第1章:弑逆鬼神の髑髏杯 (3) 髑髏杯合流②
二人は屋台で串焼きを食べたり、見世物小屋を覗いたりして限られた時間を楽しく過ごした。ちょうど二人が横道に差し掛かった時、豪華に飾り立てられた大きな山車が目抜き通りへ出ようとして曲がり始めた。大勢の曳き子が狭い通りから無理やり進路を曲げて引き出そうとしたため、芝居人形などで飾り立てられた山車は見る見るうちに傾き、見物していた二人の上へ倒れて来た。
「危ない!!」
咄嗟にルキウスは瑞鬼を抱えると、町屋の二階の見物桟敷へジャンプした。同時に、地響きを立てて倒壊した山車から法被姿の曳き子を装った男たちが飛び出して来て、二人を追って桟敷へ乗り込んできた。桟敷の入り口廊下からも男たちが入り込む物音が響いて来る。
「ありがと(は~と)!!」
ルキウスに抱きかかえられていた瑞鬼は、ルキウスの頬に頬を寄せて耳につぶやくと、大きく跳ね上がってルキウスの腕から飛び降り、襲い掛かって来た男を蹴り倒した。ルキウスは頬を真っ赤にしながら、鞘を着けたままの剣を抜きながらもう一人の男を薙ぎ払った。
「どういたしまして(照れ)。」
瑞鬼も両手に小刀を持ち、ルキウスと背中合わせになりながら、二人で十人程の暴漢を叩き伏せたところで、ようやく瑞鬼の守護隊とルキウスの親衛隊が桟敷に到着し、暴漢たちを制圧した。
「姫様、ご無事ですか!!。」駆けつけて来た副長が慌てた様子で聞いた。
「ご無事じゃないわよ。せっかくの羽織りが裂けちゃったじゃないの、まったくもぅ。」小刀を鞘に納めながら瑞鬼は答えた。
「ランド卿へのおもてなしが台無しだわ。首謀者はとっちめてやらないとね。プンプン。」
「ランド卿もご無事そうでなりよりです。倒れた山車に阻まれて救援が遅れました。このような事態となり大変申し訳ありません。」
「いやぁ、治まったようですね。急な出来事だったので、少しびっくりしましたが、なんとかなりました。迅速な対応有難うございます。」ルキウスも剣を腰に納めながら答えた。
まだ見物を続けたいと駄々をこねる瑞鬼をなだめながら副長が連れ帰るのを見ながら、ルキウスも駆けつけたローバック隊長に警護されながら、祭りの縁日を後にした。瑞鬼のささやきを思い返しながら。
翌日、ガイウスとルキウスは副長の先導で九条城の地下最深部の封印の間に案内された。そこには広い空間の最奥に神社様式の祠が設置されていた。四方には注連縄が張られ、結界を形作っている。その四隅と祠の正面に護摩が焚かれており、その熱気でむせ返るようであった。既に数名の巫女が床にひざまずき祓詞を詠唱していた。ガイウスとルキウスが用意された床机に着席すると、髑髏杯を格納する神輿が運び込まれ、ほどなくして正式な巫女装束の瑞鬼が現れた。その表情は真剣で、緊張で少し強張っているようでもあった。声を掛けようとしていたルキウスもその様子を見て、身じろぎをして席でかしこまった。
瑞鬼は祠の正面に来ると礼をして大幣で払いながら祓詞を詠唱し、ひざまずいて礼をした。その行動を何回か繰り返した後、長い礼から起き上がり、口上を述べた。
「我らが天地を守り給いし始祖の御心にて、呪詛髑髏杯の奉遷を許し叶え給え。」
瑞鬼は祠の扉に近づき閂に張られたお札をはがすと、慎重に引き抜いてそっと扉を開けた。その瞬間、見えない強い気のようなものが祠からほとばしった。その勢いを踏ん張って耐えた瑞鬼は、祠の中の神棚から木箱を抱えて取り出し、慎重に神輿まで運ぶと、屋根型の蓋を載せて手早く両側に封印のお札を張り、封印の祓詞を述べると、ひざまずいて礼をした。
しばらくして立ち上がった瑞鬼は、周囲を見渡して言った。
「終わりました。もう大丈夫です。慎重に馬車へ運んでください。」
その言葉を合図に、固唾を飲んで見守っていた人々が動きを取り戻した。氏子姿の屈強な若者が神輿を担いで、開け放たれていた入り口から慎重に出ていくと、瑞鬼は祠の扉を閉め、再び閂を刺すと新たな封印の札を張った。人々は先ほどの強い気にあてられて気を失った巫女や参列者を介抱したり、護摩の炎を清めの水で消火するなど、儀式の跡片付けにとりかかり始めた。
「相当な呪力だな。気を付けないと飲み込まれる。」ガイウスはルキウスにつぶやいた。
「そうですね。聖煌剣の魔法力と干渉しないようにしなければ。」ルキウスは答えた。
「私は旅装を整えてから表に参ります。ファーレンハイト特使団の方々も出発の準備をお願いします。」少しやつれた表情で瑞鬼がガイウス達に声をかけた。
「大役ご苦労様でした。」ガイウスが応じた。
「これからご一緒する物がどのような性質を持つのかを知って戴きたく、儀式に参加戴きました。我々も慎重に事を運ぶつもりですが、あなた方にもご注意をお願いしたいと思います。」と瑞鬼が語った。
「大丈夫かい?。少し休んでから出発したら?」ルキウスが心配そうに尋ねた。
「いいえ。結界から出た以上、髑髏杯は不安定な状態にあるの。一刻も早く移動させないと地場の地力と干渉して思わぬ力が発生しないとも限らないから。」瑞鬼は答えた。
「移動している状態が続けば、髑髏杯も安定してくると思うわ。それまでお願いね。」
「わかった。協力するよ。」
「では、後ほど。」ガイウスが答えた。
一行は準備を整えると、九条城を後にした。
解呪の儀式に参加していたメンバーは皆それぞれ馬車に乗りこみ、黙りこくって行く先を見つめていた。強力な呪力にあてられて疲れ切ってもいた。いつも賑やかな瑞鬼も牛車風の馬車の中で休んでいるようで物音ひとつ聞こえてこなかった。
これからの困難を象徴するような一行の出発の様子を、守るべき物と主を失い、魂が抜けたような佇まいの九条城が見送っていた。