:ギフター狩り
クロステラス仙台の正面口から、辰巳遼介がゆっくりと歩み出る。
背に木刀を戻したまま、荒い息を抑えながら視線を巡らせる。施設の前にはまだ野次馬たちが残っていた。警戒しつつも、その場を離れがたいというように遠巻きに様子を伺っている。
辰巳の姿を認めた瞬間、ざわめきが走った。
「あの人……」
「ギフターか……?」
「中で戦ってたのって、あいつだったのか……」
だが、その中からひときわ異質な人物が前に出た。
紺のスーツに身を包んだ、年配の男。場違いなほど整った身なりで、まるで街頭インタビューにでも応じるかのように悠然と歩み出てくる。
そして、軽く手を叩いた。
「いやーお見事だったよ。素晴らしい手際だった。……辰巳遼介くん、で合ってるかな?」
馴れ馴れしい声色に、辰巳の目が鋭く細まる。男との距離は十数メートル。だが警戒はすでに限界近くまで跳ね上がっていた。
右手をゆっくりと背中へ。柄に触れた瞬間、短く吐き捨てる。
「……てめぇ、ギフターだな」
スーツの男は、肩をすくめて両手を挙げた。
「おっと、やっぱりわかるか。さすがだね。警戒心も直感も、一流だ」
スーツの男はふいに通行人たちのほうを向き、朗らかな声で言い放った。
「皆さん、“ギフター狩り”って聞いたことありますか? 彼がそうです。離れることをおすすめしますよ」
その一言で、空気が凍りついた。
「……ギフター狩り?」
「えっ、ニュースで見た……あの危ないやつ?」
「たしか、ギフターを見つけちゃ片っ端から襲うって……」
「でも、そこに倒れてる見張りのやつらって、ギフターじゃなかったろ……?」
動揺と恐怖が交じり合い、誰かが小さく呟く。
「つまり……一般人にも手を出すってことかよ……」
視線が辰巳に集中する。
さっきまでヒーローを見るような目でいた者たちが、いまや一斉に背を向け、足早にその場を離れていく。
数十秒もしないうちに、周囲にはもう誰の姿もなかった。
辰巳は黙ったまま、その様子を見つめていた。だが次の瞬間、低く唸るような声で男をにらみつける。
「ふざけやがって……ギフター狩りはてめぇだろうが」
スーツの男は、薄ら笑いを浮かべたまま頷いた。
「おっと、そうだったね。これは失敬。でも、君もいずれその一員になる――そういう話をしに来たんだよ」
「冗談じゃねぇ」
辰巳は一気に木刀を引き抜いた。空気が裂ける。
そして、地を蹴った。
男はすでに身構えていた。懐からナイフのような光刃を展開し、応戦の構えを取る。
刹那の交錯。刃と木刀が激突し、火花が散った。
しかしその火花は、刹那に散り、即座に沈黙した。辰巳の一撃が、男の足元をすくったのだ。
「ぐっ……!」
姿勢を崩した男に、追撃が重ねられる。袈裟斬りのような軌道で肩口を叩き、次いで腹部、膝裏へと連打が叩き込まれる。
光刃は振るわれるが、ことごとく空を切る。すでに防御は崩壊していた。
「……が、あっ……!」
「なんだ……っつーんだ、毎度よぉ……!」
最後の叫びとともに、男の顎に一閃。吹き飛ばされた体が舗装の地面を転がる。
勝負は、一瞬だった。
息を切らしながら、辰巳は木刀を杖のように突き立てる。
手のひらで額の汗を拭い、しばし天を仰ぐ。
──これで、四度目。
ギフター狩りを名乗る連中に襲われるのは、今回で四度目だった。
いずれも生き延びてきた。木刀一本で、全てを退けてきた。それは、彼のギフトが戦闘に特化されていたからに他ならない。
力があったからこそ、生き残れた。けれど、その分だけ、心身の消耗も激しい。
「はあ……さすがに、限界だ……」
木刀を地面に突いたまま、しばらく体を支えるようにしていた。
「少し休むか……」
ようやく足を引きずるように、再び施設内へと戻る。人払いされたままのビルは、物音一つなく静まり返っていた。
──気づくことはできなかった。
意識を失わせたと思っていたスーツの男が、倒れたままの姿勢でゆっくりと指を動かしていたことに。
懐から取り出された通信端末。その画面には、ただ一言、
「応援要請:ターゲット発見」
とだけ表示されていた。