表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月の仙人、異世界に降り立つ  作者: 名無しの戦士


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/29

第20話 誕生パーティー 後半

 医療が進んでいない現世において、一歳の誕生日は大きな意味を持つ。故に、一歳を迎えた子が神々よりこの地上で生きる資格、すなわち定命の恩寵を授かった幼児を盛大に祝う。

 

 一歳の生誕祭に妥協は許されない。たとえ明日の食い扶持に困る平民であっても、この日ばかりは一家総出で歌い、舞い踊り、神々へ感謝の祈りを捧げる。貴族は一族の威信をかけて、神々へとその喜びを顕示する。


 今日は広大な領地を治めるヴァニシア公爵家長女のお披露目。その規模が常軌を逸したものになるのは必然と言えた。


 


「まぁま、あーと!」


「はいフランソワ。母はここにいますよ」


 フォーマルな礼服に身を包んだ我の眼先には今宵の主役フランソワと、娘を抱きかかえたシェヘラザードが観音開きの扉の前で待機している。パーティー会場へ繋がる扉が分厚いのか、あるいは防音術が施されているのか、向こうの話し声は聞こえない。

 

 今頃、列席者達へ祝杯の挨拶を上げているサンチェンスからの合図はまだ無い。



 生後一年という月日は、赤子を劇的に変貌させる。ハイハイが精一杯だった小さな命は気付けば自らの足で大地を踏み締め、好奇心の赴くままに城内をトコトコと探検して回る。口元からは「まぁま」「ぱぁぱ」といった意味のある音節が、涎混じりのたどたどしい響きで溢れ出す。

 

 余談だが、フランソワが初めて発した言葉は「まぁま」だったが、二言目は我を指しての「あーと」であった。「まぁま」の次に「ぱぁぱ」と呼ばれることを待ち望んでいたサンチェンスの血涙すら流しかねない形相で我を睨みつけたあの絶望の表情は、今も忘れがたい。


 サンチェンスの名誉のために弁明するならば、周囲の誰もが我を「アキト」と呼ぶのに対し、彼は呼称が多すぎる。実名のサンチェンス様を筆頭に、役職名としての「次期領主様」、家臣からの「旦那様」「閣下」「若様」「坊ちゃま」。果ては王位継承放棄の挽回、後継者争いに彼を担ぎ出さんとする過激派の下級貴族からは、未だ「殿下」とさえ呼ばれている。

 赤子にとって、それら混沌とした呼称の群れから「パパ」を抽出せよというのは無理があるというもの。



「「「パーパパパッーパッパラパー」」」


「楽士隊の合図よ。行きましょ」


 扉の向こうからラッパの音色が聞こえると扉の左右を固めた騎士たちが恭しく礼を取ってから扉を押し開く。まず目に入ってきたのは天井の巨大クリスタルシャンデリアが煌々と輝く光と、壁一面を飾るヴァニシア家の不死鳥を模した紋章。左右から下へと続く階段、そこは数百の人間が余裕で収容できる大ホール。


 一階から息を呑むような静寂ののち、雷鳴のような喝采が主役を迎える。着飾った招待客は煌びやか宝石を散りばめてまるでホール全体が一個の宝石箱のようだ。


「(凄まじい人の執念。感謝、焦燥、緊張、親近感、欲望、不満、羨望、期待、劣等感、悪意…)」


 シェヘラザードの斜め後ろ、五歩下がった位置で歩調を合わせる。


 こちらを見上げる会場を埋め尽く数百の貴族、大商人たちの視線が特注の白銀レースに包まれたフランソワと、その背後に控える我に突き刺さる。


「黒髪の殿方はどなたかしら?」

「サンチェンス殿が王都から連れ帰ったという、例の剣客か?」

「なんて涼やかな顔立ち。是非ともお名前をお伺いしたいわ」


 風に乗って聞こえてくる囁き声。


「さぁ紹介しよう!ヴァニシアの宝、我が娘フランソワだ。一歳の誕生の日を迎えたことを、皆と共に祝いたい!」


 杯を掲げた主君の力強い宣言と共に、再び沸き起こる歓声。


「太陽の加護に、乾杯!」


 そう言って一息に杯を呷る。列席者達もそれに倣い、幾百の銀杯が触れ合う澄んだ音が、シャンデリアの輝きを反射してホール全体に波及する。


 我は親子の後ろを、階段の段差を感じさせぬ滑らかな歩法で降りていく。両目を僅かに伏せ、周囲を警戒しつつ誰とも目を合わさず護衛としての責務を全うする。


 しかし我の仙気で増強した五感が、招待客の隠れた感情を詳細に拾い上げる。


「(熱気に混じった値踏みするような視線。空白の権力に縋ろうとする汚泥染みた意志)」


 半年経っても王位は空白のまま。王不在という国家の空白を突きながらも、隣国が国境を越えてこないのは優秀な軍部卿と外交官のお陰。王座を巡る次期後継者たちはすでに出揃っているが、玉座への切符を誰もが掴みかねているのが現状だ。


 階段を下りきったところで、杯を台に置いたサンチェンスが、誇らしげな笑みを湛えてこちらへ歩み寄ってきた。


「綺麗だよシェヘラザード。フランソワも誕生日おめでとう…アキトも護衛ご苦労」


 サンチェンスの言葉に、周囲の貴族たちが色めき立つ。次期公爵の言葉は非常に重い、ましてや相手が無位無官の平民の場合はさらに。我に向けられる羨望と猜疑が、会場の湿土をより一層重くしていく。


「はっ!もったいなきお言葉」


 我はマダムから授かった完璧な角度で、静かに頭を垂れた。背後で束ねた髪が重力に従って肩を滑り、胸元を冷ややかに摩った。流れるような所作に年若い令嬢の小さく息を呑む音が聞こえる。


 その時。シェヘラザード様の腕の中で、眩い光に目を細めていたフランソワが、じっと我の顔を見つめた。大きな瞳に我の姿が映り込んだ次の瞬間、その小さな眉根がぎゅっと寄る。


 ――やがて。


「ふぇ、う…うぇええええん!!」


 耐えかねたように、フランソワが火がついたような声を上げて泣き始めた。人見知りが激しい彼女は生まれながらにして人の放つ感情を過敏に探知する。数百人の欲望や羨望が渦巻くこの広間は、彼女にとって、澱んだ泥水の中に浸かっているような不快な場所に違いなかった。


「おっと、人混みが息苦しかったかな。シェヘラザード、アキト。ひとまず彼女を隣の控え室へ。落ち着くまで君たちが付いていてやってくれ」


 サンチェンスの沈着で、かつ周囲を牽制するような威厳ある口調で告げる。我は短く「御意」と応じ、泣きじゃくる娘をなだめるシェヘラザードを先導し、人混みを割って静かな別室へと移動した。


 案内した部屋は既に足の踏み場もないほどの品物で溢れていた。各地の貴族や大商人から贈られた、フランソワへの誕生日プレゼントの山だ。

 金糸で刺繍された豪華な産着、宝石を嵌め込んだ揺り籠、魔獣の毛皮。財宝が、無造作に積み上げられている。


 部屋に入り、急ごしらえの掃除でスペースを作ったソファーに座ったシェヘラザードとフランソワ。すると喧騒から解放されたはずのフランソワはシェヘラザードの腕の中で身をよじり始めた。


「どうしたの愛しのフランソワ。もう怖い人はいないわよ?」


「あぅ…あぅ!あー、あっち!あぁー!」


 小さな紅葉のようなたどたどしい指先が豪華絢爛な宝飾品の山ではなく、その隅、他の贈り物に押し潰されそうになっている地味な包みを必死に指差している。あまりの剣幕に、首を傾げたシェヘラザードは近くに控えていたメイドに指示を出した。


「そこの、娘が指している物を取って頂戴」


「はい奥様」


「(あれは…)」


 メイドが山を崩さぬよう慎重に手を伸ばし、一つの小箱を取り出した。大中小に連なる煌びやかな包装に比べれば、驚くほど質素で、ラッピングを紐で結んだだけのプレゼント。メイドはそこに添えられたネームメッセージを一読し、目を丸くして驚く。信じられないものを見るかのように、我とメッセージカードを何度も交互に見比べる。


「どうしたの。送り主はどなた?」


 シェヘラザードの問いに、メイドは困惑と驚きが混ざったような声で答えた。


「それが…アキト様からの贈り物です」


「まぁ!アキトから?」


「あーと!あーと!」


「ええ、お誕生日おめでとうございます姫様」


 メイドからその質素な包みを受け取った我は、ソファーに座る母子の前で片膝を突き、捧げ持つようにそれを差し出した。


 獲物を見つけた小動物のような素早さで包みに手を伸ばしたフランソワは早速、一歳児の容赦のない力によってラッピングがビリビリと引き裂く。現れた小さな木箱。

 彼女がその蓋を不器用に押し開けると、中には一本の短い棒が付いた小さな太鼓「でんでん太鼓」が収まっていた。


 我の故郷では馴染み深いこの玩具は、職人に頼んで用意した円形の木枠に薄い革を張り、左右に振れば吊るされた豆玉が当たって音が出るよう、夜な夜な調整を重ねて自作した物だ。


「あぅ…?」


 不思議そうに首を傾げるフランソワ様の前で、我は手首を軽く捻ってみせた。


――ポコペン、ポコペン。


 どこか抜けたような、それでいて腹に響く柔らかな木の音色が、静まり返った室内を震わせる。


「きゃっ、きゃはは!」


 先程までの号泣が嘘のように、フランソワ様が満面の笑みを弾けさせた。でんでん太鼓をひったくると、拙い手つきでそれを振り回し、その素朴な音色に合わせるようにテトテトと足を跳ねさせる。


「まぁ、あんなに沢山の宝飾品には見向きもしないのに。アキト、貴方という人は本当に…」


 呆気にとられたように呟くシェヘラザードの声に控えるメイドも思わず頷く。


 こうして、初めての誕生パーティーは終わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ