酔わせてくるのは、君のほう。
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第10弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。
二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。
※本編の時間軸は「閉じ込めたいのは、君のほう。」の後の話です。
「初夏の市?」
「はい。そこの警備をするので、帰りがいつもより遅くなると思います」
そんなことまでするんだ。
というか。
「そんなのあるの!?」
身を乗り出すと、食事中のノインが少し黙る。
「……南区の商人組合と職人組合が毎年合同で主催するものなんですけど」
「へえ!」
「在庫処分が主目的で、市民にはちょうどいい娯楽になってますね」
在庫処分!?
「今回は俺の小隊が警備に当たることになったんです」
「行きたい!」
「……………………」
そっと、ノインが視線を横に逸らしてから、考え込んだ。
まさか!
「お仕事休むとか言わないでね?」
「言いませんけど……。危ないので」
「危ない? どこでやるの?」
「7区と8区のあたり……ここから徒歩でニ十分くらいの、広場や交易場として使われているところです」
「なんだ。そんなに離れてないね」
だったらべつに。
「いえ、完全に安全ではないですから」
渋ってる……。
「それに、浮かれて悪酔いする人もいますから」
「そんなのどこの祭りでも同じでしょ?」
「…………」
微かに視線を伏せ、「わかりました」とノインが頷いた。
……どうしたんだろう?
(もっと渋るかもしれないって思ったのに)
なにかいい掘り出し物が手に入るかもって、ケチな考えで言い出したのがバレた!?
(だ、だって……ノインは薄給なんだし、私が働くことをあんまり良く思ってないし……切り詰めるなら……)
って、家を守る妻は思うはず。
「では」
そっと手を差し出して来たので、思わず掌を出してしまう。
置かれた銀貨にオルガは訝しんだ。
「? なにこれ」
「銀貨です」
「いや、そうだけど……銀貨三枚?」
「それで市を楽しんでください」
「……………………」
この絶妙な金額……。
多過ぎれば間違いなく遠慮して突き返すものの、それができない。
(くっ……! 私の残金を知ってて……!)
銀貨とノインを何度も見比べてしまう。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。楽しんでください」
小遣いまでくれる夫候補……。どこまでもノインは自分の想定外のことをするので、オルガは不安になってしまった。
(……ノインみたいな人、村にはいないからなぁ……)
せめて、少しでも予想がつくなら話は違うのに。
「人混みには気をつけてくださいね、オルガ」
「私は子どもじゃないんだけど……」
***
出かける前に、今日の分の洗濯を済ませる。
ノインは警備のために早朝に出勤したようだが、すでに水汲みを終えていた。まただよ……。
桶で肌着を洗いながら、ついつい「ふふっ」と変な笑いが出てしまう。
(初夏の市かぁ。……ノインが渋らなかったのはちょっと気になるけど)
最初こそ嫌がっていた感じだったが、途中でいきなり様子が変わった……ように思えた。
(あっさりと銀貨渡してくるのはどうかとは思うけどね)
給料の半分を渡してきただろうから、大事に使いたい。
いや。
(……そうだった。ノインは金貨100枚持ってるんだっけ)
しかし貯金というものは、使えば使うほど減っていくもの。
これからなにが起こるかわからないのに、無駄には使えない。
(他の男の人と違ってノインは嘘をつかないし、見栄も張らないから……)
つくづく、彼は変わっている。
村ではやたらと大仰に自分の手柄を自慢する男もいたのに、ノインは「自分は強くない」とか言い出すし。
(あんなに速く剣を振ってるのに、そんなわけないでしょ。でも……)
本気で言っている気がする。
(うーん……ノインはまだ十九歳だし。正規騎士とは言っても若いんだから薄給なのは当然で……つよ……強い?)
混乱してしまった。
やめやめ!
(せっかくお祭りに行けるんだから、切り替えよう!)
*
これが在庫処分……!
(じゃない。ついつい、端切れとか日用品ばっかり見てた……。それに値段が……うーん)
今はいいや。
賑やかだ。それに、子どもも多い。
目移りしながらきょろきょろしてしまう。村の市とはやはり規模が違うので、少しだけ委縮してしまった。
屋台も多く、肉串があるのが見えた。鉄板で油が弾く音がやけに大きく耳に届く。
「……………………」
どうしよう。食べてみたい……。
(ダメダメ! それにノインは仕事中なんだから、私だけ贅沢するのは違うよ)
陽気な笛の音も聞こえてきて、オルガの意識がすぐさまそちらに移った。
しばらく見て回り、口許がゆるむ。
(たのしい……)
見てるだけで楽しい。
「ん?」
簡易掲示板になにか絵が描いてあるのが目に入る。
(これ、は、二重丸? 力こぶと、弓???)
字が大きく書いてあるが、当然ながら読めない。
読み書きはこちらに来てから地道にやっているが、どうしても独力でやるには限界がある。
(ノインに言ったら、仕事放って教えてきそうだし……)
じーっと掲示板を見ていると、すぐ横の家族連れの会話が聞こえてきた。
「お父さん、塩だって!」
塩っ!?
オルガは硬直して、聞き耳をたててしまう。
「あらほんと。塩の小袋をくれるみたい。合計点数をクリアすればだって」
「お父さん参加してみてよ」
「そうだなあ」
しお……。
オルガは掲示板を凝視する。
あの小袋の絵が、塩の絵!
(ご、合計点数? この、弓とか、を?)
おそらくだが、挑戦するのにも金銭が発生する。
塩は貴重だし、料理にも使うのだからぜひとも欲しい。
(ううううううう!)
そわそわしてしまい、やるかやらないかでどうしてもしばらく動けなかったが……諦めることにした。
まあ見ていくだけはいいかと、どこでやっているのかと周囲を見回す。
どうやら広場の中心でやっているようだ。目玉の催し物なのかもしれない。
そちらに行くと人の数が増え、ゆっくり避けながら近づく。
広場の中央には簡易の柵が設置されており、布張りの的が三つほど等間隔で並べられている。
なにをするのかはっきりした。
(弓のほかは、腕相撲と、的当てかぁ)
「次の挑戦者ー!」
呼び声に応じて、数人が冷やかし半分なのか、弓を引いていた。
矢は的の外縁をかすめたり、手前の地面に突き立ったりしている。
他の二つを見ても、やはりオルガには難しそうだ。
(弓が特に難しそう……。適当にやっても届かないよね)
溜息が心のままに出てしまったその時、ざわっと周囲に変な波が広がった。
(ん?)
視線を向けて、オルガはびくっとする。
紙袋をかぶってる人がいる。目元だけ穴を開けている変な人が。
(……す、すごい。都会って色んな人がいるんだ。あの人も参加するのかな)
紙袋の男は木製の台に立てかけられている弓を手に取り、張られている弦を軽く指先で弾いていた。
(なんかプロっぽいな)
もしかしてそれであんな変装を……?
(いやいや、だとしても、さすがにあれは……)
男は矢筒から一本抜き取るや、位置に立った。
(わあ、姿勢がいいなあ。ノインみたい)
ん?
いやまさか。
あんな雑な格好で出るわけない。そもそも彼はいま、警備中だ。
それに、剣は扱うが弓まで使えるわけがないし。
左足をわずかに前へ斜めに踏み出して足を開き、背筋を伸ばす姿が目に入る。
肩が落ち、重心が下がった――と、弓を構えた。
あまりにも自然すぎて、構えたと同時に――――矢が、布の中央より少し下に射られている。
(えっ!?)
小さな音がした気がする。でも、弦は鳴っていないし、動いたのは指、だけ?
弓を手にとってからの一連の動作が速すぎて、よくわからなかった。
弓を台に戻して、会釈しているのが見える。
拍手が起きたものの、その人は腕相撲は遠慮し、的当ては基準ぎりぎりだった。
弓だけが満点近く。
オルガも周囲に混じって拍手を送る。
(弓だけでもすごかった! みんな外してるのに)
他の人はみんな弓以外で得点をもらっているのに。
(…………あんな紙袋かぶってて、よく見えるなあ……)
さすが都会の祭り。変な人がいてもみんな気にしないんだなあ。
*
ちょうど昼頃だろうか。
「無料ですよ。どうぞ」
いきなり杯を差し出され、つい受け取ってしまう。
ジュースかな。
ちらっと屋台に掲げられている看板を見る。小さな文字があるのはわかるが当然読めない。
「…………」
甘い香りだし、綺麗な色だ。
(どうしよう……。でも)
周りの子どもも、もらって飲んでいる。いや、大人も子どもも、みんな。
危険なことはなさそう。
ぐいっと杯を傾けて口に含んだ。警戒して少しだけ。
「っ、」
あまい!
(おいしい!)
なにより、飲みやすい。
もう一度看板を見遣る。よく見れば、蜂のような絵があった。
(蜂蜜を使ったジュースかな?)
贅沢だなぁ、と余計に嬉しくなってしまう。
量が少ないのですぐ飲んでしまった。
「お嬢さん、気に入ってくれました? おかわりあるよ」
店の人がまた差し出してきて、受け取ってしまう。
飲んでいると、とんとん、と肩を軽く叩かれたので、振り向いた。
と、驚きに動きを止めてしまう。
あの紙袋の人だ。
硬直していると、なにか差し出される。小さな袋だ。
「……?」
「どうぞ」
聞き覚えのある声に瞬きをする。
「……ノイン?」
なにやってるの???
差し出してきている袋を受け取り、彼をまじまじと見つめた。
「君が欲しがっているようだったので」
「……見てたの?」
「は……」
い、と言う前にノインが少し首を傾げた。
「顔が赤いんですけど……」
「……ん?」
ハッとしたようにノインが看板を見た。慌てて、かぶっていた紙袋を取る。
「……そっか、あの弓の人がノインだったんだね……すごかった。弓の音が……」
すぐさま杯を取り上げられ、飲みかけだったこともありオルガがゆるく反応する。
「……なにするの」
「これは薄めた酒です」
「……えぇ? えっと……おいしいよ?」
舌打ちみたいな音が聞こえた気がするけど、そんなことノインがするわけないから、気のせいだ。
なんか、視界が狭い。
「とりあえず水でも飲んで休んでてください。しばらくは俺がついてますから」
「……………………」
手を引いて、歩き出される。
どこに行くの?
(……なんでしっかり手を握ってくれないんだろう。迷子になるよ)
「……大丈夫だよ?」
「大丈夫ではありません」
「……あ、美味しそう」
「…………」
くいっと、ノインの服の裾を引っ張る。
「……ノイン、おなかすいてない?」
ちらっとノインがオルガの手元を見た。どこを見てるんだろうと視線を追って、ああ、と気づく。
「……ノインが迷子になっちゃうといけないでしょ?」
「…………」
なにか言いかけたけど、やめちゃった。
「かわいい恋人だね、お兄さん。ちょっと見ていってくれないか?」
声に、反応しようとしたけど。
「結構です」
きっぱりとノインが断った。
(……なんか、怒ってる?)
あ、手が離れちゃう。
思わずとオルガがノインの手を掴もうとするが、うまくいかなかった。
だけど、すぐさまノインが手を握ってくれる。
大きくて骨張っているが、安心する手だ。
「……あったかい」
「………………………………」
*
涼しい風に、目を細めた。そういえば、近くに川があるんだっけ。
人混みの中をかなり進んだけどここはどこだろう?
「すみません、小隊長」
「どうした? なにかあった」
言いかけた人が、こっちを見る。
(この人、前にどこかで見た? どこだっけ……)
「早退させてください」
「…………」
「体調不良者の付き添いです」
と、ノインが小隊長の視線を腕で遮った。
「小隊長まで見ないでください」
「…………わかった」
**
「……ねえ、今日は練習しないの?」
「今日はダメです」
「……どうして?」
「…………どうしても」
「……なんで?」
「…………なんでも」
「……ねえねえ」
「……………………ちかいです」
そっかぁ。
「……近いのだめなの?」
「今はダメです」
「……抱っこしてくれてありがとう」
「……………………酔うとこうなるんですね……」
はぁ、と天井を向いたまま溜息をつかれた。
ああ。
(ノインの腕の中、安心するなぁ……)
そういえば、いつ家に着いたんだろう?
*****
翌日。
朝礼でノインは同じ隊の面々に見られていた。
「…………おまえ」
思い切って、ジョスが声をかける。
「昨日、市でダセェ変装してなかったか……?」
「……………………」
「いや、なんか言えよ。紙袋かぶって弓使ってただろ?」
「…………違います」
えっ、と全員が注目した。
「違うわけないだろ! あんな弓で的に当てるなんて、おまえ以外にいるわけないだろ!」
「……います」
います!?
「いるだろうけど、おまえもできるだろって言ってんだよ! 警備中に配置から抜け出しやがって!」
「……………………」
「早退までするとか、どうしたんだよ!?」
「…………」
ちらっと、ノインがジョスを見遣る。しかしすぐさま視線を戻した。
「無視するなって……!」
「ジョス、どうした?」
「小隊長!」
やって来たトールが、ああ、と納得する。
「まあ、許してやれ。
ノインだってたまには体調を崩すこともある」
「……え?」
体調を崩す……?
「いや、そんなこと今まで一度もないじゃないですか……」
「では点呼を始める」
小隊長も無視した……!
一通り朝礼が終わると、トールはノインをうかがう。
「体調はどうだ?」
「…………」
ノインは瞼を閉じ、小さく息を吐いた。
「軽い二日酔いのようでした。記憶は断片的ですが、問題ありません」
「そうか」
しん、と室内が静まり返った。
……二日酔い……だれが?
「いや、おまえどう見ても酔ってないだろ……?」
思わずジョスがツッコミを入れてしまった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
王都である「初夏の市」での回でした。
オルガは初めてのお酒。ノインは判断力が鈍るので酒は嗜みません。
楽しんでいただけたら嬉しいです。




