第1章:弑逆鬼神の髑髏杯 (4) 分狭間の戦い②
「たいそうな歓迎ぶり痛み入ります。私は天鬼国旧都管区総監兼九条城城主、現在は髑髏杯奉遷祭主の朱雀瑞鬼です。髑髏杯のセルシウス国移送に向けた出国の手続きを依頼に来たつもりですが、どうやら違うことを話さないといけないようですね。」
「ご挨拶遅れましたが、私は天鬼国狭間辺境地方総監兼分狭間町奉行職、狭間江沿岸管区海軍総司令官の月鬼仲義です。ご察しの通り、姫様と交渉をしたいと考えましてね、このような場を設けさせて戴きました。」
「もったいぶった言い方は結構なので、要点をどうぞ。」
「ハハッ、さすが朱雀姫様ですな。では、今回の髑髏杯移送の件ですが、私は納得していないのですよ。」能面の向こうの仲義は語った。
「納得?。」瑞鬼は聞き返した。
「そうです。髑髏杯はわが国第一級の国宝、それも美術品の類ではなく強大な呪力を持つ強力な武具であり、領主の正当性をも体現する神器です。それを外国から頼まれたからと、ホイホイ貸し出して国外へ持ち出そうとするなど、愚の骨頂ではありませんか。それもろくな警備もつけずにですよ。」
「それは、鬼神元治経義討伐で呪われた聖煌剣を解呪するためだと聞いているわ。世界に大災厄をもたらしかねない鬼神を排除したのだから、協力するのが当たり前と思うけど、そのどこがおかしいのかしら。」警備についての話題は無視して瑞鬼は答えた。
「解呪するだけなら、天鬼国内で行えば良いではないですか。聖煌剣に詳しくない我々が解呪できないのであれば、解呪可能な聖魔法術士をわが国に派遣すれば良いのです。それをわざわざ国外へ移送させるということは、何か企みがあるということです。」仲義は断定的に言い放った。
「企み?」瑞鬼は聞き返した。
「そうです。あなたのお父上は国宝髑髏杯を餌にしてセルシウス聖撰国と手を結び、エウレカ大陸内陸部を両側から抑え、ファーレンハイト封魔国を牽制しようとしているのですよ。許しがたい売国奴ではありませんか?」と仲義。
「はぁ~?。俄かには信じ難い話ね。証拠でもあるのかしら?」
「もちろん。狭間川対岸の我が友好国ドルクスタン共和国や、次期聖撰国候補のグレゴリオ公国などから内密の情報を受け取っています。」
「えっ、そんな話聞いたことがないわ。」
「それは当然です。売国奴に情報を渡したらもみ消されてしまうではないですか。私が、ちゃんと機密を守っていたのですよ。」
「胡散臭すぎでしょ。それ。」
「そんなところに、当の髑髏杯が到着したというわけです。ここで交渉ですが、我々月鬼一族と共に髑髏杯を掲げて、我が国を売国奴から守ろうではないですか。月鬼一族の兵力と旧都管区治安旅団、ドルクスタン共和国の軍事力、姫様の人望と髑髏杯の権威があれば、朱雀王を追放することは至って簡単でしょう。事が成った暁には、私と共に天鬼国を共同統治するもよし、旧都管区へ戻るもよし、お好きなようにされれば良い。いかがですか、姫様。」仲義はようやく話題の核心を語った。
「ふぅ~ん、私にまったくメリットがない提案ね。もし断ったら?」瑞鬼は聞き返した。
その時、ガクンと部屋が揺れ、窓の外の景色が動き出した。後ろで立って護衛していた女官が叫んだ。
「部屋が、館が川を移動している!!。」
「ハハッ、お気づきですか。この館は非常時に備えて川に脱出できるように船、いや戦艦として機能するようになっているのですよ。髑髏杯、姫様共に無事回収できましたので、出航させて戴いたというわけです。」得意げに仲義は語った。
「姫様のご質問に答えていませんでしたね。そんなことはないと思いますが、もし私の申し出をお断りになられても、同族のよしみですし、お命を奪うようなもったいないことは致しませんよ。ただ、我が国に留まられては困るので、大陸内部や対岸の遠くの国の王族の下へご案内することになりますな。若くて美しい側室をご所望の方は多くいらっしゃいますからね。」
それを聞くなり瑞鬼は怒りの形相で立ち上がり、能面へ駆け寄ると蹴りを食らわせた。しかし、能面の前には分厚いガラスの壁があり、蹴りはむなしく弾き返された。
「ハハッ、元気な姫様ですね。この鬼神神道流封印結界の張り巡らされた部屋の中でこれだけ動き回れるのはさすがと言わざるを得ません。お答えはわかりましたので、ご希望通りにして差し上げますよ。好き者の王様も手こずるでしょうがね。では。」
その言葉を最後に、能面の裏で扉のしまる音がして、部屋は静けさに包まれた。