雪村隼人:交わる気配
疾雷が奔る。焼け焦げた床に触れた瞬間、無数の稲光が枝分かれしながら走った。
雪村はゆっくりと歩を進めながら、すでに意識を失っているギフター狩りたちへ、確実に無力化の処置を施していく。トドメにも似た電撃は、それぞれの神経を焼き切るほど精密で、過剰な力を与えることなく“動けなくする”ための技術だった。
バチ、と乾いた音が何度も響く。全員が無力化され、確実に脅威を失ったことを雪村は確認する。
壁際に腰を下ろした辰巳が、静かにその様子を見つめていた。
「……さ、その足、治しますね」
声とともに、ふわりと澪が膝を折った。あどけなさの残る顔に柔らかな笑みを浮かべ、何の警戒心も見せず、辰巳の足に手を添える。
「いい……お前らが、なんだかもわかんねえ」
辰巳はその手を払いかけた。しかし、彼女は動じなかった。
「いいから。話すのも、まず治してからですよ」
言葉に強さはなかったが、拒絶も受け入れも飲み込んだような、不思議な静けさがあった。
その時、空気がわずかにざわめいたかと思うと、雪村がすでに二人の傍に立っていた。
「終わったよ。澪、この人の怪我は?」
「もうすぐ治りそう。ねえ、こんなに回復早い人、初めてかも」
澪が笑う一方で、辰巳はうつむいたまま視線を合わせようとしない。
雪村は静かに彼を見つめる。あれだけの数を相手にし、しかも一人で切り抜けていた。その事実だけでも、彼の持つ芯と力の強さがわかる。
「私は神崎澪って言います。で、こっちのチートみたいな人が雪村隼人さん。あなたのお名前は?」
澪が無邪気に尋ねると、辰巳はしばし黙したあと、低く名乗った。
「……辰巳遼介。……それより、なんなんだお前らは。ギフター狩りではねえようだが」
「ただの就活中の大学生と、ただの女子高生……だったよ」
雪村は自嘲するように笑った。誰だって、ほんの数週間前までは普通の生活をしていたのだ。
そして、雪村は少し表情を引き締める。
「君もギフター狩りとやり合ったようだけど、あいつらが何者なのか、何を目的にしてるのか、知ってる?」
「何者かなんて知らねえよ。でも、無理やり仲間にしようって魂胆なら──絶対に受け入れねえ」
その言葉に、雪村は目を細めた。ここまで執拗に狙われているということは、それだけの価値があるということだ。能力だけでなく、意志の強さも。
「そうか……。じゃあ、話をしよう。でも、まず場所を変えようか」
雪村は建物内を見渡しながら言った。
「ここにはまだ意識を失ってるだけの奴らもいる。詳しい話は、念のため別の場所で」
辰巳は顔を上げ、しばし沈黙の後、低く尋ねる。
「……ああ、構わねえ。だがその前に一つ聞かせろ。お前のその異常な強さは、なんなんだ?」
雪村は数秒、言葉を選ぶように間を置いた。
「……それこそ、場所を変えないと話せない内容なんだ。さっきも言った通り、まだ“あいつら”はいるからね」
「……頼んだ覚えはねえけど、もう動けるな。行くか」
そう言って立ち上がろうとする辰巳を見て、雪村はふっと後ろへ振り返った。
「その前に……」
彼は手を前に突き出した。
次の瞬間だった。紺スーツと仮面のギフター狩り、辰巳が倒した四人、さらには館内の各所に倒れていた強盗団の男たち――総勢数十人の身体が宙に浮かび、磁石に吸い寄せられるように一カ所へと集まっていく。
無力化された者たちは、やがて重なり合うように地へと戻された。雪村はわずかに息を吐き、手を下ろした。
これでいいだろう。警察も、あの組織のことはまだ上層部しか知らないはずだ。一般人に混じっていれば、処理の手間は減る。
「澪、強盗団を無力化してこの階に放置したって通報しといてくれる? ギフター狩りがいたことは伏せて」
「はーい、わかったよー」
澪はスマホを取り出し、軽やかに操作を始めた。
雪村はその間に、天井を見上げる。
あの時、突き破った床。空いた大穴がそこにあった。
彼は今度は右手を上に、左手を下に向ける。
すると、砕けた床材や壁の破片がゆっくりと浮かび上がり、時間が巻き戻るようにして元の位置に戻っていく。破壊の痕跡は、ほんの十秒でなかったことになった。
(突貫だけど、まあ、こんなもんかな……。ギフトでこういう使い方をするのも、ずいぶん慣れてきたな)
「通報終わったよー。さ、いこっか」
澪が立ち上がる。雷撃に、浮遊に、崩壊した天井の修復に――異様な出来事を前にしても、その表情は変わらない。
澪に続くように、辰巳もゆっくりと腰を上げる。




