:孤闘の終わり
クロステラス仙台、家具売場の一角。
辰巳遼介は売り場中央のソファに身を沈めていた。木刀を小脇に抱え、深く腰を預けた姿勢のまま、しばし目を閉じる。
思えば、ギフトを得てからというもの、ほとんど休んでいなかった。暴徒、ギフター狩り、そして名も知らぬ悪意。己が力を振るえば振るうほど、戦いは連鎖し、気づけば今日まで戦場のような日々を駆け抜けてきた。
わずか二週間。だが、疲労は確実に蓄積していた。
「……ふう」
天井を仰ぐと、微かな火花が散る。強盗団との戦闘の影響か、このフロアの電気系統も一部が故障しているらしい。照明の多くが消え、空間の隅々にまで暗がりが広がりつつあった。
薄暗さに気圧されるように、まぶたが自然と落ちていく。
……と、そのときだった。
ピクリと、肩が揺れる。
「いやがるな……ひとりじゃねぇ」
ソファを蹴って跳ね起きた瞬間、背後から疾風が襲う。暗闇の中から飛び出してきた影が、ナイフを突き立てるように迫ってきた。
木刀が唸る。手加減のない一閃が、刺客の腹部を正確に打ち抜いた。
「一人ずつか……舐めやがって」
辰巳の視線が、暗闇の奥を鋭く射抜く。まるで呼応するかのように、別の方向からふたり、さらに背後からもうひとりが飛び出す。
ギフター狩り。──またか。
それでも、手は止まらない。木刀が唸り、風が走る。床を蹴って宙を舞い、蹴りで距離を詰め、肩口からの袈裟斬りで一人を沈める。次いで背後の奇襲には回転しながらの横薙ぎ。カウンターのような一撃が胸を打ち抜き、呻き声が響いた。
最後の一人の突進。真正面から受け止める。刀身の側面で刃を受け流し、膝蹴りからの連打を叩き込む。三発目の突きを喉元に添えて止め、ぐらついた身体を横なぎで吹き飛ばした。
──数十秒。
それだけで、四人は動かなくなっていた。
「クソが……」
辰巳が膝を折ろうとした、その瞬間だった。
視界が揺れた。──背後。気配に気づく暇もなく、全身に重い衝撃が走る。
「っ……がはッ!!」
蹴り上げられた身体が、家具の並ぶフロアを滑るように吹き飛ぶ。近くのソファをなぎ倒しながら、奥の壁に激突した。
咳き込みながら、腕を突いてどうにか身体を起こす。目の前には──
「これはすごい。まだ動けますか」
低く、丁寧な声。視線を上げると、そこには先ほど倒したはずの紺スーツの男が立っていた。その隣には──辰巳を蹴り飛ばした、長身の仮面の男が肩を並べている。
「てめぇ……なんで生きてやがる」
憤りを込めた睨み。だが紺スーツの男は、まるで涼しい顔で微笑み返す。
「やられたフリをしてたわけじゃないですよ。あなたと違って戦闘に特化してませんからね。あのくらいの傷なら、自分で治せるんです」
辰巳は黙って木刀を握り直す。俯いた顔のまま、膝で立ち上がる。
次の瞬間。
「さて……」
声と同時に、紺スーツの脚が辰巳の腿を蹴り抜いた。
乾いた“音”が響く。
「うあっ──!!」
悲鳴がこだまする。体重をかけていた脚が、異常な角度で折れ曲がった。痛みに耐えきれず、辰巳の身体が崩れ落ちる。
「これなら、もう動けませんよね?戦闘直後ならさらなる伏兵がいても、さすがの君でも見落とすと思ってたんですよ。いやあ、成功してよかった」
屈辱的な笑みを浮かべながら、男は歩み寄る。
「ざけんな……!」
痛みに呻きながら、辰巳は木刀を振るう。しかし、仮面の男が静かに受け止める。
「危ないなあ。残りの手足も折っちゃうよ?」
紺スーツの男がナイフを抜く。月明かりが刃に反射する。
「というか、左腕一本くらいなら……落としちゃってもいいか」
その言葉が終わるより先に。
──轟音。
大地が、建物が、空気ごと砕けた。
床が爆ぜた。
突如として、直径十メートルほどの大穴が4階の床に開いた。さらにその破壊はとどまらず、そのまま建物を縦に貫いて──3階、2階、そしてさらに上層階の天井までもを突き破っていく。
見上げれば、砕けた天井のその先に、夜空がぽっかりと広がっていた。
そして──その遥か下方、穴の底。1階のど真ん中で、拳を真上に突き上げた男がいた。
雪村隼人だった。
「なん……だと……」
崩れた視界の中、紺スーツと仮面の男が呆然と立ち尽くす。
だが次の瞬間──そのわずかな隙間に、スッと人影が現れる。
煙と瓦礫の間を切り裂きながら、雪村が矢のような速度で跳躍し、無音のまま2人の間に着地したのだった。
二人の肩に、無言で手を添える。
「抵抗する?」
淡々と、しかしどこか余裕のある声で、問いかけた。
我に返った紺スーツの男が、声を荒げる。
「むしろ……こっちのセリフだろ! 誰か知らんが、こっちは二人だぞ!」
雪村は一瞬だけ目を細め、静かに告げる。
「そうか。じゃあ──さようなら」
その言葉と同時に、激しい光が迸る。
雷鳴。空が裂けるような閃光が、二人の身体を貫いた。
そのまま、口から煙を吐きながら、崩れ落ちる。
雪村は見下ろしたまま、ふと呟いた。
「たしか、あと四人いたな」
そのまま、辰巳が倒したギフター狩りの方向へと歩き出す。
「……なんだあいつは」
折れた脚を押さえながら、辰巳が呆然と呟く。
そして数秒後。
「……ふぅ、あと少し……よいしょっと」
柔らかい声が、穴の下から聞こえてくる。大穴を一階ずつ跳ねるようにして登ってきた少女が、ひょこりと顔を出した。
「大変でしたね。もう、大丈夫ですよ」
微笑む少女──神崎澪が、辰巳に歩み寄った。