30話 冒険者ギルド
扉を押し開けた先にあったのは五つの受付だった。内装は木がふんだんに使われ、温かな雰囲気もある。だがそのわりに視線は刺すようだった。
見れば建物の右手側にはテーブル席が並び、そこに屈強な者達が日中から木製のジョッキを片手に食事を楽しんでいる。そこからの視線が強かった。
値踏みの視線だ。使えるのか、使えないのか。邪魔になるのかならないのか。無言のままだがそういう気配をビシビシ感じる。
だが虎之助はこの空気がある種懐かしくも思えた。父親に代わり参加する会合では余所の組の奴からこんな視線を嫌という程浴びせられた。明らかな敵視もあったくらいだ。
「居心地が悪いな、主」
本当に小さな声でクリームが囁く。おそらく虎之助にしか聞こえていない声だろう。
だが虎之助は特に反応はしなかった。直接ちょっかいをかけられなければいい。何かしてきたら対処するまでだ。
「お待ちの方、どうぞー」
軽やかな女性の声がする。受付嬢らしい青い制服を着た女性へと歩み寄った虎之助は、ここで初めて異世界の洗礼を受けた。
虎之助を呼んだ女性はとても可愛らしい女性だ。長い白髪に大きな青い瞳。成人女性らしい魅力的なボディーライン。
だがその頭には白く大きな兎の耳がついていて、ヒョコヒョコ動いていたのだ。
獣人。獣の特徴をその身に持つ種族で、大抵は動物由来の素晴らしい身体能力を持っている。
そういえばネオは「亜人種」と言っていた。つまり人間だけじゃなく、獣人も含まれる。魔族というのも聞いた。きっとこれも亜人種だ。
ということはエルフとかドワーフとか竜人なんてのも居たりするのか!
内心は興奮冷めやらぬ。だが表面的には一切出さないまま、虎之助はその受付嬢の前まできた。
「本日はどのようなご用件でしょう?」
「冒険者登録と、素材の買い取りをお願いしたい」
「かしこまりました。それではこちらの用紙に必要事項をお書きください」
渡された羊皮紙には名前、年齢、種族などを書き込む欄があるが、出身地などはない。また、ステータスに関する項目もない。ステータスに関してはこれから魔法的な何かで測られる可能性があるな。
とりあえずは書く。久しぶりに自分のフルネームを書いた。椎堂虎之助と漢字で書いたつもりなのだが、用紙を見ると見事にこの世界の言葉に変換されている。見るにアルファベットに近い雰囲気がある。
年齢は28でいい。種族は人族だな。
これらを記載して先程の受付嬢のところに行くと問題無く処理されたようだった。
「次にこちらの水晶に手を置いてください。ステータスとスキルを計測します」
「わかった」
やっぱりきたか。
虎之助は大人しくそれに手を置いた。すると水晶が仄かに光り、手の平にもジワッと温かいものが触れていく。どうやら問題ないようだ。
だが、これらの数値を見たのだろう受付嬢の耳が一瞬ビリビリ! と震え、虎之助を見て数値を御手を繰り返した挙げ句「暫くお待ちください!」と言って奥へと駆け出していった。
あぁ、これはあれだ……何かやらかした。
一瞬面倒はゴメンだと逃げようかとも思ったが、そうすると素材を売る場所に困る。商業ギルドなどにも品を卸せる可能性はあるが、結局は同じ事になりそうな気がする。
そんな事で呆然と立ち尽くす虎之助の耳に、「くくっ」という楽しげな笑い声が届いた。
「おーい新人、固まるな。まぁ、悪い事は起こらんさ。それより、こっち来て飲まないか?」
そう声がかかり見てみると、カウンターの端の席に座っている男と目が合った。
長く癖のある赤い髪をポニーテールにした、逞しい体躯の男だった。背はおそらく虎之助と変わらないだろう。腕の筋肉の盛り上がり、腰の締まり加減、下半身の確かさはしっかりと作り込まれた機能的な肉体を感じる。
顔も男臭いが悪くない。釣り上がった赤い目に鼻梁が通り、口は大きく八重歯がある。
総合的に、付き合いやすくはありそうだ。
確かにここで一人間抜けに立ち尽くすのも格好が悪い。呼ばれたのをいい事に虎之助は男の側へとゆき、空いているからと隣の席を勧められ、エールを奢られた。
「お前、この後間違いなくギルマスの部屋に呼ばれるぜ」
「俺は指示に従ったはずなんだが」
「おそらくステータスに何かあったんだ。たまにいるんだわ、冒険者向きじゃない奴」
「そうなのか」
男の様子から冒険者業が長いのだろうと思う。そんな男が言うのだから信憑性が高い。
だがまぁ、覚えもある。虎之助のジョブは職人だ。数値的には冒険者も兼業できるだろうが、そこを指摘されると否定もできない。
その場合は素材の買い取りをして貰える場所だけでも教えてもらおう。冒険者、憧れだったんだが。
やや落ち込み、出された温い酒を飲み込む。もう少し冷えて欲しいと思っていると、肩にいるクリームがジョッキの中身を冷やしてくれる。
それを見た男が目を丸くした。
「お前のそれ、魔道具か」
「道具じゃない。俺の相棒だ」
咄嗟にムッとして否定したが、そういう体でいくと話し合っていたのを忘れていた。いや、反射的に出たのだが。
やはり自分の意志で話し、動くテディは普通じゃないとのことだった。
「人形遣いか? 珍しいスキルだな」
「そんなスキルがあるのか?」
「なんだ、違うのか? 人形遣いはいるぜ。自分の意志で人形を操り芸をさせたり、戦闘向けにカスタマイズして戦わせたりな」
「色んなスキルがあるんだな」
思わず呟いてしまうと、男は可笑しそうに笑った。
「お前、面白いな」
そう言った後、男はジョッキを置いて徐に手を差し出す。そして、口の片方を上げるような笑い方をした。
「俺はアロイスだ。これでAランク冒険者だ、よろいく」
「虎之助だ」
「珍しい響きの名前だな。ちと言いにくい。トラでいいか?」
「構わない」
そんな会話を交わして握手をする。そして、十分冷えたエールを飲み込んだ。
アロイスはAランク冒険者というだけあり、色々な経験をしているようで話が面白い。表情と感情がほぼ一致しているのもいいし、何だかんだで付き合いやすいと思える。ややボディタッチが多いのが慣れないが。
「トラはあれだ、もし冒険者ダメでも色町で上り詰められるから安心しろよ」
「何が安心だ。そんな所に縁はない。何より俺は素材が売れれば冒険者じゃなくてもいいんだ」
酒が進んで陽気になるようで、そんなトンチキな事を言ってくる。こちらの目的は素材の買い取り先だと伝えると、アロイスは残念そうな顔をした。
「なんだよ色男。勿体ないねぇ」
「それ、ロッドにも言われたな。町を歩いている時も視線を感じたが、なんだ?」
正直この容姿には劣等感がある。目つきの事で散々怖がられた挙げ句友人はゼロだった。背も高くて怖いらしい。更に傷まであるから余計に怖がられる。
だがこれを聞いてアロイスは「あ~」と暢気な声を上げてチビリと酒を飲んだ。
「そりゃお前、顔がいいからだ。黒髪ってのもいない事はないが、珍しいしな。背も高くて色も白くて顔立ちもいい。傷がちょっと玉に瑕だが、それを抜いてもお前は美形だぜ?」
「はぁぁ!」
思いがけない言葉に驚きの声を上げると、アロイスは八重歯を見せてニシシと笑う。
「んな驚くか? ってか、言われた事ないか?」
「ない!」
「お前、どんな環境で育ったんだ? 花街に売られてたっておかしくないだろうに」
「それ、本当にどういう意味だ」
「お前なら男も女も入れ食いであっという間に一番になれるって意味だ」
「男はないだろう!」
ギョッとして言えば、アロイスがキョトンとする。まるで虎之助の方が可笑しな事を言っている様子だが……まさか!
「なんだお前、今時女じゃなきゃダメって奴か? 相手男でもいいだろ」
「……同性での結婚は、普通か?」
「普通だろ? ガキだってできるしな」
「…………」
目眩がする。あの神、本当に大事な事を言わない! まさかBL公認の世界なんて聞いてない!
いや、大丈夫だ。生前もあっただろ? 喧嘩や抗争のあと、やたらとくっついてくる奴とか、押し倒そうとした奴。全部殴り倒してフラグ折りまくったじゃないか! よしこれだ。この世界でもこれで大丈夫!
それはそれとして……。
「……俺は、独身主義です」
「まぁ、それも人の自由だからいいんじゃね?」
まさかの世界観に打ちのめされた虎之助だった。
そんな事を話していると、トタトタと足音がして側に先程の受付嬢が立った。
「お待たせいたしました! トラノスケさん、ギルドマスターがお呼びです」
とうとう対面か。普通、登録にきて対面なんてないんだろうけれどな。
「それと、Aランク冒険者のアロイスさんも同席をお願いします。客観的な意見を聞かせてくれる人が欲しいとのことで」
「俺か?」
自分を指差し訝しむアロイスと、なんだそりゃと思う虎之助。だが呼ばれたのだから行かないわけにはいかない。
残っているエールを飲み干し、二人は連れだって案内を受けた。




