5 高原の自動車道
駅前のロータリーは閑散としていた。見渡せばところどころに木々に覆われた小高い山に囲まれている。
平屋造りの駅舎は、駅舎というよりもまるでゲートみたいだ。短い丸太を横に積み上げた壁の間の入り口の上には、富士山を思わせるような三角のデザインの上に神社の千木のような飾り気が乗っている。
狭いロータリーを環状に包む道路の中は、車が十台も停まれば満車となるような駐車場だ。
その駐車場で杉本大輝のセメントグレーメタリックのカローラ・ツーリングはエンジンを切った。助手席には島村陽太、どちらも二十代の若者だが十分に社会人の風がある。
二人はすぐ近くの駅舎の方を目を凝らして見ていた。とにかく小さな駅舎だから、外からでも改札がよく見える。
「のぼりの特急、着きましたよね」
改札からわずかばかり吐き出される乗客を目で追って、大輝がつぶやいた。
「そろそろ来るね」
陽太も同じように助手席から目を凝らしている。
すぐに二人の若者が目にとまった。大輝や陽太よりも少しは若いようだが、ほぼ同じ世代だ。二人ともがっしろつぃた体格で、冬だというのによく焼けている。
助手席の陽太がドアを開け、塩とベルトを外して半身乗り出して二人に手を振った。二人はすぐにそれを見つけ、ニコッと笑った。そしてタクシー乗り場の前を通り、緑色に塗られた短い横断歩道を渡って駐車場に入ってきた。
「長旅ご苦労でしたね」
大輝のカローラの方へ歩いてきた二人に、陽太が声をかけた。大輝も運転席から降りてきた。
「何時に出たのですか?」
「朝の八時過ぎでしたね」
大輝の問いに、二人の若者のうちの一人、谷口大翔が笑顔で答えた。
「約四時間……」
呟くように言ってから、大輝は二人に後部シートに乗るように促した。
「二人ともお昼はまだですよね」
すでに運転席に座った大輝が、尋ねた。二人ともうなずいた。
「この近く、結構ご飯屋さんありそうですよね」
もう一人の若者、佐藤新司が車の中からあたりを見回して言った。駅前は高くても四階建て、あとは平屋かせいぜい二階建ての建物がロータリーを囲んでいる。中には、観光地らしい雰囲気の食堂も見えた。
「いや、とりあえず出ましょう。この駐車場、三十分を越えたら有料になるんです」
そう言いながら、大輝はカローラを発進させた。
駅からまっすぐに駅前通りが小高い山の方へ延びているが、その最初の信号を大輝は右折した。片側一車線の狭い道だけれど、標識を見るとこれで国道だ。
「この道はかつて江戸時代の五街道の一つだった道です。実は並行して新道が走ってますけど、そのうち合流します」
大輝が何気に説明する。道の両側は町が続いている。
「この町が」
陽太は感慨深そうだ。
「婆様の生まれた町なんですよね」
陽太のその言葉にみんな感心したようにうなずいているうちに、ものの一分くらいしか走っていないときに、左側にそば屋の看板と駐車場のマークが見えた。食堂はいくつもあっても、駐車場がある所に選択は限定される。
駐車場は車二台止めればそれで満車だが、今は一台も停まっていなかった。その脇が店だ。「そば処」と書かれた看板の下に、店内が見える上半分がガラスにきの抗しの入った引き戸を開けると、店内は空いていた。
四人がけと六人がけのターブルが一つずつ、一段上がった畳の座布団席のテーブルも二つあった。
彼らは四人がけの椅子席に座り、メニューを見た。
「安っ」
思わず神示が小声で唸っていた。そばのメニューは豊富だが、オーソドックスな森蕎麦は五百円台だった。
大輝と陽太はざるそば、大翔と新司はやはりご飯ものが食べたいと言い、大翔はカツ丼、新司は天丼を注文した。
「お二人は東京から高速で来られたんですよね?」
注文した後、大翔が大輝たちに聞いた。
「そうですね」
「わざわざ僕らのために高速を一度降りてくれて、ありがとうございます」
「このあと乗り換えて各駅停車でちんたら行くのもかったるいでしょ」
大輝が笑う。新司もまたにこやかに言った。
「いえ、もう今日は乗り換えには慣れました」
「そんなに乗り換えたの?」
陽太が聞いた。
「ええ。まず各駅停車の高原列車に揺られて二時間、で、最初に乗り換えた特急は東京まで行くんですけど、ここの駅に停まらないんですよ。だから、県庁所在地の駅で降りて、次の東京へ行く始発の特急を待ったんです。そうしたらここに停まりますから」
「一度新幹線で東京に出ちゃってからくだりの特急って手は?」
陽太に、大翔は答える。
「確かにそれも考えました。同じくらいに着きますけどね。でも新幹線は高いし、なんか遠回りって感じがしないでもないですしね」
「それに」
新司も話に入った。
「東京はなぜか息が詰まるんですよ。都会だし」
「確かに」
陽太も大輝も笑った。大翔が続ける。
「僕ら田舎で生まれて大自然の中で育って、今も大自然とともに働いていますから、都会の空気はどうも」
「農園の方は忙しいですか?」
今度は大輝が聞く。
「今は農閑期ですから。そのうち雪に閉ざされますし」
大翔も新司もここからだと隣の県になるが、大翔の叔父が経営する農園で働く若者なのだ。
その農園のことなどを大輝たちが聞いたりしているうちに食事が来た。店のおばさんの接客はいま一つだったけれど、料理はおいしかったしなにしろ安さも魅力的な店だった。
そば屋を後にして再び車を発進させ西に進み、すぐに低い所を走る私鉄の線路を越えた道は直進と左に別れる道の分岐点に差し掛かった。標識では左に行くと目的地の町とあったけれど、直進すると県庁所在地に行くようだ。だがそこに高速道路の入り口の緑色の表示も入っていて、大輝はそのままカローラを直進させた。
そこから視界が開けて長い橋の上となり、橋の下のかなり低い所を川が流れていた。橋はそのまま川沿いのJRの線路をも越えた。
しばらくはと多くの小高い山に向かって進む形で道は伸び、左右には一、二階建ての民家が断続的に続く。時にはチェーン店のファミリーレストランなどもあった。
ほんの三分くらい走ったところで左から国道の新道が合流する信号があったが、その信号を右折すれば高速のインターだという表示に、信号が青になるのを待って大輝は従った。
すぐに料金所のゲートが見えた。大輝の車はETCでそれをすっとくぐり抜け、すぐに東京へ戻る線と西へ行く路線との分岐点になって、大輝の車は左に進んだ。
そしてまたすぐに、今度はさらに西に行く本線と大輝たちが目指す町へ向かう支線の自動車道に向かう車線が別れた。当然、カローラは左の支線への車線へ入った。二つの車線は緩やかに左にカーブし、そこでそれぞれの行先へと分岐した。そしてすぐに、右上の背後から迫る自動車道と合流した。
そこまで先行も後続も全く車はなかったし、自動車道に入ってからも車はまばらだった。
あとは軽やかに爆走だ。
目の前には富士の霊峰が、真っ白い勇姿を見せ始めた。後部シートの大翔も新司も感嘆の声を挙げた。
「何回見てもいいなあ」
大翔がつぶやく
「なんか体の奥から暖かいエネルギーが湧いてくるみたいですね」
「たしかに」
新司もうなずく。
そんな富士に吸い込まれるように、自動車道は続いている。
だが、ものの十分も走ったころに、後部シートから乗り出すように前を見て大翔は言った。
「次のインターですよ」
「悟君がそう言っていたんですね」
運転しながら大輝が聞く。
「はい。さっき悟君からLINEが来まして、そう教えてくれました。高速の終点まで行かないでここで降りた方がいいって」
「高速降りたらナビに入れましょう」
先ほど食事をしていた時に、大翔は途中でどうしても立ち寄りたいところがあると、大輝に告げていた。
「前に悟君から話を聞いていた神社なんですよ。昔、エーデルさんと一緒に参拝したことがあるそうなんですけれど、かなりパワーの強い神社だったみたいで」
その神社に行くために終点より手前のインターで降りた車は、自動車道を跨ぐ形でカーブする出口への車線に沿って進んだ。出口のゲートはなく、遮断機のようなものがあるだけで接近するとすっと開いた。
県道に合流する手間の右側に何かの建物があった跡のような空き地があったのでそこで車を停め、大輝は大翔から聞いた神社の名前をナビに入れた。
悟の話では同じ市内に似たような名前の神社はたくさんあるので、フルネームで正確にナビに入れるようにとのことだった。




