4 インバウンドの真相
県道で渋滞していた車の列は、ぞろぞろとゆっくり左折していった。直進する車はほとんどない。
拓也の車も同じように左折した。道の左側は湖が広がっているはずだ。
「道の駅かなんかですか?」
「公園?」
ひろみと美穂が口々に聞くと、拓也は笑って言った。
「今からすごいものを見せてあげるから」
曲がってすぐ左側にパーキングがあり、ほとんど車で埋まっていた。その間もその車から降りてきた人々の群れで走行が大変だったが、拓也は何とか空いているスペースを見つけてそこに車を停めた。
「降りて」
助手席からひろみたちを振り返って、エーデルが言う。四人は車の外に出た。本当ならもう寒い季節だけれど、湖からの風が心地よく涼しいと感じられた。
降りてすぐにモダンな建物の土産物屋と資料館のような建物があり、それを右手に目の前の湖畔の方へ歩いた。
「すごい人」
あたりをきょろこきょろ見て歩きながら、美穂がつぶやいた。確かに狭い公園のような所に人の群れがごった返していた。みんな観光客のようだ。
そしてすぐにその人の群れのお目当てが、湖水の向こうに大きく鎮座していた。
富士山が麓から頂上まで、その全景を見せている。しかも間近に、ものすごい圧ですべての風景を見おろしていた。
公園内には時々モニュメントなどもあるが、大部分は花畑だった。
湖の水際まで、道は続いていた。湖岸にはもう枯れ始めたススキが生い茂り、道の終点はいくつもの岩が湖水から顔を出していた。
とにかく人が多くて、そこまで行くのが大変だった。しかも湖際のところはスマホでの撮影の順番待ちのような感じだ。風景を撮る人、仲間を写す人、そして自撮りと湖水に接する部分は狭いスペースなのにかなりの人がそこに集中している。
ただ、先ほどからすぐに気づいていたことだが、ここの群がる群れはほとんどが外国人だ。西洋人も多い。それだけでなく東洋人のグループもかなりいて、あちこちで聞こえる話し声や歓声もすべてが外国語だった。ほとんど日本語は聞こえない。
そんな人々の間でも、ひろみと美穂は富士山をじっと見つめた。
周りにどんな多くの人々がいて外国語ではしゃぎまわっていても、すぐにひろみと美穂の意識は富士山に凝縮されていた。
「なんかすごいエネルギーを感じるね」
ひろみが隣の美穂に言った。そしてその美穂の顔を見た時、美穂の目に涙が浮かんでいるのひろみは見た。だがひろみもその涙を自然と受け入れた。
「確かに、体の奥から暖かいエネルギーを感じる」
「なんだか故郷に帰ってきたようなそんな懐かしさ? 語彙力ないからうまく言えないけど」
二人はスマホで景気を撮影したり自撮りするのをすら忘れていた。
「今、富士山からは調和の周波数のエネルギーがものすごく放出されてるね。特にここ三、四年前あたりからはかなり強くなっている」
二人の隣に来ていた拓也もそう言った。
湖に沿って公園内は花畑が広がり、遊歩道も設置されている。いろいろな花があるが、ラベンダーが主流のようだ。この季節でさえこんなに色とりどりの花があるのだから、夏場などはもっと多くの花で埋め尽くされているであろうことは予想できる。
四人は十分い富士山の雄姿を堪能し、花畑の遊歩道を少し歩いてから、また人混みをかき分けて車へと戻った。
「この先はもう渋滞はなくスムーズに走れるよ。僕の実家に向けて出発だ」
エンジンをかけながら、拓也が言った。
「あそこ、穴場ですね。こんなところがあるなんて知らなかった」
たしかに急にスピードが出せるようになった県道を走る車の中で、ひろみが運転席と助手席に向かって言った。
「それにしても、なんであんなに外国人だらけなんですか? 日本人の観光客は行かないんですか?」
美穂の素朴な疑問だ。
「日本人はあまり知らないでしょう、あの絶景ポイントの公園」
助手席のエーデルが振りかえって言う。
「外国人の間ではとても有名なスポットよ」
「ほんと、外国の人が多いんでびっくりしました」
「今ね、たくさんの外国人、日本に押し寄せてる」
外国人であるエーデルの口から聞くと、なんだか変な感じがする。
車はずっと湖沿いの道を走っている。
「こんなに外国人観光客が増えたの、五年くらい前からかな」
拓也も運転しながら言う。
「私が日本に来たのもちょうどそのころ」
湖は見え隠れし、その向こうの富士山も山がちな地形にその姿を阻まれることが多くなった。
「コロナの頃は全く外国人の姿も見かけなくなったけれど、コロナが落ち着いてからだんだんとインバウンドの外国の人も多くなったんだよな。僕も夏休みや正月に帰省してくるたびに通るこの町に、どんどん外国の観光客が増えてきたから最初は驚いたよ」
「私たちあの頃まだ中学生だったから、世の中のこととかあまりよく見てなかったですね」
拓也の言葉にひろみが返した。
「そうだよね。で、コロナで外国人が来なくなって観光業とか大打撃だったけど、コロナが終わってまた海外のお客さんも増えてきてひと安心と思ったら、今度はどんどん増えすぎて逆に問題になっている」
「オーバーツーリズムってことですよね、いろいろと問題が報道されましたけど」
そこまで言って、後部シートから助手席のエーデルの顔は直接は見えないもののその顔色を窺うようにひろみは言葉をすぼめた。
「マスコミは確かに外国人のマナーの悪さとか迷惑行為とか、そればかり大げさに報道するのよ」
そのエーデルが少しだけ後ろを振り返るようにして言った。拓也がその言葉を受け継ぐ。
「確かにマスコミはオーバーツーリズムの問題ばかりではなく、凶悪犯罪、政治家の汚職、地震や豪雨などの自然災害などを特に大げさに報道する傾向があるね」
「どういうことですか?」
美穂がシートベルトで固定されているぎりぎりに身を乗り出す。
「マスコミを牛耳って操作し、人々の恐怖と不安をわざと煽って人類全体の共通意識を負の方向に持っていこうという陰謀を企てるそんな勢力があるんだ」
「何かの国際組織ですか?」
「いや、そんなこの世の組織ではないよ。目に見えない世界での話だ」
「妖魔? 妖魔なら」
「そうですよ。妖魔だったら私たちが、って言うと語弊がありますけど、とにかくもう存在していないんじゃないですか?」
「まあ、妖魔とは似て非なるものって感じかな? 最近分かったことなんだけどね」
「外国人の問題も、日本人に外国人嫌いにさせるためのその闇の勢力の陰謀」
エーデルもつぶやくように言った。拓也は前を見て運転しながら、さらに言った。
「そうだね。確かに迷惑行為はあるかもしれないけれど、そんな観光地での迷惑行為なんて外国人に限ったことではなくて日本人でもいる。それに外国のお客さんだって悪意からではなく、ただ習慣の違いから日本人の目から見ると迷惑行為になるようなことをしてしまうかもしれない」
「そうなのよ。マナー違反や迷惑行為をする外国人観光客だって確かにいると思うけど、そんなのごく一部でしょ。大部分の外国人観光客はマナーを守ってきちんと観光して、感動と共に帰っていくわね」
「そうだね。数が多いのは地元住民にとってはちょっと迷惑かもしれないけど。でもそんな点や迷惑な行為でもそればかりクローズアップして報道するから、外国人観光客イコールマナーが悪いなんてイメージを故意に作り上げようとしているんだ」
「ねえ、エーデルさん」
今度は美穂が尋ねる。
「なあに?」
「どうしてそんなたくさんの外国人が日本に来るんですか? 何かわけでもあるんですか?」
「彼らにとって日本の魅力は、そうれはなんといっても日本人の『和』を尊ぶ精神、おもてなしの心、自然と調和した生き方で、そういったものが今の世界で絶賛されて空前の日本ブームが広がっているのよ」
「実は今地球全体がそういった方向へと流れが変わりつつある。だから日本はその先駆けとして、世界の人びとには魅力的に映るんだろう。地球は新しいエネルギーを放射し始めているけど、最もはっきりしているのが時に富士山、伊勢神宮、出雲大社などだね」
「たしかに、日本のアニメなどのサブカルチャーも世界に広まってますね。伝統工芸や文化も関心を集めてますし」
美穂が言うと拓也もうなずいたのが後部シートからもわかった。
「みんな直感的に日本を求めているんだ。日本から学び、そしてそのエネルギーをもらおうとしている。婆様も日本は世界の霊の元つ国だって言ってたけど、これからは日本が世界の中心となっていく。決して支配ではなく牽引というか、導いていくことになるよ」
道は完全に湖から離れ、登り傾斜の坂道となった。道の両側は緑が生い茂る小高い丘になっていた。




