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絶望の森のもふもふ製造工房  作者: 凪瀬夜霧
一章 虎之助、転生する
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【番外編】鯨が鳴く夜

 異世界にきて一週間以上が過ぎた。大分慣れたとは思う。

 最近では身体強化を中心に体を動かす事を意識している。これを怠るとこの森では生きていけないだろう。

 異世界転生者はチートというのが定番だが、この世界では無双出来るほどの都合の良いものではないんだろうと虎之助は思っている。

 まぁ、クリームに言わせれば「主は十分チート」だそうだ。この森を含む一部の超危険地帯が例外中の例外なんだと言われた。

 ただまぁ、この世界で自分以外の人間に出会った事がないのでなんとも言えない。比較対象がいなければ分からない事だ。


 焦ってもいないけれど。目的も明確にあるわけだから。


◇◆◇


「鯨の歌?」


 昼食の席でカフィがニッコリと笑って頷く。それは、異世界らしい幻想的な光景の事らしい。


『この森には鯨がいるのです』

「森だが?」


 虎之助の常識がバグを起こす。鯨は海という思い込みだが、この世界では違うらしい。


『海にもいますが、この森にいるのは聖獣なのです。白鯨と呼ばれる種で、数十年に一度現れて歌うのですよ』

「聖獣か」


 オタクとしてはセンサーが働く。聖獣なんて絶対レアだ。

 まぁ、敵対した途端にゲームオーバーが見えるともいう。


「白鯨か。俺のいた北の山にもいたぞ。底の見えない谷底から、数十年に一度歌うような声だけが聞こえてくるのだ。姿形は知らないが、きっと美しいのだろうと想像したものだ」

『あれは土地の穢れを歌によって払い清めるのです。世界にたった一頭だけの稀少な聖獣ですよ』

「SSRだな」


 そんなものがいるという壮大さを考えると、改めて心が躍る。思わずわくわくしていると、カフィが可笑しそうにクスクス笑った。


『魔力の波動がとても近付いているのです。おそらく今夜現れるでしょう。そこで、皆で屋根から見ませんか?』

「見えるのか!」


 思わぬ事に声を上げると、カフィは確かに頷いた。


『見えると言っても頭のほんの先の方です。現れるのは深層からですが、大きさが桁外れなのでここからでも見えるのです。例え姿は見えなくとも歌は聞こえますし、運が良ければ潮を吹きます』

「そうなのか! 俺は谷底から歌しか聴いたことがないからな。見られるならば見てみたい」

「じゃあ、夜はそうしよう」


 そう言って、信玄を加えた四人はルンルンで午後の時間を過ごしたのだった。


◇◆◇


 この日はとてもいい天気だった。

 空気は澄み、晴れ渡る夜空には小さな星まで見えている、雲の無い夜空が広がっている。

 カフィは簡単に屋根まで登り、クリームは浮き上がり、俺は信玄を抱えて屋根まで飛び上がった。

 三角形の屋根は意外と角度が緩やかで据わる事ができる。硬質なカンカンという音がするそこに腰を下ろしていると、間もなく何処からか柔らかな歌が聞こえてきた。


 賛美歌のようでもあり、文字を持たない声でもある。民族音楽……現代で言うとケルト音楽のような神秘的な響きだ。それが魔力を揺らし音になっている。

 聞いていると心が穏やかになって、自然と力が程よく抜ける。ほっと息をつく虎之助の腕の中で信玄も少しトロッと溶けたようにダレた。


「心地いいな。魔力が洗われているのか」

『この聖獣の役割は世界中の穢れた魔力の浄化だと言われています。だから、歪みの酷い場所には直接赴いて浄化を施すのだと』

「たしかに気持ちがいい。リラックス効果が凄い」


 そうして四人で穏やかにしていると、不意に足元からズズッと揺れるのを感じる。地震の前に感じる地鳴りのようなものに思わず身構えていると、家の右手側の木々が大きく揺れ、その遙か先に突如ドーン! と白い山が洗われた。


「んなっ」


 あまりの大きさと迫力に言葉が詰まる。

 ツルンとした白いそれは緩やかな流線形で山のように大きいが、間違いなく生物だ。更にかなり離れた所で鯨の尾が大きく振り上げられ、次には地を打ち付ける。

 けれど不思議な事に、この鯨は何一つ破壊はしていない。揺れも空気と魔力を介したものだ。


「凄いな! 初めて見たぞ!」

『お元気そうで。ここに暮らして何度かリーベ様と見ましたが、いつ見ても壮大です』


 子供のようにはしゃぐクリームと、目を細めて懐かしむカフィ。信玄まで触手で拍手をしている。

 その時、鯨は僅かに縮こまるような様子を見せる。そして次の瞬間、その頭からパァァァァッと星屑を吐き出した。


「……綺麗だ」


 白銀に光るそれは間違い無く潮なのだろう。けれどその一つ一つが角度を変えてキラキラと輝きながら夜空に溶けていく。本当に星になって空に還るように。


『浄化した魔力を潮のように吹き上げるのです。今夜はとても気分がよいのでしょう』


 キラキラ……チカチカ……瞬いて散る魔力で森の空気が洗われていく。それを吸い込むと体いっぱいにいいものが入ってくる。心穏やかに、優しい気持ちになれる。


 鯨は何度か潮を吹きながらゆっくりと森を泳ぐように進み、やがて海に潜るかの如く地中へと消えていった。きっと、次の場所に向かったのだろう。


 改めて異世界は不思議に溢れている。

 それを感じた、素敵な夜となった。

本編更新は月曜にから!

明日はお休みとなります。


感想、評価は勿論リアクション凄く嬉しいです!

沢山の応援、ありがとうございます。

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