7 四年ぶりの語らい
樹海の中の村の青木家に最後に到着したのは、この家から駅まで筒井美穂と竹本ひろみを迎えに行っていた青木拓也とエーデル夫妻の車だった。
彼らが到着したとき、他のメンバーは一階の和室で座卓を囲み、拓也の父でありこの家の主の恭平を中心にして話が盛り上がっていた。その隣には拓也の母の則子もニコニコして座っている。
「おお、やっと帰ってきたか」
車の音に恭平が立ち上がり、皆でぞろぞろと庭に出た。庭ではちょうど到着した車からひろみと美穂が荷物を下ろしているところだった。
「みんなそろってた? 遅くなってごめん」
迎えるメンバーたちもみんな笑っている。
「私たちも今来たところです」
朝倉由紀乃がニコニコと前に出る。ひろみと美穂が荷物を担いで、それに手を振った。
「チャコさん、久しぶり」
美穂もそんなふうに由紀乃にニックネームを呼んで、手を振る。
「僕らが着いたのもほぼ同時でしたね」
背後かなぬっという感じで、杉本大樹が顔を出して言った。佐藤新司や谷口大翔もうなずいた。
「寒うでとにかく中へ入るべ」
恭平が皆を中へといざなった。
「昔ほど寒くはないけんどな」
「そうですね」
大輝が相槌を打つ。
「灼熱の酷暑が突然終わってそんな寒くはない涼しい冬になる。そんな異常気象が三、四年続いていますからね。もはや異常ではなくてそれが通常になってしまった」
「たしかにそうだね」
島村陽太も落ち着いている。そんな話を心配そうに語るでもなく、ここにいるメンバーたちはそんなことをもにこやかに受け入れていた。
すぐにもといた和室に、今着いた拓也たちと共に皆で戻った。戻りながらもまだ恭平は先程の話題をつ透けた。
「昔はよかったな。ちゃんと四季があった」
「お父さん」
苦笑しながらたしなめるように拓也が言った。
「昔はよかった発言は、年寄りになった証拠ですよ」
「まだ年寄りじゃねえよ」
「でも婆様が亡くなってから、すっかり老け込んできましたよね」
茶化すように則子が笑った。
「ばか言うなよ」
「まあ、でも確かに気候は異変が常変になってますけど、木々も動物たちも、大自然はますます活気を帯びて生き生きとしてますよね」
拓也がそう言った時にメンバーは和室に入り終わって、また座卓を囲んで座った。
「拓也さんはいつこちらに?」
由紀乃が聞いた。
「昨日からだよ。冬休みになったからってすぐには休めないからね」
「そうですね。私のところもです。やっと」
「教員はいいいね」
隣で幸阪美貴が口をはさんだ。
「夏休みとか冬休みとかあって」
「でも、世間の人々が考えているほど、教員は休めないんだよ」
にこやかに拓也が言った時に、則子が立ち上がった。
「熱いお茶、入れてきましょうね」
「お義母さん、手伝います」
エーデルも立ち上がり、則子を追うようにして台所に向かった。
あらためて恭平は正座し、皆に言った。
「そろったところで、皆さん、婆様のためによく集まってくださった。ありがとう」
「いえいえ」
由紀乃が慌てて手を横に振った。
「私たち、必然的にこの時にここに集められたって感じです」
「そうです。自然と吹き寄せられましたね」
大輝もうなずいた。松原悟もうなずく。
「一切必然です。このメンバーが集まるのも久しぶりだけど」
そこへ盆に茶の入った湯飲みを乗せて、則子がエーデルと共に戻ってきた。
「皆さんが集まるとやはりすごいですね」
茶を配りながら、則子が言う。
「ただでさえ最近は富士山からのパワーがすごいのに、皆さんが集まると一気にこの部屋の中にパワーが溢れとうに」
「そりゃそうだ。これだけの魂の人びとべえで」
「婆様も喜んでるべ」
「また、来てるれるかね」
父親の言葉に、拓也は茶を飲みながら少し首をかしげた。
「ピアノちゃんを依り代にして婆様がメッセージをくれたのは、あちらへ行かれてからすぐ。でもそれきりでしたね」
「はい」
ピアノちゃんと呼ばれたひろみがうなずいた。
「確かに、私たちと直接コンタクトとりすぎるのはよくないって」
「それに今はもうご本体の御神霊に収容されているはずだから、メッセージをくださるのは難しいかも」
「まあ、とにかく、明日のお参りを楽しみにするべ」
「そうですね」
父親の言葉を受け継いで、拓也が全員に言った。
「前にもLINEで説明したけど、うちは仏式ではなく神式なので法事とは言わない。仏教でも三回忌の後は七回忌まで飛ぶけど、うちは一周忌が一年祭、三回忌が二年祭でそのあとも三年祭と続く。今年がちょうど四年目なんだけど四年祭というのはなくて、来年の五年祭で一応の締めなんだ」
「つまり、本来なら今年は誰も集まらないってことなんですね」
大輝が聞いた。拓也がうなずく。
「そう。去年や来年だと親戚がどっと集まるから我われだけでってわけにはいかない。だから今年みんなで集まろうと思ったんだ」
「そんなわけで、明日はよろしく頼んべ」
恭平の言葉を締めくくりにして一行は一度青木家を辞し、宿泊する隣の民宿へと移動することにした。
民宿では大広間を二間借り、それぞれ男子用、女子用の寝室だ。
まだ明るいうちに、食事よりも先に入浴となった。
「そりゃそうですよね」
悟がうなずいて言った。その理由をみんな知っている。
風呂は男女とも半露天風呂の共同浴場で、二階にあった。外の景色がよく見える。その景色は村の南に広がる樹海越しに、堂々と白い富士山が姿を見せている。
だから明るいうちに入らないと景色が台無しなのだ。
「親から聞いた話だけど」
湯につかっている男性陣に、富士山を見ながら悟が言った。
「昔の銭湯っていうのは必ず浴槽の上に富士山の絵が描かれていたんだって」
「でもここは、絵なんかじゃなくて正真正銘、本物の富士山だ」
陽太も顔を挙げて、遠く富士山を眺めながら言った。
「最高の贅沢ですね」
新司が日に焼けた顔を思い切り和らげていた。
食事つきの宿泊なので、男女とも入浴が終わると民衆の和室の食堂に集まった。本当ならほかの宿泊客とも一緒なのだが、今日は彼ら以外に宿泊客はいなかった。
「ここの食事、相変わらずおいしいですね」
大輝が嬉しそうに言う。
「そうね。自然の恵みが豊富っていうか」
由紀乃もうれしそうだ。
「前にここに泊まった時と全く変わってない。四年もたつのに」
「メンバーも同じか」
その時誰もが一人足りないことを知っていたが、あえて口に出さなかった。
そんな話をしながら食事も終わり、しばらく間をおいて、男性陣お部屋に全員が集まり陽太がコンビニの袋から缶のビールや缶サワー、つまみなどを並べた。女性陣がそのつまみを紙の皿に広げていく。
「なんだか学生時代に戻ったみたい」
ひろみがはもうはしゃいでいる。
ひととおり準備が終わると、皆それぞれの飲み物のプルリングを引いた。
「乾杯は年齢的に島村さんで」
大輝に指名されて、陽太が照れて笑った。
「年齢で言うなら本当なら拓也さんだけど」
拓也とエーデルは実家の方にいて、ここには参加していない。
陽太の音頭で、乾杯の声が響いた。
「ほんと、こんなふうにして飲むの、学生の時以来よね」
由紀乃がそう言った時、ちょうど拓也とエーデル夫妻も隣の実家からやってきた。
「顔出しに来たよ」
「待ってました。大歓迎です」
陽太が二人のための席を作った。全員宿の浴衣を着ているのに、拓也夫妻だけが普通のトレーナー姿の普段着なので少し浮いていた。
ひととおりみんなであれこれ雑談した後、拓也がぽつんと言った。
「あれから四年なんだよな」
「四年ですね」
由紀乃が感慨深そうに言った。大輝もうなずく。
「ものすごい四年間ですよね。あの時のあのことを始まりとして」
「目に見える物質的な世界は四年前と何も変わっていませんけど」
美貴も伏し目がちに言った。静かな落ち着いたムードが漂った。学生時代に戻ったようだと先ほど由紀乃は言っていたが、やはり学生時代のノリでのどんちゃん騒ぎしての飲み会とは質が全く変わっていた。
「ビジネスの世界はどう?」
陽太が、民間企業の会社員である大輝に聞いた。
「確実に変わってます」
大輝の答えは力強かった。
「働き方が変わったのがコロナ禍の後くらいからだったそうですけれど、今はそれだけでなくてどの業界も経営理念自体が変化しているようです」
「ほう。たとえば?」
陽太が聞く。大輝は一口飲んだビール缶をテーブルに置いて、続けた。
「調和を重んじる風潮っていいますか、ともに分かち合っていい世界を作り上げていく共鳴と分かち合いの上で成り立っている企業が増えてきましたね」
「ほう」
「この変化ははっきりと、あの四年前のあの時以来ですね。いきなりぱっと変わったわけではなく段々とでしたけれど」
大輝は少し目を伏せて、すぐに目を挙げて全員を見た。
「もっとも、これまでのように競争と利潤追求にしがみついている古い概念の企業もありますけれど、そういったところはどんどん倒産していって淘汰されているみたいです」
拓也も身を乗り出した。
「働き方も今では定年まで同じ会社で貢献するなんて考え方はほとんどなくなってるんじゃないかな? 僕の生徒たちも将来のビジョンとしてはそんなふうには考えていないようだし」
「そうですね。定年まで一つの会社でなんて古い考え方の人はどんどん定年を迎えて去っていっていますし、若くてもそんな古い考え方の人はまだいることはいるけどどうも浮いている感じですね、主流じゃなくなっている」
「あのう」
遠慮がちに悟も口をはさんだ。
「僕はいわゆる会社のようなところに勤めたことはないので言える立場じゃないと思いますけれど、もう食っていくため、生活のため、家族を養うためとかでいわば時間を売って、やりたくもない仕事を我慢していやいややってそれでお金を稼ぐなんてそんな時代じゃなくなってきている気もしますよね」
「かつてはそれが美徳ともいわれたんだけれどね、変わってきている」
拓也がうなずいた。美貴が口を開いた。
「やっぱそれって、今は自分の楽しみっていうか豊かさ? それを提供して喜びのうちに社会に奉仕すると、その豊かさが巡り巡って必要なものが与えられる、そんな世界になっていってるのかなあって」
由紀乃も大きくうなずく。
「そう。教職なんてかつてはブラックな職場で、長時間労働とか過酷な業務内容とかでみんなみをぼろぼろにすり減らしていたなんて聞くけど、今の学校現場は全然そんなことないし。私は高校生たちが好きで毎日彼、彼女たちと接しているが喜びでもあるし、教えている内容もほとんど私の趣味の歴史だし、こんなのでお金もらっていいのかなあとも思う。楽しませてもらっている分、むしろこっちがお金払わなきゃいけないんじゃないかって気さえする」
拓也は笑った。
「まあ、そこまで言うとオーバーかもしれないけれど、そういうところあるね」
「それ言うんだったら、大好きな歌を歌ってそれを仕事にしている私たちなんかもっとよね」
ひろみがそう言って美穂と顔を見合わせた。美穂も首を縦に振っていた。
「知らない人は楽しそうに見えてもそれなりの苦労ってあるんでしょなんてわかったように言うけど、そんなことないよね」
「ないない。お金がどうのこうのじゃなくて、どれだけ多くの人に私たちの歌を届けられて、たくさんの人喜んでくれて幸せになってくれたらって、そっちの方が重要」
「まあ、でもマスコミなど特に地上波ではそんな社会の変化をはっきりと報道しませんからね。マスコミを鵜呑みにする人々はいまだに身を犠牲にして苦労して労働した対価としてお金を稼ぐっていう古い概念からぬ抜け出せないでいて、そういった人たちはますます豊かさから遠のいて苦しい思いをしている」
大輝の言葉を陽太が受けた。
「要は社会が二極化しているっていうことだね。古い概念の人たちはそれはそれで悪いってわけじゃないんだけれど、やはり魂の進化のレベルの違いかな」
そんな話をしているうちに、誰からともなく暑いと言い出した。
だが、部屋の温度が上がっているわけではないことを、誰もが知っていた。暖冬ではあるけれども冬の気温のままだ。暖房が効き過ぎているわけでもない。
感じている暑さは温度ではなく部屋全体に降り注ぐ高次元からのパワーであり、目に見えないそれが彼らの目には眩しく感じられたりもするのだった。
誰もそのことを口に出して言わない。言わなくてもすでにそれは彼らの共通認識として共有されていたので、あえて誰も言わなかったのであった。




