表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Ascension  作者: John B.Rabitan
第2部 並行世界
16/25

3 久しぶりのさくら川

 親父の話の内容はこうだった。


 最近になってから、俺のおふくろから親父の方へ電話があったそうだ。もちろん俺は全く知らなかったから、俺のいないときだったのだろう。

 親父が以前勤めていた会社が倒産したことが両親の離婚の主な原因だったが、その会社が一度は廃業を決めたもののM&Aを活用して取引のあった親会社に吸収合併されることになった。

 そこで、全従業員の解雇取り消しを提案してきた。受けるか受けないかはもちろん本人の自由である。

 親父本人にもそのことは通達されてきたらしいが、どういう経緯か分からないがおふくろの方にもその情報は行っていて、そのことについて話し合いたいというのが今回の「帰省」の理由のようだ。


「それでな、あの時は気が動転して感情的になったけれども、俺とのことももう一度冷静に話し合いたいって、母さん言うんだ」


「つまり、よりを戻したいと」


 親父は少しためらった後、ゆっくりとうなずいた。俺は内心十分に驚いていたが、あえてその表情は見せなかった。


「でも、今の会社は?」


「今のところは非正規雇用だから何とでもなる。って、こんな話は高校生のおまえには難しいかな?」


 俺、一応高校公民科の教員免許持ってるんだけど、と内心思う。だが、あくまでそれは並行あちらの世界での話。


「いや、入試科目に『公共』とか『政治・経済』とかあるし」


 だからそう濁しておいた。

 あとは今の学校の話や入試や進路の話などをして、そのうち親父は寝たので俺は車窓の外を流れる景色を見ながらイヤホンでスマホから音楽を聴いていた。


 一時間四十五分はあうっという間で、終点でさらに乗り換えて十五分、ちょうど停まっていたバスに乗り換えた。そもそも、ちょうどになるようにこの電車を選んだのだ。

 そしてバスに揺られることまた十五分、どちらの世界ででも俺が生まれ育った町が見えてきた。

 あちらの世界では夏休みに帰省したばかりだった。こちらの時間軸ではその時からざっと六年ほど昔にさかのぼったことになるけれど、田舎の風景とは六年たっても全く変わらないものだなあと思う。


 実家に着いた。表札はまだ「山下」のままだった。だが、無性に緊張する。あちらの世界でもたまにしか帰省しない実家だけれど、こちらの世界での状況も理解している。だから緊張するのだ。

 親父がベルを押した。以前なら普通に自分の鍵でドアを開けて入ったものだ。


「はい」


 インターホンから声がした。おふくろではない。妹の美羽みつばだ。


「私だ」


 父が呼びかけるとそれには返事はなく、すぐにドアが開いた。


「あ、お父さん、お帰り」


 久しぶりに見る妹は、表情がこわばっていた。だが、親父の背後にいた俺を見るなり、その顔は耀いた。


「あ、お兄ちゃん、久しぶり」


 それから中に向かって叫んだ。


「お父さんとお兄ちゃん、来たよ」


 そしてまた俺たちに向かって言う。


「寒いでしょ。早く入って」


 中に入ると、キチンにやはり久しぶりに会うお袋がいた。俺たちを見ると、にこりともせずに軽くうなずいた。


「もうマスクとっていいよ」


 美羽がそう言うので俺も親父もマスクを取った。


「まずは手洗いうがい」


 矢継ぎ早に美羽がいろいろと言ってくる。俺たちはそれに従った。


「座って座って」


 さらに美羽みつばに促されて、俺と親父は居間のソファーに座った。

 こちらの世界では、半年ぶりのこの家ということになる。だがあちらの世界では、夏に帰省しているから四か月ぶりだ。つまりは六年前の我が家に、俺はいることになる。

 家の中の様子は、その六年前でも基本的にはほぼ同じだった。

 付き合いで一緒にソファーに座ってくれている美羽に、俺は小声で尋ねた。


「俺の部屋はどうなってる?」


「あるよ。そのまま」


「ちょっと行ってみていいか?」


「うん」


 俺は立ち上がって階段を上った。二階に美羽の部屋とドアを並べて俺の部屋がある。

 中はがらんとしていた。ベッドも机も本棚も、ほとんどがこの家を出ていくときに引っ越し荷物として運び出されたから今は何もない。美羽がそのままと言ったのは、俺が出て行ったときそのままという意味のようだ。

 ただ、それでもこの部屋は、これまで俺の部屋であり続けたようだ。あとから運び込まれたようなものは何もない。


 夕食となった。鍋だった。こちらの世界では、四人でテーブルを囲むのも久しぶりなのだろう。

 親父とおふくろは、必要最低限の話しかしていない。主に美羽と俺が会話を続け、時々美羽が親父にも遠慮がちに話題を振る。おふくろも俺には饒舌にいろいろ話してくる。今の学校の様子とか聞いてきたりもした。

 その間、親父はビールを飲みながら黙々と食事をしているという漢字だ。

 この時の両親のそれぞれの内心が、今の俺には手に取るように分かってしまう。顔を見ただけで、直感として俺の魂に響いてきてしまうのだ。

 親父は、今さらなんだというのかと少々不機嫌だった。さんざん悪態をつかれ、離婚届を突き付けられて、追い出されるようにこの家を出て言った親父だ。そのことに対する憤慨がまだ収まってはいないようだ。

 一方おふくろの方は、本当に後悔していた。だが、親父の仕事が元に戻るならばやり直せると、そんな打算的なことも考えている。

 見た目は高校生、魂は大人の俺にとっては、双方の気持ちが理解できなくもない。だが、俺はあえてそれについては触れずに沈黙を守った。沈黙といっても黙っているわけではないが、話題は母から聞かれた学校のこととか、昔ばなしとか、最近の天気の話とかそんなことだけをしゃべっていた。


 やがて食事も終わった。

 母が後片付けをし、そのまま親父はテーブルについて座っていた。あとはビールとつまみがあるだけだ。

 母もその向かい側に座った。


「で、例の話だけど」


 母が親父の元の職場への復帰の話を始めようとしていた。 俺は美羽に目でい合図した。そして言った。


「おまえの部屋に行っていいいか?」


「いいよ」


 俺たちは席を外した方がいいと思ったからだ。

 妹の部屋に行った。

 あちらの世界では大学生ですでに就活も始めている妹は、この家に住んでいない。一人で県庁所在地にある大学の近くに住んでいる。だから、俺は帰省しても滅多に妹の部屋に入ることはなくなっていた。

 今、俺がいる妹の部屋は、まさしく女子中学生の部屋だ、


「ところで、進路の方はどうなってる?」


 俺は妹に聞いた。年が明けたらいよいよ高校受験が始まる。


「お兄ちゃんが行ってた高校に行く」


 それが自然だと思う。あちらの世界の美羽もそうしていた。


「そうだな、隣の裕香ゆかもいるし」


「え? 裕香ゆかちゃん、転校しちゃったよ」


「まじ?」


「うん。家族ごと都会に引っ越しちゃった。この町、どんどん人口が減っていく」


「そっか」


 幼馴染の富永裕香(ゆか)も、もう隣にはいないということだ。

 そんな話をしているうちに、階下から声が聞こえた、俺も美羽も耳を澄ますと、おふくろの泣き声のようだ。ただ、感情的に泣いているというよりも、しきりに泣いて親じに謝っているようだ。

 美羽が廊下に出て聞き耳を立てていた。だが、俺はすぐにその腕を引いて、首を横に振った。


「正月が過ぎたら受験本番だろ。俺が徹底的に最後の仕上げやってやるからな」


「わ、やったー。うれしい。強い味方!」


 俺は何とか美羽の意識を、階下からそらすことに成功した。

 そのあとも両親の話は延々と続いているようで、終わりそうもなかった。時刻はだいぶ遅くなっている。

 その間俺はずっと美羽の部屋にいたけど、いいかげん話すこともなくなってきた。そこで、少し受験の相談に乗ってやることにした。


「入試はいつだ?」


「三月七日」


「ずいぶん遅いんだな」


 たしかに首都圏は二月下旬が多い。


「私立も受けるん?」


「一応滑り止めで」


 私立とはすでに中学校との入試相談が行われているはずで、中学校の教師から特に何も言われず正式に出願しているのならまず合格は間違いないだろう。だが、そのへんの教師サイドのプロセスについては、ここでは美羽には言わないでおいた。

 それから、最近の模試の結果を見せてもらった。

 もしずっと俺がこの家で何ごともなく美羽と一緒に暮らしていたならば、兄に対してこんなに素直に模試の結果など見せないだろうとも思う。だが、美羽はすんなり見せてくれた。


「さくら川高は偏差値50くらいだから、県内では中堅だな。この成績だったら大丈夫だとは思うけど、気を抜くな」


「うん」


「あとは体調管理。入試当日に熱出して寝込んだりしら、いくら追試があるとはいってもいろいろとやばい、メンタル面でもな」


「なんかお兄ちゃん、学校の先生みたい」


「そっか」


 俺は苦笑するしかない。あちらの世界では俺は本物の教師だ。だがそれは美羽には言えない。

 だいぶたってから、親父が階段を上がってきた。


「客間に布団敷いておいてくれてるから、そろそろ寝よう」


 その時はもうすでに俺は親父の想念が伝わってきていたし、話がどうなったのかすべて分かってしまった。だが、両親の口から聞くまでは俺は何も知らないふりをした。


 翌朝、おふくろが朝食を準備してくれていた。今日のおふくろは口数も多く。機嫌がよかった。

 家族四人が……今までの状況だと元家族だったが、今は家族と呼んでいい、その家族四人で食卓に着いた。


「お父さんから」


 おふくろが親父をつついている。


「いや、おまえから言えよ」


「いや、やっぱ父親から言うべきでしょ」


 俺たち兄妹をよそに、両親はそんなことを言い合っている。だが、その口調は穏やかだ。


「わかった。じゃあ、言う。実はお父さんとお母さんは離婚していなかったんだ」


「ええっ!」


 俺も美羽も同時に声を挙げた。だが俺はそのことも、昨日の夜の段階で既に了知していたけれど、初めて聞いて驚いている振りをした。


「実はお父さんも知らなかったんだ。離婚届にサインして判も押してお母さんに渡したし、市役所にそれを出しに行くのも全部お母さんに任せていた。財産分与の手続きも、母さんに任せていたし、まさかその離婚届をお母さんは出していなかったなんて知らなかった」


「そう。実は感情的になってお父さんを罵って追い出した形になって、勢いで離婚届まで書かせたけれど、どうしても市役所に出せなくてね。いつかまた、こんなふうにやり直せる日が来るんじゃないかって気がしてたのよ。どうしてもだめだったらその時はその時で考えようと思って」


 おふくろは途中から涙半分になり、言い終わるとそのままハンカチに顔を埋めて嗚咽を続けた。

 美羽が宙を見るような目でぽつんと言った。


「それで私、お父さんとお母さんが離婚しても山下のままだったんだ」


「俺はてっきり、おふくろが婚氏続称届を出したんだと思ってた」


 昨晩、美羽の模試を見た時、その名前が山下美羽のままだったのを見てその時はそう思ったのだ。もっとも厳密には、たとえおふくろが離婚して旧姓に戻りそして母親に親権があったとしても、手続しなければ美羽は山下姓のままなのだが。

 その他の諸手続きに関しては美羽と同様、その時点では俺はまだ本物の高校生だったのだから詳しいことはわからずにいた。だから親父とおふくろの言うがまま、俺は親父とともにこの家を出た。


「よかったあ!」


 今度は美羽が激しく泣きだした。


「今まで通りになるんだね」


 もう泣きじゃくっている。俺はその背中をそっとさすってやった。


「そういうわけで、俺は仕事も前の会社を吸収合併した企業の従業員として正規雇用で迎えられることになった」


 その企業の名を聞いて驚いた。かなり大きなブランドで、もし正面からしかも親父の年で入社しようとしても絶対に不可能な会社だった。いや、新卒でも難関だろう。


「今の会社を辞めるにも急にというわけにはいかないから、とりあえず年が明けたらあちらに帰っていろいろ手続きをして、年度末で契約がいったん切れるのを機に契約更新はしないで退社ということにして、それからこちらに帰ってくる。その方が康生もちょうど学年末でキリがいいだろう」


「ちょっと待って」


 俺は親父の言葉を遮った。


「俺、転校するわけにはいかない。あと一年だし、そのまま今の学校に通わせてくれ」


 そう、あの超古代文明研究会のメンバーと離れるわけにはいかない。彼らは今はまだ自覚していないけれど、大切な光の戦士(ライトワーカー)たちなのだ。これから次々に彼らも覚醒していくだろう。


「そんなこと言って、おまえ、一人暮らしできるのか?」


 親父が聞く。俺は鼻で笑う。


「今も親父はほとんどアパートには帰るのも毎日遅いし、家事は全部俺がやってるじゃないか」


 さらにはあちらの世界では、俺はひとり暮らしのレジェンドだ。慣れたものである。


「とりあえず今の家に戻って帰って、三月までの間に考えるといい」


「でも、それじゃ、転校するんだったら手続きとか」


 おふくろが口をはさむ。実にその通りだ。本音を言うと、もう転校はごめんだという感じだ。俺の魂的には六年前だけれど、今年の六月にこちらから今の学校に転向するのがめっちゃ大変だったことを覚えている。義務教育の小・中学校の転校とはわけが違う。


「とりあえずご飯食べよう」


 もう泣きやんだ美羽が、そう言いながらもさっさと自分は食事を始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ