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辰巳遼介:断罪本能

 仙台――ここもまた、東京と変わらず混沌としていた。


 ギフターによる破壊行為。治安の崩壊。だが、それだけではない。混乱に乗じて動き出すのは、何も力を得た者たちばかりではなかった。


 力を持たぬ者――すなわち、一般人までもが犯罪に手を染めはじめていた。


 駅前に構える巨大商業施設《クロステラス仙台》は、ギフター騒動後も営業を続けていた数少ない場所だった。テナントの多くが食料品や衣料、生活雑貨を扱っており、人々の生活に不可欠な存在だったからだ。だがこの日、ついにこの場所にも危機が訪れる。


 銃火器を持った強盗団が、施設を占拠したのである。


 人質は取られていなかった。店員や関係者は、抵抗の余地もなく追い出されていた。不足する物資を奪うこと、そして占拠した施設を仲間内の拠点として利用することが目的だった。


 「人質がいないなら優先度は低い」――警察の対応は鈍かった。治安維持の体制もすでに限界で、装備も人員も足りていない。ギフター絡みの重大事件が頻発する今、一般人による犯行への対処は後回しにされていた。


 施設の出入り口には見張りが立ち、正面口・裏口・非常口のすべてが封鎖されている。市民は遠巻きに様子を伺うしかなかった。


 その正面口に、1人の若者がゆっくりと歩み寄っていく。


 黒いパーカーのフードを被り、背に木刀を背負ったその姿は、周囲の緊張を一変させた。見張りの1人が眉をひそめて呼びかける。


「おい、ここはもう使えねぇ。とっとと帰れや」


 その瞬間、若者は背中から木刀を引き抜いた。


 見張りたちが反応するより早く、刃もないはずの木刀が唸りを上げる。次の瞬間には、3人の見張りが無言で地面に転がっていた。鈍い音すら出なかった。ただ、倒れていた。


 唖然とする野次馬たちをよそに、若者はふと足を止める。そして、倒れた男たちに向けて低く呟いた。


「もし生きてるやつがいたら――改心しろよ」


 生死の確認もせず、そのまま自動ドアをくぐって施設内へと消えていく。


 そのまま、建物内を駆け回るような音が響き始めた。悲鳴。怒号。破裂音。けれど、それらは長く続かなかった。


 次に静けさを破ったのは、打撃音だった。


 それは何度も、何度も鳴った。階段、通路、店舗の奥。構成員たちが隠れたあらゆる場所から、似たような音が響いてくる。


 その音の主はただひとり。


 背の木刀を武器に、彼は構成員たちを片っ端から叩き伏せていった。


 かろうじて意識を保っていた構成員の1人に、無言で歩み寄る。

 床に転がったままの男を見下ろし、静かに問いかけた。


「……頭は、どこにいる」


「っ、さ、最上階……レストランのフロア……!」


 男は恐怖に引きつった声で答える。その刹那、ようやく疑問が勝ったのか、震えながら問うた。


「ま、待て……お前なんなんだ……ギフターってのはわかる。けど、警察でもねぇだろ……?」


 青年はふと振り返り、その問いに短く答える。


「……辰巳だ。どこにも属しちゃいねぇ。ただ、クズがのさばるのを黙って見過ごす気はねぇだけのもんだよ」


 その名を口にした瞬間、辰巳は男の襟をつかみ、ためらいもなく壁へと放り投げた。

 鈍い音を立て、構成員は完全に沈黙する。


 ──辰巳遼介。


 彼はギフターだ。だが、どの組織にも属していない。政府にも警察にも、反体制的な団体にも属さず、ただ一人で動いている。


 その理由は単純だった。彼には理念も正義もない。あるのはただ、幼少期から染みついた“悪”に対する嫌悪だけ。


 処罰を逃れる暴力。権力による隠蔽。被害者が泣き寝入りを強いられる理不尽。


 そうした現実に怒りを感じながらも、彼はその世界を変えようとは思わなかった。個人の力でどうにもならないと、理解していたからだ。


 けれど、だからこそ、妄想だけは絶やさなかった。


 もしも――力を持ったら。


 現実では不可能でも、フィクションの中なら実現できる。そんな空想を膨らませ続けた彼に、ある日突然、力は与えられたのだ。


 それも、1万人に1人の“選定特異能力”という名の現実で。


 力を得たその日から、彼は迷わなかった。妄想を現実に変えるだけの決意と覚悟を、すでに持っていた。


 情報を聞き出した辰巳は、レストラン街へと向かう。

 床に酒瓶を転がし、ソファで気怠げに構える“頭”らしき男に、彼は何の言葉もかけなかった。


 ただ、木刀を振るう。


 椅子ごと、男は沈んだ。


 辰巳はそこにも長く留まらない。残党を逃さぬよう、他フロアへも足を運ぶ。


 入館から三十分後。


 クロステラス仙台の内部から声を発する者は、ひとりもいなくなった。

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