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絶望の森のもふもふ製造工房  作者: 凪瀬夜霧
二章 黒き陰謀と魔神の影
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39話 いざ、絶望の森へ

 ラトマリスでの用事はあらかた済んだ。商業ギルド、冒険者ギルドで売った素材の代金は全てギルドカードに入れてもらい、森では手に入りにくい香辛料や油などを買い足して、虎之助はアロイスと共に森へと入った。


「うーん! やっぱり自由に動けるのは良いな!」


 ずっと虎之助の肩にダレて乗っていたクリームが大きく伸びをした後キビキビとラジオ体操を踊り出す。虎之助がトレーニング前にやっているのを見て一緒にやり出して覚えたものだ。

 だが、そんなクリームを見るアロイスはもの凄く引いている。


「改めてなんだが、動くクマのぬいぐるみってのは奇妙だな。しかも無駄に渋いいい声してる」

「予想に反する声だったが、慣れると良い感じだぞ」


 苦笑した虎之助の隣で体操が終わるまで繁々と眺めるアロイスは、「慣れるか?」と首を傾げまくった。


 改めて出発となったのだが、この森はやはり異常なんだろう。十分も経たないうちにフォレストウルフ十体の群と遭遇した。

 が、あまり苦戦はしない。クリームも自由に動けるし、今回はアロイスもいる。三人もいればあっという間で、肉と毛皮と魔石がぽんぽんドロップした。


 更にキラーベアー種、オーガ五体、シャドースネークにオークジェネラルと、多種多様な生態系を感じながら全てを屠っていくと丁度昼時となった。


「あのよぉ、トラ」

「ん?」

「この森でよく生活してんな、お前」


 昼用には軽く作ってきている。ボリューム満点のBBサンドは野菜も肉も取れて最高に美味しく腹に溜まる。更には森になっているリンゴのような果物も途中で取っているから、それも追加で食べればしっかり腹は満たされた。


「いくらなんでも魔物が多すぎるだろ。しかも全部Bクラスだ」

「運が良いだろ。なぁ、クリーム?」

「うむ。Aが混じらないのはいいことだ。まだ浅いのだろう。Sに会ったら骨が折れる」

「……Sもうろついてんのかよ」

「たまにな」


 その最たるものがケルベロスだ。


「あぁ、でもSに出会って魔石に自我があるなら、アロイスにクマを作ってやれるか。それなら頑張って一体くらい討伐してもいいな」

「嬉しいけれど嬉しくねぇ!」


 そう言いながらも流石冒険者。モリモリ食べて少し休んだら移動を再開した。


 人数が増えれば動きは遅くなる。丁度森の中間辺りで一泊となり、俺は慣れたように高い木へと跳躍し、その枝の間にハンモックを掛けた。これが町で手に入れた物の中で一番重宝するかもしれないアイテムだ。

 硬く編んだ縄製のハンモックには魔物を寄せ付けない魔石と、結界の付与がされている。これで野営もある程度安全だ。


「おい、そんな高い場所にハンモック掛けると危ないぞ」

「? このくらいの高さに掛けないと、夜行性の魔物が五月蠅くて寝られないぞ」

「そもそも、この森の中で寝ようって根性が凄いわ」


 大抵は不眠か、仲間がいれば交替で番をするらしい。が、この森では起こす手間の方が問題だ。

 こうは言うが、ここはアロイスも虎之助に従って高い所にハンモックを括る。夜間はここで過ごす事になる。

 本格的に暗くなる前に食事をしてハンモックに寝そべっていると、行き同様下が五月蠅くなる。


「マジか……レイスとかもいんじゃん」

「幽霊みたいなのか。聖属性の魔石を嫌がるから近付いてこないぞ」


 そう言って、虎之助は持っていた魔石のペンダントを一つアロイスに投げた。これは事前に作っていたもので、魔石に魔力を流すと聖属性の結界を張るものだった。

 無骨なままの魔石に一箇所穴を開け、そこに革紐を付けるシンプルなデザインがいい。男物のアクセサリーなどでは多そうなイメージで作った。

 それを繁々と見つめて、アロイスは苦笑する。


「こんな物まで作ってるのか。これ、数作れるようなら冒険者ギルドに卸してやってくれないか? あるだけで生存率が増す」

「それは構わないが……そんなにか?」

「あぁ。ソロでもパーティーでも、寝込みってのは被害がデカい。気付けなければ全滅もあり得る。それでも体を休めなきゃ動けなくなるしな。気を張るんだ」

「そうか……」


 それなら、魔物の気配を察知して警報音を鳴らすと同時に、防御壁を張るアイテムとかを作ってもいいかもしれない。防壁も初撃を防げればいいならそれ程複雑ではないだろう。魔石も十分だ。


 森の魔物は更に活発化していく。アンデットもいるし、オーガも多い。ただ、鳥系はほぼいない。それが助かる。


 その中で虎之助はクリームと一緒にハンモックで快適に眠り、朝日と共に起きてまた動き出す。この早朝の時間が唯一、森の魔物が少ない時間帯だ。


 快調な歩みにアロイスも「マジ楽!」と言いながらついてきて、昼を少し前にようやく森の家に辿り着く事ができた。


 なんだか、帰ってきたという感覚が強い。ほっとした気分でガーデンゲートを押し開けると玄関が開き、中から真っ黒いわんことカフィが出てきて虎之助達を出迎えてくれた。


「おかえりなさいませ、ご主人様」

「ご主人~!」

「おっと。ただいま、スピアー。カフィも、留守を任せてすまなかったな。何か変わった事はなかったか?」


 飛び込んできたスピアーを受けとめ、微笑ましそうなカフィに声をかける。すると彼はくすくすっと笑って頷いた。


「何も問題ありませんでした。強いて言うならスピアーと信玄が屋敷の外で暴れて、巻き込まれた魔物が倒されたくらいです」

「……暴れたのか」


 ご機嫌な様子で長い尻尾をフリフリしているスピアーを見ると、途端に耳をペタンとして、尻尾も下げてしまった。


「だって、縄張りに入ってくるっすよ」

「屋敷に入られなければ大丈夫だ」

「……信玄先輩も楽しそうでした」

「その信玄はどこいったんだ?」


 見回してみたが、信玄の姿はない。これにカフィは苦笑した。


「手伝いがしたかったようで、今は掃除をお願いしているのです。流石はスライムですよ。狭い隙間の埃まで綺麗になります」

「後で褒めてやらないとな」


 こんな会話をしていると、不意に背後でアロイスが死んだ目をする。そして虎之助の肩を叩き、項垂れた。


「お前の常識がおかしいの、理解した」

「ん?」

「なんだこの結界! 屋敷妖精マジ有能すぎて驚くわ!」

「そうなのか?」


 いや、言われてはいたんだが。

 カフィに目を向けると、彼はくすくす笑って進み出て、丁寧にアロイスにお辞儀をした。


「お客様、ようこそ。この家の取り仕切りをしております、カフィと申します。さぞ大変な道中だったでしょう。お風呂の準備は出来ておりますので、まずはお体を清めてください」

「あ……マジ有能だな」


 これには呆気に取られ、アロイスはもう何も言わずに家に入った。



 家の様子も変わりがない。ただ、スルトの姿だけが見えなかった。


「カフィ、スルトどうした?」

「あぁ、あのおしゃべりな剣ですか? 少々五月蠅かったので隙を突いて引き抜き、地下の装備部屋に入れました」

「お前、スルト嫌いだよな」

「騒がしいのはちょっと。あと、訳知り顔でいられるのも若干腹が立つというか」

「うん、そうか」


 まぁ、アロイスがいる手前よかったのかもしれない。スルトについては話してあるが、それでもいきなりの遭遇は驚くだろう。まずはここでの生活に慣れてもらう所から始めなければ。


 そういうことでアロイスはスピアーに連れられて風呂へ。俺は一度自室に戻り荷物を置く。

 やっぱり自分の家、自分の部屋が落ち着くんだな。見回して、そんな事を思い一階へと戻りあった事をそれぞれ話しているとアロイスが呆然とした顔でリビングに入ってきた。


「好待遇すぎる。なんだこの贅沢」

「いいだろ、風呂」

「いい。あと、上がったら着替えとタオルが用意されていて、しかも冷たいレモン水も置いてあった」

「お風呂上がりは水分が失われておりますので」

「……冒険者やめて、ここに棲みつこうかな」


 ガックリと肩を落としたアロイスに、虎之助とカフィは顔を見合わせて笑った。


 今日はとにかく疲れを癒してほしいというカフィの心遣いもあり、夕飯も美味しい煮込み料理に焼きたてのパン、サラダも添えられた。

 遅れてきた信玄にもアロイスを紹介し、触手で握手するとアロイスの方は変な顔をし、更にカフィが大半の物を自由に浮かせながら器用に料理をしている姿に唖然とし、それを虎之助とクリームが笑ったり。

 スピアーが意外とアロイスを気に入って膝に乗りたがり、乗せたら乗せたで撫でていると癒されたのかすっかりデレデレになったり。毛皮も魔石もケルベロスだと教えたら絶叫しそうになったりと、忙しい夜を過ごした。


 まさかこの翌日、とんでもない案件が転がり込んでくるとは誰も思っていなかった。


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