第1章:弑逆鬼神の髑髏杯 (4) 分狭間の戦い①
九条城を出発してから3日たち、一行は天鬼国国境に近づいてきた。
「ほら、ルキウスの番だよ。上か下か真ん中か、ど~れだ?」瑞鬼が聞いた。
「えー、だって4枚あるだろ。そうだなぁ、上から2番目。」とルキウス。
「おぬし、それでいいのかな~?」にやにやしながら瑞鬼が聞いた。
「誘導しようったって無駄だぞ~。封魔族に二言はないのだ。早く渡しなよ。」
「じゃじゃ~ん。ほら。」瑞鬼が得意満面で手に持ったカードの一枚を手渡した。
「くっそー。騙された~。」渡されたカードをめくってみたルキウスはがっくりと肩を落とした。
「ほ~ら、だから親切に言ってあげたじゃない?」と瑞鬼がからかった。
「だからさ~、基本学校の修学旅行じゃないんだから、あんまり騒ぐなよ~。君たち。」見かねてガイウスが二人を諫めた。
「そんなこと言ったって、団長さんも楽しんでるじゃないですか~。」ガイウスが持ったカードを指さし、口をとがらせて瑞鬼が抗議した。
ここまでは何も起こらず平穏無事に来たため、あまりにも退屈したルキウスと瑞鬼がガイウスの馬車に乗りこんで来て、カードゲーム大会となっていたのであった。
「3人でババ抜きしたって面白くないだろ。」とガイウス。
「えー、そこが問題なの?」ツッコミどころを逃さずルキウスが口をはさむ。
「3人しかいないんだから、戦術もなにもないじゃんか。」ガイウス文句をつけた。
「ババ抜きに戦術を求めないでよ~。」瑞鬼がやり返す。
そんなこんなで賑やかにやりあっていると、ローバック隊長が馬で近づいて来て、窓越しに告げた。
「まもなく国境の町、分狭間に到着します。お嬢様は自分の馬車に戻られた方が。」
「そうね、領主代理がお客様の馬車に相乗りしているのも格好がつかないから、そろそろもどるわね。」
「ところで、分狭間ってどんな町なんだい?」後ろを走っている瑞鬼の馬車が追い付いてくるのを待ちながら、ルキウスが尋ねた。
「ここ国境地域は平行に走る二つの山脈に挟まれた細長い地形で、真ん中に二つの山脈から流れてくる川が合流する狭間川という大きな川が流れているの。大陸を横断するためにはここを必ず通らないといけないから、昔から戦略的に重要な位置を占めていて、多くの近隣諸国や独立した小さな武装集団が入り乱れて争っていたのよ。それを100年ほど前の天鬼国領主が河のこちら側の小勢力を制圧し終わって、やっと情勢が安定したの。川の向こう側はまだゴタゴタしているけれどね。」瑞鬼が解説した。
「なるほど、事情が複雑そうだね。」とルキウス。
「今は、遠い親戚の月鬼家がここらへんを統治しているわ。若干評判は良くないけど、大きな問題は報告されていないから、まずまず無難にやれているのではないかしら。」と瑞鬼。
「ここを過ぎると他国となるので、気を引き締めていこう。」ガイウスが締めくくった。
関所の大木戸を通り抜けると、馬車の一団は分狭間の市街に入った。交易の町らしく川に沿って船から直接荷揚げできる河岸や倉庫、問屋や市場が立ち並び、長距離移動の大型船が停泊できる船着き場も整備されていた。特使団の馬車は途中で市街地へ折れ、ファーレンハイト商館へ入った。出国の準備と手続きを行うためである。
一方、瑞鬼たちの馬車は市庁舎へ向かった。市庁舎は川岸にあり大型港湾や市場に接して建てられていた。かつては広大な狭間川を見渡せる安全保障上の要塞の役目も追っていたようだが、現在は交易手続きの場として活況を見せている。瑞鬼の馬車は髑髏杯の荷車と別れ、貿易商や荷役業者の雑踏から離れた閑散とした一画に誘導された。瑞鬼は地方総監との会談のため、古風な応接室に通された。副長は髑髏杯護衛に当たっているため、随行しているのは近習護衛の女官2名のみである。応接室の入り口でふと何かに気づくと、瑞鬼は護衛の一人に何かを握らせると、案内の役人にこう告げた。
「髑髏杯封印強化のための札を荷車に置き忘れてしまったので、副長に伝えて持って来てもらおうと思います。この者を副長へ案内してもらっても良いですか?」瑞鬼はくだんの護衛を指さした。
「わかりました、使いの者に案内させましょう。朱雀姫様は中へどうぞ。」
瑞鬼は近習護衛の女官と共に応接室に入った。そこは和室に豪華なソファとテーブルがしつらえてあり、くつろいで会談できるようになっており、大きな窓からは川が見渡せた。しかし部屋には、なぜか誰もおらず、二人はぽつんと取り残された。入って来た扉が閉じられると、部屋の中が重苦しく圧迫されるような雰囲気に包まれた。
「姫様、様子がおかしくありませんか?。先ほどから多くの人の雰囲気が感じられるのに、姿が全く見えません。」護衛の女官が瑞鬼にささやいた。
「うん、部屋を取り囲まれたみたい。それに部屋に細工もあるようね。」
瑞鬼がそう小声で返答すると、部屋の奥から声が聞こえて来た。
「ようこそ、分狭間国境市へ、朱雀姫様。どうぞおかけ下さい。」
見ると壁に掛けられた能面が喋っているではないか。ギョッとした瑞鬼が能面をよく見ると、目と口に穴が開いていて、向こう側から誰かが喋っているのであった。
「ハハッ、驚かして申し訳ありません。少し内密のお話ができればと思って、このようなカラクリを設置させて戴きました。立ち話もなんですので、お座りになられたらどうでしょう。ソファには仕掛けはありませんから、ご安心を。」
瑞鬼は警戒しながらソファに腰かけた。