:億分の一
話の雰囲気が、少しだけ変わった。
辰巳の視線が鋭くなる。
雪村が何をどう“異常”だと語るのか、じっと待っているようだった。
「異常……ね」
雪村がつぶやく。
「辰巳、お前や澪も、じゅうぶん異常だと思わないか?」
「はあ? 何言ってんだ」
辰巳が鼻で笑う。
「ギフターとしての総合力なら、大差ねえだろ。誰もがそれなりに強い。それだけの話だ」
「そのギフターって存在自体が、一万人に一人の異常だってこと、忘れてないか?」
静かな声に、部屋の空気がわずかに引き締まる。
「たしかに……選定のときの声通りなら、割合はそのくらいだろうな」
辰巳が認めるように頷いた。
「あれから、ずっと激動続きでしたもんね」
澪も言葉を添える。
「この力が何なのか、考える余裕もなくて……でも最近、思うようになったんです。ギフターって、何か理由があって選ばれたわけじゃない。ただの――ランダムだって」
雪村も頷く。
「俺たちが出会ったギフターの中には、小学生もいたし、赤ん坊すらいた。選ぶ基準なんて、最初からなかったんだろう」
「ランダム……か」
辰巳は腕を組み、じっと雪村を見つめた。
「で? そのランダムってやつが、お前の異常さとどうつながるんだよ」
「つまりさ」
雪村の口調が、少し低くなる。
「選定の声が『遊び』って言ってただろ。あれがすべてなんだよ。ルールも秩序もない。ただ、雑に、適当に、誰かがこの力をばら撒いた。それだけなんだ」
「……要領を得ねーな」
辰巳が舌打ちするように呟く。
「さっさと本題を言えよ」
一拍、間が空く。
そして――
「俺はおそらく、“二度”選定されてる」
「……は?」
辰巳がまばたきを忘れたように固まった。
その隣で、澪が代わりに口を開く。
「私たちの出した結論です。雪村さんは一度、ギフターとして選定されたあと、もう一度――二重に選ばれているんです」
ギフターになる確率は、およそ一万人に一人。
もしそれを二度繰り返すとしたら…
「一億分の一の存在、ってことだ」
雪村が静かに続けた。
「そしておそらく、この世界で“その枠”に入っているのは――俺だけだ」
言葉に虚勢はなかった。
淡々と、それでいて覆しようのない確信をもって語っていた。
「ありえない、って思うか?」
雪村が問う。
「でも、それを言ったらお前らだってそうだ。ギフターでない人間から見たら、澪も、辰巳も、すでにありえない存在だ」
辰巳はわずかに眉をひそめたまま、黙って考える。
ギフトの種別は違えど、力そのものは自分も、澪も持っている。
――だが。
穴の開いた天井を塞ぎ、数十人を一瞬で無力化し、雷撃すら操る。
似た力であっても、“雪村隼人”だけは明らかに桁が違っていた。
「……たしかに、な」
低く漏れた声に、もはや否定の色はなかった。
「で、そんな異常な力を持つお前が、わざわざ俺を助けて、こうして話をしてるのは何でだ? 目的はなんだ」
その問いに、今度は澪が答える。
「ブラックに対抗するには、仲間が必要だからです」
「仲間?」
辰巳は目を細める。
「……お前一人じゃ対処できないようなことが、本当にあるのかよ」
「ある」
雪村は即答した。
「俺は万能じゃない。分身もできない。たとえ俺がいれば防げることでも、その場にいなければ意味がない。しかも今は、日本各地で問題が起きてる」
「それに……」
澪が言葉を継ぐ。
「ブラックには、洗脳されたり、脅されたりして、仕方なく従ってる人もいます。だから無闇に壊滅させるなんてこと、簡単にはできないんです」
辰巳が無言で、二人の話を聞いていた。
「選定で崩れた秩序を正したい。それには同感だ。……だがな」
目線だけで雪村を捉える。
「ブラックに俺は賛同しない。だがよ、大多数の国民にとっちゃ、この混沌とした状況を逆手に取って、国力を上げようとしてるブラックは……案外“ありがたい存在”ってことになっちまわねえか?」
「そうでしょうか」
澪の声が落ち着いていた。
「考えてみてください。まず、“選定”という異常現象が起きました。さらに、その中でも最も異常な選定――一億分の一という選び方が、雪村さんにだけ起きてる」
「たしかに、これは今のところ日本でしか起きてない。でも、だからこそ――」
雪村が続ける。
「選定が他国でも起きない保証は、どこにもない。ギフターが世界中に生まれれば、日本がギフターで優位に立とうとしたことが火種になる。むしろ――真っ先に潰されるかもしれない」
「……世界にギフターが拡がる前提なら、たしかにそうですね」
澪が頷いた。
「それに……日本以外の人々を力で蹂躙するなんて、許されることじゃないです」
「……その通りだな」
辰巳が、ゆっくりと言った。
「所詮、ブラックの上層にいる連中は、目先の利益しか考えちゃいねえってことか」
苦々しく唇をゆがめる。
「でもよ、ブラックを潰せたとして――その先にお前は何を見てるんだ?」