5話 初めての相棒(2)
まずは首下から鼻先を半返し縫いしていく。玉結びをして針を入れ、次は少し戻して入れる。裏側に回った針を、今度は最初に入れた針よりも先に。
「面倒な縫い方するね。意味あるの?」
「ある。縫い方が強くなるし、布同士がズレにくいんだよ」
その為ぬいぐるみ制作では大抵が半返し縫いだ。
「並縫いは縫い方が一定で細かけりゃいいんだが、引っ張った時に強度が足りねぇ事が多いんだ。楽で速く沢山縫えるのはいいんだがな」
基本、ぬいぐるみは子供が手にする。そして子供はそれで遊ぶし、扱いだって乱暴になる事も多い。それを考えれば強度だって必要だ。
「っと、目が出来た」
チーン! という音で腰を上げ、出来上がった物を確認する。ツルツルの半球型の黒い大きな目がつぶらで可愛いと思う。
次にジョイントだ。これは……何か骨みたいな物を渡されて注文通りの絵を書いて、ついでに指示書よろしく文字も添えて作ってみることになった。細かなパーツの製作は結構大変かもな。
そんな事で後はひたすら縫うだけ。縫い代部分の毛は丁寧にカットして裏地を露出させる。毛を巻き込まない為だ。
なんだか凄く久しぶりに楽しい。思えばしばらく手仕事してなかったな。昔はぬいぐるみも沢山作ったんだが、置ききれなくなってな。
触れば触るほど手に馴染む白い毛が気持ちよく思える。ジョイント位置に目打ちで穴を開けるのは少し苦労した。かなり丈夫な皮だ。
だが魔法道具箱の道具は流石神器。丈夫な皮でも普通に切れるし、針も通る。糸も滑らかで引っかからない。
順調に出来ていくパーツ。
足裏に書いた文字は道具箱に入っていた刺繍糸から金を選んで枠にはめてバックステッチで縫った。細い文字だからこれで十分だ。
その間にジョイントも完成。
まずは頭から作ろう。
しっかりと綿を入れていく。特に鼻先はこれから刺繍もするから硬く詰めないとよれる原因になる。ギュウギュウに詰め、手で形も整えたらジョイントの片割れを入れて綿の入れ口である底の部分をぐし縫いにして絞る。一巡じゃ心許ないから、一度玉留めして固定したうえでもう一巡。
その後は一度目の位置をまち針を刺して決める。ある意味これで表情が決まる。
あんまり寄ると変だが、離れても変。位置を決め、そこに実際のグラスアイを当ててバランスを見てから長針に糸を通した。
「うわ、エグいかも。こんな長い針で頭ブッ刺すってコワ」
暫く大人しく見て、そのうち飽きたネオが声を上げる。首根っこの部分から目の位置まで長針を一気に差し込んでいく。先が出たら引っ張りだし、近い位置にもう一度差し込んだ。これで目の凹みを作る。
そこに更に目打ちを入れて穴をあけ、グラスアイの足が入り込むようにすればいい。
強い糸でしっかりと目を固定出来て一安心。
次は鼻の刺繍に取りかかる。ホームベース型に印をつけてそこの毛は短めにカット。茶色の刺繍糸を用意して、印を跨ぐようにまずは横に。隙間が少し空いてもあまり気にせずに。
これが終わると今度は縦方向に。これで硬い鼻ができる。
「器用だね」
「おうよ」
集中してチクチク。可愛らしいくりくりの目と愛らしい鼻。口元もニッコリ微笑んで出来た。
耳も位置がずれないように。少し大きめにしたのは可愛らしさを狙って。
「うわ、可愛いじゃん!」
「おう」
これが出来たら胴体に頭のジョイントを付ける。足の部分を差し込み、胴側に固定する。
手や足もジョイントで固定をしたら胴体に綿を詰めるのだが。
「魔石入れるの忘れないように」
「おう」
ちょっと忘れていた。
周囲に魔石の硬い感触が伝わらないよう綿を先にしっかりと詰めてから、俺は心臓部ともなる魔石を入れた。
「俺の相棒になってくれな、クリーム」
一言伝え、表面を撫でる。もう瘴気の影響はないようだ。
後は一心不乱に綿を入れる。ギュッと。
終われば胴を閉じて、次に手足の綿の調整。きちきちに入れると筋肉質でずんぐりとしたフォルムになるから気をつける。
そうして完成した白いふわふわのテディはあまりに可愛く、抱きしめたくなるものだった。
「さて、では契約だよ。この子に手をかざして、『契約』でいいから」
「簡単すぎるだろ」
とはいえ、分かりやすさも必要か。
虎之助は手をクリームへと向ける。そこに魔力を感じ、ふっと息を吐いた。頼もしく、いつまでも側にいてもらいたい相棒に。
『契約!』
少し力んで言うと、クリームの下に青白い魔法陣が浮かび上がる。それがテディの毛を僅かに波立たせた。
光が収束していく。何か変化はあるのか? 食い入るように見つめる虎之助の目の前でふいに、テディの丸っこい手が動いて目を擦った。
「くはぁ……あぁ、すっきり目が覚めたぜ。おっ? アンタが俺のご主人か?」
……渋い! 声が渋い!
なんということだ。可愛らしい見た目のふわもこテディから森〇周〇〇みたいな声がしている!
彼は立ち上がり、自分の手で膝や尻の辺りを叩いている。そして綿が詰まっているとは思えない滑らかな動作で腕を組んだ。
「俺はクリームだ。よろしくな、主!」
「あぁ、おう。よろしく」
呆気に取られ気後れしながらも、差し出された手は取る。今ここに一人の転生者とテディベアの新たな絆が結ばれたのだった。