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絶望の森のもふもふ製造工房  作者: 凪瀬夜霧
一章 虎之助、転生する
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【番外編】突然の別れ

――じゃあ、行ってくるね。


 いつもと変わらない様子で出ていった人は、二度と戻ってこなかった。


 最初はいつもの事だと思った。こんな人の来ない森の中に移り住んだけれど、決して人が嫌いな方ではない。権力者の身勝手さに嫌気が差しただけで根本的には人の中に居られる人なのだ。ただ、この森が一番周囲に迷惑をかけないだろうと選んだだけ。

 だから久しぶりに町に行って、少しハメを外して飲み明かしているのだと思っていた。


 一週間が過ぎて、今回は随分とのんびりだなと思った。まぁ、それもまったく無い事ではなかった。

 町で知り合いにでも会ったのだろう。留まって楽しく過ごしているのならそれもいい。屋敷妖精である私には分からないが、人には息抜きというものが必要だとも聞いた。人の訪問が少なすぎるここでは会話も単調になる。酒の相手もできない私では物足りないのだろう。


 一ヶ月が過ぎて、流石におかしいと気づいた。こんなに長い間連絡もないなんてなかった。

 どうして、もっと早く気づいてやれなかったのか。今から誰か……ダメだ、連絡の手段が無い。ここに訪ねてきてくれる人も気ままで、定期的に来てくれる人はいない。探してと訴える相手がいない。


 いても立ってもいられず玄関を開けて外に飛び出し、柵の所から外に出ようと手を伸ばして弾かれた。

 そうだ、自分は屋敷妖精だ。いくら主が人と同じに扱ってくれたお陰で人格が育っているとはいえ、守護の契約を結ぶ媒体から外には出られないのだ。


 でも……!


『お願い出して! お願いです! 主が……私の主がいなくなってしまう!』


 無駄と分かっている事を行うのは愚かだと思っていた。それでも……どうしようもなく抗ってしまう心を知った。日が暮れて、朝がきて、それでも私は諦め切れず結界を殴り続けていた。


 何度目かの朝がきて、私はふらふらしながら立ち上がった。そして、日常を繰り返した。

 部屋を掃除して、庭の手入れをして、道具を見て回って。

 あの方が戻ってきた時に家が荒れては悲しまれる。そう思い、出来るだけの事をし続けた。


 いつしか、私は核に閉じこもって眠るようになった。泣きながら、懐かしい日々を夢にみるようになった。

 私は、古い古い懐中時計の魔道具だった。ただ古いだけの物で、壊れてもいた。それをあの方、リーベ様が面白がって買ってくださったのだ。

 意図せず作られ、何代にも渡って大切にされてきた小道具に宿った小さな妖精。それが私だった。


「珍しい事よ? 小さくてもただの小道具に妖精が宿るなんて。よっぽど大事にされてたのね。あと、使われた魔石がいいものよ。月の石だもの」


 どうやら私の中にある核は相当に貴重なものだったようだ。ただ、その大きさは小さなものだろうが。


 そうして、私とリーベ様は色々な旅をした。壊れた私を修理して、宿る懐中時計ごと強くしてくれて、魔力を注いで頂き、会話をして、知識と魔法を教えてくれた。

 そして人の地を離れる時、住処となる家の守護として私の時計を家の要にと言ってくださった。


 嬉しかった。あの方に守られていた私が、今度はあの方を守る事ができるのだと。


 それから何十年も、楽しかった。二人の暮らしではあったけれど、それで十分満たされていたのに。


 こんな事なら、屋敷妖精になどならず懐中時計の小さな妖精でいたかった。そうすれば付いて行けたのに。こんな場所で一人置いていかれなくてすんだのに……。


 もう、あの方はきっと生きていないだろう。生きていれば迎えに来てくれるはずだ。

 絶望と悲しみに閉じ込められて眠る。そんな私に不意に、懐かしい声が届いた。


『あんた、引きこもってる場合じゃないわよ!』

『!』


 その声に目を覚ました私の前に、あの方はいた。透けたままで。


『あ……』


 死んで、しまわれたのだ。それを理解してしまった私は泣いていた。

 なのにあの方は随分とあっけらかんとした様子で苦笑していた。


『ごめんね、ちょっとバカやっちゃって』

『そんな、ちょっと失敗したみたいに……死んでしまったのですよ! 私は……どうしたら』


 この先、何を目的に生きていたらいいのだろう。もうこのまま閉じこもって小さな妖精に戻って……駄目だ、ここは絶望の森。空気中の魔素値がバカみたいに高く、存在するだけで魔素を取り込み強化されていく。消滅なんてできない。

 泣き濡れる私にそっと手を触れたリーベ様が、悲しそうに笑ってくれた。


『ごめんね。でも、案外あっという間で苦しまなかったし』

『良かったですね、なんて言えません』

『そうだろうけれどね。でも私の心残りは自分の命じゃなくて、貴方だったのよ』


 そう言った人の目は初めて私を見つけてくれた時に似た、優しいものだった。


『今ね、神様から提案を受けたの。なんでも、こっちの世界に呼びたい転生者がいるんだって。今のこの壊れかけの世界を救える英雄になる人なんだって』


 その話はたまに聞く。リーベ様の友人が外の様子を話してくれるから。そんな人達が度々現れては強力な魔物を倒したりしていると。

 でも大抵は大業を成した後で没落していくじゃないか。欲望に溺れ、破滅していくじゃないか。


『その人にね、この家と私の遺産、そして貴方を託そうと思うの』

『そんな! 私はリーベ様の!』

『私は死んで、貴方は生きないといけないのよ』

『っ!』


 その言葉に、声が詰まった。そんな正論など、聞きたくはなかった。

 彼女は笑う。慈母のような慈しみの目で。小さな子をあやすように私を撫でながら。


『残してしまう貴方を託せる相手として、十分かなと思って。もう私にはそのくらいしか出来ないから』


 そう言った人はニッコリ笑って、私に抱きついて耳元で、最後の命令をした。


『神が選んだ英雄に貴方を託します。きっちりと、務めを果たしなさい』


 なんて残酷な命令だろう。共に死にたいと願う私に、『生きろ』と命じるだなんて。


◇◆◇


 やがて、神がきて説明をされて、生返事で返した。

 そうしてここにやってきたのは随分な色男だ。顔に傷があるのが惜しいが、それを引いても見目のよい強そうな男。

 ただ肩に大きなぬいぐるみを乗せている変人ではある。


 見定めよう、この男を。まずはあの方の意志を尊重して仕え、その間に見極めてみよう。

 仕えるに足る、主であるかを。

明日の更新はお休みです。

本編更新は月曜21時をお楽しみに!

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