4話 初めての相棒(1)
取り出したる錬成釜。隣には何の変哲もない紙と、魔力を溶かしたインク。これで本の通りの魔法陣を書くそうだ。中二病が疼くぜ。
オタクってのは何処かで格好いい二つ名や魔法陣やサインなんてものを書いている奴がそれなりにいると思っている。少なくとも虎之助は魔法陣とサインは書いた。
まさかその経験がこんな場所で活かされるとは。
「上手いじゃん」
「まぁな」
知らず耳が赤くなる虎之助だった。
出来た魔法陣の紙を錬成釜の一番下に。ちなみにこれは浄化の魔法陣らしく、他にも本には違う用途の魔法陣があった。
「紙の上に素材を置いて、素材が隠れるくらい水を入れる」
言われた通り、フェンリルの魔石を紙の上に置いてその上から水を入れた。これは普通の水でいいらしい。
「そうしたら釜の魔法石を押す」
「こうか?」
炊飯ジャーのボタンを押すかの如くピンク色の魔法石を押すと、釜が仄かに光り出す。空間が暗いから余計に光が際立っている。
「OK! それじゃあ待ち時間の間に型紙とか作るよ」
「そうか、型紙! まさか、一から起こすのか?」
これには虎之助も少々焦った。
服もぬいぐるみも元となる型紙がある方が絶対に楽だ。一から起こすとなると技術も時間もかかる。
だが異世界にそんな代物持ち込めるはずもない。
慌てる虎之助。だがネオは余裕の顔で笑っている。
「案ずる事はないよ、虎之助。ここからが魔法技術士スキルの使いどころさ!」
自慢げなネオが取り出したのは一冊のスケッチブック。それを開き、虎之助へと押しつけた。
「絵は描ける?」
「まぁ、困んないくらいにはな」
「じゃあ、ここに作りたいぬいぐるみの絵を描いて」
「? 平面の絵でいいのか?」
「うん」
そういうことならと、虎之助は何にするか考えた。白い毛はなかなかふわふわで心地よかったから、ウサギなんてのもいいとは思う。だが、やはりぬいぐるみといえばテディベアなんだ。
さっき使った魔力を込めたインクを使ってテディベアのイラストを描いていく。顔はふっくらとしていて耳は少し大きく。顔はベビーフェイスっぽく可愛らしくした。
「できたぞ」
「どれどれ……へぇ、可愛いね」
出来上がったイラストを見てネオが感心した様子で言う。こう言われるとちょっと照れてしまう虎之助だった。
「じゃあ、このスケッチブックに手をかざして」
「こうか?」
スケッチブックに手の平を向け、腕はまっすぐ。少し魔法感がある。
「呪文は『パタンナー』だよ」
『パタンナー!』
格好いいとはほど遠い呪文を短く唱える。するとスケッチブックの絵が消え、代わりにその絵を実現させるための型紙が切り抜かれた状態で目の前に広がった。
「は?」
「これが魔法技術者の裁縫クラフトのスキルだよ。デザインを作って、それに向かってこの呪文を唱えるとその物を作る為の型紙が自動生成される」
「チートだな」
「そう言ったじゃん」
だが、うん。凄く便利だ。裁縫で何が一番だるいって、型紙を写して切り抜いていく作業だ。ここを疎かにはできないが、面倒なものは面倒なのだ。
次に毛皮を作業台に並べる。
フェイクファーやボアは使った事があるが、毛皮はない。どうなっているのかとドキドキしたのだが……裏地がちゃんと張ってある、手芸店でも見るファー生地だ。
「こんな風にドロップされるのか?」
「加工しやすい状態でドロップできるよ」
いや、まぁ、助かるがな。
これに先程出てきた型紙を写し取って裁断するのだが、ここでもスキルの裏技があった。
「生地に物を置いて『転写』って唱えてごらんよ」
『……転写』
すると型紙にある仕上がり線や手足の付け位置。返し口まで綺麗に布に転写された。
「……すご」
怠い作業が一気に解決してしまった。
「それにしても大きく作るね? 出来たらどのくらいの大きさなの?」
「想像したのは膝上から腰下くらいだから……五十センチくらいか?」
なんと、想像しただけでその大きさの型紙が出来たんだよな。これ、同じデザインで大きさ変えるの楽だろうな。
そういうことでスムーズに裁断する。五十センチともなるとパーツが大きい。縫うのが大変そうだ。
「ミシンとかいる?」
「あんのかよ」
「あるよ」
ネオはそう言ってくれたが、俺はそれを断った。そして大人しく、針と糸を取り出しまずは鼻先のパーツをまち針で丁寧に重ね合わせて止めた。
「いや、こいつは手で縫うわ」
「面倒じゃない?」
確かに労力はかかるんだがな。でも……。
「俺の、異世界最初の相棒になるんだろ? それなら作る過程から、ちゃんと気持ちをこめて作りたいんだよ」
末永く一緒にやっていきたい。こいつが最初なんだから。
「……それなら、工房名とナンバー入れたら?」
「ん?」
ネオの提案は案外悪くない。だがそうなると工房名を今から決める事になる。腕を組んで首を傾げ悩む俺に、尚もネオは提案をした。
「工房なら『Craft』だよね」
「まぁ、だな。でもそれじゃただ工房って言ってるだけだろ」
「それに虎之助らしいのをくっつければいいんじゃない? 虎之助工房とか」
「名前が厳ついな!」
厳ついのは顔だけで十分だ。
だが……名前か。悪くはない。ネオの言う異世界が西洋的な感じなら、日本名の俺はかなり目立つ。作った物を販売とか考えるなら、唯一無二の方が紛れないだろう。
「……虎Craft。いや、ToraCraftなんてどうだ」
不意に思い出したのは舎弟達だった。あいつらは虎之助を「虎の兄貴」と呼んでいた。それを思い出したのだ。
この提案にネオは「いいじゃん!」と言ってくれる。
そこで真っ先に、俺はテディの足裏を大きめに裁断し、長かった毛足を短くカットしてチャコペンで文字を書いた。
「T.Craft……No.1:Cream」
記念すべき最初の制作物にシリアルナンバーと名前を刺繍する。名前はこの毛の色を見た時に決めていた。ふわふわで甘いホイップクリームみたいな色だなって思ってたんだ。
「随分メルヘンな名前だね。フェンリルだよ?」
「バカ野郎! ホイップクリームの美味さは最高なんだぞ。それにメルヘンで何が悪い」
虎之助が目指すのはあくまで、ふわふわでもふもふな可愛いカフェなのだ!
そうこうしている間に魔石の浄化が終わった。あの釜、仕上がるとレンジみたいな「チーン!」って音するんだな。
ついでにテディの目を作るってことで、ネオが出してくれた黒い宝石を俺の思う形に変形させる事になった。スケッチを描いて、大きさを書いて、それを錬成釜に敷いてから上に素材と水。後はスイッチオン!
こいつ、マジレンジなんじゃないだろうか……。
そんな事で作業の続きだ。