校舎裏の神様
放課後の空は、真っ赤に燃えていた。
グラウンドの端を吹き抜ける風が、土と汗の匂いを運んでくる。もう部活の声も遠く、校舎の裏は私と目の前にいる男の子だけの世界になっていた。
「来てくれたんだ」
彼は笑って言った。その笑顔が、あまりにも穏やかで、私は心の準備をしなきゃと思った。
今から告白される――。
律はポケットの中で何かをいじっていた。緊張してるのかと思ったけど、手にしていたのは、紙の束だった。
「……これ、読んでみてくれない?」
差し出されたのは、手作りの冊子。コピー用紙をホチキスで止めただけの、少し歪んだ形。表紙には丁寧な字でこう書かれていた。
> 『新宗教布教計画』
「……なに、これ?」
困惑しながら顔を上げる。
けれど、彼の目は真剣そのものだった。
「俺さ、ずっと考えてたんだ。
この世界って、なんでこんなにみんな苦しんでるんだろうって。
でも、気づいたんだ。信仰を忘れてるからなんだよ。」
夕陽が彼の横顔を照らしている。その光のせいで、彼の瞳が本当に“燃えて”いるように見えた。
「……それで?」
「一緒に作らないか、新しい世界を。
神様を作るんだ。」
心臓が止まるかと思った。
律は少し照れくさそうに笑った。
まるで告白の返事を待つような顔で、律は私を見ている。
胸の奥で何かが音を立てて崩れた。
「……いや、ごめん。思ってたのと、ちょっと違うかも。」
そう言うと、風がひゅうっと吹いた。
赤く染まった校舎の壁が、一瞬だけ金色にきらめいた。
彼の持つ冊子の角が、光を反射して、私の目に刺さった。
思っていたものとあまりにもかけ離れている提案に頭が混乱するが、大きく息を吸って落ち着かせる。
話を整理しよう。
今奇妙な提案をしてきた男の名前は篠原律。
特定の誰かとつるんでいる印象はないが、交友関係がやけに広いくせに、いつも窓際の席で文庫本を読んでいて、地味でまじめで何を考えているのかよくわからないクラスメイト。
天野璃子
県立高校の二年生 部活には入っていないが、生徒会の会計長をしている。友達はいるが親友はいない、普通の高校生だと思う。
篠原はクラスで会計係のため、生徒会関係でかかわることが多くなっていたが、こんな意味の分からない提案をされるほどの仲ではないと思っている。
しかし、こんな提案をされる心当たりを私は持っていた。
「それって私の家のことが関係ある?」
彼の笑顔が、まるで仮面を外すみたいに消えた。
残ったのは、何かを決意したような硬い表情。
「ああ、そうだよ。そして断言する。君となら新しい宗教を作ることができる。」
冗談だと思っていた言葉が、途端に現実の重みを帯びる。
「馬鹿じゃないの!?」
私は今まで学校生活で出したことのないほど大きく声を荒げた
しかし彼は何も言わなかった。
けれど、その目だけがまっすぐこちらを射抜いていた。
「…用がそれだけならもう帰るけど」
視線を下に向け、心を落ち着かせながら、私はそう言って身を翻しその場を去ろうとする。
「気が変わったらいつでも声をかけてくれ、待ってる。」
夕風に混じって届いたその声は、やけに穏やかだった。




