:目的
「まずは、秩序を正す」
雪村は、まっすぐ前を見据えたまま言った。
「ギフターも、そうでない者も。皆が平穏に暮らせるようにする。そのために、俺は動いている」
隣に座る澪が、小さくうなずく。
しばらく黙っていた辰巳が、ふと口を開いた。
「……お前が、その先頭に立つってことか?」
「……できれば、そうはなりたくない」
雪村は答える。
「けど、誰かがやらなきゃならないなら。適任者がいないなら――そのときは俺がやるつもりだ」
語気は穏やかだが、決意の重みが言葉の端々に滲んでいた。
辰巳は目を伏せ、しばし考え込むような沈黙を置いたあと、言った。
「……お前がブラックと違って、仲間を集めるのに強引な手を使っていないことは、この数時間でも十分わかった」
その口調は素直な評価だった。
「だがな、国の頭になるってことは、結果的にブラックと目指すところに大差ないってことにならないか?」
そう言って、辰巳は天井を見上げて息を吐く。
「……国家が腐ってるからって、自分が新しい“国家”になるのは違うだろ。少なくとも、それは俺の理想とする秩序とは、かけ離れてる」
雪村も澪も、何も言い返さなかった。
重く、けれど逃げない目が辰巳に向けられていた。
「……助けてくれたことには感謝してる」
辰巳がゆっくり立ち上がる。
「だが、俺は俺のやり方で、この先もやっていく。お前らとは、ここまでだ」
澪が小さく息を飲み、雪村が口を開いた。
「待ってくれ、辰巳」
「……なんだ」
「俺は、“まずは”秩序を正すって言った」
雪村は立ち上がらず、その場で視線を上げる。
「……それは、第一段階にすぎない」
言葉を選ぶように、雪村が続けた。
「まだ、その先がある」
辰巳は目を細め、軽く身を乗り出す。
「つまり……今のは“全部”じゃないってことか」
その言葉に、澪が口を開いた。
「うん。雪村さんは、仲間ができても誰にでも話すわけじゃないの。本当に信用できる人にしか、あの目的は伝えないって決めてる」
雪村が頷き、視線を辰巳に向けた。
「……お前には、聞いてほしいと思ってる」
静かな声だったが、そこにははっきりとした覚悟がにじんでいた。
「俺が、何を目指しているのか」
その後、雪村は言葉を継いだ。
澪は黙って横に座り、辰巳も黙って聞いていた。
雪村の声が止む頃には、部屋に沈黙が戻っていた。
静かな間が、しばらく流れる。
やがて辰巳が、腕を組んだまま顔を上げ、ゆっくりと口を開いた。
「……それが、本当に可能なら……いや、お前なら、あるいは」
その顔には、もはや迷いはなかった。
「わかった。その目的のためなら――俺も協力しよう」
雪村の肩から、僅かに力が抜けた。
「ありがとう、辰巳。……心強い」
「よろしくお願いしますっ」
澪も笑顔で頭を下げる。
「……その目的に賭けてみる価値は、あると思っただけだ」
その言葉を境に、場の緊張がほどけていった
そのまま自然と立ち上がり、雪村が手を差し出す。
辰巳も迷わず、その手を握り返した。
「なんか、歌う?」
澪が空気を読まずにデンモクを掲げる。
「歌わねーっての。てか電源すら入ってねぇぞ、それ」
辰巳が即座にツッコむ。
雪村が吹き出した。
「それより、そろそろ寝床を探さないとな」
「なんだ、宿なしかよ。だったら駅の近くまで戻ることになるが、紹介してやろうか?」
「助かる。頼むよ」
そう言い合いながら、三人はカラオケボックスの出口へと歩き出す。
「……てかお前ら、東京の人間だろ?なんで仙台に来てんだよ」
「休暇」
「バカンス」
「……は?」
「俺は大学生、澪は高校生だ。たまには休まないとな」
「雪村さんがね、牛タン食べたい?って聞いてきてくれたの。……だから来たの」
「……それだけか?」
「それだけだ」
「うん、それだけ」
辰巳はしばらく無言だったが、最後には短く鼻を鳴らした。
「ま、いいけどな。……飯も、案内してやるよ」
「やった……!」
「ありがとう、辰巳」
夜の街へ出る三人の表情は、出会ったときよりずっと穏やかだった。