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月の仙人、異世界に降り立つ  作者: 名無しの戦士


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第22話 魔法の教師 前半

「わたくしの馬になる名誉を与えるわ。ほらアキト、馬になるのよ」


 空が雲一つなく冴え渡った快晴の下、公爵専属庭師が丹精込めて整えた庭園の芝生の上から凛とした、それでいてどこか尊大な声が五月晴れに響く。声の主は五歳になったフランソワだ。


 去年から貴族令嬢として礼儀作法を学び始めた彼女の成長は目を見張るものがある。四六時中近くにいなければ機嫌を損ねて駄々をこねてたフランソワは母親譲りの優雅な物腰を覚え、我に命じる際も『名誉を与える』などという冒険譚に出てくるフレーズを好むようになっている。


 両親の才覚を余すことなく持ち合わせたフランソワの知性は高く、学んだ知識をスポンジの如く吸収する。その知力はあのマダム・カラッサンドラを唸らせるほど。


 唯一、フランソワの愛すべき短所を挙げるとすれば…公爵令嬢という立場を飛び越えた活発すぎる振る舞いにシェヘラザードも扇子で口元を隠しながら、苦言を呈さずにはいられなかった。


 悪漢の手から王女を救い出す勇敢な騎士の物語。我が巷で有名な絵本を読み聞かせば、救われる可憐な王女には目もくれず。敵を次々と薙ぎ払う騎士の武勇に、その瞳を爛々と輝かせる。


 揺籠の時期から我の傍らで漏れ出る微弱な仙気を無意識のうちに吸い込み続けて成長した変質なのか、彼女の内に秘められた身体能力はもはや、元気溌剌の域を逸脱して並外れた驍勇さを帯び始めていた。垂直飛びは50センチに達し、庭園を駆け抜ければ子犬より速い。


 同年代の男児と対決させたところで比較の対象にすらならない。

 ヒマワリ色の淑やかなドレスを纏いマダム・カラッサンドラの前で完璧なカーテシーを披露した十分後には、長ズボンを穿いたフランソワが我の頭上目掛けて庭の果樹から飛び降りてくるようなおてんば姫。


 マダムがその光景を目撃すれば、泡を吹いて卒倒するのは容易に想像できよう。


「アキィ、アキィ。たーぼ、びゅーん!」


 その足元で、二歳を迎えた長男サンフィエットが我の膝にしがみつきながら短い指で空を指差している。彼が熱烈に求める「たーぼ」は竹とんぼのことだ。

 我の古びてしまった記憶の中を頼りに作って飛ばした竹とんぼをサンフィエットがとりわけ気に入ったらしい。高く、高く、青空へ吸い込まれていく玩具に魅了されたようだ。


「姉の言うことを聞くのよサーフィー。わたくしは馬を御所望なの」


「ねーたまヤー!たーぼ、たーぼ!」


「まぁまぁ、ケンカはその辺で。某が馬とたーぼ、同時になりましょう」


 我は苦笑を押し殺し、芝生の上に四つ這いになった。


「お二方は背中の上にお乗りを」


 自力で我の背中に跨るフランソワ。専用メイドに抱き上げられたサンフィエットの体重がのしかかる。


「しっかりと某に掴まってください。さあ、いきますよ!」


 次の瞬間、掌と膝から仙気を放出させ上空へ穏やかに回転しながら浮かび上がった。


「たーぼ!たーぼ!」

「きゃあぁ!アキト、もっと高くよ!」


 地上5メートルの高度で二人を乗せた合体技『竹とんぼ馬』に宝石を散りばめたような笑い声が背中越しに聞こえる。


「たーぼもっと!もっと!」


「可愛い弟のワガママを聞くのも姉の役目ね。さあアキト、もう一度飛ぶのよ。さっきより高く!」


 ゆっくりと、綿毛が落ちるような静けさで芝生の上へ着地しても、一向に降りようとしない姉弟からお替りの注文を受け取った。


「いいでしょう。姫様、坊ちゃま、泣いても知りませんからね」


「いけー!」


 もう一回仙気を利用して、密度を上げた旋風を四カ所から噴出させた。


「「わあぁぁぁ! すごい!」」


 先の倍ほど空高く舞い上がる。まるで雲の上を歩くかのような不思議な浮遊感に満足気の二人の笑い声が初夏の風と成り、遥か彼方に散っていく。


 世界樹の下で修行していたかつての我なら呆れただろう。だが、背中に掛かる二人の重みこそが我のいま守るべき存在の証。


「アキト殿、ご多忙の折失礼します。公爵閣下より言伝を預かっております。至急、執務室まで御足労願いたいとのことです」


 芝生へ静かに舞い降りた直後、背後から声をかけてきたのは城で働く執事だ。


「承知した。すぐに向かおう」


「えぇー!もっと、たーぼ!たーぼしてぇ!」

「お父様からのお仕事なんだから、アキトの邪魔をしたらダメよ」


 我の裾を掴んで「もう一回!」と空を指差してせがむサンフィエット。弟の手を優しく握って戒めるフランソワの姿は立派な姉だ。我は名残惜しそうにする二人を、控えていたメイドたちへ預けた。


「姫様、坊ちゃま、これにて失礼します」


 我は二人に一礼して背を向ける。執事の後を進んでサンチェンスが待つ部屋へ向かう。


「公爵閣下。アキト殿をお連れしました」


 執務室の扉をノックした執事が到着を伝える。


『入れ』


 低く、抑えられたサンチェンスがの声が扉の奥から響く。


 開かれた重厚な木扉の先、通された部屋は外の眩い陽光を拒絶するような、ひんやりとした静寂が満ちていた。


 デスクの向こう、書類の山に囲まれたサンチェンスはこめかみを指で軽く押さえながら深く椅子に背を預けていた。窓の外からは、フランソワたちの無邪気な笑い声が届いている。


「遊びの邪魔をしてしまったな、アキト。外は…賑やかでなによりだ。フランソワにはもう少し穏やかに過ごして欲しいが」


「元気が沢山あって微笑ましいではありませんか。子供は外で遊ぶのが健康の源ですぞ」


「はぁ、妻に文句を言われるのは私なんだが。まったく、公爵令嬢令息を空高く浮遊させるなど、お前だから許可しているんだぞ?」


 二人の父親であるサンチェンスは呆れたように肩をすくめ、手元の書類をトントンと机に叩いて揃えた。口調には棘などなく、むしろ家族を託せる深い信頼が滲んでいる。彼と出会ってもうじき五年、我らの間には主従を超えた絆が生まれていた。


「急に呼び出したのは他でもない。フランソワの件だ。娘も五歳になり、その溢れる才智を持て余している。かねてより探していた魔法の教師役だが…ようやく私の眼鏡にかなう人物が見つかった」


 サンチェンスは机の上に置かれた一通の契約書に視線を落とす。


 王都に住まうヴァニシア当主が年齢を理由に引退。名実共にサンチェンスが公爵位を世襲した。王都と距離を置きつつ、情報は伝書鳩を使って逐一集めている。


 彼方から圧力が強まる中、外部から人間を招き入れるのは相応のリスクを伴う。ましてやフランソワの師となる者だ、迂闊に選べない。相当の実力者を見つけたのだろう。


「午後、その者が城に到着する手筈となっている。アキト、君にも立ち会ってもらいたい」


「はっ!畏まりました。…して、魔法講師となる御仁の名は?」


「ああ、聞いて驚くなよ。その者は――」




 昼を過ぎた頃に到着した馬車から一人の人物が降りてきた。全身を纏う濃厚な魔力、我が今日までまみえてきた者たちの中でも、間違いなく頂点に相応しい凄絶な威圧感を放っていた。

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