そうすれば褒めてくれるの?
勇者と魔王の戦いは終局を迎えつつあった。
勇者と呼ばれた少女リアは惨めに倒れ伏し魔王を見上げる。
力の差は歴然。
というか、ぶっちゃけ戦いにもなっていない。
なーにが『あなたは必ず魔王を滅ぼすでしょう』だ。
女神のクソババア。
不意打ちの一撃を当てた以外、あとはもう終始防御するだけで精一杯だったんだが?
あんな年増の言うことを信じて舞い上がり『選ばれた勇者』なんて誇りに思っていた自分が憎い。
苛立つリアに魔王はまた一歩踏み出す。
十七歳で勇者ともてはやされたリアよりもさらに幼く見える少年。
まったく。
せめて、見た目が年上だったらまだ気持ちが楽だったのに。
あー、もう、ちくしょう……。
「終わりだね。勇者様」
「そうみたいね」
最早、逃げることどころか指一本動かすのも難しい。
「今、楽にしてあげる」
「それはどうも。あんた優しいのね」
皮肉を一つ。
これが自分の最期の言葉か。
なんて、思っていたら。
「優しい?」
魔王が立ち止まる。
――ん?
「僕って優しいかな?」
なんか雲行きが怪しいな。
「ねえ、勇者様。僕って優しいかな?」
「はい?」
いやいやいや。
何を急に。
どうして生きているのかも分からない状態にまでしやがったアンタが優しい訳ないでしょ?
なんて考えているリアに魔王は一人でうんうんと唸っている。
「……どうしたのよ。あんた」
「あっ、ごめん。えっとね」
直後、リアの身体から痛みが消えた。
回復魔法だ。
しかし、放ったのはリアではなく魔王。
えっ、一体何が起きているの?
「ちょっとお話聞いてもらってもいい?」
「え、うん」
先ほどの死闘……主にリアにとっての死闘はどこへやら。
瓦礫の散乱する魔王の間の地べたに二人は座り込む。
まるで原っぱでピクニックをする友人のように。
「僕さ。昔から褒められたことがなかったんだよ」
「えっ、そうなの? そりゃ、可哀想に」
知るか、ボケ。
そう言いたいの我慢しながらリアは頷く。
反応がもらえたのが嬉しいのか魔王は子供のように笑う。
いや、実際にリアよりも幼いから子供なんだけど。
「だけどさ。魔力だけは誰よりも強くて」
「うん。知ってる。お陰で私ボロボロだし」
「その強さのせいで皆から恐れられて」
「そらこんだけ強かったら怖がられるでしょ」
「……ちゃんと聞いてよ」
「ごめんって」
ムッとする魔王にリアは慌てて謝罪した。
「でね。僕、独りぼっちだったんだ。だけど、ある時さ。偉い人に言われたの。君なら魔王になって世界を支配出来るって。僕はそんなもの興味はなかったんだけど、でも魔王を目指すって言ったらすごく喜んでくれて……褒めてくれてさ」
はい?
それじゃ、あんた誰かに言われて魔王になったって言うの?
困惑するリアを他所に魔王は語り続ける。
「だから僕。褒められたくって頑張ったんだ。頑張って頑張って魔王になったの」
「それでその人はどうなったの?」
「戦いの中で死んじゃったよ。僕の後ろ盾になってくれていたのに」
ふとリアは思い出す。
ここまでの道中でやけに魔王の事を語る小悪党が居たのを。
なんか『俺が魔王を目覚めさせたんだ!』だとか『いいのか? 俺に手を出したら魔王が黙っちゃいねえぜ』とか言っていたから叩き斬ったけど……もしかして、アイツが黒幕だったのだろうか?
「それで僕。その人が居なくなっちゃったからどうすれば良いのか分かんなくて……だから、ずっとここに居たんだ」
「八傑だとか四天王だとか……そこら辺、私に全員殺されたのに魔王城から出てこなかったのそんなのが理由だったの?」
てっきり『あんな奴らなど元から不要』って傲慢にふんぞり返っているのだと思ったら。
なんつー力の抜ける話だ。
……というか、これって要するに。
「あんた、そいつの傀儡だったんじゃない?」
「うっ」
魔王が顔が歪む。
薄々気づいていたんだろう。
まったく、本当に呆れちゃう。
「あんたさぁ。少しは自分で考えて動きなさいよ」
「だけど、僕。ずっと独りで……」
「それで適当に上辺だけ褒めてくれる奴が居たからそいつに従っていたってわけ? 本当にあんたはどうしようもな……」
そこまで言った時、リアの脳裏にふと一つの光景が蘇る。
ほんの数年前に女神から『あなたは選ばれた勇者なのです』なんて言われて舞い上がっていた自分を。
――あれ?
これって私もあんまし変わらないんじゃ?
「どうしたの?」
ヤバ……。
感づかれる前になんとか誤魔化さないと。
そう思いながらリアは手を伸ばし、自分よりも年下であろう魔王の頭を撫でる。
「だけどまぁ、そんな素直なところとかってあんたの良いところなんじゃないかな」
「そ、そうかな……」
雰囲気で誤魔化せとばかりの行動だったが、魔王ときたら子犬のように喜んでいる。
なんだか力が抜けちゃうよ……さっきまで死を覚悟していたってのに。
「あんたはさ。素直過ぎたんだよ。だから褒められたくって悪い事しちゃって……」
「うっ、ごめんなさい」
「仕方ないよ。褒められたかったんだもんね。だけど、もう悪い事はやめよう。そうすればきっともっと皆が褒めてくれるよ」
「そうなの?」
「そりゃそうよ。というか、誰も褒めなくても私があんたを褒めてあげる」
「ほんと!?」
間を持つために口に任せるままに話していた何だかいい感じにまとまってきたな……。
そんなことを思いながらリアは考える。
さて、これからどうしたものかと。
とりあえず、この少し心配になりそうな程に純粋な魔王はどうにかなった……多分。
だけど、私は私で魔王を討伐しなきゃいけないんだよなぁ。
でも力の差がありすぎて勝てる相手じゃないし……。
あー、もうどうすれば……って。
あれ?
待って?
この子と同じで私も『女神の傀儡』をやめちゃえばいいんじゃない?
「どうしたの?」
問いかける魔王にリアは首を振る。
「いや、今こうして見るあんたって本当に優しいなって」
「へ? 優しい?」
「うん。心が純粋なところは勿論可愛いし、私のこと助けてくれたのも優しいし、何より悪い事をすぐやめてくれる決心をしてくれたのは偉いし、他にも……」
「ちょ……嬉しいけど、流石に照れるよ……」
顔を真っ赤にしながら頭を掻く魔王を勇者リアは褒め続ける。
とりあえず、この子はもう大丈夫そうだ。
「こんなにすごい! だからこそ、その力は正しいことに使わないとね」
「うん!」
もう操作マニュアルは理解したし、何よりこんな素直なら私だって嫌いになれないや。
というか、弟みたいで可愛い。
「それじゃ、とりあえずここから出ようか」
「えっ、そうなの?」
「嫌なの?」
「嫌じゃないけど……もう随分とここから出たことなくて。それにどこへ行くの?」
……実質監禁じゃない。
本当に良いように使われてたのね。
「色んなところよ。あ、でも。取り急ぎは土砂崩れで川が塞き止められた村の方へ行こっか。そこの土砂、私じゃどうしようもなかったけどあんたの魔力なら何とか出来るかも」
「僕の魔力を使うの?」
「きっと褒めてもらえるよ」
「なら使う!」
屈託のない笑みを浮かべる魔王にリアは自然と表情が柔らかくなっていた。
良くも悪くも本当に純粋だ。
「それじゃ、行くよ」
「うん!」
***
魔王と勇者が消えた後に世界中の様々な場所で仲の良い姉弟……あるいは夫婦の珍道中の笑い話が語られるようになるが、その始まりが操られることをやめた二人の少年少女の小さな歩みからであるのを知る者はどこにもいない。