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Ascension  作者: John B.Rabitan
第2部 並行世界
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11 パノラマ台

 この時期の富士山は冠雪がない。だからイメージの富士山とは違うわけだけど、それでも神々しさは変わらなかった。誰もが絶対的にただの山ではないと思う。

 俺たちのそんな富士山を入れての写真撮影がひと段落するのを待っていたかのように、青木先生は言った。


「さあ、みんな、富士山を見て立ってごらん」


 言われたとおりにすると、同じく富士山を見たまま先生は言った。


「まずは背筋を伸ばして、それから息をゆっくりと全部吐き出して」


 先生の意図が分からないまま、俺たちはみんなその通りにした。


「もう肺の中の空気を全部吐き出すくらいにね」


 俺も同じようにした。息を全部ゆっくりと吐き出す。


「今度は吸うんだ。ゆっくりとね。その時に腹式呼吸でやるように。息を吸った時におなかが膨らむようにね」


 俺も息を吸う。


「止めて。はい、吐いて」


「吸うときはよん数えるくらい、そして一、二と止めて、吐くときは六、ゆっくりゆっくりとね」


 その動作を三回くらい続けた。


「吐くときは、心の中のわだかまり、思い込み、トラウマなど断捨離すべき重いエネルギーを全部手放して吐き出すつもりで、そして吸うときは宇宙のエネルギー、高次元のパワーをぐっと吸い込む。そして一度おへその下あたりにためる。その繰り返しだよ。そして脳の中心にある松果体を活性化させる」


 富士山を見ながらやると、本当に富士山のエネルギパワーを思い込む吸い込むような感じだ。それが全身にみなぎる。

 俺たちがそうしながらも、さらに先生の話を聞いた。


「昨日、婆様が一日のうち数分でいいから瞑想して自分の魂に問いかけるといいって言っただろ。その時にふと閃いたんだ。まずはこの呼吸法で心を落ち着かせて、それから瞑想に入るといい。この呼吸法と瞑想を毎日やる、これも僕からのお勧めだね」


 さらに何回か繰り返すうちに、島村先輩が声を挙げた。


「おお、宇宙の豊かさを感じる。ありがたい、本当にありがたい」


「感謝ね、感謝しかない」


 チャコも言った、そしてすぐに呼吸に戻った。


「俺は、もうすべてを受け取っている。ありがたい」


 悟も涙声だ。


「ありがとうございます」「ありがとうございます」「ありがとうございます」


 皆、いったん呼吸法を止めて口々に叫んだ。そしてすぐにまた次の呼吸に入った。

 俺はsおっと目を閉じてみた。立ったまま瞑想というのもおかしいが、魂に問いかけてみた。


――あなたはあなたのままでいなさい。


 心の中で声がしたような気がした。そこで目を開けた。


「ありがとうござます」


 俺も叫んでいた。


「さあ、朝食もできているころだろう」


 先生に促されて、俺たちはグランドを後にした。


「あのう、先生のお婆様って、何でもよくご存じなのですね」


 チャコが青木先生の隣を歩くようにして尋ねた。


「ああ、でもあの話は宗教的な感じもするかもしれないけれど、例えば願いをかなえるための方法などは量子力学の観点からも説明がつく。つまり宗教的であって同時に科学的でもあるんだ」


「あのう、あのおお婆様って何者なのですか? こんな言い方失礼ですけど」


 遠慮がちに美穂が聞いた。


「うちの婆様は、高次元と交流してそのメッセージを受け取っている」


「高次元って?」


 チャコが聞く。


「僕にもまだよくわからないけれど、すごいことらしい」


「なんか宗教でも作れそうですね」


 大翔はるとが言うと、青木先生はそれを遮った。


「それは高次元の存在からきつく戒められているそうだ。絶対に宗教は作るな、また宗教とまではいかなくても婆様の話を聞いた人たちを組織化するなって」


 だから先生は学校の部活として作ったこの研究会も、学校には部として存続し得る最小限のメンバーの名前だけを提出し、それ以外は入部も退部もなくみんななんとなく集まっているだけという感じにしているのもそのためなのだろう。新入生の勧誘もしなかった。


「だから婆様から聞いた話についても、口外を禁じはしないけれど積極的に拡散したり発信はしなくてもいいということだよ。まずは自分を高める。自分が変われば周りも自然と変わっていく。これも婆様の話だけどね」


「つまりメッセージの内容は公言はしない。公言することによって自分が語ることの権威付けをしたり信憑性を高めようとはしないお方だってことですね」


 杉本が言った。

 そんな話をしているうちに、民宿に着いた。


 今日のスケジュールは、この集落のすぐそばにある湖の周りを散策することだ。富士山のふもとの五つの湖のうち一番小さな湖で、普通に早足で歩けば一周するのに一時間ちょっとくらいしかかからないらしい。

 ただ、途中で道をそれて山に登り、見晴らしのいいところに行くと青木先生は言っていた。

 朝食の後、我われはすぐに出発した。

 国道に出たところの信号を国道の方に曲がらずに直進すると、湖に向かう道になる。その道はハイキング用の道路ではなく、普通に車が走るアスファルトの片側一車線の県道だ。

 湖の湖畔を通るわけでもなく、道の右側の遠くに時々湖が見え隠れする程度だった。道は湖面よりも高い所を通っている。

 車はそうひっきりなしに来るわけではなく時々という感じだが、だからといって車道の真ん中を歩くわけにもいかず、道の右端を俺たちは一列になって歩いた。

 だから全体で話をすることはできず、時々前後の人と歩きながら振り返って話す程度で、実際はあまり会話もせずに黙々と歩く形だ。

 民宿を出てから三十分くらいそんな道を歩くと、いくつかのホテルが立ち並ぶエリアに差し掛かった。駐車場もある。その手前に「パノラマ台登山口」と書かれた看板が見えた。


「さあ、ここから山登りだよ」


 看板の手前で青木先生は立ち止まった。


「その前に、この下の湖の方にトイレがあるから、ここで済ませていおいてね。山の上にはトイレはないからね。あとは水分補給もしっかりと。それで、水筒がない人はここでペットボトルで飲み物を買って持って行って。上では買えない」


 看板のすぐ脇に、三台ほど飲み物の自動販売機も並んでいた。

 ここからは湖がよく見える。湖といっても池といった方がいいのではないかと思うような小さな湖だ。県道と湖の間はキャンプ場になっていて、かなり多くのテントが張られている。車も何台か停まっていた。そのキャンプ場の中に公衆トイレはあった。

 俺たちは先生に言われるままトイレを済ませ、飲み物などを購入した。ここからは先生が先頭を行く。俺たちは汗拭きタオルを首にかけて、先生の後にしたがってやはり一列で進んだ。いよいよ山道、森の中へと登っていく土の細い道だ。登り始めてすぐにハイキングコースの説明板もあった。


「先生。どのくらい登るんですか?」


 先頭近くの悟が聞いた。


「一時間くらいかな。だからすぐ登れる。登山といっても、初心者向きだね。でも、君たちの地元の天応山よりかはちょっときついかもな」


 そう言って先生は笑った。

 いざ登り始めると、たしかにアスファルトの道を歩いていただけの時とは勝手が全然違った。なにしろ道が狭い。俺たちは完全一列だ。そして上り坂はそんなに急ではないけれど、やはり登りとなると体力を消耗する。

木々の間を、草をかき分けてという感じの登山だ。高原の冷えた空気とはいっても、やはり三十度を超える真夏日である。汗が噴き出して、首にかけたタオルが重宝する。

 みんなほとんど無言で、ひたすら上り続けた。一列という会話に不便な態勢ばかりではなく、疲労がだんだん口数を奪っていった。

 一年前の山登りは、もう少しゆるい傾斜をただ山歩きしているだけというのとはやはり少し違う。それでも、本格的な登山とは全く言えない程度であったのも確かだ。

 時折、下ってくるグループとすれ違う。先頭同士が「こんにちは」と声を掛け合っているので対向車ならぬ対向人が来たと分かる。

 なにしろ細い道なので、どちらかが道を譲らないとすれ違えない。こういう時は上り優先というマナーがあるらしく、降りてきた人たちは山側に張り付くようにして、道を開けてくれた。

 そんな年配のグループの脇を通るときに、思わず俺は「あ、すいま……」と言いかけてしまって、昨日の婆様の話を思い出した。


「ありがとうございます」


 そう俺が言い直すと、そのあとのに続くメンバーも口々に「ありがとうございます」を連発して通っていった。

 道は右が山肌、左がしたが崖というところがほとんどで、おまけに道自体が崖の方にわずかに傾斜している。足を踏み外したらたちまち崖の下に落ちる。

 もっとも崖は密林で覆われているから下まで転がり落ちることはないだろうが、それでもかなりの怪我はしそうだ。だからみんなゆっくりと足を踏みしめて、踏み外さないように歩いた。

 そうして三十分も登っただろうか、急に視界が開けた。


「頂上ですか?」


 先頭の青木先生のすぐ後を歩いていた悟が聞く。


「いや、ここはちょうど中間の休憩地点だね。と、いうことで休憩。水分補給もしっかりするように」


 ちょっとした広場になっているところで、みんなそれぞれ地面に座り込んだ。

 今までは木々に遮られてよく見えなかった下界の風景が、よく見える。登り口のところにあった湖も小さく見えた。


「あそこからよくここまで登ってきたね」


 チャコが感嘆の声を挙げていた。そしてまたみんなが歓声を挙げたのは、富士山だ。朝は樹海の木々の向こうに頭をのぞかせていただけの富士山だったが、それでもじゅうぶん近くに感じた。ここではその全容がだんだんと見えてきている。

 ただ、心配なのは富士山の周りに雲が湧いていて、その姿を隠し始めているようにも感じる。空は綺麗に晴れて、夏の太陽が容赦なく降り注いではいるけれど。

 

「もうここでいいんじゃないですか? ここが頂上だって言われても納得しますよ」


 大翔はるとが弱音半分だ。先生は笑った。


「いや、頂上はこんなものじゃない。そろそろ行くぞ」


 十分に休憩を取って鋭気を養った俺たちは、また歩き出した。

 またずっと登りが続くのかと思ったけれど、この先は道もやや平らになってきた。尾根を歩いているのかもしれない。

 時にはまた崖っぷちの道もあって、さすがにそこに普通に道を通すのは無理だったようで、木の桟道になっているところもあった。今までは左側がずぐに崖でも手すりも何もついていなかったが、桟道にだけでは細い木を乱雑に組み合わせたような柵が設けられていた。

 別れ道は一回だけあったけれど、青木先生について行けば間違いない。ところがそんな分岐点で青木先生は立ち止まり、最後尾が来るのを待って、笑って言った。


「さあ、どっちだと思う? 君たちで選んで」


 青木先生は笑って言った。だが分岐点に立っている道標に「パノラマ台」と書いてある方を全員が選んでいた。つまり、分岐点から左に向かって俺たちは歩いた。


 そうしてさらに登ること三十分、登り始めてからは合計一時間でパノラマ台展望台に到着した。

 柱に赤茶けたトタン屋根があるだけの粗末な東屋あずまやの脇を通ると、ちょっとした広場になっている。そして正面に広々とした大空間越しに富士山がその全貌を見せた。


「おお!」


 ここまでの登山の疲れもよぞに、誰もが歓声を上げていた。広場には俺たちのほかには、人はいなかった。

 富士山の周りの雲は、もうなかった。木々の間から富士山をのぞくというようなものではなく、ここでは何の遮るものもなく富士山がその足元まで見える。

 そして同様に俺たちの目を引いたのは、この山のすぐ下から富士山までの間にまるで大海原のように緑眩しい樹海が一面に広がって見えたことだ。「樹海」とはよく言ったもので、ここから見ると本当に樹木の大海に見える。それが果てしなく広がっている。その全体的に緩い斜面の上に続くように富士山が鎮座しているのだ。

 陽射しは強いが、時折涼しい風も吹いてくる。

 

「あれが、私たちが泊っているとこ?」


 美貴が指さす。見ると樹海の海原の割と近いところに、きれいな長方形の一角が小さく見えた。


「そう、あれが青木村」


 青木先生が言う。ここからは近くを走る国道は樹木に埋もれて見えないので、青木村つまり俗にいう民宿村は完全に樹海の中に浮かぶ孤島のような、孤立した不思議な一角と言えた。長方形からはみ出てくっついている別のさらに小さな四角は、今朝俺たちがいたあの小学校の廃校のグランドに違いない。

 それ以外は、見渡す限りあらゆる風景の中に人工の建造物は何も見えない。

 そして空間は遮るものなく広がり、視界を回せば多くの緑の山々が重なり合っているのも見える。

 右の方の展望広場のふちへ行くと、下には先ほど登ってきたところにあった湖とは別の、さらに西にある湖が見える。

 広場には先ほど見た東屋のほかは、オリンピックの聖火台のような小さなモニュメントもあった。それ以外は何もない。ただ、蝉の声だけがけたたましい。

 広場はそれほど広いわけではないけれど富士山の方角は木々がなく、ずべてむき出しの生の景色が果てしなく広がって見える。一方だけではなく、360度とまではいかないものの、180度くらいは景気に向かって開かれており、まさしくパノラマ台だ。


「ちょっと早いけど、昼食にしようか」


「そうしましょ」


 青木先生の提案にエーデル先生も賛成し、皆それぞれ直射日光を避けて木の陰や東屋の下などに荷物を置いて適当に座った。昼食は民宿が一人三個ずつのおにぎりを持たせてくれている。それを皆リュックから出し、まずはペットボトルの水やお茶で水分を補った。


「こんな景色を見ながら食事なんてめっちゃ最高じゃん」


 悟がいちばんはしゃいでいた。

 その隣では、朝は富士山を見て生徒以上にあんなにはしゃいでいたエーデル先生だったが、今は息をのむように静かに富士山を見つめていた。そしておもむろに富士山に手を合わせ、目を閉じて軽くうつむくのだった。

 そこにはものすごい祈りのパワーが、少なくとも俺には感じられた。

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