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Ascension  作者: John B.Rabitan
第2部 並行世界
20/25

7 樹海の夏合宿

 夕方になって、大通りの入り口の商店街の看板の下で全員が集合した。女子たちはみな浴衣だった。男性陣は皆普通のTシャツだ。

 ほかに青木先生とエーデル先生も合流した。

 普段は車はそこそこ通るけれど人通りはそれほど多くない県道だ。今日は交通規制が敷かれていて、車は入ってこられない。道全体が歩行者道路となっている。普段は車が通る県道の上を、とにかくぎっしりと人が埋め尽くしているのだ。その人の多さは身動きも取れないほどで、歩くのもやっとだった。集合したメンバーも常に互いを気にして歩かないと、すぐに人混みに引き離されて離れ離れになってしまいそうだ。

 とにかく暑い。

 すっかり日は落ちて夕闇迫るころだが、まだ昼間の蒸し暑さが残っている。梅雨明け宣言もまだだというのに、すでにもうこの暑さなのだ。

 路上を埋める人々は、圧倒的に若者が多い。もうすっかりマスクをしている人もまばらになっていた。

 通りの両脇の商店の軒下の提灯には、一斉に火がともされた。店はほとんどが営業はしていなかったが、その前にさまざまな出店が並んでいる。焼きそば、タコ焼き、かき氷など、祭りには定番の出店ばかりだ。

 そして人の海の中に浮かぶように、ところどころにお囃子の屋台があってその中でそれぞれ五人のお囃子衆が太鼓や笛、鉦を鳴らしている。屋台の屋根の下にはぐるりと明りの灯った提灯が取り囲んで照らしている。

 人々の話し声の喧騒だけでなくその祇園囃子が祭りの雰囲気を盛り上げている。祇園囃子といってもゆったりしたものではなくて、激しいビートのリズムだ。その囃子は「しゃんぎり」というそうだ。

 俺の隣には、白い浴衣のチャコがはぐれないようにとぴったり寄り添って歩いていた。ほかのメンバーもすぐ周りにだいたいついてきている。


「明日の夜の方が、もっとすごい人出よ」


 歩きながらチャコが言った。


「明日が本祭りで、夜には引き合わせっていって屋台同士の演奏合戦があるからめっちゃ盛り上がる。それがクライマックス」


「そうなんだ」


 だいたいの話は、すでに昼間に島村先輩から聞いている。


「あの屋台にはなんで床がないんだ?」


 俺はチャコに聞いてみた。チャコは首をかしげた。


「さあ、なんでかな」


 そう言ってチャコは笑った。


「この市って、こんなに人口あったっけ?」


「いやあ、今日は市内だけじゃなく県内のいろんなところからもみんな来てるよ」


 俺たちは祭りを楽しみながら本通りを西へと柏木河原の方へ歩き、昼間に島村先輩といった神社へと再び路地を曲がった。

 祭りの喧騒をよそに、この祭りの本体であるはずの神社はひっそりとしていた。それでも誰もいないというわけではなく、そこそこに人々はいて参拝などをしている。

 その社殿の前で俺たち部員は何とか集結した。

 青木先生を先頭に、皆で一斉に参拝する。昼間は一般の人は鳥居の中には入れなかったが、今では自由に小ぢんまりとした社殿の前まで行ける。今日ばかりはこの社殿もライトアップされていて、多くの供物が並んでいるのも見えた。

 参拝も終わってから、境内の隅で悟を中心に俺たちは丸くなって集まった。


「実は昼間に島村先輩からLINEもらって提案を受けたんだけど、今年の夏合宿について」


 俺以外は皆静かに悟の次の言葉を待った。


「樹海の中の青木先生のお宅でということだけど、みんなどうかな?」


 みんな、特に青木先生の家に行ったことのある男子たちはうなずいていた。


「いいね」


 初めて行くことになる女子も、美貴のその言葉に同意したようにうなずいていた。そしてみんなの視線は青木先生に向かった。


「先生、どうでしょう?」


 悟が代表して、青木先生に聞いた。


「大歓迎だ」


 青木先生も満足げに笑ってうなずいている。


「去年はあくまで私的に僕の家に招いたから男子だけということだったけど、合宿ということでなら全員で行ける」


「やったー」


 女子たちははしゃぎながら手を打って、軽くぴょんぴょん飛び跳ねている。


「ただ、僕の家にこれだけの人数を泊めるのは無理だけれど、でもあの樹海の中の村は民宿も多いし、僕の家の隣も民宿だからそこに泊まったらいい」


 こうして話は決まった。


「詳しくは月曜日に部室で」


 悟がそう言って、俺たちはまた祭りの喧騒の中へと戻っていった。



 夏休みに入って一週間ほどして、夏合宿の日が来た。

 すでに夏休みに入る直前に梅雨明け宣言は出されている。このころは連日晴れで、気温ももう少しで四十度に届きそうな真夏日が続いていた。

 集合は東柏木駅に11時45分。各自昼食は済ませて集合とのことだった。

 市のメインの駅は柏木駅だがそこは私鉄の駅であり、東柏木がその私鉄とJRの乗換駅になっている。つまりJRに乗るには東柏木でないとだめなのだ。

 どちらの駅も、俺の住んでいるアパートからは同じくらいに距離だった。

 俺が到着すると半分くらいのメンバーがすでに来ていて、当然青木先生は早くから待っていてくれたようだ。今日は青木先生も車ではなく、俺たちと一緒に電車で行くことになっている。

 そしてなんと、エーデル先生も飛び入り参加とのことだった。飛び入り参加といえば、OBの島村先輩もそこに顔を連ねている。もっとも島村先輩は俺たちの放課後の時間になると毎日のように学校に来て、部室に顔を出していた。

 参加者は青木拓也先生、エーデル先生、島村陽太(ひなた)先輩のほかは三年生の俺と、チャコこと朝倉由紀乃、幸野美貴、杉本大輝、松原悟、二年生は谷口大翔(はると)、佐藤新司、ピアノちゃんこと竹本ひろみ、藤村美穂の総勢十二人だ。

 さすがに美穂も、今年は鳥かごは持ってきていなかった。

 もはや誰もマスクをつけていなかった。


 電車は十二時ちょっと過ぎに出る各駅停車で、通勤電車型のロングシート。ボディはステンレスに窓下はオレンジと黄緑のライン、窓上にも黄緑のラインが入っている。

 その電車で約四十分、終点まで行く。電車はいていて十分座れたけれど、がらがらというほどでもなかった。

 車窓から見ると電車はすぐに丘陵に挟まれた自然多い場所を走っていたが、県道も並行しているのでそこそこ民家もあった。

 だがすぐに住宅街の中を走るようになり時々畑などもあったりするが、そのあとはずっと開けた町中を走る列車だ。

 横向きのロングシートなので景色を楽しむというよりも、みんなそれぞれおしゃべりに興じている。特に女子グループの盛り上がりはすごかった。ときどき青木先生が立って行って、少し声のトーンを落とすようにと注意したほどだ。

 終着駅が近づくにつれ、乗客もだんだんと増えていった。

 方角的には南になる終着駅は、都心からの幹線鉄道との乗換駅でもある。そこから十分ほどの乗り換えで、俺たちは都心方面から来た特急のわずかな停車時間に、その特急に乗り込んだ。白いボディーに窓枠は黒、屋根の部分に紫のラインが入った特急で、始発ではない。

 俺たちは特に指定券はとらなかった。この特急は自由席はない。座席未指定特急券は赤いランプがついている空席があれば座れるが、その席の指定券を持った人が乗ってきた場合はどかないといけないというルールだ。

 なにしろこの時期だから指定席は満員で、俺たちは固まってデッキに立っていた。わずか30分の乗車だ。

 これだけなのだから特急ではなくて各駅停車でいいのではないかと、部室で話し合っている時に悟や杉本が提案したが、美貴やピアノちゃんなどの女子は特急にこだわった。各駅停車だと途中で一回乗り換えるし、しかも50分もかかる。さらには都市型のこれもロングシートだから、旅の気分を味わえないというのだ。

 妥協して特急にするが、たった30分の乗車なので指定券はとらないということになった。

 案の定座ることもできず、旅の気分どころか景色さえよく見えなかった。

 それでも誰も文句を言わず、楽しげなおしゃべりが続いていた。

 特急は乗り換え駅を発車するとすぐに住宅街から山間へと入っていった。あとはずっと山と山の間の谷間を走る。並行して高速道路が、時々赤い側面を見せながら同じく山間を走る。

 左側の低い谷間に小さな湖も見えたりしたし、やたらトンネルも多くなった。

 

 わずかひと駅で次の乗換駅だ。

 そこからもまた特急に乗る。今度は自由席がある。といってもたった三両編成の全体があずき色に塗られた特急で、その最後の車両が自由席だった。この駅が始発能登球だったが乗客は多く、到着してからすぐ並んで十五分くらいたってから乗り込んだ時はすでに多くの座席は埋まっていた。コロナ禍の時は全く姿を消した外国人観光客も、今ではぼちぼちと増え始めている。

 俺たち十二人がまとまって座るのはとても無理で、いているところにそれぞれ分散して座ることになった。

 ここでも前に部室で各駅・特急で意見が割れたが、また特急になった。特急の十分後に各駅停車があったが、特急で約五十分で着くところ各駅停車だと一時間十五分もかかる。

 窓が大きく設けられている車両で、今度は景気もよく見えた。山と山の間のわずかな平地を特急は走るが、なにしろ圧巻の景色は乗り換え駅を過ぎてだいぶたってから見え始めた富士山だった。

 今はよくある定番イメージの頂上部に冠雪をいただいた富士山ではなく、全体が雪のない山だった。

 特急はその富士山に向かって走り、また標高も高くなっていっているようだ。

 そして五十分がたって、終着駅に着いた。

 駅舎を出てロータリーに出ると、三角屋根の山小屋風の駅舎の背後に、デーンと本物の富士山がそびえて俺たちを迎えてくれた。駅前はとにかく観光客であふれていた。

 バスが出るまでちょうど一時間くらい余裕があったので、俺たちは少人数のグループに別れて駅前を散策したりお土産物屋をのぞいたりして時間を過ごした。だが、駅周辺の散策といっても駅舎の中にほんの少しのお土産物屋があるくらいだったので、発車時刻のだいぶ前から俺たちはバス停に並んだ。

 やがてやってきたバスは上半分が黄色っぽいクリーム色、下半分が水色がかった青に塗られたボディーだった。

 座席はすぐに埋まっていったが、それでもなんとか全員座れた。あとから乗ってきた人たちは、座れない人も多数いた。車内に詰め込まれた人々は、どう見ても地元の人ではなかった。

 発車したバスはまず市街地を走る。やがて郊外へ出るが、いかにもリゾートらしいレストランなどの建物が、道の両脇には点在していた。

 駅名には湖の名前が冠されていたけれど、バスが走る道からは湖は全く見えなかった。すぐに民家も減って緑のトンネルの中をバスは走り、やがてかなり開けた交差点から片側二車線の県道のバイパスへと右折した後は、観光地っぽい町中を進むことになった。

 時折車窓の左側に富士の勇姿が見えて、そのたびに部員たちは互いに教え合い、スマホのカメラを向けたりしていた。バスを埋め尽くしているほかの乗客もほとんどが観光客で、同じように景色を楽しんだり写真を撮ったりしている。

 やがて道は左右とも自然の林の中を進むようになったが、建造物が全くなくなったわけではなかった。交通量も多く、対向車線などは渋滞しているほどだ。大型観光バスとも多くすれ違った。

 途中のバス停から乗ってくる人はほとんどなく、むしろ降りていく人が多かった。道の駅のあるバス停で降りる人も多かったが、駅を出てから約四十分くらいのところに氷穴とか風穴とかいう文字の入ったバス停があって、ほとんどの人はそこで降りて行った。

 車内はかなりいてきた。そのころになると道はもう、片側一車線になっていた。

 そのあとは、いよいよ樹海に入る。道の両脇とも鬱蒼とした密林だ。だが、交通量も多い舗装された国道を走っている以上、樹海の中に入っているという感覚はあまりない。道の際の木々しか見えないからだ。

 男子たちは去年青木先生の車で一度来ているから、初めて来る女子たちに偉そうに周りの風景の説明などをしている。悟がいちばん饒舌だった。


「俺は親戚のお寺がこの近くにあるし、それで小さいころから時々来てたから」


 そんなことを自慢げに言っていたりする。悟だけでなく島村先輩も、去年以前にも何度か来ているようだ。それでも女子たちは嬉しそうに説明を聞いて、はしゃいでいた。男子で今回初めてここに来るのは杉本だけだ。

 そして樹海の上を跨ぐ高架線に差し掛かった時は、皆歓声を上げていた。初めて樹海を上から俯瞰し、その広さに驚いていた。樹海は決して平らでもないということも分かるし、そしてその向こうに時々顔をのぞかせる富士山の姿も神秘的だ。

 こうして駅を出発してから約一時間、青木先生が降車ボタンを押した。


「着くよ」


 青木先生に言われて、俺たちは皆荷物をかけるなど降車の準備をした。バスは信号のところで国道から細い道へと左折し、さらに樹海の中へと入っていく。

 すぐにあの樹海の中に取り残されたような集落だ。ここが青木村で、青木先生の実家もそこにある。驚いたことに、あの樹海の中にポツンとある集落までバスに乗ったまま行かれるのだ。

 十数秒走っただけですぐに集落にバスは入り、そこにバス停があるようで、バスは停まった。俺たちは順番にバスから降りた。俺たちのほかにも同じバス停で降りる人たちも多く、そのほとんどが学生のグループだった。もう残っている乗客は数えるほどしかいなかった。

 乗客を降ろすと、バスは元来た道を国道の方へと戻っていった。


「昔は本当に樹海の中にポツンとある村だったんだけど、今はすぐそばを国道が通って、こうやってバスでも来られるようになったんだよ」


 歩きながら青木先生が、主に初めて来る女子たちに説明していた。

 歩くこと二、三分で、すぐに青木先生の実家に着いた。男子たちは去年の夏以来二回目だしこちらでは俺もそうなのだが、俺はあちらの世界ではもう何度となく来ている。だが、車ではなく公共の交通機関で来るのは俺も初めてだった。

 バス停の名前はただの青木村ではなく、「青木民宿村」だった。たしかに民宿が多い。先ほど一緒に降りた学生のグループは、それぞれ予約しているのであろう民宿へと入っていった。

 青木先生の家の前では、先生の両親が待っていて出迎えてくれた。


「連絡してたんですか?」


 俺が先生に聞くと、先生は笑って首を横に振った。


「わざわざ連絡しなくたって、バスの本数が限られているからね。夕方に着くと言ったらこのバスに乗ってくるに決まっているから、だから待ってたんだろう」


 先生は俺にそう言っってから、俺たち全員を見た。


「まずは今日泊る民宿に行って、荷物を置いてくるといいよ」


「先生は行かないんですか?」


 美貴に言われて、青木先生は苦笑した。そして背後の自分の実家を後ろ手で指さした。


「ここが僕の家なんだよ。エーデル先生は君たちと一緒に泊まるから」


「民宿って遠いんですか?」


 ピアノちゃんが聞くと、悟は笑って先生の家の敷地の隣にさっきから見ている二階建ての建物を黙って指さした。


「なんだ、隣?」


 驚く女子たちを見て、悟や島村先輩は笑っていた。


「じゃあ、早く民宿にチェックインしに行こう」


 美穂が言うと、また全員がどっと笑った。


「民宿じゃ、チェックインとは言わないだろう。受付だよ、受付」


 悟が混ぜ返すと、美穂は照れて笑いながらペロッと舌を出した。

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