13 三次元から五次元へ
ケルブの口調が慎重に、ゆっくりとした口調となった。
「そして今日は皆さんに、とても大事な話があります」
ひと息ついて、さらに続ける。
「今、この歌の予言の時です。高次元界は天意が転換して水の世から火の世、さらには火と水が十字に組む世となったのは皆さん体験していますね。いよいよその大変革が三次元の地球にももたらされつつあります。今皆さんがが感じている変化はその兆しです。今この三次元世界は、四年前のあの時点から始まって、五次元へと移行しつつあるんです」
誰もがしばらく言葉を発するのを忘れていた。だがそれは驚きというよりも、彼らにとってはすでに既知の事実のように納得の表情という感じだった。
それを見渡して、あくまで微笑みを絶やさずにケルブは続けた。
「この大変化は初めから予定されていたもので、高次元世界でははるか悠久の昔から認知されていました。ですから時折、使命を持った魂が人類に警告と希望の預言をしてきたはずなんです。ですが、限界がありました」
大きくうなずいたのは陽太と悟だった。ケルブはそんな二人を見て微笑みを返し、また全員に向かった。
「限界とは、受け取る側の人類がそういった高次元の叡智を、宗教という形にしてしまったのです。宗教は悪ではありません。でも、本当の魂の目覚めよりも儀式を重要視し、人々を戒律で縛り、聖職者は権威をむさぼって信者を支配しようとしました。こういった時代なので仕方がないことではありました。目に見える物質しか認知できない三次元世界にあっては、どんな高次元の叡智も三次元的に、物質的に解釈されてしまうのです」
「我われもひとのことは言えません」
大輝が口をはさんだ。
「僕らが高次元世界で見て、体験した事実も、先ほどケルブさんは物質的な脳で理解できる姿に変換した表象を見たに過ぎないと言いました。そして表現も、例えば宇宙のゲートとケルブさんが言われたのも神話的に天の岩戸とか、今回の大変化も天意転換とか火の洗礼の大峠とか表現していましたけれど、それはあくまで三次元の物質的な変換だったのですね。もしかしたら神界とか神とか御神霊とかいう表現も、高次元の実相を三次元的に理解してそう言ってしまっていたのかもしれません」
「いいところに気づきましたね」
ケルブの笑顔の光度が増した。
「三千年前から今回の大転換の準備が始まり、それ以降、二千年前くらいにかけて高次元からのメッセンジャーが三次元世界に使命をもって転生しました。けれども彼らのメッセージを、三次元の人びとは宗教にしてしまったのです。そしていよいよと気が近づいた二十世紀になってからも、再び多くのメッセンジャーが降ろされました。しかしそれらも宗教になってしまっています。宗教を立ち上げたいわゆる教祖さんが在世中はまだよかったのです。それが二代目、三代目になると、魂の修練よりも組織の拡大、信者獲得の方に主眼がすり替わってしまいました。さらにはそれに便乗して高次元からのメッセージを受けたわけでもないのに、権勢欲や金銭欲を満たすためのビジネスとして宗教を立ち上げるものも数限りなく表れたのです」
「だから婆様は僕らのこの仲間に対して、組織化するな、宗教にするなと繰り返し言われてたんだ」
拓也がゆっくりと言う。皆が同調のうなずきを見せた。
「イエス様もそうです」
陽太が言った。
「以前にもここにいるみんなに話したことがあるんですけど、イエス様は自分の教えを決して宗教にするなと、弟子たちに強く戒めています。もちろんはっきりとそういう言葉で言ったという記録はないけれど、福音書全体を細かく読めば自然と読み取れるはず」
「釈尊もまた然り」
悟も同調した。陽太は続ける。
「あの時君もそう言っていたね。その時に、福音書にある有名な話『よきサマリア人』のたとえが、隣人愛というよりも痛烈な既成宗教批判だったという話もみんなにしたと思うけど、モーセが伝えた高次元の教えを宗教にしてしまって形骸化した当時のユダヤ教に真っ向から立ち向かった人だったんだよ」
エーデルが目を挙げた。そしてケルブに聞いた。
「では救世主、メシアを待ち望むという考え方もいけないのですか?」
ケルブは首を横に振った。
「いけないとか、間違っているとかいう言い方はできません。すべて個々の自由意思で選び取る道なのです。すべての人にとって、その各自が選んだ道こそが正解なのです。ただ、メシアに関して言えば、それは待ち望むべき存在ではなく、一人ひとりの心の中に存在する。つまり自分自身がメシアだと知るべきです」
皆、互いに顔を見合わせた。あの神界における壮絶なバトルを思い出していた。だが、ケルブはすでにそんな想念を読み取っていた。
「あの時のことではないですよ。これからのことです。メシアの語源についてご存じですか?」
「古代ヘブライ語でマーシャハ、つまり“油を注がれたもの”ですよね」
エーデルが答えた。陽太が付け加える。
「そのギリシャ語形がクリストス、つまりキリストですね」
「では、悟さん、仏教でも救世主的な存在はありますか?」
「ああ、はい」
ケルブにふられて悟もうなずいた。
「『弥勒下生経』に書かれた弥勒菩薩ですかね。末法の世にこの世に下って人々を救うとされている菩薩様です」
「サンスクリット語での名前もご存じですよね」
「マイトレーヤですね」
「パーリー語では?」
「そこまでは」
「メッティアです」
「あ!」
陽太が声を挙げた。
「メッティア……メシア……」
ケルブはにっこり笑った。
「そう、メシアも弥勒も語源は同じということです。人々はみな一人ひとりがメシアであり弥勒なのです。でもあなた方の魂が特別なものということは知っていますよね」
皆一斉にうなずいた。
「あなたがたは高次元宇宙の存在の分魂であることはすでに認知しているはずです。高次元の存在とは宇宙生命体とかエネルギー体、意識体などと言った方が正確かもしれませんが、こういう言い方はまた往々にして三次元感覚では誤解を生じやすいので、あなたがたが普通に言う神、もしくは御神霊と言っておきましょう。あなたがたは御神霊の分魂」
「はい」
「すでにあなたがたは高次元体験で、そのことを知っていますよね。自分たちの分魂としての魂の、その御本体がどなたなのかも思い出しています。あなたがたの肉体は普通にご両親を通してこの世に生まれてきましたけれど、魂は普通の人とは違うのです」
ただ、そう言うケルブだけは、最初は三次元的変換で天使と認識されていたけれどもその正体は御神霊であり、しかも今ここにいるのは直接物質化して存在しているといえる。
「実はあなた方と同じように御神霊の分魂としてこの世に降ろされた人は、千人に一人の割合で今の地球上にはいます」
「千人に一人?」
新司が驚きの声を挙げた。
「いや。婆様も確か同じことを言われていたぞ」
拓也が言うと、皆それを思い出してうなずいた。ケルブはそれを確認して、話を続けた。
「そういった人々が光の戦士として、次元上昇に向かって今後の人類を導いていく使命を帯びているのです。あるいは必ずしも地球の御神霊とは限らない存在の分魂の人もいて、いわゆるスターシードともいわれています。でもまだ多くの光の戦士がその使命に目覚めず、覚醒には至っていません」
「つまり、普通の人間として生活しているということですね」
大輝が聞く。ケルブはうなずく。
「そうです。覚醒とはあるとき突然目覚めるとかではなく、本来の自分を、そして使命を思い出すということなのですが、そこまでも至っていません」
「千人に一人だと、どのくらいの数になりますか?」
美貴が聞くと、拓也がすぐに暗算を始めた。
「割合にして0.1%。今の地球の人口が約80億、その千分の一だから800万……」
「めっちゃ多いじゃないですか」
ひろみが声を挙げた。でも美穂が冷静な目を向けた。
「でも、その800万人の人びとが全世界に散らばっているんですよね」
「800万……」
その間も、拓也は宙を見てその数を繰り返していた。
「そうだ、800万!」
何かに気づいたように、拓也は周りのみんなを見た。
「800万って漢字で書いてごらん。そしてほかの読み方はできないかい?」
「八百万……あ!」
大輝が声を挙げた。
「やおよろず!」
「そう。昔から日本の神話では八百万の神々と言ったじゃないか。つまり……」
「そうです」
さらににっこりとして、ケルブはうなずいた。
「八百万の神々とは、あなたがた光の戦士のことです」
「でも、その言い方ってもう何千年も前から続く日本の神道でいわれてきた言葉ですよね。二千年も三千年も前だと地球の人口は80億もいなかったのでは?」
由紀乃の問いに、ケルブは由紀乃を見た。
「たしかにそうです。でも、先ほどの歌と同様に時空を超えています。古代から日本で八百万の神々といわれてきたのは、この大転換が起こる二十一世紀の世界人口を見据えての、いわば一種の予言だったのでしょう。それは単に“数えきれないほど数が多い”ということではなく、実数だったのです」
皆、大きく息を吐いた。
「俺たちが八百万の神々……」
大翔も、どうも実感が湧かないようだ。その様子を見て、ケルブはまたさらに笑った。
「ただ、先ほど千人に一人と言いましたけれど、この日本ではもっと密度は高くて三百人に一人と言えるでしょう。800万の人々の多くの割合を、日本人が占めているということです。それは高次元から見ても、日本は特別な国だからです」
「あのう、先ほど次元上昇て言葉がありましたけれど、それって」
美貴がケルブをじっと見て尋ねた。ケルブはうなずいた。
「さらに詳しくは、追々にお話ししましょう。それよりもあなたがた自らそれを感知してほしいのです。あなたがたならできるはずです。何から何まで言葉で伝えてしまってはあなた方の自由意思を束縛する恐れがあり、それは好ましいことではありません」
「その800万人の人たちが集まって何かするということはあるんですか?」
大翔が聞く。
「ありません」
笑顔ながらもぴしゃりとケルブは言った。
「まずはその人数が一カ所に集まることは、三次元物質界では物理的に不可能でしょう? 皆それぞれの場所で、互いに認知し合うことも連絡を取り合うことすらないでしょう。ましてや組織化するということは絶対にありません」
「では僕らはこれから、何をすればいいのですか?」
大輝が聴く。
「特別なことは何もしなくてもいいのです。特別な修練も儀式も必要ありません。いつもの日常の生活を続けてください。ただ、存在しているだけで意味があります。あなた方の存在そのものが、やがて次元上昇へと人々を導くことになるのです。つまり、いるだけでいいということです。あなたがたがそこに存在していること、そのこと自体に価値があります。そして愛と感謝に生きる姿を周囲に移していく。言葉で説く必要はありません。それが光の戦士のあるべき姿です」
これにはさすがに、みな首をかしげて互いの顔を見合った。
「ひとつだけヒントを挙げましょう。次元上昇とは、三次元世界が五次元世界へと移行することです。それは名あの世からミロクの世へ、数霊でいえば“三・四・五”の世から“五・六・七”の世へと移行します。“三四五”で『メシア』、“五六七”で『ミロク』となります」
「どういうことですか?」
大輝が首をかしげながら聞く。ケルブは笑った。
「それがあなたがたへの宿題です。あなた方の叡智はすでにそれを熟知していますが、忘れているだけです。すべて段々と思い出していってください」
そしてケルブは一息ついて、そして全員を見渡した。
「最後に、一つだけお伝えします。五次元の世界ではおびただしい数の並行世界のうち、ごく隣り合わせの世界とは自由に行き来ができるようになります。現にあなたがたのお仲間の山下康生さん、今は並行世界の方へ行っていることはご存じですよね」
「あ、康生君!」
由紀乃が思わず声を挙げていた。
「今は自由にとはいきませんので、私が連れて行きました。必要があったからです。彼はそのうち帰ってきますよ」
由紀乃はにっこりと笑った。ほかのみんなもうれしそうな顔をした。
「皆さん、今日はありがとうございます」
ケルブがそう言った次の瞬間、その姿はもうその部屋にはなかった。
「ありがとうございます」
もうケルブの姿はなくても、そこにいた十一人は全員で声を合わせて叫んだ。
翌朝、それぞれの生活の場に戻る前に、十一人で歩いて出かけた。昔、拓也が通っていたというすでに廃校となった小学校跡で、そのグランドから富士山が非常によく見える。
校舎はほとんど廃墟と化していた。もちろん、建物内は立ち入り禁止になっている。本当ならグランドにも入り口にロープが張られているが、いいにして彼らは中へ入った。
グランドの向こうに横たわる樹海越しに、富士山がその真っ白い姿を見せていた。それはただの山ではなく、まさしく霊峰というのにふさわしい高次元の象徴であるかのようであった。
「天日慕い~」
富士山に向かって、エーデルが朗々と例の歌を吟じた。その初句に続いて、あとの十人も声を合わせて大声で、節をつけて歌った。
「富士詠じけるムーの民~ 神来るすちょう 冬に日出づと~」
自然と何人かの目には涙があふれていた。
「皆さんのおかげで、このアルファベットについてずっともやもやしていたのが解決しました。ありがとう」
エーデルが基本は富士山を見ながら、ちょろちょろと周りの仲間を見て言う。拓也が少し笑った。
「半分はケルブさんのおかげだけどね」
「今年も終わりか」
大輝が富士を見ながらつぶやく。
「来年はさらにすごい年になる」
悟に続いて、陽太も言う。
「来年も素晴らしい年になりました」
誰も不自然に思わない。そう宣言することで間違いなく素晴らしい年になることを彼らは知っているからだ。
「真にありがとうござます」
悟に続いて、皆も同じ言葉を大声で唱和した。
「前に婆様が高次元へお帰りになったときにもみんなでここでこうして集まって、今年も終わりか、来年はなんて話してたよなあ」
陽太が言う。
「あの後の次の年は大変な年になったけどね」
そう言う由紀乃の目も、富士山を見ていた。陽太の目も富士を見ながら言った。
「婆様がこの地球を去られたあの時はあの時でまた、日本中が大変なことになっている最中だったけどね」
「来年も変動の年、でも素晴らしい年。希望をもって新しい年を迎えましょう」
そして、締めくくるように美貴が言った。
※第2部に続く (公開は年明けになります)




