6 樹海
道は小高い丘のふもとに続いていた。
「あ、赤い鳥居」
新司が指さした道の左側に、たしかに赤い鳥居が見えた。
「悟君、赤い鳥居の神社って言ってたよね」
新司は隣のシートの大翔に同意を求めたが、運転している大輝は笑いながら言った。
「あれは違いますよ。ナビはまだ先に進めって言ってます」
たしかに鳥居の額の文字は、悟から聞いていた神社名とは全く違うものだった。
すぐに短いトンネルがあり、その先は一気に市街地となった。市街地といっても民家が続く住宅街だが、運転席のナビからは「間モナク目的地ニ到着シマス」という電子音声が車内に響いた。インターを降りてから五分くらいしか走っていない。
そして道の行く手に堂々と富士山がそびえて見えた。
今度はそんな住宅街の中に小さな神社が見えて、たしかに赤い鳥居もあった。大輝はナビに従って徐行し、鳥居の手前を左に折れてそこにあった駐車場にカローラを入れた。
神社は小さいとはいってもそれなりの境内を持っていたが、それでも周りの住宅街に溶けこむ程度の大きさだ。よくある村の鎮守様といった規模である。
「なんかかなり由緒ある神社らしいから、もっと大きな観光地化された神社かと思ったけどなあ」
車を降りて参道へ向かいながら、大翔がつぶやいた。参道といっても鳥居から本堂までほんの数メートルだ。まず手水場があり、本堂の前には独立した建物の能舞台もある。その左側には赤い屋根の平屋の社務所の建物があった。
境内は杉の木立に囲まれ、いくつかの祠も参道沿いにある。また、やたらと何かの石碑が林立している部分もあった。
このような閑静な住宅街の中の小さな神社なのだから閑散としていそうなものだが、観光地でもないのにやたらと観光客の姿は多かった。しかも外国人もどさっといる。
「悟君が昔の浪人時代にこっちに住んでいた時に」
多くの人とすれ違いつつ参道を歩きながら、大翔はほかの三人に説明した。
「エーデルさんとこの神社を訪れて、ここで超太古文献を見せてもらったんだそうですよ。だから僕もぜひ行ってみたいなと思って」
「そうですか。ま、でも、まずはお参りですね」
大輝がそう言うので四人は能舞台を回って本堂に近づいた。だがすでに参拝している観光客も多いので、しばらく順番待ちのようだ。
「悟君たちが来た時も、こんなに人が多かったのですかね」
大輝が首をかしげていた。だが、大翔も同じように不審そうにあたりを見回している。
「いいえ。聞いた話だとあの頃は、この神社は訪れる人がほとんどいなくて閑散としていたってことでしたけど」
「悟君の浪人時代なら六年くらい前でしょ? 六年でやはりこんなにも人々の意識は変わってしまったんですね」
「いや」
大輝の言葉に、陽太が話に入った。
「単なるこの町の人々の意識の変化じゃなくて、今は地球規模での大変革の真っ最中」
「たしかに」
ようやく順番が来た。四人そろって横に並び、一斉に参拝した。大輝が代表して祈りの言葉を言霊に出して唱え、他はそれに意識を共鳴させる参拝方式だ。
祈りの言葉はまず自分たちの住所と名前、そしてこの地に来させていただき参拝させていただいたことや万物の恵みに対する感謝の言葉だけだった。
終わってから、新司が身震いをした。
「いやあ、すごい」
他の三人もうなずいていた。大輝が言った。
「たしかに、すごいパワーですね。深い安らぎと、何かに導かれている感覚というか」
「富士山のパワーと同じです」
新司が言うと、陽太もうなずいた。
「ここからは今は見えないけれど、さっきの道で見えていた富士山って、ちょうどこの本堂の向こうの方角だよね」
「あ、そっか。本堂にお参りすると富士山に向かってお参りしていることにもなる」
大翔が言うと、新司もうなずいた。
「じゃあ、さっきのパワーは富士山から? それともこの神社から?」
「両方でしょう」
大輝が笑って言った。大翔が陽太を見た。
「島村さんってカトリックの神学生なのに、神社とかでお参りもするんですね」
陽太は少し笑って言った。
「確かに、他の神学生や司祭、いや、カトリックの信徒ならば普通は参拝しないね。カトリックでは神社はお寺など他宗教の施設で参拝などしたらそれは大きな罪となって、ゆるしの秘跡というのを受けないと聖体拝領もできなくなる」
「専門用語はよくわかりませんけど、とにかくだめだってことですよね?」
「そう。でも、そんなの本当は関係ないだろ。ほら、見てごらん。その人たち」
四人が立ち話しているすぐそばの本堂では、先ほど彼らが参拝していた場所で何人かの西洋人と思われる観光客が見よう見まねでお参りをしていた。
「あの外国の人たちは、欧米の人のようだからきっとクリスチャンじゃないかな? でもお参りしているだろ。とりわけ惟神の道というのは宗教を超越したものがあるんだよ」
「たしかに」
陽太の言葉に大輝もうなずいた。
「太陽は宗教に関係なくすべての人に光を注いでくれますし、富士山のパワーだって宗教や国籍関係なくすべての人に向かって発せられる。それに……」
それから大輝は少し声を落として、他の三人を見回した。
「あの世界では、宗教なんてありませんでしたよね。高次元の世界では宗教の垣根なんて何ら関係もなかった」
三人は大きくうなずいた。新司が言った。
「あれからもう四年もたつけどあの強烈な体験は今でも鮮明な記憶として残っている、っていうかあの時の経験ともに今でも毎日生きている」
「そう。そう言っても過言ではないな」
四人とも深くうなずいた。そして駐車場のカローラの方へと歩いて行った。
あとはやたら外国人であふれる市街地を抜け、県道を西へと進む。大きな湖の南岸ルートだが、この道からは湖は全く見えない。
「今はまだこの季節だからこの程度だけど、富士登山のシーズンはもっと外国人観光客であふれるそうですよ」
運転しながら、大輝が言う。
一度右折してすぐ左折、その道の先にはまた大きな鳥居の神社があった。しかも神社の名前は先ほど彼らが参拝してきた神社と同じで、上に冠された言葉が違うだけだ。
「なんか不思議ですね」
それを見ながら大翔が言った。
「さっきの神社といい同じような名前の神社が多いって悟君は言ってましたけど、でもその名前が僕らが住む農場を毎日上から見下ろしてる山と同じ名前なのはなぜなんでしょうね。僕らの農場って隣の県で、汽車で四時間もかかるのに。ここは富士山の麓じゃないですか」
「読み方は違いますどね。同じ漢字でも山のほうは訓読み、こちらの神社は音読みですし」
車を鳥居のところで右折させ、富士パノラマラインと呼ばれている国道を走りながら大輝が言う。
「古事記にはあの山と富士山の二つの山に関する神話があるそうだけど、気になったらあとでAI先生にでも聞いてみたら」
陽太が笑って言うので、新司がさっそくスマホを出していろいろ検索していた。
「わかった?」
大翔がそのスマホを覗き込む。
「いろいろ教えてくれたけれど、言ってることが難してよくわかんね。以上、終わり」
新司の言葉に、車内が笑い声であふれた。
市街地を抜けて二十分も走ると道の両脇に木々が鬱蒼と生い茂るようになった。いよいよ樹海の中に入ったらしい。
そしてすぐに樹海の中を道が高架となって左にカーブし、上から樹海を一望できるところに差し掛かった。大翔が感嘆の声を挙げた。
「いつ見てもすごいな、樹海って」
「なんか、でも、不思議」
今度は新司が不思議がる。
「前に来た時よりもかなり生き生きと、青々と木々が茂っているようですね。みなぎる生命感っていうか」
「しかもこんな真冬なのに夏以上に鮮やかに緑が映えている。前からこうだったけかなあ?」
「いや、以前はここまでじゃなかったよ」
陽太も樹海を見ながら助手席で言った。
「まるで故郷にでも帰ってきたような懐かしさを感じるね。前とは違う。確実に富士山の周波数のエネルギーが増幅されている」
「そのへんのことも今日、またみんなで情報を交換しましょう」
大輝が言った。
しばらくしていよいよ最終目的地に着くようだ。以前に来た時は国道から左に樹海の中へ入る細い道を進めば、樹海の中に取り残されたような集落にたどり着いた。
だが今はその道は車両は入れないようになっており、その先すぐのところに信号があって、そこを左折する立派な道がある。
その道を十数メートル走ると、いよいよかつて婆様の家があった樹海の中の村落で、今も拓也さんの両親が暮らしている。
そこが今回も、かつての仲間が集まることになっている場所だった。




