなっていた呼吸が一気に乱れた。肺が焼けるように熱く、吸い込んだ空気がうまく行き渡らない。足の反応がわずかに遅れていることに気づき、疲労が想像以上に蓄積していたのを思い知らされる。


――このまま下がり続けても、状況は好転しない。


逃げ切る戦いではない。

崩さなければ、押し潰される。


そう結論づけ、僕は後退をやめた。


二体の中央へ踏み込む。


危険であることは理解していた。それでも、互いの動きを干渉させられる位置はそこしか存在しない。


左右から振り下ろされる棍棒を目前に、僕は一体の腕へ剣を叩き込み、力任せに軌道を歪めた。鈍い衝撃が腕を痺れさせるが構わない。逸らされた巨腕がもう一体の進路へ食い込み、巨体同士がわずかにぶつかり合い、確かな隙が生まれた。


「今!」


声と同時に、僕のすぐそばで炎が着弾。敵を焼き尽くさんと熱がうなりを上げる。


その決定的な隙へ、僕は残っていた力のすべてを注ぎ込むように踏み込んだ。


肺が悲鳴を上げ、脚が軋む。それでも速度を落とさず、一直線に喉元へ刃を突き立てる。


確かな手応えとともに、巨体が大きく揺らいだ。


一体、沈む。


残されたオークは怒りに任せて棍棒を振り上げたが、連携を失った動きは単調で、大振りになった軌道の隙がはっきりと見えた。


その瞬間、背後から放たれた火球が顔面で炸裂する。


閃光と爆炎に視界を奪われた巨体へ、僕は最後の一歩を踏み込んだ。


振り下ろした刃が肉を断ち、重い抵抗を越えて抜ける。


やがてオークの身体は力を失い、ゆっくりと前のめりに崩れ落ちた。


地面が揺れ、戦場に静寂が戻る。


剣を下ろした途端、腕が小刻みに震えていることに気づいた。力を抜いた瞬間、張り詰めていた緊張がほどけ、全身へ一斉に疲労が押し寄せる。呼吸は乱れ、肺が空気を求めて軋むようだった。


生き延びたという実感だけが、妙に鮮明に残る。


 リリアの声もわずかに掠れていた。


「……さすがに、ちょっと危なかったわね」


「うん……ギリギリだった」


 一人だったら。


 その続きを考える前に、答えは分かっていた。


 さっき感じた余裕は錯覚じゃない。


 そして今、生き残っている理由もまた明確だった。


 互いに背を預けられる相手がいる――それだけで、越えられる限界が変わる。確実にもっと先へ進める。

その実感が湧き、これからの探索がもっと楽しみになってきた。

だけど今はこの体を休めたい。そう思い、3階層にあるモンスターの出現しない場所、所謂セーフティエリアはどこだったかと地図を確認するのであった。

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