【番外編】残してきたもの
虎の兄貴の初七日が無事に終わった。
親父さんとお袋さんも少し前を向き始めたように思う。
でも、亡くなった日は大変だった。
兄貴は見た目は厳ついし戦闘力も高めだったけれど、中身は優しいし可愛い人だった。お嬢さんよりも乙女だったかもしれない。
可愛いぬいぐるみやゆるキャラが好きで、でも厳つい自分がそんな物を持っていると変な目で見られるって言うんで我慢していた。
だから、あの人の誕生日にはみんながゆるキャラグッズを買って、お嬢は夢の国に「連れて行け」と強く強請る。本当は虎の兄貴を連れていってやりたいからだって、全員が分かっている。
でも、そんな兄貴はもういない。
「……」
ジワリと涙が浮かび、グシグシと服で乱暴に拭うと足音がする。古い木造のお屋敷だから、外廊下は音がしっかりするんだ。
見ると同じようにあの日兄貴についていた二人が酒を持って近付いてきていた。
「おう、大丈夫か?」
「まぁ、飲もうや」
そう言って俺を挟んでどっかりと腰を下ろし、手にグラスを持たせて酒を注いでしまう。俺は……とてもそんな気にはなれないんだ。
「……まぁ、なんだ。らしいと言えば、らしい人だっただろ」
「抗争で死ぬよりは良かったな。案外綺麗なままで葬儀も出してやれた」
「……す」
それを言われるとなんとも言えない。確かにらしいし、綺麗なまま戻ってきたのはよかった。
それどころか、あっさりしたものだった。流石に笑ってはいなかったけれど、静かだった。
乾杯をして、チビリと飲む。そして、何となく思い出している。
「明日、兄貴が好きだった動物番組入るんすよ」
いつもは一緒になって見ていた。笑ったり泣いたり……あの人、案外泣くんだよな。
でも明日は、見られるだろうか。隣にいた人を思い出して、違う意味で泣いてしまうんじゃないか。そんな気がして、怖くなる。
すると両脇から腕が伸びて、がっしりと組まれた。
「おう、俺も見るわ」
「俺もだ。そんで、兄貴の好きだったぬいぐるみでも置こうや。きっと見てるぜ」
「っ!」
ツンと鼻の奥が痛んで、目の奥がジワジワ痛くなる。気づけばたっぷりと涙を溜めていて、それがボロボロ零れていった。
「泣くなって。今日までだって親父さんも言ってただろ」
「すんません。でも、思い出して……あんないい人がこんな早く死ぬなんて不公平っすよ! もっと悪人は一杯いるっす!」
思わず言って、二人はこれにゲラゲラ笑って「ちげぇねぇ」と言う。
でも……分かってるよ。そんな事今更言って、なんになるんだって。
空にはぽっかりと綺麗な月がある。腹が立つな、こっちは暗いってのに。ただ、気分読んで雨でも文句を言うんだろう。
「そういや、兄貴が好きなラノベだと、いい人は死んで異世界に転生するみたいっすよ」
ふとそんな事を口にした。あの人オタクだったから、そういうの沢山読んでたな。
「おっ、んじゃ今頃異世界で暴れてるかもな」
「虎のことだ、暴れるよりもぬいぐるみ作ってそうじゃないか?」
「ちげぇねぇ!」
言って、俺もちょっと笑う。ありそうだって思ったから。
なんせあの人物作りが好きで、可愛いアクセやぬいぐるみ、カバンなんかも作っていた。お嬢のお願いでコスプレ衣装まで作ってたんだからな。
そういうの、思い切り楽しめているといいな。
「んじゃ、兄貴は異世界に転生してぬいぐるみ作ってるってことで!」
乾杯して、飲み込んで、寂しい思いは少しだけ昇華される。
兄貴、俺はあんたみたいな男になって、優しく強くなりますんで。あんたも、楽しんでください。
本編は月曜~金曜 21時更新です。
たまに土曜日に番外編を更新したりもしています。
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