第19話 誕生パーティー 前半
宿場町での襲撃から、半年が過ぎた。下界に降り立ってからというもの、時の進みが恐ろしく早いと常日頃思う。百年も無音の月での生活に比べれば、サンチェンスに出会った半年は瞬きのような刹那に過ぎないはずなのだが、体感的にはそれ以上の密度を感じていた。
季節が巡り、吹き抜ける初冬の風が柔らかな陽光を運んでくる。
この半年の間、我が過ごした日々を一言で表すと「繁忙」の極み。無事にヴァニシア本領へと辿り着いた我を待っていたのは、修羅場のような職場。
公爵家次期当主御抱えの剣客に登用された我の城での仕事は多岐にわたる。公爵家一家の護衛任務は勿論、私兵騎士団との剣術指導。若さと美貌を保たんと意気込むシェヘラザードには仙気の稽古。もし領地に盗賊団密集の風説が流れたら、真意を確かめるため討伐隊を率いて我が赴く。
珍しいケースでは、他領から敗走してきた賞金首の首を狩る。なんて命令も受けた。
平日は朝から晩まで働く。唯一の休息日であるはずの休日ですら、我に自由はなかった。
「アキト様!顎の角度が5度高くてよ!背筋ももっと、天から糸で吊られているかのように意識なさい!あなたは公爵家が誇る至宝、お嬢様の側近となるお方なのですから!」
声の主は公爵家のマナー講師を司る老女官、マダム・カラッサンドラ。
遥か遠い遠い異国の生まれだと認識しているサンチェンスが特別に用意してくれた女史。我を思っての行動だろうが…正に地獄の指導。
最初に雇い主であるヴァニシア家の歴史や連なる偉人の系譜から始まり、王国の文化と階級貴族のしきたり、作法、果ては最近流行りの茶葉や過去に流行った香石の種類まで。
貴族たちの顔と名前を覚え、彼らの特産事業を把握するのは実戦よりも余程神経を摩耗させる。仙術で培った集中力を、まさか皿の向き方に使うことになるとは思いもしなかった。
敵の殺気には動じない我も、厳格なマダムの鋭い視線には思わず冷や汗を流したものである。男爵出身のメイドから話を聞くと、マダム・カラッサンドラの厳しさは貴族の間で有名な話。逆に彼女から推薦状を貰えたメイドは王宮でも重宝される、とか。
心身を削る日々であるが、それに見合うだけの給金を貰っている。
この世界の硬貨について説明しておく。金の単位、日本で言うところの「円」に当たるものはグレスと呼ばれる。尤も正式単位を使うのは精々取引証書くらいで、普段は硬貨の種類と枚数で売買を行う。
グレス硬貨は価値が低いものから小銅貨、銅貨、銀貨、金貨、大白金貨の概ね五つに分かれている。庶民がパンや安酒を買うのに使う銅貨。兵士の週給や大工の手間賃の基準となる銀貨。馬一頭や魔法が付与された両手剣が買える価値を持つ金貨。最後に領地間の大規模な取引や屋敷を購入する際に使う大白金貨。
大白金貨一枚で、平民の一家族が十年は遊んで暮らせると聞く。
公爵家から支給される月々の俸給に加え、賞金首の報奨金を合わせれば、我の蓄えは優に大白金貨を越える。
もっとも我自身、金を使うような趣味はない。衣食住は公爵家が用意し、酒も博打も嗜まなければ嗜好品にも目は奪われない。せいぜい運動しても千切れぬ丈夫な髪紐や、髪を束ねるのに丁度いい意匠の髪飾りをいくつか新調した程度だ。
一度、血気盛んな騎士見習いの同僚から花街へと誘われた際、我にはその手の欲が皆無であると教えると、その場で彫刻のごとく硬直して沈黙したあと、魂が抜けたような声で「人生の楽しみを半分損している」と天を仰いで嘆いていた。
騎士館に用意された部屋は必要最低限の家具しか置いていない。ベッドシーツも新品のまま、シワ一つない。
これほど無欲な我をサンチェンスは呆れながら「金銭感覚が浮世離れしすぎている」と笑ったが、結局使い道のない金は公爵家が運営する預金局へそのまま預け入れることにした。
今日、ヴァニシア公爵本殿の大広場は、これまでにない熱気と喧騒に包まれていた。
――フランソワ、一歳の誕生日。




