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絶望の森のもふもふ製造工房  作者: 凪瀬夜霧
二章 黒き陰謀と魔神の影
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40話 予期せぬ客人(1)

 翌朝、まだ虎之助がベッドにいる時間に突如警報のような音が鳴り、驚いた虎之助はベッドから転げ落ちた。

 だが直ぐに音の種類に気付いて簡単に着替えると剣を差して一階へと駆け下りていった。

 そこには既にカフィとスピアー、信玄、クリームが居て、壁に貼りだした森の簡易地図を見つめていた。


「救難信号か!」

「はい、ご主人様」


 困惑した様子のカフィが地図を見る。そこはちょうどラトマリスからこの家の方へと向かう、中間辺りだった。


「兎偵察部隊が要救助者を発見したようです」

「離れてるな……今から行けば間に合うか」


 だがとりあえず行かなければ。

 急いで準備をしていると、二階からのそのそ起きてきたアロイスが欠伸を噛みつぶして入ってきた。


「なんだよ、あのでけぇ音」

「兎偵察部隊が要救助者を見つけて保護している。俺はそっちに行く」

「あの兎、そんな機能まで備えてんのかよ……」


 呆れ顔をしながらもアロイスはしっかりと装備を調えていた。音を聞いて、何か緊急事態だと思ってくれたようだ。


「悪いがアロイスもきてくれないか? 俺一人で運べるか不安だ」

「そのつもりだって」

「信玄とスピアー、付いてきてくれ。カフィ、一応回復ポーションを頼む。怪我の程度が分からない」

「すぐに」


 一礼してすっと動くカフィ。今回クリームは留守番だ。


「わーい、ご主人とお出かけですー」

「遊びじゃないぞ、スピアー」


 尻尾を振って嬉しそうにするスピアーに一応念を押すと、彼は「分かってますぅ」とちょっと拗ねた声で返してくる。これもまた、あざとくて可愛いと思えてしまう。

 そうこうしている間に準備が整い、兎部隊を追えるらしいスピアーに道案内を頼んだ。


 森の中はまだ静かだ。その中を身体強化を使って走る虎之助とアロイスの更に先をスピアーが走る。信玄は虎之助の背中にくっついていた。


「はえぇ!」

「そもそもがケルベロスだからな」


 ぬいぐるみとして可愛らしく作ってはいるが、本質が変わるわけじゃない。爪などの物理的な殺傷能力を失っただけで、スピアーの感覚は魔物の頃のそれだ。


「ご主人、もう少しっす。生体反応が一つ、同士が五体結界を張ってまるね。対峙しているのは……多分、アビス・センチピード」

「Aクラスじゃねぇか!」

「センチピード……ムカデか!」


 それはお目にかかりたくないおぞましさがあるな……あの多足、苦手だ。

 背筋のちょっとした寒気を感じた虎之助が遠い目をしている間にも森が開けていく。早朝の柔らかな光を受けて黒々とした外骨格を光らせる、赤い多足の魔物が。


「巻かれるぞ!」


 焦った声で言ったアロイスが更に強化を強めて加速し、スピアーを抜いて剣に手をかけ、それに魔力を込めたのが分かった。


「クソッタレ! 離しやがれ!」


 剣を抜く、その刀身は炎の魔力が宿り真っ赤になっている。それを、彼は躊躇うことなくオオムカデの間接部に叩き込んだ。


『カカカカカカカッ!』


 胴体の四分の一が綺麗に切り離され、オオムカデはのたうって横転し硬い顎を鳴らすような音を立てる。緑色の液体が辺りに散り、切り離された尻尾部分がしばらくはビチビチ跳ねるようにのたうって実に気持ち悪かった。

 だが、おかげで被害者も分かった。


 兎達が囲って護っていたのは、若い男だった。冒険者というよりは騎士のような装備の彼は顔立ちが良く、長い金の髪を緩やかに揺った青年だった。

 だが顔色はよくない。青ざめて意識はなく、震えて歯が鳴っている。


「信玄、彼の治療を頼む!」

「~っ!」


 虎之助の言葉に反応した信玄がぴょんと背中を降りて大きく跳ねて兎達へと近づき、ぱくんと大きく青年を体内に入れてしまう。それを見たアロイスが驚いて「なにぃぃ!」と叫んだ。


「大丈夫だ、信玄なりの治療方法だ。あの中では息がちゃんとできるし、傷や状態異常が回復される。そもそも、信玄は生物食べないぞ」

「スライムって認識してっから焦るんだ! あいつら、取り込んだものは何でも食う大食漢なんだよ。マジ焦る」

「悪い、事前説明がなくて。怪我したら直して貰えるから安心してくれ」

「……勇気がいるな」


 そう言いながらもアロイスの側に同じく剣を構えて到着した虎之助。その目の前には、前を大きく持ち上げ威嚇に鋭い顎を鳴らすアビス・センチピードが立ち塞がっていた。


「硬そうだな」

「強酸と巻き付き気をつけろ。ミスリルも溶かすって噂だ」

「希釈して掃除に使えないかな?」

「その掃除、人間じゃねぇだろうな?」


 呆れ顔のアロイスに虎之助が「酸は何かと掃除に使えるんだぞ」と言っておいた。

 その間にもオオムカデは持ち上げた半身を器用に後ろに下げる。


「酸だ!」

「!」


 次の瞬間、バケツ一杯分くらいの液体が吐き出され虎之助とアロイスは左右に分かれて一足飛びにかわす。そのてには抜き放たれた剣があり、飛び退きざまに更なる身体強化がかかっている。

 虎之助は避けた後にオオムカデに向かって直角に飛びかかった。強く蹴った地が抉れるほどの加速で構えた愛剣に僅かに魔力を込めるよほんのりと光る。それを、地に近い部分の関節に叩き込んだ。

 アロイスは地上に逃げていて、硬い森の木にドンと足を付けるとそこから弾丸のようにオオムカデに向かって飛んだ。こちらも愛剣に魔力を流し、刀身は真っ赤に燃えている。

 その剣を、持ち上げている胴の真ん中に叩き込んだのだ。


『カカカカカカッ!』


 地上との接地面、そして胴を切り離されたオオムカデは哀れに地上に叩きつけられる。それでも切り離された各部位はまだ蠢いているのが気持ち悪い。


「キモイ」

「流石の生命力だな。まだドロップしねぇ」


 互いに気持ち悪いものを見ている目をする虎之助とアロイス。そこに、何でもない様子で近付いてきたスピアーが大きく口を開けた。


「「?」」


 子犬が大きな口を開けるとなれば、食べる事を考えるが……ぬいぐるみなので食べたりはしない。

 困惑で見守っていると、その口の中がゆっくりと赤くなって……!


 突如「ゴォォォォォ!」という音と共に放たれたのは真っ赤な炎のブレスだった。それがオオムカデの頭部を丸焼きにしていく。これには既視感がありすぎた。なにせ虎之助はこれを食らっているんだから。

 頭部が綺麗に消し炭になった所で、ポンッという音がしてドロップ品が落ちた。


「むむぅ、やっぱり焼いちゃうと傷が多くなってしまうのですぅ。ご主人、ごめんなさい」

「いや、いいさ。ありがとう、スピアー」


 しょんぼり項垂れたスピアーの頭を笑って撫でる虎之助の後ろで、アロイスは「うへぇ」と声を漏らしている。

 危機が去ったと判断した兎達は結界と解き、今はドロップした品を虎之助のマジックバッグへとどんどん運び込んでいる。本当に優秀だ。


 問題は倒れていた青年だ。アロイスと共に信玄に近付いていくと、彼はとても困った様子でいる。


「どうした、信玄」


 声をかけると、信玄は飲み込んでいた青年を外に吐き出し何かを言っているのだが……虎之助には残念な事に伝わらない。ただ、青年の容態があまり変わらないのは分かった。


「直らないの。って言ってますよー」

「ん?」

「信玄が困ってるっす。その人間、怪我ほとんどしてないって。その怪我も直らないし、あんまり具合を良くしてあげられないって」


 言われてみれば、確かに傷は腕についた刃物傷のみ。それも、命に関わりそうなほど深くはない。これが原因ならば、考えられるのは毒物などの状態異常系だが……信玄はそれもある程度は浄化できるはずだ。


「あぁ? って、こいつ!」

「知ってるのか?」


 虎之助が助け起こしていると、アロイスが難しい顔をして青年を覗き込む。どうも、知っている相手っぽい雰囲気に訪ねると、彼は難しい顔を更に濃くした。


「知り合いじゃないが、知ってる」

「ん?」

「宿で話したろ、この国の王太子って。その王太子だ」

「…………は?」


 真顔のアロイスと腕の中の青年を何度も見て、虎之助は飛び上がりそうな程に驚いた。なんだってこんな危険地帯に王太子が、しかも一人でいるんだ。

 ただ、アロイスは思い当たるらしい。辛そうな顔をした。


「妹姫さんの容態が悪いんだろうよ。それで単独で暁の魔女を頼ってきたんじゃないか?」

「なんで一人で。王太子なら護衛とか」

「そういうものに頼れない状況になってる。って事じゃないか?」

「……」


 もしそうだとしたら、この国はおかしな方向に加速的に進んでいるような気がする。

 この青年を助ければきっと、そうしたものに巻き込まれてしまうのだろう。

 だが、リーベを頼ってここまで一人できた彼をこのまま見捨てていけば、ずっと後まで引き摺るような気がする。せっかく新しい世界にきて、新しい生活を始めたっていうのにそんな思いを抱えてやっていくのかと考えれば後悔する。


「アロイス、抱えられるか?」

「……助けるのか?」

「……あぁ」

「……お前が考え無しじゃないのは分かるし、そのお前がその判断をしたなら構わない。だが、簡単じゃないぞ。静かな生活からは遠ざかるが、いいのか?」

「あぁ。ここで見捨てて、それをずっと抱えていくよりはいい」


 そう伝えると、アロイスはフッと笑って青年を背負い紐で固定した。


「お前のそういうところ、俺はけっこう好きだぞ」


 そう言ってくれる人がいるだけで救われる。そんな気がした。

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